| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第174話 ベムジンへの帰還 『……セリオス、最近遊んでくれないね。もしかして、わたしのことが嫌いになっちゃったの?』 『ティエル姫、一人でこんな所にまで来たのか? ここは危険だから近づくなと、何度も言ったはずだろう』 『だって……セリオスが遊んでくれないんだもん! わたし、寂しいよ……』 『姫、頼むからあまりオレを困らせないでくれ。オレは今、大切な仕事に取り掛かっているのですよ』 『セリオス……』 『……すまない。何も分からない姫にそんなことを言っても仕方がないな。でも、少しだけ待っていてくれ。 オレが今取り掛かっている仕事が片付いたら、たくさん遊ぼうな。……約束するよ』 『ほんと!?』 『本当だよ。そうしたらこんな国から逃げ出して、どこか知らない地へ行こう。姫とオレの二人だけで』 『うん、約束だねっ。わたし、セリオスとずーっとずーっと一緒にいたい!』 『……ありがとう……。これな、指きりっていうんだ。約束を破らない誓いだよ』 『ゆびきり? ちかい?』 『ああ、そうだ。オレはいつまでもティエルと一緒にいるという誓いだ。……決して忘れないでくれ』 ……ねえ、待って。どうしてあなたはそんなに悲しい声をしていたの? 苦しい声をしていたの? あなたの瞳はわたしを見るとき、いつもどこか哀しそうだった。その理由は今でも分からないけれど。 セリオス、あなたは一体どこに行ってしまったの──……。 ・ ・ ・ ・ ・ ごとごとと、身体が不規則に揺れている。 馬車の心地よい揺れに、ティエルは知らぬ間に眠ってしまっていたようだ。 爽やかな緑の匂いを含む風と、優しい日差しが降り注ぐ感覚に、彼女はゆっくりと閉じていた目を開いた。 すぐ近くには、狭い荷台の上で思い思いの格好で座っている仲間達の姿が見える。 荷台から身を乗り出しながら辺りの景色を眺めているリアン。ジハードは大あくびをしながら読書をしている。 時折御者台から聞こえてくる明るい笑い声は、サキョウと馬車の持ち主である男の声。 クウォーツは愛刀を布で磨いているようだ。周囲には彼を慕って小さなコウモリが飛び回っている。 こんな穏やかな光景を眺めていると、平和だな、とティエルは思わず笑みを浮かべてしまう。 それがたとえ、束の間の平和であったとしても。 ロクサーヌの森を抜け、メドフォード王国が位置するエンシルガルド大陸に辿り着いたティエル達。 それから内陸へ進むこと約二週間。 ようやくベムジンにほど近い位置までやってきた彼女らは、 現在ベムジンに荷物を届けるという通りすがりの商人の荷馬車に乗せてもらっているのだ。 「あーあ、この風の匂いが懐かしいな。エンシルガルドの風は、緑の匂いをいっぱい含んでいるんだよ!」 先程見た夢のことは忘れることにしたティエルは、軽く伸びをしながらリアン達に向かって口を開く。 「わたしの育ったメドフォードは、四方を森や湖に囲まれているの。だから水と緑の王国と呼ばれているんだ」 「へえ、ロマンティックな呼び名ですわね。メドフォード地方は比較的暖かい所だと聞きますわ」 荷台から身を乗り出していたリアンは、ティエルの声に振り返った。 その拍子に光沢のある青緑の髪が宙を舞い、美しい彼女をどこか幻想的に見せている。 「私の育った所はとっても寒い地方なんですの。……殆ど一年中雪が降っていたんじゃないかしら」 「雪かぁ……一度でいいから、一面の銀世界の中を駆け回ってみたいね」 本を読んでいたジハードも顔を上げる。 「そうだ。色々と片付いたらさ、うんと北の大陸に行ってみない? これは旅というより旅行かな」 「あっ、それいいなー! わたし気になってるんだけど、雪国フィーヨルランドとか面白そうじゃない?」 「私にとっては雪なんて珍しいものじゃないですけど、旅行というのは面白そうですわね」 雪の大陸について話が盛り上がっている三人を一瞥し、クウォーツは再び妖刀幻夢に顔を向けた。 そんな彼の前へ、弾みをつけて荷台に上がってきたサキョウが歩いてくる。 「……クウォーツ、これをお前に渡しておこうと思う」 サキョウが差し出したものは、赤と紫の糸で編まれた腕輪のようなもの。小さな鈴が三つほどついている。 クウォーツは暫くそれを眺めてから、実に怪訝そうな表情でサキョウに顔を向ける。 「なんだ、これは」 「聖なる都ベムジンは、町のあちこちに悪魔や魔族、モンスターに対して結界が張られておるのだ。 しかしこの腕輪を身につけていれば、結界を無効にすることができる。お前を悪魔と疑う者は誰もおらんさ」 「早い話が、ただ私が町中に入らなければいいだけのことだろう。 ……もしも私が悪魔族だと判明してみろ。手引きをした貴様の立場も危うくなるのではないか?」 差し出された腕輪を軽く振り払うと、全く感情のこもっていない声色でクウォーツが口を開いた。 「昔貴様が何度も私に言っていただろう。僧達にとって、悪魔族は永遠の宿敵であると。 普通の者ならともかく、長年悪魔族と対峙し続けてきた僧侶共の目をこんな腕輪で欺けるとは思わんがね」 耳の尖った者なら、そう珍しくはない。しかしクウォーツは悪魔族独特の雰囲気を纏っている。 確かに普通の者ならばエルフ族だと誤魔化せるかもしれないか、僧侶達まで誤魔化せるとは思えない。 だが、それでもサキョウは微笑を崩さず、クウォーツが振り払った腕輪を拾い上げた。 「……確かに我々僧達の宿敵は、お前のような魔に属する者だ。悪魔族を倒すために修行を続けている。 しかし、それら全てを排除してしまってはいかんと、ジハードを見ていて思ったのだ」 ジハードも不老不死に目が眩んだ人間達を見続けてきた。だが決して人間全てを憎もうとはしなかった。 そればかりか、そんな者達ですら彼は愛そうとしていたのだ。 サキョウの言葉にクウォーツは暫く思案するような表情を浮かべ、ちらりとジハードを一瞥する。 やがて深い溜息と共に、サキョウが差し出している鈴の腕輪を受け取った。 「おうーい、旅人さん達よ。ベムジン寺院が見えてきたぞ」 御者台の方から、実に人の良さそうな赤ら顔の男が声をかけてきた。 この者が馬車の持ち主である。港町で仕入れた織物をベムジンに届けると言っていた。 ティエル達が前方に目を向けると、ベムジンを象徴する大寺院の屋根が城壁の上から顔を覗かせている。 「わーっ、懐かしい! あそこの寺院にサキョウのおじいさん……シグン大僧正がいるんだよね!」 赤と金のみを使った特徴的な形の屋根に、ティエルは懐かしさのあまり思わず荷台から身を乗り出す。 「ベムジンに初めて来た時は、本当に心細かったなぁ……。国を奪われてから日も浅かったし。 あの頃は、まさか自分が封魔石を手に入れるなんて思わなかったしね」 「私もそう思いましたわよ。封魔石を探して旅をしていましたけれど、無理なことだと思っていましたわ」 荷馬車の揺れに身を任せ、リアンも何かを思い出すかのように目を閉じた。 「ほんと、色々なことがありましたわね。長かったようで、とても短かったような気がいたしますわ」 「うむ、そうであるな。ワシがベムジンを旅立ってから、モンク僧達は元気でやっているだろうか……」 彼女の隣では、近づいてくるベムジンの正門を眺めながらサキョウが腕を組んでいる。 「……もう、まだ思い出を懐かしむには早いんじゃないのかい?」 「フッ、勝手にさせておけ。確かにまだ全てが終わったわけではないから、気を抜くなとは言いたいが」 ベムジンを見つめながら思いを馳せる三人に溜息をつくジハードと、完全に我関せず顔のクウォーツ。 一行がそれぞれの思いを胸に抱いている間にも、荷馬車は聖なる都ベムジンの正門を潜り抜ける。 ドッシリと構えている門の左右には、魔除けの結界の証である文様が描かれているのが見える。 荷馬車が門を通過する瞬間、クウォーツの手首にはめられた鈴の腕輪が僅かな間だけ鈍い光を発した。 魔に属する者の進入を拒む結界を、そこを通過する瞬間だけ無効化したのであろう。 しかしこの様な結界はほんの気休め程度だとクウォーツは思った。 下級モンスターならばともかく、悪魔や魔族などは簡単に入り込めてしまうのではないか、と。 ベムジンまで乗せてくれた商人に礼を言い、ティエル達は正門の前で荷馬車を降りた。 道行く人々の中には、見習い僧の姿も時折見受けられる。 いくつもの建物が重なり合って建っているベムジン。初めて来た時は、寺院までの道が分からなかったのだ。 「お前は最初、ワシのことをゴドーと呼んだだろう。……あの時は本当に驚いたぞ」 ティエルが初めてサキョウと出会った噴水広場の前まで来ると、彼は笑みを浮かべて振り返った。 「今でもワシが兄上に見えるか?」 「……ううん、今は見えないよ。確かにサキョウとゴドーは似ている所もあるけど、やっぱり全然違うよね」 首を振ったティエルは、サキョウの太い腕に自分の腕を軽く絡める。 「ゴドーは死んだ。わたしはそれを、しっかりと受け止めなくちゃいけない。目を逸らしたりしちゃいけない。 もしも目を逸らしてしまったら、わたしを守って死んだゴドーに対して……それは大きな侮辱になる」 「……そうだな」 初めてベムジンでサキョウに出会った時、彼が案内した道のりと全く同じ道を歩きながら。 二人はゴドーの冥福を祈ったのであった。 +DeadorAlive+ |