| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第15章+ダンス・マカブル - 愛しき貴方に花束を - 第173話 最後の地図 早朝独特のひんやりとした肌寒い空気。どこからか、聞いたことのない鳥の鳴き声も聞こえてくる。 辺りが段々と明るくなってきていることに気付いたクウォーツは、ゆっくりと目を開けた。 白い霧に包まれた森は、ひどく静かであった。時折聞こえてくる鳥の鳴き声以外は何も聞こえるものはない。 夜はあんなにも陰鬱な雰囲気を醸し出していたロクサーヌの森も、 たとえ薄暗い朝の光といえども、この清々しい光の中ではどこか神秘的な森にすら見えた。 サーリッヒに刺された腕の傷がずきりと痛み、思わずクウォーツは顔を歪める。血は既に止まっているようだ。 ……そこで、彼は初めて自分が何か温かく柔らかいものに寄りかかっていることに気が付いた。 怪訝な表情のまま顔を上げてそちらに視線を向けると、隣ではリアンが静かな寝息を立てていた。 いつの間にか、彼女にもたれかかるようにして眠っていたのだ。 「まさか……私を探しに来た……のか?」 信じられないように目を瞬き、返事がないとは分かっていてもクウォーツは眠る彼女に向けて声をかける。 規則的に繰り返される寝息。長い睫毛。……そういえば、こんな風にまじまじと彼女を眺めた記憶はない。 悪魔族が故であるクウォーツの白皙の肌とは大きく異なった、ほんのりとピンク色に染まった白い肌。 普段リアンが見せる明るい雰囲気で気付かなかったが、改めて見ると彼女は随分と繊細な容姿をしていた。 ──知っていた。 リアンが普段明るく振舞っていても、その笑顔が偽りであることを。 一人でいるとき、時折泣いていたことも。 ティエル達が彼女を信頼していくほど、心を許せば許すほど、リアンはどこか哀しげな顔をしていた。 知らなかったわけじゃない。決して気が付いていなかったわけじゃない。 気付いてはいたけれど、ただ、そんな彼女にクウォーツはどう接したら一番良いのか分からなかった。 誰かが心を許そうとすると、彼女は悲しい顔をした。まるで泣き笑いをしているような顔をした。 だから、クウォーツはリアンに全く心を許さなかったのだ。 今まで一度たりとも、彼女の名前を声に出して呼ぶことすらしなかった。 なんとなく彼女の悲しい顔よりも、笑顔を見ている方が好きだった。理由はただ、……それだけだった。 「ん……」 クウォーツが身を動かした衝撃で目が覚めたのか、リアンの目がゆっくりと開いていく。 吸い込まれそうな大きな赤い瞳に、こちらを見つめている彼の姿を映すと、彼女は柔らかく微笑んで見せた。 「おはよう」 しかしクウォーツは彼女に言葉を返すこともなく、黙ったまま無表情でリアンから顔を背ける。 何故だか彼女の目を真っ直ぐに見ることができなかった。 「おはようって言っているんですから、挨拶ぐらい返しなさいな。本当にあなたって無愛想なんだから」 そんなクウォーツの姿にリアンは一つ大きな溜息をつくと静かに立ち上がり、軽く服を叩いて土を落とす。 「……何故貴様がここにいる」 リアンに顔を向けることもなく、クウォーツが口を開いた。 「ティエル達のところにいたのではなかったのか」 「さあ、何故でしょうね。どうしてわざわざあなたを探そうと思ったのか、私にも分かりませんわ」 そう言って微笑んだ彼女は、霧深い森を振り返らずに歩き始めた。 「私、行きますわね。戻るか戻らないかは、あなたが決めて。あなたが決めたことならば、私はもう止めない」 段々と霧に霞んで見えなくなっていくリアンの後ろ姿。 完全に彼女の姿が消えてしまっても、それでもクウォーツは表情一つ動かさずに見つめ続けていた。 ・ ・ ・ 屋敷の門には、変わらず四つの亡骸が晒されていた。霧に包まれて、その亡骸はどこか幻想的にすら見える。 その亡骸の前では、ティエルが一人黙ったまま立っていた。 しっかりと、目を逸らさずに。まるで無残な亡骸を目に焼き付けようとしているかの様に見つめ続けている。 「ティエル」 その声にティエルはゆっくりと振り返ると、声の持ち主──リアン──に向かって寂しげな笑顔を浮かべた。 「……どうしてだろう。わたし、何故かこの光景を覚えていなければならないって思ったの。 目を逸らさずに真っ直ぐに見て、決してこの光景を忘れちゃいけないと思ったの」 月の光では分からなかったが、今改めて彼らの姿を眺めると、目を逸らさずにはいられない光景である。 顔の原型など、もはや留めてはいない。辛うじて性別が分かる程度である。 昨夜はあんなにも騒いでいた慰みものの人間達の声は全く聞こえない。 恐らく、こんな忌々しい思い出の残る屋敷からは夜のうちに逃げ出してしまったのだろう。 バアトリ亡き後のこの森は危険なものではなくなり、彼らは無事に抜け出ることが出来たのかもしれない。 確かにバアトリ達の行ってきたことは、決して許されるようなものではない。 戯れに命を奪うことがどんなことを意味するのか、サキョウの姿を見て痛いほど思い知らされている。 「わたしだってバアトリと同じ事をしているのかもしれない。わたしも復讐の為にヴェリオルを殺そうとしている。 復讐の対象がヴェリオルに変わっただけだ。……わたしも、バアトリ達と何も変わらない」 そこまで口にしたティエルは、ぐっと唇を噛み締める。小刻みに彼女の身体が震えているのが見えた。 「どうして……どうして憎しみなんて感情があるんだろう。こんなものいらないよ……!!」 「……どうして、かしらね」 ティエルの言葉に、リアンは静かに目を閉じる。まるで、自分に何かを言い聞かせるかのように。 「けれどティエルは、愛する人を奪ったヴェリオルを許すことができますの? 復讐のことはすっかり忘れて、全てなかったことにして。あなたは生きていくことができて……?」 ティエルはぼろぼろと涙を零しながら、何回も首を振った。 できない。全てなかったことにするなんて。忘れて生きていくなんて。そんなこと、できるはずがない。 「……できないよ」 その時。半分開いていた屋敷の扉から、ゆっくりとジハードが歩いてきた。 「全て忘れてしまうことができたら、どんなに楽だろう。けれど……決して忘れることなんてできないよ」 「己の手を汚さねばならぬ時もある。憎しみが新たな憎しみを生んでしまうことも承知の上で」 門の角から歩いてきたのはサキョウ。どこから見つけてきたのか、肩にスコップを担いでいる。 「しかし、たとえ誰であろうと死者は平等に弔うのが我がモンク僧の掟。 これは決して同情ではない。同情はしない。だが……いつまでも亡骸を晒しておくわけにもいかんしな」 「手伝うよ」 バアトリ達が縛り付けられている十字架を下ろそうとするサキョウの元へ、ティエルが歩み寄って行った。 それに続いてリアンとジハードも、黙ったままサキョウを手伝い始める。 暫く無言の作業が続いた。静まり返る中、聞いたことのない鳥の鳴き声が森に響き渡っている。 早朝のロクサーヌの森は霧深く、いつまでも晴れる兆しは見えなかった。 ……やがて屋敷の裏に、真新しい四つの墓が出来上がった。 花も何もない、ただ木で作られた簡素な十字架が半分ほど埋められている墓である。 四つの墓を前にして、ティエル達が一息ついたとき。森の奥からゆっくりと人影が向かってきた。 青い髪に、紺を帯びた黒のコート。細々と差し込む朝の光の下に現れたのは、クウォーツであった。 ティエル達と新しい四つの墓を交互に眺めてから、クウォーツはほんの少しだけ首を傾げてみせる。 「……おかえり」 手についた土を簡単に払うと、ティエルは満面の笑顔で彼を迎えた。 座り込んでいた他の面々も、クウォーツの姿を見るとほっとしたように笑みを浮かべる。 「これで久々に全員揃ったね。……やっぱり、ぼくは誰かが哀しい理由でいなくなってしまうのはもう嫌だよ」 弾みをつけて立ち上がったジハードは、サキョウとクウォーツを眺めながら言った。 「あら珍しい。あなたがそんなことを口にするなんて」 そんなジハードを、リアンが驚いたように眺める。 サキョウに続いて最後にティエルが立ち上がると、背から大剣イデアを引き抜いた。 それは朝の光に反射して、美しい銀色の輝きを放っていた。白銀の宝玉の周囲で紫の四つの光が煌く。 彼女は身体の向きを変えると、黙祷を捧げるかのようにイデアを墓に向かって掲げた。 その瞬間。イデアの宝玉が強い光を発したかと思うと、墓の上に大きな地図を映し出す。 セレステールの断罪のスペル、エルキドの宵闇のスペル、カーソンの混沌のスペル、バアトリの血のスペル。 この四つは既に手に入れている。今映し出されたこの地図は最後のスペル、運命のスペルの在り処である。 「……ここが」 「最後のスペルの在り処……」 墓の上にはっきりと映し出された地図は、ティエルがよく知る国であった。 ──メドフォード王国。 人々はこの国を水と緑の王国と呼んでいる。 「メドフォードに最後のスペルがあったんだ……」 映し出された地図を呆然と見つめながら、ティエルが口を開いた。 「わたし、スペルがあったなんて知らなかった。どこにあるんだろう。城下町? それとも城に……?」 「それは行ってみなければ分からぬよ。メドフォードか……。最後のスペルの場所に相応しいではないか」 優しくティエルの背を叩くと、サキョウが柔らかな笑みを浮かべる。 「ゾルディスからメドフォードを取り戻すのだろう?」 「私も最後までお付き合いいたしますわよ。ティエルの助けになりたいんですの」 「ゾルディスは好かない国なんでね。そんな国がティエルの故郷を好き勝手にしているのは許せないよ」 そう言ったのはリアンとジハード。 「……仕方ないな」 クウォーツは、最後まで付き合ってやる、といった風に肩をすくめながら溜息をつく。 「ありがとう。みんな、本当にありがとう」 思わず瞳が潤んでしまったティエルは慌ててごしごしと擦ると、それを誤魔化すために笑って見せた。 「わたし、必ず国を取り戻す。そしてイデアのスペルを完成させるよ……!」 「その意気ですわ。それじゃ、そろそろ出発の準備をしなくちゃね」 「メドフォードに行くのなら、途中ベムジンに寄ってくれんか。祖父殿にお伝えしたいこともあるからな」 「うっ、ベムジンってマッチョな男達が多すぎるんですのよ」 荷物を取りに行くために館の中へと足を向けるリアンとサキョウの会話を聞いていたティエルは、 ベムジン寺院を訪れた時のリアンの様子を思い出し、思わず笑いを吹き出してしまう。 「ベムジンはサキョウの第二の故郷なんだってね。美像と名高いマーチャオ像とやらが見てみたいよ」 それにジハードが続いていく。 立ち止まってどこか迷った様子を見せていたクウォーツも、やがてゆっくりと歩き始める。 最後にティエルが屋敷の中へ戻ろうと歩きかけ、その足が止まる。 (同情はしない。同情はできない。彼らも、同情されることを望んではいないでしょう。──けれど) 視線の先には、作ったばかりの四つの墓。 (……せめて、彼らに永遠の安息を) 暫く墓を見つめていたティエルだったが、ぐっと拳を握り締めると歩き始めた。 二度と、振り返らずに。 +DeadorAlive+ |