| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第185話 左大臣ゲードル 「……ガルフォース将軍。侵入者は現在三階にてゲードルと接触した模様です。応援の兵を向かわせますか」 水と緑溢れる魔法大国メドフォード。その最高権力者の象徴である王座にゆったりと腰掛けているヴェリオル。 そんな彼の元へ黒い甲冑の擦れる音を鳴り響かせながら、二人の暗黒騎士が歩いてくる。 王座で目を閉じていたヴェリオルは、その部下の声に気付くと静かに顔を上げた。 「ククク、捨て置け。……元々ゲードルは用済みになれば始末するつもりだった。 あいつは王の器ではないのだよ。自滅してくれるならば、それはそれで始末する手間が省けたというものだ」 「ははっ。それでは我々は引き続いて、ガルフォース将軍の身辺警護に」 「いや、その必要はない」 一礼をして去っていこうとした暗黒騎士の背に向かって、ヴェリオルは実にやんわりと声をかける。 機嫌が良いのだろうか。彼の声に普段の険はなかった。 「全暗黒騎士団員にゾルディスへの帰還を命じる。オレの警護はゾンビ兵士達だけで充分なのでな」 「そ、そんな……もうすぐ奴らはここへ向かってくるのですよ! 我らの腕を信用してはいないのですか!? あんな脳の腐り果てた亡者どもに警護をさせては、将軍の身が危険にさらされ……っ!?」 「……オレの身が、なんだって?」 思わず前に詰め寄った騎士の首を掴むと、ヴェリオルは顔を歪めながらそれを軽々と持ち上げた。 地面から足が離れる。泡を吹き、呻き声を発しながら苦悶の表情を浮かべる様子を目を細めて眺める。 その隣では同じく騎士団員の一人が困惑したような表情を浮かべていた。 「この暗黒騎士団長ヴェリオルが、警護なしではその身もまともに守れぬ軟弱者だとお前は言うのか? お前達など必要ないのだよ。……さっさと消えんと、今度は首をへし折るぞ」 急に手を離され、力を失ったように地に崩れる騎士を見下ろし、ヴェリオルはもう一人の騎士に顔を向ける。 「……いつまで見ている。それとも、この者の代わりに首をへし折られたいのか?」 「い、いえっ! 全暗黒騎士団員、ゾルディスへ帰還いたします!」 慌てたように敬礼をした騎士は、未だ呆然として座り込んでいる騎士を引きずるようにして駆けて行く。 彼らの足音は静寂に包まれる王の間のあちこちに反響し、不快な旋律を奏でていた。 その小さくなっていく後ろ姿を暫く眺めていたヴェリオルだったが、静寂が戻る頃にゆっくりと目を閉じる。 まるで身を包む様な静けさが心地よかった。 「……ティエルよ。幾つもの屍を越えて、ここまで這い上がって来るのだ。絶望の底から這い上がって来い。 そして這い上がってきた時……その時こそ、オレは再びお前を地獄に叩き落そう」 知らずに口元が歪む。 「そして気付くのだ。最後にお前の側にいるのはオレなのだと。オレだけがお前を分かってやれるのだと」 ・ ・ ・ 三階廊下でゾンビ兵士に勝利したティエルは、逃げ去ったゲードルの姿を求めて廊下を走り続けていた。 リグ・ヴェーダを小脇に抱え、ふとジハードは隣のティエルに視線を移動させる。 ……ゾンビとの戦闘中、突然リアンがどこかへ行ってしまった。 彼女が一体どこに向かったのかを確かめる間もなく、先程までティエル達は戦闘を続けていたのだ。 ゴドーを弔うために一階に残ったサキョウ、二階でゾンビの群れを相手にしているであろうクウォーツ、 そして、三階で消えたリアン。 気にかかる事はそれこそ山ほどあるが、とにかく今は逃げたゲードルを探さなくてはならない。 ジハードの隣を無言で走り続けるティエルは、今までに見せたこともないような険しい表情をしていた。 彼女が何も言わなくとも、ジハードには彼女の気持ちが手に取るように分かったのだ。 長い廊下の二度目の角を曲がったとき、向かいの角を曲がるガウンの端が見えた。──ゲードルである! 「止まれゲードル!!」 「くそっ、小癪な小娘が。ゾンビ兵士どもを倒しおったか……!」 ティエルの声に軽く舌打ちをしたゲードルは、再び前を向いて走り出そうとする。 ……しかし。 「ティエル、ジハード!」 ゲードルの前方からサキョウが現れたのだ。恐らく彼もティエル達を追って三階に辿り着いていたのだろう。 前方を塞がれたゲードルは左右に立つゾンビ兵士に目配せをすると、左側の両開きの扉の中へと消えた。 「待て、ゲードル! 国を裏切った……おばあさまを裏切ったお前だけは絶対に許さない!!」 ぐっと唇を噛み締めたティエルは、ゲードルの消えた大きな扉の中へと転がり込むように突っ込んで行った。 その途端、目に入ったのは何百本と立ち並ぶロウソクの光。 華麗な細工の彫られた金の燭台が、まるでティエル達の訪れを歓迎するかのように並んでいたのだ。 長い深紅の絨毯の最奥には、美しい純白の像がロウソクの光によって浮かび上がるように立っていた。 このメドフォード王国を守護するといわれる、初代メドフォード国王リュミラージュである。 アンドロギュヌスであったと伝えられているリュミラージュの像は、 男とも女ともつかない、まさに中性的な慈愛の笑みを浮かべてティエル達を優しく見下ろしていた。 (……ここは) 勢いよく中に転がり込んだ為に転倒してしまったティエルは、剣を突いてゆっくりと立ち上がる。 「ここは……リュミラージュ大聖堂……」 リュミラージュ大聖堂とは、メドフォード三階から渡ることのできる離れの塔である。 そこには、いつも神官であるゴドーの姿があった。 彼は本来自然に宿ると伝えられる神々に仕えていたのだが、 このメドフォードでリュミラージュの遺した数多くの文献を目にし、心を打たれたという。 ティエルがせがむと彼は優しい微笑みを浮かべ、リュミラージュについて語ってくれたのだ。 だが、現在リュミラージュ像の前に立っているのはゴドーではなかった。笑みを浮かべるゲードルである。 「……とうとうここまで辿り着きましたな、ティエル姫。お久しゅうございます」 大きな溜息をつき、逃げることは無理だと判断したゲードルは初めてティエルと向き合って口を開いた。 「こんなことになるのならば、やはりあの時あなたを見くびらず……確実に殺しておけばよかった。 たかが甘ったれた王女を一人逃がしたからといって、何一つ変わることはないと思っておりましたよ」 それからゲードルは目を細めてティエルを眺める。 先程のゾンビ兵士達との戦闘で負傷したのか、彼女の身体のあちこちに深い切り傷が見受けられた。 メドフォードを手中にしたあの炎の夜と、この少女は一見何も変わっていないように見えるのだが、 その瞳はあの頃とは比べ物にならぬほどしっかりとゲードルを見据えている。 「まさかこうして姫と向かい合う日が来るなど、思ってもおりませんでした。今でも信じられませんよ」 ふっと軽い笑みを浮かべたゲードルは背後のリュミラージュ像に顔を向けた。 慈愛の眼差しで彼らを見守るこの像は、ゾンビに支配されたメドフォードを憂いているのであろうか。 「……最後の決着の場所がここリュミラージュ大聖堂とは、なかなか運命的なものを感じますなぁ……」 「ゲードル。お前は国を乗っ取り、あえぐ民を虐げ続けた。その行い……決して許すことはできない!」 ティエルはイデアを強く握り締めると、一歩前に歩み出る。 温かな光に包まれるリュミラージュ大聖堂はしんと静まり返っており、凛としたティエルの声が響き渡る。 「わたしはお前を倒すためにメドフォードに戻ってきたんだ。……さあ、剣を抜けゲードルよ!!」 決して揺らぎはしない強靭な意志を秘めた、真っ直ぐに相手を射抜くようなティエルの瞳。 その瞳を暫く無言で見つめていたゲードルであったが、やがて隣に立つゾンビ兵士の剣を己の手にする。 「あなたは甘いお人ですな。あんな仕打ちをしたこのワシと、正々堂々向き合うおつもりか? ……そんなティエル姫だからこそ、心動かされ共に戦おうとする者達がいるのかもしれません」 自嘲気味に笑みを浮かべたゲードルは、手にした剣をティエルに向かって構えた。 ティエルの背後に立つジハードとサキョウは不安な顔つきをしていたが、これは彼女の勝負なのだ。 それを理解している彼らは、ティエルを見守ることしかできなかった。 また一歩。イデアを構えたままティエルが前へと歩み出す。 「しかし姫よ、あなたは甘いのではなく甘すぎる。それがいつか、命取りとなりましょう!!」 剣を握ったままティエルに向かってきたゲードルは、不意に歪んだ笑みを浮かべると横に向けて叫んだ。 「今だ、こいつを殺せ!」 「ここで朽ち果てろ、メドフォード王女ティアイエルよ!!」 ゲードルの声と共に柱に身を隠していたゾンビ兵士が姿を現し、ティエルに向かって弓矢を放ったのだ。 「ティエル、危ないっ!」 それに気付いたジハードの叫ぶような声を合図に、ティエルは地面を蹴って駆け出した。 ティエルの心臓を射抜くはずであった弓矢はその為に大きく外れ、彼女の左腕に深々と突き刺さる。 ゾンビ兵士が再び矢を放とうとしているのがティエルの目に入った。 「ゲードル、覚悟!!」 だが彼女はそのままゲードルに突っ込んで行く。一刻も早くこの戦いに終止符を打つために。 「くそっ、失敗か。こうなったらこの手で始末してやる! ……甘ったれた小娘なんぞに、負けはせんわ!!」 とうとう小細工を諦めたゲードルも、同じようにティエルに向かって突っ込んでいった。 ……肉を裂く音。 ティエルを斬るために振り上げたゲードルの手が止まった。まるで彼一人だけ時が止まったかのように。 永遠にも感じられた暫くの静寂の後、からん、と力が抜けたようにゲードルの手から剣が抜け落ちる。 ゲードルの肩から腰にかけて、大きな傷口がぱっくりと開いていた。そこから赤い液体が溢れ出す。 それが一体何を意味するのかを理解する間もなく、ゲードルは地に崩れていった。 ゲードルが倒れた途端に残りのゾンビ兵士達が一斉にティエルに向かって行くが、 柱に身を潜めていた二体のゾンビは無言で飛び出したジハードとサキョウによって殴り倒される。 先程までゲードルの左右に佇んでいた兵士も、剣を振り上げる間もなくティエルによって首を切り落とされた。 転がる亡者兵士の首。床に倒れていたゲードルは、それを虚ろな瞳で眺めていた。 「ティエル姫、お見事です……。甘ったれた脆弱な王女であったあなたが……随分と成長しましたな……」 血塗れた剣を握り締めながら自分を見下ろしてくる王女に、ゲードルはいつものように薄い笑みを浮かべる。 確実に致命傷であるそれは、目に見える速さで彼の命を削り取っているようだ。 「……わたしは確かに今でも甘ったれた王女だ。そんなこと、あなたに言われなくとも分かっている」 両手でイデアを握り直したティエルは、それをゲードルの真上でぴたりと止める。 「けれどあの日わたしは誓った。仇を討ち、国を取り戻すと。あなたを斬ることにも……もう迷いはないと」 力強い言葉とは裏腹に、ゲードル向けられている剣先が心なしか震えているような気がする。 それを眺めていた彼は笑みを浮かべたまま口を開いた。 「フフフ……覚えておきなさい、ティエル姫。全てが優しい心を持つ者達ばかりではないと……。 すぐ側でその牙を隠している者がいるかもしれません。生ける者は、誰しも心に闇を抱えているのだと」 ゲードルは続ける。 「しかしティエル姫、それでも真っ直ぐな心で相手と向かい合いなさい。 その心はいつか相手の心を動かすことができるかもしれません。……あなたなら、きっとできるでしょう」 そう言うとゲードルは覚悟を決めたように苦しげに目を閉じた。 暫く迷ったような表情を浮かべていたティエルだったが、やがてゆっくりとイデアを握った両手を高く上げる。 幸せであったメドフォードでの日常が過ぎっていく。 この他人を見下したような笑みを浮かべるゲードルも、優しい顔を彼女に向けてくれたこともあった。 しかしそれは、もう二度と戻ることのできない日常で。 「……左大臣ゲードル、覚悟!」 ずぶりと、深く肉に埋め込まれる感触。……振り下ろした剣は、いつもよりも重く感じた。 +DeadorAlive+ |