| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を - 第172話 あなたを、まもるから バアトリ達の亡骸が転がる部屋を後にして、ティエル達は暖炉のある居間で疲労した身体を休めていた。 『彼らもわたくしと同じ覚悟でございます。死ぬ覚悟など、とうの昔にできておりますよ。 ただ己の命尽きる迄、多くの人間達に苦しみを味わわせることができれば……それだけで良いのです』 頼りなげに揺れる暖炉の火を見つめながら、ソファーに腰を下ろしていたティエルは静かに目を閉じる。 血のスペルはあっさりと簡単に見つかった。彼らと戦いを繰り広げていた応接間に飾られていたのだ。 それはまるで、見つけてくれといわんばかりに。 ……血のスペルを手に入れても、それでも、何故かティエルの心は晴れなかった。 向かいに座るサキョウも同じようで、仇を討ってもどこか重い顔つきで自分の両手を見つめていた。 ジハードは自分の両膝を抱え込みながら、猫のように背を丸めて座り込んでいる。 「なんですの、そんな顔をして! サキョウのご両親の仇を討つことができた上に、スペルも四つ集まったのよ。 それに第一サキョウが戻ってきてくれたんですもの! あまり重苦しい顔つきをするもんじゃないですわ」 突然響き渡る、皆を励ますような明るい声。 両手を腰に当てたリアンが重苦しい雰囲気を吹き飛ばす口調で言ったのだ。 「そうそう……それにしてもサキョウ、どうして私達の居場所が分かったんでーすの?」 「ああ。エルキドを出るとき、大都市カーソンへ向かうとお前達はトガクレに伝えただろう。 ワシはお前達を追ってカーソンへ向かった。そして、片っ端にホテルを当たってお前達の姿を探したのだ」 そこまで言ったサキョウは、懐から皺くちゃになった手紙を取り出した。 これはカーソンを出るときにティエルがホテルのフロントに預けておいた、サキョウ宛の手紙である。 「とあるホテルのフロント係に、サキョウという名前宛の手紙を預かっていると渡されたのだ。 手紙にはバアトリの元へ行くと書いてあっただろう。地名や場所も。……だから向かうことができたんだ」 「そうだったのかい。きっと……ティエルの想いが、サキョウをここまで呼び寄せたんだろうね」 にっこりと柔らかな笑みを浮かべたジハードは、目を瞬いているティエルの方へと顔を向ける。 暖炉の火に照らされて、彼の透き通った白い髪がオレンジ色に染まっていた。 「みんなの苦しい気持ちは分かるけど、いつまでも立ち止まっているわけにはいかないだろう? サキョウが複雑な思いなのも分かる。ティエルがマリーレスカ達に情が移ってしまったのも分かるよ」 ジハードはその後に小さな声で、ぼくもそうだから、と付け加えた。 「……ワシは、ただヴァンパイア族に……バアトリに復讐をする為だけに生きてきた」 炎に合わせてゆらゆらと動く花瓶の影を眺めるサキョウ。この部屋の調度品はバアトリの趣味なのだろうか。 「しかし死して尚、バアトリ達に剣を突き立てる彼らの姿を見て疑問に思ったのだ。 ワシらもヴァンパイア族も変わらないのではないかと。……まるで同じことをしているのではないかと」 静寂に包まれた辺り。バアトリに慰みものとして連れて来られた人間達の声も聞こえない。 「……バアトリ達も人間に狩られた過去があると聞く。 もしも、ヴァンパイア狩りがなかったら……ワシの両親は死ななかったのではないかと。そう思ったのだ」 「そうかも……しれないね。あくまでもしもの話だから、決して断定することはできないけれど」 サキョウの言葉が途切れると、ジハードはどこか元気のない笑顔を浮かべた。 「──クウォーツ、帰ってくるかな」 「帰ってくるよ。クウォーツは必ず帰ってくるって信じてる。……このままお別れだなんて、思いたくない」 グッと唇を噛み締めたティエルは、強く首を振ってみせる。 「……もう休みましょう。終わってしまったことは仕方ないこと。あなた達も、疲れているんですのよ」 そんな彼女達の様子を黙ったまま眺めていたリアンは、やれやれと溜息をつきながら口を開いた。 「今日はもう考え込むのはやめて、身体を休めなさいな。……私達の旅はここで終わりではないんですから」 「うん……」 彼女の言葉に皆どこか力なく頷くと、その場で脱力したように寝転がったのだった。 ・ ・ ・ ……どのくらいの時間が過ぎ去ったのだろう。 ほんの少しだけ肌寒さを覚えたリアンは、ぶるっと身震いをして目が覚めた。 軽く首を持ち上げると、暖炉の火が弱々しく燃えているのが見える。柱時計の秒を刻む音が静かに響いていた。 ティエル達はそれぞれ長いソファーの上で熟睡しているようだ。 先程の重苦しい表情は消え、安らかな顔つきで眠っている彼らの姿を見ると、リアンはほっと安堵する。 周囲をゆっくりと見渡すが、やはりクウォーツの姿は見えなかった。……まだ戻ってきてはいないのだ。 もしかしたら彼は二度と帰ってこないのではないか。このままどこかへ行ってしまうのではないか。 そんな考えが一瞬だけよぎったが、頭を振ってすぐに追い払う。 暫くソファーの上で座り込んでいたリアンはやがて意を決して立ち上がると、彼を探すために歩き始めた。 物音一つしない暗い廊下を歩き、バアトリ達と戦った応接間を軽く覗き込む。そこにも人影は見えなかった。 廊下を抜けて玄関から外に出ると、どこか血生臭い湿った風が彼女を包み込む。 大きく開かれている門の前には、無残な姿となったバアトリ達の亡骸が晒されていた。 その直視できぬほど惨憺たる状態の屍達に、リアンは思わず吐き気を覚えて足を止めてしまう。 しかしごくりと唾を飲み込むと、拳を強く握り締めながら十字架の前を通り過ぎた。 目の前に広がるのは黒い森。木々の間から申し訳程度に月明かりが差し込んでいる。 「クウォーツ」 どこか控えめに、呼び慣れた彼の愛称を口に出してみる。勿論返事はない。 「……クウォーツ!!」 今度は強く呼んでみるが、彼女に応えてくれるものは重苦しいふくろうの声のみ。 全身に冷や汗がどっと噴き出す。黒い森はそのまま彼女を飲み込んでしまいそうであった。 その途端。今まで抑えていたものが溢れ出したのか、リアンは彼の名を叫びながら森の中を駆け出した。 どこか湿った匂い。通り過ぎていく木々。妖しい輝きを発する紫色の魔法ゴケ。 太い木の根に何度も躓いてしまっても、それでも彼女はクウォーツの姿を求めていつまでも駆け続けた。 一体どのくらい森を駆け続けていたのだろうか。 息も荒く、木の根に引っ掛けて血が滲み始めた足を引きずりながら走っていたリアンは、 やがて大きな木の根元に座り込んでいるクウォーツの姿を発見する。 思わず顔を歪めて彼に駆け寄っていくと、クウォーツは無造作に手足を投げ出した状態で眠っていた。 サーリッヒに刺された右腕の傷は、申し訳程度にハンカチで止血されているだけであった。 ぴくりとも動くことのないその様子は、一見するとただの死体のように見えてしまうが、 よくよく見ると胸が軽く上下していることから、彼が今生きていることだけは確かであった。 「……やっと、見つけた」 絞り出すように声を発したリアンはクウォーツまで歩み寄ると、ゆっくりと彼の前で立ち止まる。 「やっと、あなたを……見つけた……」 周囲は相変わらず黒と暗い緑色をした絵の具で塗りつぶしたような森が広がっているが、 不思議と先程まで感じた恐怖感は綺麗に消え去っていた。理由は分からない。理解する気もなかったが。 暫く周囲の木々を眺めていたリアンだったが、それから静かにクウォーツの隣に腰を下ろした。 今の彼の顔は、普段クウォーツが持つぴりぴりと張りつめている気など微塵にも感じさせられぬ、 苦しいこと哀しいこと、それら全てから開放されたような。どこか安らかな寝顔であった。 「……ねえ、クウォーツ」 不意に彼女が口を開いた。 「サキョウが言っていたでしょう。辛いときは弱音を吐いてもいいと。全てに耐えることが強い心ではないと」 勿論彼女の声に応えてくれるものはなく、声は黒い森の奥へと吸い込まれていく。 それでも彼女は独り言のように先を続ける。 「苦しいときは誰かに頼ってもいいじゃない。どうして頼ってくれないの。どうして何も言ってくれないの。 一人で抱え込もうとしないで。……お願いだから、一人で黙ってどこかに行こうとしないで」 そこでリアンは一旦言葉を止め、やがてはっきりと言った。 「あなたは、私が守るから。……あなたは、私が守ってみせるから」 ……気が付けば、側にいるのが当たり前のようになっていた。 他愛のない口喧嘩をして、他愛のない会話をして。彼が稀に見せる優しい表情を見るのが好きだった。 叶わぬ夢だけれど、そんな日がいつまでも続けばいいなんて思ったこともあった。 それが淡い恋心であったのか、それとも違うものであったのか彼女には分からないことであったけど。 決して分かってはいけないことのようにも思えたけれど。 ……その時。 眠っているクウォーツの身体がバランスを崩し、突然リアンの方へと倒れてきた。 完全に寄り掛かられた状態になってしまったリアンは動くこともできず、思わず困惑したように口を開く。 「やっ、やだ、ちょっと……!」 「……私は……」 「……え?」 リアンにもたれかかったまま、クウォーツが声を発する。起きているのかと思ったが、寝言のようである。 「……私は……お前に……愛されたかったんだ……」 殆ど聞き取れないような小さな声でクウォーツが呟いた。 「ギョロイア……」 ──ギョロイア。 クウォーツを利用していた老婆の名であったが、今でもなお、彼女は彼の心を占め続けている。 「もう……人の肩に寄りかかっておきながら、他の女の名前を呟くなんて。 まぁ、あなたがどこの誰をどう思い続けようが、どうでもいいはずなんですけど……ね……」 艶々とした、意外にも柔らかいクウォーツの髪をいじりながら、リアンはほんの少しだけ寂しげに笑った。 +DeadorAlive+ |