| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第183話 デス・キャッスル-4- からん、とゴドーの手であったものが地面に落ちる。 随分と脆くなっていたそれは、ゆっくりと地面に落ちた瞬間に粉々になって崩れ去ってしまう。 「サキョウ」 既に服と骨だけのゴドーの亡骸を抱きしめるように俯いていたサキョウに、ティエルは一歩を踏み出した。 サキョウの悲しみは計り知れないものであろう。ゴドーは彼にとって、たった一人残った家族なのだから。 しかしサキョウの顔を覗きこんだティエルはハッと口元を押さえた。 サクラの墓の前で俯いていた彼と、現在ゴドーを抱きしめる彼の表情が全く異なっていたからであった。 ギュッと唇を噛み締め、強靭な意志の宿る黒い瞳はまさにぎらぎらとした光を放っていた。 そこにあるものは、怒り。それ以外の何物もなかった。 「……メドフォード王女、ティアイエル殿」 「はっ、はい」 突然サキョウに畏まった静かな声で名前を呼ばれ、ティエルは思わず背筋を伸ばして返事をした。 「この先におそらく兄上の仇がいる。ゲードルだろうと、ヴェリオルだろうと、それ以外の誰かだって構わない。 誰であろうと、決して情け容赦をかけるな。相手はお前から国を奪い、家族を奪った奴らだ」 それからサキョウは顔を上げて、真っ直ぐとした瞳でティエルを見つめた。 「誰であろうと優しさを見せるのはお前の良い所だ。そのお陰で敵だったはずのクウォーツが今ここにいる。 ──だが、約束をしてくれ。兄上にかりそめの命を与えた者を……情けをかけず、必ず仕留めると」 「……分かった。ゴドーをアンデッドにした者に、決して情けをかけるような真似はしない」 黄ばんだ白骨となってしまったゴドーの姿を眺め、ティエルはしっかりと頷いてみせる。 ティエルにとってもゴドーは家族であったのだ。いつも自分を支えていてくれた、父親のような存在。 そんな彼の命を冒涜するようなアンデッドの魔術をかけ、それを戯れに壊すような者を許すことができない。 「必ず、ゴドーの仇を討つ」 「ありがとう、ティエル」 手の中に残ったゴドーの骨を静かに地面に置いたサキョウは、ティエル、そして背後のリアン達を見渡した。 「……誰が通るかも分からぬこんな場所に、兄上の亡骸をいつまでも晒しておくわけにもいかん。 ワシは兄上をひとまず人目につかない場所に寝かせてからお前達を追おうと思う。……我が侭を許してくれ」 サキョウの言葉に静かに頷いたティエルは、イデアを握り締めると大階段を駆け上がっていった。 続いてリアンやクウォーツも階段を上っていき、だが最後尾のジハードはふと足を止めてサキョウを振り返る。 地面に散らばるゴドーの骨に向かって軽く印を切ると、一瞬だけ骨の周囲が薄緑色の光に包まれた。 どこか暖かな光だった。 「この者が死後、魔の呪縛から逃れることができるように。……どうか、安らかな眠りにつけるように」 ゆっくりとリグ・ヴェーダ抱え直したジハードは、どこか寂しげな微笑をその顔に浮かべた。 ちりん、と彼の身につける涼しい鈴の音が辺りに鳴り響く。 「気休め程度のおまじないのようなものだけれど。……ごめんね、サキョウ。ぼくはまた何もできなかった」 「……バカだな、ジハード」 涙を堪えているような顔つきでサキョウは口元を歪ませると、身をかがめて優しくジハードを抱きしめた。 サキョウの力強い腕が微かに震えていた。 「ワシはお前に無理なことばかり言っていつもいつも困らせている。……本当に謝るのはワシの方だ」 そう小さな声でジハードに告げると、ゆっくりと身を離した。 「さあ、行くんだジハード。ティエル達を癒やすことができるのは……お前しかいない」 力強い手に背中を叩かれ、未だ沈んだ表情のままジハードは階段を上り始めた。 何度も心配そうに後ろを振り返りながら階段を駆け上がるジハードを眺め、サキョウは静かに目を閉じた。 ・ ・ ・ 二階に通じる大階段を駆け上がると、シンと静まった二階大ホールがティエル達を迎える。 正面には三階への階段に続く広い廊下があり、左右には赤い絨毯の敷かれた長く薄暗い廊下が続いている。 「……ここも人の気配がありませんわ。ゲードル一味はもう逃げ出してしまったんじゃないでしょうね。 そういえばサイヤーさん達は、地下牢に捕まっている人たちを助け出すことができたのかしら」 場のあまりの静かさに、思わずリアンが表情を曇らせる。 確かにそうだ。こんな簡単に城内に足を踏み入れることができるなんて思ってもいなかった。 ゲードル配下であるゾンビ兵士達がそこら中をうろついていてもいいはずだ。 だが、廊下は気味の悪いほど静まり返っている。 もしかしたら本当にゲードルは城から逃げ出してしまったのではないか、という不安がティエルの胸をよぎる。 「確かに生きている人間の気配は感じないが、亡者の気配ならあちこちから感じるがね」 そんなティエルの思考を中断させるように、普段と変わらぬ淡々とした口調でクウォーツが口を開いた。 「……逃げ出すどころか、むしろ大歓迎だ」 バタンバタンと廊下の扉が開き、あちらこちらから兵士や女官の服装をしたゾンビ達が姿を現してくる。 既に腐りかけている者達が多く、腐肉を垂れ流しながら呻き声ともつかない声を恨めしげに発していた。 「この服装……まさか、死んだメドフォードの兵士や女官達のゾンビ……!?」 思わずティエルはガタガタと小刻みに震えながら後ろに下がる。 城が襲われた時に、ヴェリオルに殺された者かもしれない。ゲードルに反抗をして殺された者かもしれない。 仲の良かった女官サリエも、この中にいるのかもしれない。 彼らの魂を救うためにも、そのかりそめの命を断ち切ってやらなければならない。 「それにしても数が多すぎるよ。二十体以上……いや、三十体はいる。囲まれないうちに突破しなくては!」 珍しく焦りを帯びたジハードの声。 鈍い動きではあるが、ゾンビ達は生ける者の肉を求めてじりじりと確実に歩み寄ってくる。 「……仮にここを走りきって突破したとしても、後から追ってくるであろうサキョウが襲われる可能性がある。 だが、こいつら全員を相手にしていては時間がかかりすぎる。大臣とやらを逃がしたくないのだろう?」 実に優雅な動作で軽く前髪をかき上げたクウォーツが、腰に吊るした刀の柄を握り締めて前に進み出た。 「仇討ちだとか大臣だとか、はっきり言えば私には関係がないんでね。急いでいる奴は先に行けばいい。 私は……そうだな、丁度よく獲物がここに大勢いる。暫くの間こいつらの相手をしていることにしよう」 「クウォーツ、まさか一人でここに残るつもり!? こんな大人数を一人で相手にするなんて無茶だよ!! 決してあなたの力を信用していないわけじゃない。けれど……もしものことがあるかもしれない」 思わずクウォーツに詰め寄ったティエルだったが、 その言葉を遮るように彼は勢いよく妖刀幻夢を腰から引き抜いた。ぎらりと光る赤い刀身。 「私は、死なない」 ティエルは暫く考え込むようにクウォーツを見つめていたが、 「じゃあ約束して。絶対に戻ってくるって。戻ってきて……これからも、わたしの側にいてくれるって」 と、絞り出すような声を発した。 しかしクウォーツはそれに言葉は返さず、ティエルに背を向けると妖刀幻夢をゾンビ達に突き出した。 「ティエル、先を急ぎましょう。クウォーツなら大丈夫、彼は強いわ。決してゾンビに負けるような男じゃない」 「……うん」 リアンに促され、しかしティエルは納得の行かない表情のまま走り始める。 「回りくどい言い方をしないで、単にここは足止めするから先に行けと言えばいいのに」 歩きながら素早く詠唱を済ましたジハードは、防護の魔法陣をクウォーツの周囲に仕掛けてやる。 「ほんと、あなたは不器用なやり方しかできないのだから……」 ティエル達の姿が廊下の向こうに消えた頃、クウォーツは自分の周囲を完全に囲むゾンビ達を見回した。 数はどんどんと増えているようだ。さすがのクウォーツといえども、数十体を一気に相手にするのは難しい。 「肉……新鮮ナ……肉ノニオイガスル……」 「肉ヲクレ……」 「……肉ヲ食ッタラ……楽ニナレル……」 「そうだな。もしも私が貴様達に負けてしまったら、肉を食うなりなんなり私を好きにするがよかろう。 フッ、ヴァンパイアの肉がはたして美味いかどうかは分からんがな……」 じりじりと歩み寄ってくるゾンビの群れに向かって、無表情のままクウォーツは独り言のように口を開いた。 既に左手には妖刀幻夢が握られており、いつでも飛び出せる構えである。 「しかし残念だったな。……勝つのはこの私だ!!」 そう言ったクウォーツは妖刀幻夢を振り上げると、ゾンビの群れの中に突っ込んで行った。 +DeadorAlive+ |