Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第182話 デス・キャッスル-3-





小さな林を抜けると、見慣れたメドフォード城門が現れる。

門の両端にはメドフォード紋章が大きく入った旗が掲げられているが、無残に引き裂かれていた。
それを覆い隠すかのように、ゲードルのサインらしきものが入った旗がいたる所に貼り付けられている。



引き裂かれボロボロになったメドフォード国旗の切れ端が、風に吹かれて地面に落ちた。


暫くそれを見つめていたティエルだったが、やがてゆっくりと膝をついて拾い上げる。
祖母もこの旗と同じように無残に引き裂かれて殺されたのだ。思わず切れ端を握る拳に力が入る。




(……絶対に許さない。ヴェリオル、ゲードル。わたしは必ず仇を討つ……!)




城門の周囲は見張りがいるだろうと危惧していたが、拍子抜けしてしまうほど人影すら見えなかった。
ただ城門だけがティエル達を誘うかのように、大きな口を開けているだけである。


一度炎に包まれた城なのだが、見たところすっかり元の美しい城に戻っているようだ。




「わたし、とうとう帰ってきたんだ。メドフォードに。……故郷に」

城を出て一体どのくらいの月日が経ったのだろうか。決して楽な旅ではなかった。何度も挫けそうになった。
……だが。今は独りじゃない。



「そうですわ、あなたは帰ってきたんですのよ。後悔をしないように、今はできることだけをしましょう」
「なんだかぼくも緊張してきたよ……リグ・ヴェーダ滑り落とさないようにしなきゃ」

頼もしい笑みを浮かべながらロッドを握るリアンと、両手でリグ・ヴェーダを抱え直すジハード。




「……気のせいかもしれないが、嫌な気配が城全体を取り巻いている気がする。気を抜くな」
「嫌な気配? ゲードル……いや、まさかヴェリオルのものか?」

淡々と言い放ったクウォーツの隣では、サキョウが不安そうな表情で辺りを見回している。




「門の前にも入口の前にも見張りがいないのはおかしいよね。どこかで隠れて見ているってことはないかな。
……ちょっとそれが気になるけど、まずは捕らえられた人達を助けることを優先させなくちゃ」

「ティアイエル姫様、それでは我々騎士団は城北口から城内に潜入いたします。
地下牢の者達を救出いたしましたら、我々もすぐ姫の元に向かいます。……ご武運をお祈りしております」


深々と礼をしたサイヤーを先頭にしたメドフォード騎士団は、それから北口に向けて走り出す。
城門内も木々が多く生い茂っており、騎士団の後ろ姿はすぐに見えなくなった。




……気味の悪いほど静まり返った辺り。
林の向こう側の城下町では、兵士達とゾンビ達の戦闘が繰り広げられているのだろう。


早く戦いを終結させるためにも、おそらく城内にいるであろうゲードルの首を取らなくてはならない。




「ティエル、先を急ぎましょう。あまりのんびりしていると、ゲードルに逃げられてしまうかもしれませんわ」
「そうだね。まずはゲードルを探さないと……」


見張りの兵士の姿さえ見えない正面入口に向かって歩いていくと、巨大な扉が音を立てて開かれた。
こちらからは開かれた暗い扉の中をうかがい知ることはできない。



呼んでいる。……そう誰もが思った。

勿論ゲードルではない、もっと別の何かが。この城全体を渦巻いている妖気の持ち主が。
それが一体誰であるのかティエルには分からないことであったが、今は前に進むしかないだろう。




いつでも抜けるようにイデアの柄に手をかけたまま、ティエルは城内へと足を踏み入れた。


最後尾を歩いていたクウォーツが城内を数歩だけ歩いたところで、扉は音を立てて勢いよく閉じられる。
その重い音は、天井の高い正面ホール内に何度もはね返りながら響き渡った。



「……きっと開くことはないだろうって分かっているけど、それでも試してみたくなるのが人ってもんだよね」




「いや、試してみたくなるのは人だけではないかもしれんぞ。……案の定扉はびくともしないようだ」
何回か扉を押してみたクウォーツは、それから肩をすくめながらティエルに顔を向ける。

「どうせ大臣とやらを捕らえるまで城を出ることはないだろうが。それにしても……埃っぽいな、ここ」



「あらやだ。埃っぽいだなんて、あんなカビ臭い蜘蛛の巣だらけの城に住んでいたあなたが言う台詞かしら」
ごほごほと軽く咳をしたクウォーツに、リアンは呆れたような声を発した。



確かに彼の言うとおり、正面ホールに鎮座されている像などには大分埃が積もっている。
ティエルにとってはひどく見慣れた正面ホールだったが、この薄暗い中で見るホールは気味悪くすら思えた。

城を出る前と何も変わってはいない。
こちらを睨みつけているような魔法使いの像も、絨毯も、シャンデリアも、何一つ変わっていないはずなのに。




「それにしてもゲードルという者は掃除すらせんのか。さすがのワシでも、埃が積もるまでは放置せんぞ」



「部下が全員ゾンビ兵士達ばかりじゃ、隅々まで綺麗に掃除することはできないんじゃないかな。
知能のあるゾンビならともかく、通常のゾンビは生ける者の肉のみを求めることしか頭にないのだから」

魔法使いをモチーフにした像を見上げているサキョウの隣で、ジハードが独り言のように呟いた。


「まぁ掃除はともかく、ゲードルは一体どこにいるんだろうね。心当たりはあるかい、ティエル」
「うーん……」



ジハードに問われて首を傾げるティエル。

そういえば先程感じた妖気は、間違いなく人間であるゲードルが出せるような代物ではなかった。
その妖気の持ち主がゲードルの仲間であった場合、ゲードルを倒すことは難しいかもしれない。




「ゲードルは王を名乗っている。女王の間に向かおう。彼がもしもわたしを待っているとしたらの話だけど」




皆ティエルの発言に異存はなしと静かに頷いて見せた。……その時。

パチパチパチ、と突如暗闇に拍手が響き渡る。
思わずティエル達が顔を上げると、二階へと続く大階段の前に大きな人影が現れたのだ。




「……お帰りなさいませ、ティエル姫様。この、メドフォードへ。私はずっとずっと待ち続けておりました」
その人影が一歩前に進み出ると、天井のシャンデリアに一斉に火が灯った。


「このような姿になっても尚、あなた達を待ち続けておりました」


薄暗いシャンデリアに照らされたのは、一目で高位の神官だと分かる衣服を身に着けた青白い顔の男。
生気を殆ど失ってしまっている顔つきであったが、黒い瞳だけは強い意思を持った光を発している。




「ゴドー……!」
「兄上!!」

ティエルとサキョウの声が重なった。
目の前に立つこの男は、あの日ヴェリオル率いるゾンビに殺されたはずのゴドーであったのだ。




「ゴドー! あなたもガリオンと同じように生きていたんだね!?」



「……いいえ」
思わず溢れ出そうになった涙を堪えるティエルを眺めたゴドーは、どこか悲しげに首を振った。

「私は既に命尽きている身。神官でありながら、黒魔術によって生き長らえている哀れな男でございます」



「命尽きているとはどういうことなのですか!? 兄上はこうして今目の前に立っているではないですか!」


思わず飛び出したサキョウは、震える手でゴドーの手を握り締める。……しかしその手が強張った。
ゴドーの手が、生きているとは思えないほど冷たかった所為である。




「あ……兄上……まさか……!」
「そうだ、サキョウよ。私は──死んでいる」

ホールに響き渡るゴドーの声。
とても聞きなれたはずのゴドーの声であったのに、まるで別人の声を聞いているようであった。




「ヴェリオルの嗾けたゾンビ兵士に斬られ死んだはずの私の耳に、『あのお方』の声が聞こえたのです。
生きたいか、ならばその望みを叶えてやろう……と」

それからゴドーはティエルに顔を向ける。


「私は生きることを望みました。ティエル姫をお助けするために。だが、私は死者として甦ったのです。
炎の中で力尽きていた姫様を城の外へと運び出し……けれど、姫に姿を見せるわけにはいかなかった」




「どうして……! わたしはゴドーが死者だって構わなかったのに……!!」




「悪魔に魂を売り渡し、堕ちた聖者と化した私の姿を姫にも弟にも見られたくはなかったのです」
柔らかく微笑んだゴドーは、ゆっくりと己の手のひらを胸に当てた。

「しかしそろそろ終わりの時が近づいてきたようです。私はかりそめの命を与えられたアンデッド。
しかし『あのお方』のただのお戯れで形を保っている私の身体は……もうすぐ醜く腐り落ちるでしょう」


「聖者が亡き者となって彷徨う姿を、そして腐り落ちていく姿をあのお方は愉しんでおられるのです」




「兄上……一体誰なのです、あのお方とは。畜生、ヴェリオルか!? それともリダ=クイーンですか!?」


「サキョウよ、最期にお前に会えてよかった。……ここで待ち続けていれば、お前に会えるような気がしたのだ」
涙を浮かべるサキョウにゆっくりと手を伸ばしたゴドーは、氷のように冷たい両手でサキョウの顔を包み込む。

昔は泣き虫であったサキョウを、ゴドーはこんな風によく慰めてくれていたのだ。




「お前は絶対に死んではならん。生きろ、私の分も生きるのだ」
「兄上、ここに不死鳥のジハードがおります! 彼ならば何とかできるかもしれません……なぁジハード!!」


「サキョウ……」

必死の形相で振り返ったサキョウを暫く見つめていたジハードだったが、やがて顔を伏せる。
次に言わなくてはならない台詞を、サキョウの顔をまともに見ながら言うことができなかったのだ。



「一度死んでしまった者を生き返らせることなんてできないよ……。
アンデッドは所詮かりそめの命。失ってしまったものを取り戻すことは……できない。ごめん、サキョウ……」




「あなたが謝る必要はありません、かりそめでも命が欲しいと自ら望んだことなのです」
ジハードに会釈をしたゴドーは、ぼろぼろと涙を溢れさせるサキョウを眺め、それからティエル達に顔を向けた。


「サキョウが一人ではないと知って安心いたしました。姫様、皆さん。どうかサキョウをよろしくお願いします」
生前と同じような穏やかな笑顔を浮かべたゴドーは、子供のように泣き続けるサキョウを優しく抱きしめた。



「サキョウ、私の心はいつもお前と共にいる……」

「……ゴドー兄上……!」
冷たいはずのゴドーの身体が、何故か温かく感じた。



思わずサキョウがゴドーにしがみつこうとした瞬間、目の前のゴドーの身体が一気に崩れていく。

まるで瓦礫のように。髪であったもの、骨であったもの、それら全てが床に落ちて小さな山を作っていく。
ゴドーの手であったものを握りながら、それを呆然とした顔つきで眺めるサキョウ。



ティエルは全く目を逸らさずに崩れていくゴドーを見つめ、それから唇を強く噛み締めて目を閉じた。







+DeadorAlive+