Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第180話 デス・キャッスル-1-





明け方近くの空は薄暗く、青白い光を発する月が未だその存在を誇示しているようにさえ見えた。


北の光ゴケの森、南のユニコーンの森、東のマンティコラの森、西のフラワーガーデンの森。
水と緑の王国と呼ばれるメドフォードは、四方を広大な森で囲まれている。




ベムジンから約二日かけて、ティエル達はメドフォードの左隣に位置するマンティコラの森まで辿り着いた。
この森は年中湿った空気で、鬱蒼と木々が茂る日の光があまり届かない不気味な森である。

その上人肉を好んで食すという怪物マンティコラが生息していると言われる恐ろしい森なのだが、
マンティコラの元へ誘う花に気を付けていれば遭遇する可能性はかなり低い。



ここはティエルとリアンが出会った場所であり、ティエルは彼女と協力し、見事マンティコラを倒したのだった。




……しかし今は思い出に浸っている場合ではない。
『国を取り戻す』という大業を目の前にしている現在、ティエルはそのことだけを考えなくてはならないのだ。

少しでも判断を誤れば、国民や共に戦う為に決起したメドフォードの戦士達の命を失わせてしまうことになる。



国奪還作戦を開始する時間は大きく意見が分かれた。
しかしあらゆる被害を最小限に抑えるためにも、突入するのは明け方が良いということに落ち着いたのだ。


明け方ならば見張りのために起きている兵士達も少なく、町を歩いている国民の姿も少ない。




メドフォード内部の兵士達との連絡で分かったことなのだが、
生きた屍と呼ばれるゾンビ兵士達の中にも、生前と全く変わらぬ容姿や脳を持つ者達がいるらしいのだ。

その者達はなんと生前と同じく睡眠や食事を取るというのだ。
ならば、ゾンビであろうと明け方は眠っている兵士達も多いだろうという結論に達したのだった。





メドフォード城と城下町を囲むようにそびえ立っている外壁の門は、現在しっかりと閉ざされている。


外壁の上で燃え盛る松明を手にしたゾンビ兵士達の姿が、森に身を隠したティエル達からでもよく見えた。
明け方四時に、内部で味方兵士達が騒ぎを起こす。それと同時に中から合図の白煙を上げるのだ。

外壁の外に待機しているティエル達は、それを合図に戦闘態勢を整える。
そして内部では場の混乱に乗じて門を開け、ティエル達と合流するという作戦である。



時刻は四時十分前。作戦開始まで後もう少しである。
明け方独特の肌寒さにぶるっと身震いをしたティエルは、自分を抱きしめるような形でしゃがみ込んでいた。




「……ティエル、震えていますわよ。寒いのなら何か羽織るものを貰ってきましょうか?」
そんなティエルの様子を見かねたリアンが、静かに歩み寄ってきた。



「ありがとう、でも大丈夫。寒いのもあるんだけど、なんか緊張しちゃって震えが止まらないんだよね」
小刻みに震えている両手を擦り合わせながら、ティエルはどこかぎこちない笑みを浮かべる。

「長かったけど、やっとこの日が来たんだなぁって。……怖いとかそんな感情、どっかに行っちゃったみたい」




「そうだね。ティエルは今までこの日のために頑張ってきたんだもの」

隣で座り込んでいたジハードが口を開いた。早起きの苦手な彼にしては随分と早朝から元気なようだ。
勿論、昨日一日はその為に眠り続けていたせいもあるが。


「あなたは思う存分暴れてくればいい。多少大きな怪我をしても、ぼくがしっかりと治してあげるからさ」




「ヴェリオルもメドフォードにいるのだろうか。……まぁ、あいつはティエルにひどく執着しているようだしな。
ティエルがメドフォードに現れたとなれば、ゾルディスからすっ飛んでくるだろう」

と言ったのはサキョウ。ヴェリオルはサキョウの兄ゴドーの憎き仇でもあるのだ。




「……うん。今まではヴェリオルが恐ろしくて彼から逃げ続けていたけれど、わたしはもう逃げない。
むしろヴェリオルの首根っこ掴んでゾルディスから引っ張り出してきたい気分だよ」


そうティエルが口にした時であった。

今まで静寂に包まれていた門の内部が急に騒がしくなる。時刻は四時きっかり。作戦開始の時間である。
緊迫した表情で腰を下ろしていた兵士達も、それぞれ武器を構えて一斉に立ち上がった。


──門の中から上がる白煙。
何名かの断末魔の叫びが聞こえ、重い音を立てながら巨大な門がゆっくりと開かれていく。




「……みんなっ、わたし達の故郷メドフォードを必ず取り戻そう!!」



「オオーッ!!」
イデアを掲げて叫んだティエルに続いて、背後の兵士達も武器を掲げて張り裂けんばかりの歓声を上げた。



「私達も行きますわよ」

門に向かって次々と駆け出していく戦士達を眺め、リアンはほんの少しだけ眩しそうに目を細めてみせる。
ジハードはリグ・ヴェーダを抱え、サキョウは拳を握り締め、クウォーツは溜息をついて刀を抜いた。

静かに頷き合った面々は、ティエルを追って一斉に駆け出した。




「隊列を乱すな! 四方に分かれ、それぞれ制圧しろ!!」
「はっ、ティアイエル様!!」


「ザコには構うな。トルデイ隊、マーカス隊、西側詰め所を制圧するんだ!」

「我らの国を取り戻すため、トルデイ隊出撃!」
「ゾンビ達にオレ達の国を好き勝手にされてたまるかぁっ!」



段々と明けていく空の下、既に城下町ではメドフォード兵士対ゾンビ兵士達の戦いが始まっていた。

「メドフォード兵、騎士達よ、我が同胞達よ! メドフォード王女ティアイエル様がお戻りになられたぞー!!」
兵士副隊長マルズの声が響き渡る。それと同時に次々と上がる歓声。



「ティアイエル様、よくぞご無事で……!」
「姫様は必ずメドフォードへお戻りになると……そんな日が必ず来ると信じておりました」


「みんな、ごめんね。戻ってくるのが遅くなって」
ゾンビを斬り捨てながら駆け寄ってくる兵士達に、ティエルは力強い笑顔を浮かべて見せた。


「もうゲードルの、ゾンビ達の好きにはさせない。辛いこと悲しいこと……今日で終わりにしよう!」




「見渡す限りのゾンビ集団ですわね。大人数のザコならば、魔法使いに任せて下さいな」
「あーあ、あっちの隊は闇雲に突っ込んで行っちゃってるし……ぼくは補助に徹することにするよ」

兵士達の行く手を腐臭を放ちながら阻むゾンビをリアンの火炎が包み込み、
高い興奮の為に行き急いでしまっている兵士達を、弓矢から守るようにジハードの極陣が優しく包み込む。



「迷える死者を導くのも僧の務めだ。安らかに眠るがいい」
サキョウの怪力で殴り飛ばされたゾンビ兵士は、呻き声すら上げる間もなくただの肉塊と化す。




「行けーっ、亡者を恐れるな! 国賊ゲードルから国を奪還するのだ……っ、しまった!!」


兵達に命令を飛ばしていたマルズ兵士副隊長に、四体のゾンビ兵士達が斬りかかる。
さすがマルズは歴戦の兵士だけあって、素早く二体の剣を受け止める。

しかし受け止め切れなかった残りの二体のゾンビが、マルズに向かって横から剣を突き出してきたのだ。
……その剣がマルズの脇腹に埋め込まれる前にゾンビ四体の首は宙を舞った。




「人間殿、少しは己の周囲にも注意したまえよ」
赤い刀に付着した腐肉を振り落としながら、口の端を歪めたクウォーツがマルズの隣に立つ。



「なっ……悪魔の若造に助けられるなど、我が一生の恥である! 兵士副隊長の真の力を見せてやるぞ」




「……早く決着をつける為にも、まずはゲードルを捕らえなくては。とにかくメドフォード城を目指そう」
ゾンビと戦いを繰り広げる者達を眺めながらティエルが口を開く。

「サイヤー。あなた達騎士団はわたしと一緒に城へ向かい、牢に捕らえられている者達を救出するんだ」
「はっ、承知いたしました。メドフォード騎士団、ティアイエル姫を命に代えてもお守りいたします!!」




『……ティエル姫様、あなたはこの黒騎士ガリオンが守ります。命をかけて、生涯お守りいたします』




自信満々に胸を張って答えたサイヤーを見つめ、ティエルはどことなく表情を曇らせた。
ガリオンもかつて彼女に向かって同じことを言っていたからである。

……そして、その結果『メドフォード騎士団のガリオン』は死亡した。



「ありがとう。けれどサイヤー、あなたはあなたの命を大切にして。命に代えてもだなんて言わないで。
あなたもわたしと同じように、この世界にただ一人だけの……代えることのできない存在なのだから」


「ティエル……姫様?」
寂しげに笑うティエルにサイヤーは思わず目を瞬いたが、ありがとうございます、と一礼をした。




「リアンっ、サキョウ、ジハード! クウォーツいるっ!?」


「いますわよ!」
「ここだここだ、ティエール!」

「こうごった返していたら、本当に魔法がかけにくいったら……」
「呼んだか?」



次々と姿を現した無事な面々にティエルはホッと安堵の表情を浮かべると、それから力強く口を開いた。
「わたしはこれから城に行ってゲードルと決着をつける。みんな、……わたしと一緒に来て欲しい」







+DeadorAlive+