| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第181話 デス・キャッスル-2- 「たっ、大変ですゲードル様! メドフォードの残党兵士どもが一気に反旗を翻しております!!」 明け方前。静寂と薄闇に包まれたメドフォード城内に、慌てふためいた声が響き渡る。 見ると青白い顔をした兵士二人が必死の形相で廊下を走っていた。 彼らは既にこの世の住人ではない。ゾルディスの黒魔術によって甦った亡者兵士達である。 「しかも外に反乱軍が待機していたようで、奴等は外壁を突破して城下町に進入している状況です!」 「城に攻め込まれるのも時間の問題かと」 心地よい眠りの中、突然叩き起こされた元左大臣ゲードルは、ベッドの中で呆然とした表情を浮かべていた。 一体何が起こっているのか理解できていないようである。 「どうやら先頭に立っているのは王女ティアイエルという噂です。ゲードル様、どうかご指示を!!」 ……王女ティアイエル。 その名を聞いた途端、ゲードルは我が耳を疑った。 久しく聞いていない名前。甘く育てられた、一人では何もできない脆弱な王女。 既にどこか遠い地で野たれ死んでいると思い込んでいた。……いや、思い込みたかった。 明るいだけが取り得のあんな何もできないはずの王女が、この城に攻め込んでくるというのだ。 「ティアイエル王女だと? いや、馬鹿な。あんな小娘に何ができる。本当に王女を見た者がいるのか?」 上にガウンを羽織っただけの格好で、ゲードルは肌寒い廊下を近衛兵と共に足早に歩いていた。 「心配するほどでもない。甘ったれた小娘に、メドフォード屈指の知恵者と言われたワシが負けるものか」 「……さあ、それはどうだかな」 突如響き渡った声にゲードルが顔を上げると、薄暗い空を背にしたヴェリオルが窓枠に腰掛けていた。 その表情は緊迫など微塵にも感じさせられない、むしろこの状況をどこか楽しんでいるようにさえ見えた。 冷たさを帯びた風が、まるで意思を持っているかのように彼の白いマントを揺らめかせている。 「小娘だと思っていると痛い目を見るぞ。あいつはもうこの城にいた頃の甘ったれただけの姫ではない。 それに……少々厄介な奴らが王女の仲間にいる。ゾンビ兵士だけでは分が悪いのではないかね?」 「ヴェリオル様……何故あなたはこんな状況で落ち着いているのです! あなたとて危ないのですぞ!? まさか、ワシを置いて一人ゾルディスにお帰りになるわけではあるまいな!?」 「クックック、声が震えているぞ大臣殿」 くつくつと笑い声を響かせたヴェリオルは、窓枠から身を離すと背を向けて歩き始めた。 「オレは今これ以上にないほど嬉しさを噛み締めているのだ。ティエルがもうすぐこの城へやってくるのだ。 オレを殺すために。オレを裁くために!! ティエルがこのオレを求めているのだ……!!」 狂気を含んだヴェリオルの笑い声に、ゲードルや近衛兵達は皆ごくりと固唾を飲み込んだ。 誰も何も言うことができなかった。ただただ、笑い続けるヴェリオルが心底恐ろしいと思ったのだ。 凍り付いた空気を背に、ヴェリオルは妙に晴れやかな顔つきで廊下を歩き続けた。 侵略時に火を放たれてしまったメドフォード城であるが、焼け落ちた跡は全く残っていない。 兵士や国民達を強制的に集め、日夜復旧作業を続けた甲斐であった。 長い廊下を歩き続け、ふとその足を止めた。 彼の視線の先には豪奢な細工が施された巨大な両開きの扉があった。女王の間への扉である。 幸いにも侵攻時の際の炎は、この周辺には回らなかったらしい。 ヴェリオルの記憶に残るあの時のままであった。忌まわしい記憶だが、心安らいでいたあの頃の。 彼の狂気を含んだ黒の瞳に、ほんの少しだけ寂しげな色が宿った。 しかしそれも一瞬のことで、彼は歪んだ笑みを浮かべながら両手で力一杯女王の間への扉を開け放つ。 無人の間。最奥には、メドフォード代々女王の誇りの象徴でもある王座があった。 王座まで真っ直ぐに進み続けたヴェリオルは、歪んだ笑みを崩さぬままどさりとそこへ腰を下ろす。 手すりを縁取る美しい金の鳥の細工を指でなぞりながら、遠い記憶を思い返す。 この王座でいつもふんぞり返っていたメドフォード女王ミランダ。 優しげな微笑みを絶えず浮かべていた、あの女。メドフォードの聖母だと人々は言った。 しかしあの者の本当の姿を知った今では、ヴェリオルにとって既に笑い話にしか聞こえなかった。 『あ……あなたは、セリ……いえ、ヴェリオル……!! 今更何をしに来たのですか、もうここには用はないはず。それとも私を殺しに……?』 あの夜、まるで幽霊を見たような顔つきでミランダは言った。 「メドフォード最強の騎士セリオス様が帰ってきてやったのに、挨拶もないのかね? ……ミランダよ」 不気味な笑い声を響かせながら、ヴェリオルは王座のすぐ横に置かれている大きな肖像画に顔を向ける。 「お前はそこで、一部始終を見ているがいい。この呪われた王国メドフォードの末路をな……」 ・ ・ ・ 「我が声に応え……行け! 我がしもべ、ヘルハウンドよ!!」 「天空を舞う烈風を真空に変え、標的を切り刻め……ウインドカッター!!」 クウォーツの声と共に燃えるような深紅の瞳を持った黒妖犬が姿を現し、ゾンビ達の喉を食いちぎっていく。 運良くそれから逃れることのできた者達には、リアンの真空の魔法が襲い掛かる。飛び散る腐肉。 美しかった噴水広場は、ゾンビ達の亡骸や兵士達の血によって目を背けたくなるような光景と化していた。 行く手を塞いでいたゾンビの群れが次々と倒れていく中、ティエルはぬめる地面を蹴り上げて駆け出した。 すぐ横から生き残ったと思われるゾンビが剣を振り上げてくるが、動きが鈍いために楽々と攻撃をかわす。 唇を噛み締めてイデアを横に払うと、悲鳴すら上げる間もなくゾンビの首が宙を舞った。 この国を出た時と比べて、随分慣れてしまった肉を斬る感触。 けれどティエルは、初めてひとを斬ったときのあの感触を決して忘れてはならないと思った。 斬ることに耐え切れなくて吐いたこともあった。剣を握ることをやめようと何度も考えた。 だが彼女は剣を握る道を選んだのだ。初めて斬った感触を決して忘れないように、……胸に誓って。 「……ティエル、大丈夫かい? 大分疲れているように見えるのだけど」 隣に並んだジハードが不意に口を開いた。 「焦っては駄目だ。焦りは大きなミスを生んでしまうこともある。気休めだけど、治癒魔法をかけようか?」 「ううん、大丈夫。ジハードの治癒魔法は、これからもっと怪我人が出てきて必要になってくる。 だからこんな所で力を使わせるわけにはいかないよ。……でも、ありがと」 と言って額の汗を拭う。 戦いが長引けば、それだけ怪我人の数も増えてくる。今は魔力を温存しておかなければならない。 「この噴水広場を抜けて大通りを真っ直ぐに行けば、城門はすぐそこだから」 「まぁ、ティエルがそう言うのならいいけど。あまり無理はしないようにね」 「しかし……ゾンビ兵士達を殴りすぎて、拳から腐臭が取れなくなってしまった。熱い風呂に入りたいなぁ」 心配そうな顔つきのジハードの背後では、サキョウが自分の拳を見つめながら眉毛を八の字にしていた。 ゾンビ達を素手で殴る感触は、決して心地の良いものではないだろう。 「私は熱いお風呂よりも、ピンクの薔薇の花びら浮かべたお風呂に入りたいでーすわ」 城門まで続く大通りの真ん中を走りながら、いつものような他愛のない会話を続けるリアン達。 そんな彼らの後に続いて背後からサイヤー率いる騎士達が追っていく。 薄暗い大通りを歩いている者はおらず、横に並ぶ家々の窓からは拳を振り上げて声援を送る者達が見える。 既に夜が空ける時間帯なのだが、空は分厚い雲に覆われており、太陽の姿を見つけることはできなかった。 メドフォード城の周囲は林に囲まれており、大通りからでは木々に隠されて城門の様子は分からない。 「サイヤー!」 「はっ、お呼びでしょうか姫様」 林に差し掛かったところで、ティエルは背後に控える騎士サイヤーを呼んだ。 「地下牢は正面入口よりも北口から入った方が近かったはず。 城門を突破したら、あなた達は北口に回って。わたしは敵の目をくらますためにも正面から突入する」 「しかしそれでは、姫の身が危険に晒されることになります!」 思わず拳を握ってティエルに詰め寄ろうとしたサイヤーだったが、その足がぴたりと止まる。 背後からおぼつかない足取りで下級ゾンビ兵士達が追ってきたのだ。 「あまりのんびりしている時間はない。サイヤー、牢に捕まっている人たちを……お願い」 「……承知いたしましたティアイエル姫。どうか、ご無事で」 「あなた達も」 頷いたサイヤーにティエルはにっこりと笑顔を浮かべると、イデアを握り締めて城門へと走り出した。 +DeadorAlive+ |