Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を -

第171話 Danse Macabre -5-





「……ワシの復讐は……終わった……」




ナイフを手から離し、力が抜けたようにふらふらと立ち上がったサキョウは、ティエルらに顔を向ける。
彼の足元には、既にここではないどこかを虚ろな瞳で見つめているバアトリの首が転がっていた。


彼の首や身体を中心として、おびただしい量の血が広がっていく。




「父上と母上は見ているだろうか。兄上はワシを責めるだろうか。……ワシは間違ったことをしたのだろうか」

復讐は新たな痛みを増やしてしまうだけである。このバアトリにだって、彼の死を悲しむ者達はいるのだ。
しかし分かってはいても、心の奥底でそれは分かっていたとしても、止めることはできなかった。



それを痛いほど思い知っているティエルは泣きながら、力なくふるふると頭を振ってみせる。
やがて今まで堪えていたものが溢れ出したのか、イデアを投げ捨てるとサキョウに向かって駆け出した。

いくら彼女が全力で飛びついてきても、サキョウの強靭な身体はびくともせずに受け止める。


「おかえり。おかえりなさい! おかえりサキョウ……!!」
懐かしいサキョウの温もりや匂いに、ティエルは抱きついたまま声を上げて泣き始めた。




そんなティエルを眺めながら、サキョウはゆっくりと口を開いた。


「……あの日お前達と別れた後……色々なことを考えていた……。
本当に色々なことだ。両親のこと、ゴドー兄上のこと。お前達やサクラ達のことも考えていた」

血でべったりと濡れているサキョウに抱きついているので、ティエルの頬や髪が赤く染まっている。
そんな彼女の肩を優しく抱き、それからサキョウはリアン達の方へと顔を向けた。



「このままサクラの墓の前でいつまでも生き続けようと思った。もう何も考えられなくなっていたんだ。
だがトガクレに殴られたのだよ。馬鹿者、とな。今のワシを見たら、サクラも同じようなことを言っていたと」

サキョウは続ける。




「ワシにはもう何も残されてはいないと思っていた。守るべき者も、愛すべき者も全てを失ってしまったと。
けれど、トガクレに殴られて思い出したのだ。……ワシは、お前達のことも愛していたのだと」


鼻をすすりながらゆっくりと顔を上げたティエル。
リアンは血に濡れた顔を、だが、優しく微笑ませ、ジハードはどこか泣き笑いのような表情を浮かべた。

一人離れた場所に立っていたクウォーツは、そんな彼らをどこか暗い面持ちで眺めていた。




「……だから、戻ってきた。
お前達をサクラのように失わないために。いつも側にいて、どんな時も守ることができるように」


穏やかな声。聞いていると、凍っていた心までをも溶かしていく様な。そんな、声だった。


「泣いてもいいんだよな。辛いときは、弱音を吐いてもいいんだよな。
全てを我慢することだけが本当の強い心ではないと……ようやく分かったような気がする」

と言って、サキョウは笑った。




「サキョウ、おかえりなさい」
「おかえり……!」


サキョウに駆け寄っていくリアンとジハードだったが、やはりクウォーツは立ち止まったままであった。
人形のように無表情で、ただサキョウを眺めているだけだった。

サキョウはティエル達一人一人の顔を懐かしそうに眺め、それからクウォーツに顔を向ける。
そして、何かを言いたげに口を開きかけたが。それは部屋に突如現れた者達の声によってかき消された。




「おい、バアトリの奴が死んでいるぞ! とうとうオレ達は解放されたんだ……!!」
「これでもう殺される恐怖を味わうこともないのね!? 家に帰れるのね!?」

見ると、十数人の若い男女達が首を切断されているバアトリを指さし、大きな声で叫んでいた。


恐らくバアトリによって連れて来られた、もしくは館に迷い込んでしまった慰み物の人間達であろう。
皆手を叩き合いながら、あるいは涙を流しながら喜びの声を上げていた。




そんな彼らの瞳に、バアトリの首を見つめ放心したように地に座り込んでいたマリーレスカ達が映る。

「……この化け物! よくも今まで好き勝手にしてくれたな!!」
「そうよ、汚らわしい悪魔……今まで私達が受けた苦しみを受け取りなさい!!」


彼ら人間達は壁に飾られていた槍や剣を手に掴むと、
既に戦闘意欲をなくして座り込んでいたレイヒマンとマリーレスカに向けて、次々にそれを振り下ろす。

……ティエルが止める間もなかった。




「……っ!!」
「ぐっ!!」

レイヒマンとマリーレスカは抵抗することもなく、背や腹に突き刺さる刃を虚ろな瞳で眺めていた。
バアトリが死んだ今、目的を完全に失ってしまった彼らは死を望んでいたのだろうか。


次々と憎しみに任せて振り下ろされる刃が突き刺さっても、二人は表情一つ変えずに耐え続けていた。




「ち、ちょっと待っ……」

「……手出しは無用だ!」
飛び出そうとしたティエルを制するように、レイヒマンとマリーレスカは彼女を静かな眼差しで見やった。


思わず足を止めたティエルは、それでも目を逸らさずに二人の悪魔の最期を見つめ続けていた。




一方。肉塊に変えられていく二人を眺めていたクウォーツだったが、ゆっくりとそれから視線を外す。
しかしそんなクウォーツにも、人間達の剣が向けられた。



「その耳、その髪の色。お前もバケモノだろう!」

「お前らの顔、気持ちが悪いんだよ。さっさと狩られて絶滅してしまえばいいのに……しぶとい奴らだな!」
「おい、こいつも殺しちまおうぜ!!」




さすがにこれはまずい状況だと、ティエル達がクウォーツに駆け寄ろうとした刹那。

一瞬で妖刀幻夢を引き抜いたクウォーツは、それをぴたりと真っ直ぐに先頭の青年の首へ向けた。
青年の方は剣を握り締めたまま、急に目前に現れた赤い刃に目を白黒とさせている。




「その通り。私はヴァンパイアだ。……ならば知っているだろう? 私達がどんなに容赦がなく残酷か。
そして躊躇いなく人間を殺せるのかを。それを知っていながら、貴様達は私に向かってくるのかね?」




刀を向けられた青年はゴクリと唾を飲み込んだ。確かに悪魔族の非情さは身にしみて分かっている。

ずっと側で見てきたのだ。連れて来られた人間達が、一人二人と殺されていく様を。
次は自分の番だろうか。いつ自分の番が来るのだろうか。そんなことばかりを考えて、眠れぬ夜を過ごした。


……この青い髪をした、気味の悪い青年を殺してやりたかった。そうでもしなければ気が済まなかった。
それはこの場にいる、慰みものとして連れて来られた者達全てが思っていたのだ。



しかし、それと同時に勝つことができないとも悟っていた。




「けっ。くそ忌々しいヴァンパイア共を門の前に晒したら、さっさとこんな館から逃げ出そうぜ。
……折角助かった命を無駄にすることはないしな」

心底悔しげに剣を投げ捨てた青年は、くるりと背後の者達を振り返るとこう言った。

青年の言葉に静かに頷いた面々は、
既に息絶えて転がっているレイヒマンやマリーレスカ達の亡骸を憎しみを込めて足で蹴り飛ばす。



クウォーツはその様子を静かに眺め、ようやく妖刀幻夢を鞘に収める。
そして足早に部屋から立ち去っていった。




「……待って、クウォーツ!」

彼の後を追おうと駆け出そうとしたティエルの肩を、サキョウが優しく掴んで引き戻す。
どうして止めるの、と彼女が眉をひそめてサキョウを見上げると、彼は何も言わずに首を振った。


「私達もこの部屋を出ましょう。彼らが言っていたでしょう? バアトリ達を門の前で晒すって。
……サキョウにとっても、クウォーツにとっても、いつまでもバアトリの近くにいるのは辛いでしょうし」

ティエルやサキョウとは裏腹に冷静な顔つきでリアンが口を開く。




確かに彼女の言うとおりであった。

連れて来られた者達はバアトリやレイヒマン達の死体に、今までの恨みとばかりに暴行を加え続けていた。
いくら先程まで戦っていた相手とはいえ、これ以上見ていることに耐えられなくなったのだ。

「その方がいいね。……どこか空いている部屋で一夜を明かして、それから出発しよう」
最後に締めくくるようにしてジハードが頷いた。















鬱蒼と茂る木々の間から、か細い月の光が差し込んでくる。その光に四つの人影が照らされていた。


館の門の前に、十字型に組み合わされた簡素な十字架。括り付けられている四人の悪魔。
勿論、バアトリ、レイヒマン、マリーレスカ、サーリッヒ四人の死体である。

衣服は剥ぎ取られ、皆全裸である。性器の部分は思わず目を背けたくなるほど無残に抉られていた。



身体中には無数の傷痕。裂かれたもの、突かれたもの。そこから溢れ出る血はまだ乾き切ってはいない。
その中で唯一つ、切断された首が簡単につなぎ止められている死体があった。……バアトリである。



バアトリの死体の前に佇んでいたクウォーツは、辺りに色濃く漂う血の臭いを吸い込むと目を閉じる。
周囲はあまりにも静かで、時折死体から流れた血が地面に滴り落ちる音が響いた。




(この無残な死体が明日の自分の姿なのだろうか。いつかは、私もこのように殺されるのだろうか)

クウォーツはゆっくりと目を開けると、バアトリの顔中を濡らす赤い血を拭うように指でなぞっていく。
指先に付着したものを少し口に含んでみると、ぬるぬるとした、温もりを失った冷たい感触がした。




『あなたも見続けてきたでしょう。人間に捕まった我らの末路を。彼らはわたくし達を物としか見ていない。
殺されるだけならば、まだ幸運かもしれません』




目を閉じれば鮮明に、まるで昨日のことの様に忌まわしい光景が思い浮かぶ。

あの日、人間達はクウォーツを簡単には殺さなかった。
次々と殺害されていくヴァンパイア達の中で、彼一人だけが殺されなかったのだ。


それは彼を助けるためでもなんでもなく、ただ、人間達の娯楽のために殺されなかっただけである。



手足や腹に焼けた鉄の棒を面白半分に押し付けながら、まるで命を持たない物のように彼を扱った。
自分の肉が焼ける臭いを吸い込み何度も嘔吐する彼を、ひどい顔だ、と人間達は腹を抱えて笑っていた。




「人間は私達のことを物としか見ていない。物としか見ていないから、あんなことができるんだ……!!」
吐き捨てるようにして声を発したクウォーツは、そのまま振り返らずに森の奥へと駆けて行った。







+DeadorAlive+