| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第177話 故国奪還までの道のり ベムジン二日目の朝。大きく開け放たれた窓から、朝独特の清々しい風が入り込んでくる。 その風の涼しさに目が覚め、目を開けたリアンはゆっくりと顔を隣のティエルのベッドへと向けた。 しかし既にそこはもぬけの空であり、ベッドの主であるティエルはこちらに背を向けて窓の外を眺めていた。 穏やかな風に揺られ、彼女の長い栗色の髪がゆらゆらと揺れている。 ティエルは昨夜遅くまで寺院の方で再会した兵士や騎士達と積もる話をしていたようだ。 ……今までのこと、そして話さなくてはならないこれからのこと。 これからが彼女にとってまさに正念場となる。 故国メドフォードをゲードルの手から取り戻すために、彼女は今まで辛い思いをしながらも頑張ってきたのだ。 それは、初期の頃からティエルと共に行動をしていたリアンが一番よく分かっている。 「……おはよう、ティエル。早いんですのね。それとも眠れなかった?」 暫くティエルの後ろ姿を眺めていたリアンだったが、やがて彼女に向かって軽く声をかける。 「えっ!?」 案の定ティエルは驚いたようにびくっと肩を震わせ、それから恐る恐るリアンを振り返った。 その顔は、到底王女とは思えぬほど情けない顔つきであった。 「あー、びっくりした。リアンったら突然声をかけるんだもん」 「相変わらず早起きですわね。あなた、昨日かなり遅くに戻ってきたじゃない。……ちゃんと眠れたの?」 振り返ったティエルの目の周囲には、明らかに寝不足の為だと思われるクマがくっきりと浮かんでいた。 ベッドに入れば数秒のうちに熟睡してしまう彼女にしては、ひどく珍しいことである。 それを見たリアンは、微かに表情を曇らせる。 「眠れない気持ちも分かりますけど……しっかり体調を整えておかないと、国を取り戻すことはできませんわ」 「……やっぱり、リアンには隠し事ができないなぁ」 眠れなかったことがあっさりとリアンにばれてしまったティエルは、ばつが悪そうに笑った。 隠し事と言うよりもこのティエルの場合は、顔に眠れませんでしたと書いてあるようなものではあったが。 「何度も眠ろうと目を閉じたけど、眠れなかった。目を閉じると、あの日……炎に包まれたメドフォード城が、 ミランダおばあさまの顔が、ヴェリオルの顔が、ゴドーの顔が、兵士達の顔が次々と浮かんでくるんだ」 兵士達と顔を合わせたことで、今まで胸の奥底に押し込めてきたものが溢れ出してきたのだろうか。 ティエルは小刻みに震えながら、それでも笑顔を浮かべてみせる。 「今まで実感なかったけれど、本当にここまで来たんだって。絶対に国を取り戻さなければならないんだって。 本当に国を取り戻すことができるのかって。そう考えていると……なんだか怖くなって」 いくら封魔石を扱う者であろうと、王女であろうと、彼女はまだ少女であるのだ。 兵士や騎士達の期待全てを一身に受け、国の未来を背負うにはティエルの肩はあまりにも小さすぎた。 「必ず国を取り戻すことができるという自信があるといったら嘘になる。怖くないといったら嘘になる。 ……でも、ジョンやリック、みんなの顔を見ていると……そんなこと言えるはずなかった」 ティエルを目にした時の、彼らの表情。 ああ、これでやっと救われる。全てが終わるんだ。誰もがそれを疑わない、そんな希望の眼差しであった。 「どうしよう……わたし……みんなの期待に応えられる様な、そんな力なんて持ってないよ……!」 「……確かに異常ともいえるような期待を、あなたに対してかけている者達が多かったですわね。 きっと彼らも今まで大変だったんでしょう。ティエルを心の拠り所にしたいのよ」 目の前で顔を蒼白にさせながら震えているティエルに歩み寄ったリアンは、優しくその肩に手を触れる。 「王女という名前は、そんなにも大きいものなんですのよ」 「……そう、だね」 「けれどねティエル。兵士達に弱いところが見せられないのなら、その分思いっきり私達に弱音を吐きなさい。 この私以外は、なんとなく頼りのない連中ですけれど……必ずみんな真っ直ぐに受け止めてくれるから」 リアンのその言葉にティエルは大きく目を見開き、それから満面の笑顔を浮かべた。 「うん……!」 ・ ・ ・ 「おはようございます、ティアイエル様!」 「お食事中大変失礼いたします。少々お伝えしたいことがございまして……」 ティエル達が一階の食堂で朝食を取っている時、数名の男達が彼女達のテーブルに向かって歩いてくる。 目立たないように町人の格好をしているが、兵士副隊長マルズと騎士サイヤー達のようだ。 「おはよう。なぁんだ……ご飯食べ終わったら、わたしの方から寺院に行こうと思っていたのに」 口の周りにべったりと赤いイチゴジャムを付けたまま、ティエルは彼らに向かって顔を向ける。 「ちょっと待って、今急いで食べ終えちゃうから。このイチゴジャム美味しいんだ」 「あ、いえいえ。ゆっくりとしていただいても結構です」 口の中にパンを詰め込みすぎて咳き込んでいるティエルに、兵士副隊長マルズは慌てて両手を振った。 兵士副隊長マルズは、がっしりとした体つきに茶色の立派な顎髭を持つ壮年の男だ。 現在囚われの身となっている、兵士隊長モルゲンの頑固っぷりにいつもつき合わされていた記憶がある。 「お仲間の方々も我々には気にせず、どうぞお食事を続けて下さ……い?」 そこまで言いかけたマルズは、急に口をつぐんだ。背後に控えているサイヤーらも表情が強張る。 「……で、私の顔に何かついているのかね?」 マルズ達の視線の先では、クウォーツがわざとらしいほど優雅な動作でティーカップに口を付けていた。 クウォーツはベムジンに立ち入ることを許されなかった為、マルズらは彼のことを知らなかったのだ。 「青い髪に、その顔立ち……ティ、ティアイエル様、この青年は悪魔族ではないのですか!?」 反射的に剣を抜こうとしたマルズだったが、現在は町人の格好のために剣を所持していないことを思い出す。 「ええいっ、成敗してくれる堕天使よ! 姫にはこの兵士副隊長マルズが指一本触れさせん……!!」 「あっ、クウォーツ。そのイチゴジャムもう残り食べないんだったら、わたしにちょうだーい!」 「お前……またジャムだけ食う気なのか。やるから、せめて何かに付けて食え」 「それならティエル、ぼくのパンをあげるよ。これ全部食べていいから。どうも寝起きは食欲ないんだ」 緊迫したマルズの声を遮ったのは、実に呑気なティエルの声。 クウォーツの残したイチゴジャムとジハードのパンを手に入れてご満悦の様子である。 「ティアイエル様……!? 姫君が悪魔族からイチゴジャムなんて貰わないで下さい!!」 「……初めて見る者には少々事情が掴みにくいかもしれんが、まぁワシらはこういうことでして。わははは」 事情が全く飲み込めずに目を白黒とさせているマルズ達に、サキョウは苦笑を浮かべながら言った。 ・ ・ ・ ひとまず騒がしい朝食を終え、ティエル達とマルズらは彼女の部屋へと集まることになった。 「実はお伝えしたいことというのは……昨日の夕刻、メドフォードに向けて使者を出したのです」 ソファーやベッドに腰掛ける面々を順繰りに見渡すと、マルズは最後ティエルの前で動きを止める。 「メドフォード国内でもゾルディスに従う風を装いながら、奪還のチャンスを伺っている者達が多くおります。 その者達に、ティアイエル姫ご無事の報を知らせるために使者を出したのです」 「その人たちと情報のやり取りをして、メドフォードを外と中から攻めるって戦法なの?」 「そのとおりです、姫様。こちらとあちらの準備が完全に整った時こそが、まさに故国奪還の時なのです」 しっかりと頷いて見せるマルズ。 「駿馬を用意しましたゆえ、何事もなければ本日の夕刻にはベムジンに使者が戻る予定でございます。 その時にまた使者を連れて、こちらへお伺いする予定でございます」 「作戦会議等は寺院内での方が何かと都合がよいのですが……。 我々がこちらに出向いた方が、ティアイエル姫様のお仲間の方々全員に話が行き渡るかと思うので」 マルズに続けて未だ納得が行かない様子で、サイヤーは窓際に寄りかかるクウォーツに目を向ける。 悪魔族である彼は、寺院への立ち入りを許されないためだ。 サイヤーの視線に気付いたクウォーツは、悪魔族独特の妖艶な顔つきでそれを受け止めた。 「とっ、とにかく……使者が戻り次第、またお伺いいたします。それでは我々は寺院の方に一度戻ります」 「うん。分かった」 笑顔で手を振るティエルに一礼をすると、マルズ達は部屋を後にした。 「……突然悪魔族を認めろだなんて難しいとは思いますけど、今は内輪揉めをしている場合ではないわ。 少しでも隙を見せれば、ゾルディスにそこを突付かれて全滅だってこともありえますわよ」 遠ざかっていく彼らの足音が聞こえなくなる頃、沈黙に徹していたリアンが溜息をつく。 「彼らも、それは充分理解していると思いますわ。……だからこそ、あれ以上何も言わなかった」 「確かにそうだな。……これからが大変だぞ、ティエル」 マルズ達が消えた扉を見つめているティエルに向かって、サキョウが声をかけた。 その言葉に振り返ったティエルは、曖昧な笑顔を浮かべたのだった。 +DeadorAlive+ |