| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第184話 「さよなら」 「多くの命が失われていく戦争は……哀しいものだね。それを分かっていても、止めることはできないから」 サキョウ、クウォーツを抜いたティエル達は廊下を走りぬけ、三階へと続く大階段を駆け上がっていた。 ようやく踊り場付近まで辿り着いたとき、背後のジハードが呟くようにして口を開く。 「争いは決してなくなることはない。この大地にひとが生き続ける限り、永遠になくなることはないんだ。 それは分かっているつもりなんだよ。……ぼくも、ぼくだって、常に誰かを犠牲にして生きている」 「分かってるよ」 一息をつく暇すら惜しむように、ティエルは力強く床を蹴って階段を駆け上がる。 「そんなこと、分かってる。分かってるけど……わたしはヴェリオルやゲードルを許すことはできない」 炎に包まれた廊下。血塗れた身体で横たわる祖母。まるで人形のように壊れてしまったゴドーの身体。 リダ=クイーンに心奪われてしまったガリオン。思い返すだけで、胸が締め付けられるような感覚に陥る。 「絶対に捕まえて白状させてやるんだから……!」 見慣れた三階のホールに辿り着く。ティエルは唇を噛み締め、一直線に王の間に向かって走り続ける。 「絶対に、絶対に! 何故メドフォードを滅茶苦茶にしたのか、どうして……おばあさまを殺したのか!!」 「ティエル、感情に流されてはいけませんわ。それは時として大きな過ちに繋がることもある」 「……うん」 窘めているが気遣うようなリアンの声に、ティエルは思わず零れそうになってしまった涙を拭った。 その時。そんな涙でぼやけた視界の端に、憎たらしいほどに見慣れた小柄で肥えた男の姿が映る。 長いガウンに禿げ上がった頭。特徴的な茶色の髭。どこかひとを小ばかにしたような目つきの持ち主。 忘れもしない、祖母と国を裏切った左大臣ゲードルである。 「くっ、小娘……とうとうここまで来おったか!」 ティエル達の姿を目にしたゲードルは、長いガウンの裾を翻して彼女達とは反対の方向に駆け出した。 彼の周囲には数名のゾンビ兵士達がおり、そのどれもが生きた人間と何ら変わりのない姿であった。 ……ただ一つ、その身体にまとう腐臭を除いては。 走り去っていくゲードルを追うために駆け出したティエル達の前に、青白い顔をしたゾンビ兵士が立ち並ぶ。 その数六体。 決して突破できぬ数ではないが、その間にもゲードルはどこかに逃げ去ってしまう可能性がある。 せっかくここまで来て、敵の親玉ともいえる存在を逃がすわけにはいかない。 「ティエルっ、急がないとゲードルが逃げてしまいますわよ!」 「不動陣!!」 逃げるゲードルに向かってジハードが極陣を仕掛けるが、既にゲードルは極陣範囲外にいるようである。 「待てゲードル、わたしから逃げるのか!」 イデアを抜き放ったティエルは、それを振り上げながらゾンビ兵士へと突っ込んでいった。 生気の失ったゾンビ兵士の一人が、亡者とは思えぬ身軽な動作でティエルの剣を受け止める。 しかし死して月日の経った身体は既に脆くなりつつあるのか、それともティエルの渾身の一撃が効いたのか、 剣を受け止めた兵士の腕がまるで土が崩れ落ちるかのように砕け散ったのだ。 その勢いに乗って、ティエルは二体目のゾンビ兵士に斬りかかる。 「眩き光よ、貫く刃となりて大地を引き裂かん……ライトニングサンダー!!」 薄暗い廊下にリアンの電撃が迸る。直撃を受けたゾンビ兵士は、黒い煙を上げながら地に崩れ落ちる。 「ティエルの行く手を邪魔するやつは、この私が許さなくてよ!」 「守護陣発動せよ!」 リアンの魔法による光を合図に、続いてジハードの虹色の魔法陣が浮かび上がる。 その優しい光はゾンビ兵士達に立ち向かうティエルとリアンの身体を優しく包み込んだ。 「ぼくは戦う力をあまり持たないけれど……それでもあなた達を守ることはできる。背後はぼくに任せてくれ」 「ありがとう、……ジハード」 ティエルはジハードに微笑みかけると、剣を向けて突っ込んできた二体目のゾンビを斬り捨てる。 この調子ならばすぐにでもゲードルを追いかけることができる。きっと、今ならまだ間に合うかもしれない。 ……そう、ティエルが思った瞬間であった。 カラン、という気の抜けた音と共にリアンのロッドが彼女の手から滑り落ちる。 思わず怪訝な表情でティエルが顔を覗き込むと、リアンはこれ以上にないくらい目を見開いて震えていたのだ。 「リアン、どうしたの!? どこか調子が悪……」 「……ちゃ……」 「リアン?」 「……私……あの方の元へ行かなくちゃ……!」 「リアン……行くって一体どこへ?」 さすがに様子がおかしいと、ジハードも心配そうな表情で駆け寄ってきた。 既にリアンの瞳にティエル達の姿は映っておらず、まるでティエルを越えたどこかを見つめているようである。 そしてリアンは震える手で転がるロッドを掴むと、急に向きを変えて元来た道へと駆け出した。 「ねえ、リアン? どうしちゃったの!? リア──ンっ!!」 ・ ・ ・ 「……これで三十四体目か」 生ける者の肉を求めて本能のみで向かってくるゾンビ達を斬り捨て、クウォーツは独り言のように呟いた。 手には既にべったりと腐肉がこびりつき、ぬめるそれは潤滑材となって何度も剣を落としそうになる。 それを払い落とす時間すらもゾンビ達は与えてくれなかった。 しかし服や顔には返り血すらついてはいない。彼の腕前の賜物と言ったところだろうか。 辺りには肉塊となったゾンビの死体が散乱しており、生き残った最後の三体が奇声を発しながら向かってくる。 それを地面を蹴って難なくかわすと、握り直した妖刀幻夢で容赦なく斬り捨てた。 生々しい音を立てながら地面に崩れる音を最後に、辺りは静寂に包まれる。 「少し手間取ってしまったな」 完全にクウォーツ以外の生きる者の気配が消え去った二階ホールで、彼は一つ溜息をついた。 手や妖刀幻夢にこびり付いた腐肉を払い落とし、ティエル達の向かって行った長い廊下へと顔を向ける。 今頃、彼女達はどうしているのだろうか。 フッと鼻先で軽く笑い妖刀幻夢を鞘に収めようとした彼の瞳が、途端に冷たく細められる。 ……突然背後に気配を感じたクウォーツは、振り向き様に妖刀幻夢を相手の喉下へと突きつけたのだ。 しかし背後に立つ意外な姿を見て、思わず彼は眉をひそめる。 「やぁね、あなたは誰なのか確認もしないで剣を向けるのかしら? これ、下ろしてくださらないかしら」 「……何故貴様がここに?」 クウォーツが怪訝な表情を浮かべるのも無理はないだろう。 彼の背後に音もなく立っていたのは、ティエルと共に三階へ行ったはずのリアンであったからだ。 突然現れたリアンに訝しげに眉を顰めながら、クウォーツは仕方なく妖刀幻夢を持つ手を下ろした。 「何のために戻ってきた。ティエルやジハードはまだ三階にいるのだろう? こんな短時間で決着がついたわけでもあるまい。そんな時に、お前がティエル達の側にいてやらんでどうする」 「途中でティエル達とはぐれたんですのよ。あなたと落ち合ってから、彼女達を探した方がいいと思ったの」 喉に突きつけられていた妖刀幻夢が下ろされると、リアンはゆっくりと笑みを浮かべた。 「ふうん……私がティエルの側についていないと、か……。 私のことは気遣ったこともないくせに、彼女のことは気遣うんですのね。あーあ、乙女の心が傷つきますわぁ」 「何が言いたい。言いたいことがあるのなら、はっきりと言え」 随分と遠まわし的なリアンの物言いに、クウォーツは更に眉をひそめる。 だがリアンはそんな彼の様子を気に留めることもなく、実に静かな声で言葉を続けた。 「……ねえ、あなたは? 私でなく、あなたがティエルの側にいてあげればいいじゃない?」 「それはできない」 少し間を置いてから口を開く。 「ティエルには貴様が必要なのだ。誰よりも、貴様がな。そもそも彼女は人間、私はヴァンパイアだ。 ヴァンパイアの私が人間の側にいることなどできない。……それは貴様だって分かっているはずだろう」 「ええ」 そのクウォーツの言葉を聞いたリアンは、それからゆっくりと彼に背を向けた。 「確かにそうですわね。人間とヴァンパイアは決して相容れることなどできない存在。 けれどティエルがそんな小さなことを気にする人間に見えて? あなたにはティエルがそう見えるの……!?」 ……最後は絞り出すような声だった。 「何故ティエルから離れようとするの? 命をかけて指輪を手に入れて、あなたを助けに来た彼女から! これからも側にいてって……ティエルはあなたにそう言ったのよ。それなのに、どうして……!!」 「それでも、できない」 暫く無表情でリアンの背を眺めていたクウォーツだったが、やがて静かに口を開いた。 「ヴァンパイアである私は、きっといつか彼女を殺してしまう。だから一緒にはいられない。 けれどお前にならばティエルは全てを委ねることができる。お前となら、きっと彼女は幸せになれる」 静寂に包まれる二階ホールに、クウォーツの声だけが響いている。 その声の余韻は、まるで永遠に続くような長い廊下の奥へと吸い込まれていくようであった。 「や、やめてよ……こんな私に一体何ができるというの? 私はティエルに何もしてあげられない!!」 振り返ったリアンは一瞬だけ大きく顔を歪めると、ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせた。 リアンが今まで見せたこともないような表情であった。あの彼女が、まるで幼い子供のように泣いていた。 クウォーツに詰め寄るようにして、ほぼ叫びの混じった声を発する。 「私、ほんとは……本当はそんないい娘じゃないっ……!!」 辺りに響き渡るのはリアンの嗚咽のみ。 暫くクウォーツは自分の目の前で泣き続けるリアンを眺めていたが、 やがて無表情を崩すこともなくそのまま静かに手を伸ばすと彼女の瞳から溢れる涙を拭ってやる。 「……私はお前が泣いている理由が分からない。お前が一体今まで何を悩んできたのかも分からない。 けれど……ずっと悩み続けているのに気付いていながら、私はお前に何もしてやることができなかった」 そこでクウォーツは顔を伏せる。 しかしすぐに顔を上げて、ぼろぼろと涙を零し続けているリアンに向かって口を開いた。 「うるさくて我が侭ばかりで、人の心に土足でずかずかと踏み込んできて。最初はなんて女だと思った。 それでも、いつも誰かのために一生懸命で。見ていて本当に危なっかしいのは、お前の方なのに」 そう言って珍しくクウォーツは少し戸惑ったような表情を浮かべ、それからどこかぎこちなく微笑んだ。 「けれどお前のそんなところ……私は、結構好きだよ」 ……それは、リアンが一番好きだった表情だった。 あの日崩壊を続けるハイブルグ城の夜、彼が初めて見せたときから好きだった表情で。 しかし、固い意志で誓ったはずの決心が揺らいでしまうから、今は一番見たくなかった顔であった。 そんなクウォーツの顔を見続けることに耐え切れなくなったリアンは、静かに顔を伏せる。 真っ直ぐに彼の顔を見ることができない。今更どうするというのか。自分はどうしようというのか。 何もかも全てが遅いというのに、所詮は偽りである脆いものに自分はまだ縋ろうとするのか。 無理矢理押し込めていた淡く不可解な胸の奥の感情の意味を、今になってようやく確信した。 彼に対してこんな感情を抱いてしまうはずではなかった。こんな思いを抱くことになるなんて思わなかった。 ……いずれは、この手で殺さなければならない男なのに。 握り締めた拳が白くなっていた。ぐっと強く唇を噛み締めると、僅かに血が滲む。 それからリアンは何かを吹っ切ったようにゆっくりと顔を上げ、目の前のクウォーツに微笑んで見せた。 ゾルディス城の地下病牢で見せた決意の表情と大きく違うところは、今の彼女は悲痛を感じる笑顔であった。 「あなたなんかと出会わなければ良かった。……けれど今日でおしまい。この想い、今日で終わりにするから」 ──ぽたりと一滴、涙が零れ落ちた。 涙と一緒に胸の奥の想いも、全て床に零すことが出来たらよかったのに。 「さよなら……クウォーツ」 「何を言っ……?」 クウォーツがその先を続ける間もなく、リアンはそのまま彼に背を向けると暗い廊下を駆けて行った。 数秒遅れて彼女の後を追おうと駆け出したクウォーツの前に、 まるで彼の行く手を塞ぐかのようにゾンビ達が次々と左右の扉から現れる。 最初の5、6体は勢いで蹴散らすことができたが、尋常ではなく数が多い。一体どこに隠れていたというのか。 「ちっ、こんな時に……!」 軽く舌打ちをしたクウォーツは妖刀幻夢で応戦するも、リアンの姿はどんどんと闇へと消えていってしまう。 追うことは不可能だと悟った彼はどこか不安な顔つきで、もう一度だけリアンの消えた廊下の奥へ顔を向けた。 ……何故か、二度と彼女に会えなくなるような。そんな、気がした。 +DeadorAlive+ |