Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第175話 サキョウとモンク僧





「やっぱり何度見てもベムジン寺院は迫力あるなぁ……何度っていっても訪れたのはこれで二回目だけど」



後ろにひっくり返りそうになりながら身体を反らし、目の前に建つベムジン寺院を見上げるティエル。
がっしりとした石造りの建物ではあるが、どこか優美さを感じさせられる。

見たところ外壁を塗装した様子がないので、元々黒ずんだ緑色の石を使用しているのだろうか。



少々反り返っている変わった形の屋根は、見事な朱の色で塗られている。
巨大な門は参拝者の為に開放されており、決して派手ではないがきちんと整備された中庭が見えた。

そこでは遥々遠方からやって来たと思われる変わった格好の旅人達、
そして鍛え抜かれた肉体を持つ男達の姿があった。


サキョウがいつも身に着けている鉢巻をしていないことから、男達は見習いモンク僧のようである。




その中の一人がこちらに向かって歩いてくるサキョウに気付き、両の手のひらを合わせて深く礼をする。
サキョウもまた同じように手を重ね合わせて頭を下げた。

ベムジンでは目が合うと相手に礼をする風習がある。ティエルもそれに倣い、手を合わせてみる。




「この建築はペダン式だね。見てごらん、あの特徴的な屋根の形なんてペダン式の象徴ともいえるよ」
一方ジハードは、隣でしきりに頷いているリアンに解説をしているようだ。

「ぼくの故郷がある大陸に深く伝わっているチャダラー式建築の流派だよ。
いやあ、まさかエンシルガルド大陸でペダン式の建造物を見るとは思わなかったよ。実に美しいね」


「ふーん、建て方にも色々あるんですのね。それにしてもジハードが芸術に興味があるなんて驚きでーすわ」




建造物に溜息をつく人々のいる広い中庭を通り抜け、門と同じく開け放たれている正面入口へと向かう。

正面入口の左右には二人、サキョウと同じ鉢巻をした屈強な男が立っていた。……モンク僧である。
モンク僧はサキョウら一行に軽く顔を向けると、やがてその目が大きく見開かれる。



「もしや……サキョウ殿……?」
「やはりサキョウ殿だ! サキョウ殿が長旅から戻られたぞ!」



「おお、今帰った。お前達も日々修行を怠ってはおらぬか」
駆け寄ってくるモンク僧達にサキョウは柔らかい笑みを向け、それからしっかりとした口調で言った。

「サキョウ=タチバナ、大僧正シグン様にお伝えしたいことがあり戻った次第だ」



「シグン大僧正様もサキョウ殿のお帰りをお待ちでした。ささ、お仲間の方々もこちらへ。……ん?」
笑顔でサキョウ達を中に招き入れようとしていたモンク僧の顔が、見る見るうちに強張っていく。

視線の先は、勿論青い髪をしたクウォーツである。モンク僧にとって悪魔族は天敵なのだ。
その様子にクウォーツは、またか、といった風に軽く肩をすくめて見せる。




「サ、サキョウ殿、この青年はもしや悪魔族では……? あなたほどの方がモンク僧の誓いをお忘れか!?
このような穢れた堕天使を、神聖なる寺院に一歩たりとも入れるわけにはいきません!」


「ああ。確かにそうであるな。神聖なる寺院に悪魔族を一歩たりとも入れるわけにはいかぬ。
それがモンク僧絶対の掟。修行中散々頭に叩き込まれたからな。ワシも、よく分かっているつもりだ」

依然柔らかな笑みを崩さぬまま、だがどこか物寂しげな笑みを浮かべるサキョウ。




「……だが、ワシにとって彼は穢れた悪魔族ではなく、仲間であり友人ともいえる存在なのだよ。
お前達はワシの友人を堕天使などと言って侮辱するのか?」

「そっ、それは……」
「しかし悪魔族はなりません!」



サキョウの言葉を聞いて、モンク僧達は少々迷ったような表情を見せながらも道を譲らない。



暫くサキョウとモンク僧の間で静かな睨み合いが続いたが、やがてクウォーツが一歩前に進み出る。
この世のものとは思えない異質な美貌の彼を前に、モンク僧は険しい顔つきでそれぞれ拳を構えた。

何かを言おうと口を開きかけたサキョウをクウォーツは無言で制し、無感情な顔をモンク僧達に向ける。




「大勢の僧侶どもに囲まれるのは、正直言って居心地悪い。……ここで私は失礼しよう」
思わず息を呑む程にふわりと優雅な一礼をしたクウォーツは、それから背を向けるとゆっくり歩き始めた。




「……すまぬ。後で必ず迎えに行く」
遠ざかって行く青い髪の後ろ姿に向けて、サキョウは返事がないと知りつつも声をかけたのだった。















サキョウに続き、ティエル達は関係者以外立ち入ることのできない廊下を歩き続ける。

以前ティエルとリアンがここを訪れた際、弁髪の男に大僧正の部屋まで案内された時に歩いた廊下である。
黒味を帯びた緑の壁に、朱色の絨毯が延々と続いている。


左右の壁にはベムジンに伝わる教えが書かれた額が飾られていた。




どこか見覚えのある長い廊下をクウォーツを抜いた四人で歩いていると、やがて最奥に大きな扉が見えた。
その前で立ち止まったサキョウは、ノックをするのを躊躇しているようだ。


モンク僧の掟とはいえ、クウォーツを連れてくることができなかった自分を後悔しているのだろうか。




「……やっぱり仕方がないのかな。ここの人達は、ずっとずっとそういう教えを受け続けてきたんだもんね」
何かを悩んでいるサキョウの背に、ティエルはそっと手を触れる。

「悲しいけど、それは仕方がないんだって思わなくちゃいけないのかな」




「……仕方がない……か」
一瞬だけ影の差したサキョウの顔であったが、次の瞬間には拳を力強く握り締めて扉を叩いた。



「シグン大僧正様、サキョウ只今戻りました!!」




少々軋んだ音のする大きな扉を両手で開くと、特徴的なお香の匂いが廊下に広がる。
ベムジン寺院の頂点に位置する大僧正の部屋にしては、随分と質素な印象を受ける部屋であった。

まさにベムジンの象徴であるマーチャオ神を象った銅像の前には、紫紺の法衣に身を包んだ老人の姿。
この老人こそがゴドー、サキョウ兄弟を養子に引き取った、大僧正シグンである。


「おお……よくぞ無事に戻った、サキョウよ。そしてティアイエル姫様もリアン殿もお変わりなく」
垂れ下がった長い眉毛を震わせ、シグン大僧正が両手を広げて彼女達を迎えた。


「長旅でさぞお疲れじゃろう……ささ、とりあえず座って下され」




シグン大僧正に促され、サキョウ達は金の刺繍が施されているソファーに腰掛ける。
ソファーの布地にも不思議なお香の匂いが染み込んでいる。




「色々と積もる話もあるだろうが、そちらの不思議な刺青をしている白髪の者は初めて見る顔じゃのう」




「ジハードと申します。……お初にお目にかかります、シグン大僧正。サキョウ殿からお噂はかねがね」
スッと立ち上がったジハードは、両手を胸の前で交差させながら頭を下げた。

一国の王子相手にすら敬語を使わないジハードが、珍しく丁寧な口調で挨拶をする様を見て、
ティエルやリアン、そしてサキョウは思わずぎょっとして彼に顔を向ける。



「ほっほっほ、そんなに畏まらなくともよいよ。おぬし達はサキョウの友人だ。会えて光栄じゃよ」




「……実は祖父殿、もう一人友人がいるのですが。少々事情がありまして、今は寺院の外で待っております」
「そうか、それは残念じゃのう。いやしかし、また機会があれば紹介してくれんか」

どこか言いにくそうに口を開いたサキョウに、シグン大僧正は実に残念といった風に肩をすくめて見せた。


「それはそうと……ベムジンに戻ってきたところを見ると、
姫様もいよいよメドフォード奪還に動き出すのですか? ワシもその日をずっと待ち望んでおりました」




「あ! そうだ、封魔石を手に入れることができたの。銀に見えるけど、灰色の封魔石イデアっていうんだ」


思い出した様に手を打ったティエルは、ソファーの端に立て掛けていた大剣を大僧正シグンに差し出す。
部屋に灯るロウソクの光に照らされて、鞘から抜かれた刃は美しい白銀色に輝いていた。

銀の宝玉の周囲には、薄紫色をした四つのスペル。
その一つ一つに悲しい記憶が宿っているが、今は前に進むことだけを考えようとティエルは思っている。




「これをめぐり、今まで数え切れないほどの者達が血を流している呪われし宝石……封魔石」
灰とも銀ともつかない色合いの石をさすりながら、シグン大僧正はどこか悲しげに目を細めた。


「ティエル様。あなたなら大丈夫だと思いますが……どうか、決して魔に魅入ってしまわないように」



「……その言葉、しっかりと肝に銘じておきます」
シグンからイデアを受け取ったティエルは、彼の瞳を見つめてから力強く頷いた。







+DeadorAlive+