| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第179話 もう、……迷わない 日が完全に暮れた頃。 メドフォード城門前に、まるで人目を避けるかのように暗闇に紛れてひっそりと馬車が止まる。 黒塗りされた馬車に繋がれているのは、同じく黒馬である。御者でさえも黒いフードを身に纏っていた。 その馬車に気付いた見張りの者──黒い鎧に身を包む、この世の住人ではない兵士が片手を挙げる。 削げ落ちた肉。剥き出しになった歯。そしてかつて瞳があった場所は、ぽっかりと空洞になっている。 軋んだ音と共に開かれていく城門。その音は静まり返ったメドフォード城下町に不気味に響き渡っていく。 その奥から、亡者にしてはしっかりとした足取りの兵士が馬車に向かって歩いてくる。 「お待ちしておりました、……ヴェリオル将軍」 恭しく頭を下げたアンデッド兵士は、地に片膝をついて馬車から降りてくるであろう人物に声をかけた。 ゆっくりと馬車から降りてきたのは、黒のフードを頭からかぶった長身の人物。 「出迎えご苦労。ククク……その腐った脳でもオレの名を覚えているのかね?」 低い呻き声のような笑い声を発したその人物は、フードを上げると跪く兵士に侮蔑の言葉を投げかける。 濡れたような艶やかな黒髪。太い眉の下には、髪と同じような黒の瞳があった。 精悍な顔立ちに、身に纏う優雅な雰囲気。それでもこの男に狂気の印象を抱くのは、瞳のせいであろうか。 見るものを射抜く力強い瞳。だが、その瞳の奥にはありありと怨みの炎が陰鬱に燃えている。 「はっ、幸い脳の腐食はあまり進んでおりませぬ」 畏まったまま声を発したアンデッド兵士に嘲笑を浮かべると、ヴェリオルは再びフードを元に戻した。 「早くあのオス豚の元へ案内しろ。クックック……名前は確かゲードルといったかな」 「おおぉ……これはこれはヴェリオル様、本当にお久しゅうございます!」 メドフォード城の長い廊下を歩き、王の間でヴェリオルを出迎えたのは左大臣ゲードルであった。 いや、『元』左大臣ゲードルといった方が正しいだろう。 現在彼はメドフォードの王と名乗り、ただ民の税を私欲で食い尽くしている男にしか過ぎなかった。 毛皮で作られた美しいガウンを羽織ったゲードルの姿を見ると、ヴェリオルは思わず笑みを浮かべる。 メドフォードを統べる者の座にまるで豚の様なこの男が座るかと思うと、自然に口元が歪んだのだ。 ゲードルは己を眺めたまま笑みを浮かべるヴェリオルを訝しげに眺め、気を取り直したように口を開く。 「ところでヴェリオル様、今回は一体どのようなご用件でしょうか?」 「……どのような用件、だと?」 笑みを止め、一転して冷徹な表情でヴェリオルが言った。 「随分と偉くなったものだな、ゲードルよ。このオレにそんなことが言えるようになったか」 「い、いえっ! 大変失言でございました、そのような意味合いで申し上げたのではございません……!」 さっと顔色を青くさせたゲードルは、額をこすり付けんばかりに地へとひれ伏した。 恐怖に歯を鳴らしながら丸くなったその身体は、仮にも王と名乗る者の姿とは到底思えない。 「顔を上げろ、しかし三度目はないぞ」 蔑んだ瞳でゲードルを見下ろしてから、ヴェリオルは白いマントを翻して歩き始めた。 「貴様に用はない。今回は宝物庫に用があるのだ。……イデアのスペルを探しにな」 ・ ・ ・ ・ ・ メドフォードに向けて送った使者も無事にベムジンへと戻り、ティエルに国内の様子を語った。 国を占拠しているのは殆ど脳の腐った意思のないゾンビ兵士達であり、 数こそは向こうが圧倒的に多いが、奇襲を仕掛ければ上手くいくかもしれないという話であった。 総指揮官は、所詮は戦闘経験のないゲードルである。 案外簡単に国を取り戻すことができるかもしれませんね、と使者はティエルに向かって言った。 「うーん……たとえ取り戻すことが簡単に見えるとしても、油断は大敵だよ。 相手の力を軽く見て気を抜いていると、それが大きな命取りとなるかもしれない。全力で取り掛かろう」 どこか王女としての迫力を備えた顔つきで、ゆっくりとティエルが口を開く。 ……そこには普段の間の抜けた彼女の顔はなかった。 皆を従わせてしまう響きを含んだ凛とした声。やはりあの女王ミランダの血を引く者なのだと、誰もが思った。 その声を聞いた兵士や騎士達は皆ごくりと固唾を飲み込んだ。 「とにかく、こちらとメドフォード残留側の足並みを揃えなくちゃいけない。 今まで以上に情報の交換は必要だと思う。……あなたに、その重要な役割を任命する。いいね?」 「はっ、かしこまりました!」 ティエルに顔を向けられ、使者としての役割を任命された男は深々と頭を下げる。 会議室となっているティエルの部屋には、副兵士隊長や魔法部隊の者など限られた者だけが集っていた。 ベッドに腰掛けているリアン、壁を背にして立っているジハードとサキョウ。 そして窓枠に寄りかかるクウォーツの姿があった。依然彼に対して奇異の目で見る者は多かったが。 「では今日は閉会。明日は進攻ルート等考えよう。……城及び城下町の地図は用意できそう?」 「それならばご心配なく、すぐにでも手配いたします」 答えたのは騎士サイヤーである。 「では失礼いたします、ティアイエル様」 「また明日、こちらへお伺いいたします」 ティエルの閉会の言葉に、一同は深く礼をすると静かに戸に向かって歩き始める。 他の宿泊客に怪しまれぬように、彼らは皆冒険者風の衣装を身に着けていた。 ぱたんと扉が閉じると、ティエルは先程までの緊張が解けてしまったのか、気の抜けた顔つきになる。 「わたし、しっかりと王女としての顔になっていたかな。う〜ん、何か変なこと言ってなかったかなぁ……」 「変なことは言っていなかったと思うよ。むしろ、ティエルとは思えない慎重な言葉の数々だった」 ベッドに突っ伏してしまったティエルに苦笑を浮かべ、ジハードは己の耳飾りに手を触れながら言った。 「これからは、先程の顔つきと言葉が無理をしないでも出るようにしなくちゃね」 「はい、了解です!」 弾みを付けてベッドから身を起こしたティエルは、ジハードに向けて敬礼のような仕草をする。 「もう気なんて抜いていられないよ。今は、国を取り戻すことだけを考えようと思う」 「そうだ、ティエルよ。お前はそれだけを考えていればいい。今は余計なことは考えるな」 「私達もティエルと一緒に戦うんですから、同じく気を抜いてはいられませんわよ。……特にジハード」 サキョウに続けて言葉を発したリアンだったが、急にその顔をジハードの方へと向けた。 大きなあくびをしかけていた彼はリアンの視線に気付くと、慌ててあくびを引っ込めたのだった。 ・ ・ ・ 一夜明け。次から次へと難題が降りかかり、ティエルには本当に他のことを考える余裕すらなかった。 メドフォード残留側との作戦の確認。武器の確保、進攻ルート、地下牢に捕らえられている者達の保護。 考えなくてはならないことが山積みであった。 まずは国民の安全が第一だ。そして、全てにおいて被害は最小限に抑えたい。 大勢の者達を動かすことなど、ティエルにとってはまさに初めての経験である。 騎士や兵士達がそれぞれ意見を出し合っていても、時には考えが行き詰ってしまうときもある。 しかしそんな時、リアンがさりげない助言を与えてくれたのだ。 『ここから攻めればいい』、『ここが手薄になるかもしれない』など本当に何気ない一言であったが、 兵士副隊長や騎士達を唸らせるほどに、恐ろしいほど的確な一言であった。 ティエルが休む間もなく作戦会議は進んでいき、同じく時間も矢のように過ぎ去っていく。 ──そして、とうとう出発前日となった。 ベムジン寺院の一室で最後の打ち合わせも終え、ティエルは宿までの道のりをゆっくりと歩いていた。 ここからメドフォードまで、あの人数では約一週間くらいかかる。長かった旅もこれで終わりを迎えるのだ。 決して気楽で生易しい旅ではなかったが、リアン達との旅はとても幸せで楽しい毎日だった。 彼らはティエルが生まれて初めて手に入れた、素顔のままで話すことのできる友達である。 ……できるならあともう少しだけ、彼らと共に過ごしていたかった。 寺院の外壁に沿うように歩きながら、そんなことを考えていたティエルはふと足を止めて夜空を見上げる。 満天の星空。まるで小さな宝石を沢山散りばめたようであった。 吸い込まれていきそうな星空から視線を逸らし、ティエルは自分の身体を抱きしめるように俯く。 明日。いよいよ明日から国を取り戻す戦いが始まるのだ。 不安のためにがたがたと小刻みに震え始めた身体を宥め、ティエルは再び静かに歩き始めた。 王女として皆に不安な顔を見せるわけにはいかない。……特に、彼女を信じきっている兵士達の前では。 暫く歩いていくと、柵の上に一人腰掛ける人影が目に入った。 ティエルが首を傾げながら歩み寄っていくと、それは、真っ直ぐに月を見つめているリアンであった。 「……リアンじゃない。どうしたの? こんなところで」 こちらに向かって歩いてくるティエルに顔を向けたリアンは、それから再び視線を空へと向ける。 ティエルは彼女の前で立ち止まり、同じように空を見上げてみた。 先程彼女が見上げたときと同じく満天の星空に、ぽっかりと一つ大きな満月が浮かんでいる。 「きれいだね。……昔メドフォード城の最上階で見ていた星空も、それはそれは綺麗だったなぁ」 笑顔を浮かべながらそう呟いたティエルは、どこか寂しげな表情で俯いた。 「……わたし、本当に国を取り戻すことができるのかな。 いよいよ明日だっていうのに……王女がこんな弱気でどうするんだろうね。けれど、不安でたまらない」 「大丈夫でーすわ」 ティエルに顔を向け、リアンは笑みを浮かべながら口を開く。同性でも惚れ惚れとしてしまう笑みである。 「あなたならできる。あなたなら、不可能を可能にすることができる。今までだってそうだったでしょう?」 彼女の口から紡ぎ出される言葉はとても静かなものであったが、それでもどこか力強くもあった。 「……うん」 暫く彼女の赤い瞳を見つめていたティエルだったが、やがて顔に微笑みを浮かべてみせた。 「そうだね。わたしは、不可能を必ず可能にする。そのために、今まで頑張ってきたんだもん。 こんな弱気な心のままじゃ国を取り戻すなんて不可能だよね。よーし、明日に向けて気合い入れるぞー!」 先程とはうって変わって元気の良い声を発したティエルは片手を上げると、宿のある方向へと顔を向ける。 「わたし、そろそろ戻るけど。リアンはどうする?」 「一緒に戻りましょう。ジハードやサキョウが心配するかもしれませんしね」 柵から飛び下りたリアンは、ティエルの隣に並ぶと夜道を歩き始めた。 リアンの愛用する甘い匂いの香水が微かに漂ってくる。ティエルの好きな匂いであった。 なんとなく手を伸ばして隣を歩くリアンの手をそっと握ってみると、彼女も優しく握り返してくれる。 それだけで、ティエルはまるでリアンから勇気を貰っているような気がした。 (もう弱気にならない。迷わない。せめて、国を取り戻す間だけは弱音なんか吐かない。 ……おばあさま、ゴドー。わたしは明日メドフォードに帰ります。あなた達の国を──必ず取り戻します) そう固く心に誓ったティエルの瞳には、もう先程までの迷いは消えていた。 +DeadorAlive+ |