Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第176話 再会





「そうじゃティアイエル様。……あなたに是非とも会っていただきたい者達がいるのですよ」

ぐるりと面々の顔を見渡したシグン大僧正は、最後にティエルの顔の前で止める。
驚いたように目を瞬かせたティエルに意味ありげな笑みを浮かべ、彼はゆっくりとソファーから腰を上げた。



「こちらへおいで下さい。皆、日々あなたの無事を祈り、あなたにお会いすることだけを夢見ていたのです」




「わたしに会いたがっている人たち……? ねえ、大僧正さん。それは一体誰なの?」

だがシグン大僧正はティエルの問いには答えず、ただただ穏やかな笑みを浮かべているだけである。
扉を開けて廊下を歩き始めたシグン大僧正の背を眺め、ティエルは思わず首を傾げた。


ベムジンに知り合いなどはいないはずだ。それならば、一体誰が彼女と会いたがっているのだろうか。




廊下の角を曲がり、先程とは違って明るい陽の光が差し込む長い廊下に出る。
朱と金を基調とした美しい絨毯。左側にはいくつもの扉が並んでいた。

一方右側は壁が完全に取り払われ、その代わりに頑丈な手すりが延々と続いている。
そこからはベムジンの町並みが一望できる。丸いベムジン民家の屋根は、上から見ると実に可愛らしい。



「……一体誰なんだろうね、ティエルに会いたがっている人ってさ」
「私には見当もつきませんわ。それにしても、大僧正さんも焦らさないで早く教えてくれてもいいじゃない?」

ティエルの背後で、ジハードとリアンが小声で話している。




一つだけ思い当たる人物達がいる。しかし、それはティエルの叶うはずもない単なる願望であり。
実際にその者達が待っていてくれるはずがないと、心のどこかで諦めてもいた。



暫く歩いていると、やがて大僧正は一つの扉の前で足を止める。



ティエルも足を止めて彼に顔を向けると、大僧正の瞳は扉を開けてみろと彼女を促しているように見えた。
ごくりと唾を飲み込み、ティエルは恐る恐るドアのノブに手をかけ、一気に押し開く。

扉は不安なティエルの心に反して、あっけないほど簡単に開いた。




「あ、あれっ? ……うわぁっ!?」



勢いよく扉を開けたこともあり、彼女はバランスを大きく崩して部屋の中へと派手に転倒してしまう。

床に強く打ち付けた膝をさすりながらティエルがゆっくりと顔を上げると、
呆然とした顔つきでこちらを見つめている十数名の者達が視界に入る。その中の数名があっと声を上げた。




「……ティエル姫様!」

声を上げたのは赤毛と金髪の青年二人である。
彼らは慌てて前に進み出ると、膝をついているティエルに向かって手を差し出した。


「やっぱり姫様、そそっかしい所は変わっていませんね」



「ジョン、リック! あなた達、無事だったんだ!」
立ち上がることも忘れ、ティエルは大きな目をまん丸に見開く。


メドフォード万年見習い兵士であるジョンとリックは、メドフォードでの数少ないティエルの友人である。
城にいた頃はよくこの者達と一緒に悪戯めいたことをしたものだ。


「姫様もよくぞご無事で! 皆、国を取り戻すことを諦めず、姫様が帰ってくると信じていたんですよ……!!」
低い鼻をこすりながら笑みを浮かべるジョンの隣に、黒の衣装の青年が進み出た。メドフォード騎士である。

「ティエル姫様、本当にご無事でよかった……!」
落ち着いた物腰の茶の髪をした青年は、恭しく跪くと顔中に柔らかな笑顔を浮かべた。



「わたくし、メドフォード騎士団員のサイヤーと申します。副騎士団長ガリオンは……わたくしの親友でした」



「……ガリオンの」

ガリオンからティエルが剣術を学んでいたことは、騎士団員の中では既に公然の秘密である。
ティエルの表情がほんの少しだけ曇ったが、サイヤーと名乗った青年はそのまま続けた。



「申し訳ございません! ……どうしてもガリオンの遺体だけは見つけることができませんでした。
ですが姫様、ガリオンはきっと生きているとわたくしは信じております。必ず無事に戻ると信じております」

跪く青年の後に続き、生き残りと思われる黒い衣装のメドフォード騎士団が深々と頭を下げる。


「騎士団長のバイガン殿、右大臣フリド殿、兵士隊長殿も生きておられるのは確かなのですが……。
ゲードルの逆鱗に触れ現在メドフォードの獄中におり、いつ処刑されてもおかしくはない状況なのです」



「……逃げ遅れた他の者達は皆、ゲードルの監視下で今でも奴隷のようにこき使われております。
その上メドフォードの名を語ったゲードルは、他の国に侵攻も考えているらしいのです」

「贅を尽くすために重い税金を国民にかけ、男達は皆ゲードルの新しい居城を作るために駆り出され……。
このままでは本当にメドフォードは内側からボロボロに崩れてしまいます……!」




涙ながらに話す騎士や兵士達の訴えを、ティエルは一つずつ噛み締めているかのように聞いていた。
ティエルが苦しんでいたのと同じように、彼らもまた苦しんでいたのだ。



「……ごめんね、帰ってくるのが遅くなって。けれど、もうこんなことは終わりにしよう。終わりにする」
うっかり溢れ出そうになってしまった涙を必死に堪え、ティエルはしっかりとした口調で言った。


「みんな、ゲードルからメドフォードを取り戻すために……わたしと一緒に戦ってくれる……?」




「何を仰るんですか! 勿論我らも姫様と共に戦います!」
「メドフォードは僕らの故郷なのですよ!」

「最後まで姫様と共に戦います!」
部屋中に凄まじい歓声が響き、……輪の中心でティエルは国を取り戻すことを改めて誓ったのであった。




「ちゃんと待っていてくれる人がいるじゃない。あなたの帰りを信じて、待ち続けてくれた人がいたじゃない」
兵士達に囲まれているティエルを眺め、リアンがほんの少しだけ口元に笑みを浮かべる。

「こういう場面を見ていますと、ティエルがお姫様だったことを思い出しますわ。普段は意識しませんからね」



「……姫君だからこそ、国を取り戻さなければならない使命を一人で抱え込んでしまうこともあるだろうけど。
それでも彼女にはあんなにも支えてくれる人がいる。共に戦ってくれる人がいる」

戸口に寄りかかっていたジハードはゆっくりと身を起こし、リアンに向けて柔らかな笑顔を浮かべて見せる。
その拍子に彼の身に付けている鈴がちりんと涼しい音を鳴らした。


「それはとても幸せなことだと……ぼくは思うよ」




「ところでサキョウよ、今夜の宿はもう決めておるのか?
ティアイエル姫様も同じ故郷の者たちとつもる話もあるだろう。暫く寺院に滞在してはどうじゃね?」

ティエルと兵士達を眺めていたシグン大僧正が、サキョウに向かって提案する。
その言葉にサキョウは暫く考えるような表情を見せ、それから苦笑を浮かべながら口を開いた。



「……そうですな。ティエル達はそうした方がよいでしょう。
しかし祖父殿、ワシは友人を町で待たせているのです。ワシは彼と二人で町の方に宿を取るつもりです」

悪魔族は神聖なる寺院に立ち入ることを許されない。
先程門の外で別れたクウォーツの表情を思い出し、サキョウはどこかやるせない気持ちになったが。




「なんじゃ、先程言っておったもう一人の友人か。……何故ここに連れてこないのじゃ?」




「シグン大僧正さん。折角の申し出、とても嬉しいんだけど」
サキョウ達のやり取りを耳にしたティエルは兵士達の輪から離れ、シグン大僧正の前で立ち止まる。

「……友達、待たせているから。わたしも町に戻るよ。彼、きっと待ちくたびれているかもしれない」



「姫様……そのご友人とは一体……?」
事情が分からずに目を瞬いているシグン大僧正に笑みを浮かべ、ティエルは兵士達を振り返った。


「一旦荷物置いて、それからまた来るよ。今後のこととか考えないといけないしね」



「しかしティアイエル姫、我々が姫の元まで伺わせていただきますが」
「あんま宿に人が多く来ても、目立っちゃうだけでしょ。とりあえず暫くはわたしの方から行くよ」

「はっ、かしこまりました!」




「それじゃ、リアン、サキョウ、ジハード。町の方に戻らない?」
その言葉に三人は軽く頷いてみせる。

未だ事情の飲み込めていないシグン大僧正にティエルは深く頭を下げると、部屋の外へと足を向けた。















よく整備された寺院の中庭を歩いているとき、すれ違った観光客の会話が耳に飛び込んでくる。

「寺院の周囲で青い髪の男を見かけた奴がいるらしいぞ」
「気味が悪いな……。青い髪を持った奴がのこのこ寺院に来るなんて、どんな神経しているんだか」



その会話を耳にしたティエルは、ほんの少しだけ俯いた。

もしも自分が青い髪を持って生まれてきたならば、祖母やゴドーは同じように愛してくれたのだろうか。
ジョンやリック、兵士達も今と同じように接してくれたのだろうか。


……ただ髪の色だけで、人々の見る目は変わってしまうのだろうか。




そこまでティエルが考えた時。
大きく開け放たれた寺院の門の向こうに立っていた、艶やかな青い髪を持った人物を発見する。



「クウォーツ!」
ホッとしたように声を発すると、ティエルは彼に手を振りながら駆け寄っていく。


「ごめん、待った?」



「……待った」
ティエルら四人の顔を順繰りに眺めたクウォーツは、軽く肩をすくめて見せる。

「ティエル。何かあったのか? 今にも泣きそうな顔をしている」



「えっ!?」

クウォーツに言われ、初めてティエルは自分が眉を八の字に曲げ、顔を歪めていることに気が付いた。
知らぬ間に先程までの思考が表情に出てしまっていたのだろうか。


……もしも青い髪を持って生まれてきたならば、今のように皆は愛してくれたのだろうか。……と。




「なんでもないよ、ほんのちょっと感傷的になっちゃっただけ」
「そうか」

クウォーツはそれ以上追求はせず、サキョウの方へと顔を向けてすぐに会話を始めていた。
遠巻きにこちらを盗み見ながらひそひそと話している他の観光客など、気にも留めていないようだ。



そんなクウォーツの顔を見て、彼は強いんだな、と。……ティエルは心の底から思ったのであった。







+DeadorAlive+