| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第16章+覇王の胎動 第186話 Distorted Love -1- 国を裏切り手中に収めようとした左大臣ゲードルを屠ったティエルは、静かに王の間への廊下を歩いていた。 ……ヴェリオルは間違いなくこの先にいるのだろう。確証はないが、何故か彼女はそんな気がしたのだ。 先程までとは違ってひどく落ち着いているようだ。心臓の鼓動は全くといっていいほど乱れてはいない。 ゾンビ兵士の矢による左腕の傷は、ジハードの治癒魔法が施されていた。血は完全に止まっていた。 痛みを感じないわけではないが、我慢できないほどではない。 ティエルは念のため治療を続けるべきだと言うジハードを無理矢理押し切ったのだ。 ぴたり、とティエルの歩みが止まる。 目の前には見慣れた両開きの扉。その左右にはメドフォード王家の紋章が彫られていた。 この先に、メドフォード最高権力者の証である王座があるのだ。いつもそこには祖母ミランダが座っていた。 孫であるティエルに接する時のミランダは聖母のように優しい表情をしていたが、 王座に腰を下ろした彼女はまるで別人のように厳しい顔つきをしていたことを思い出す。 幼い頃のティエルはその様子を見て、もしかして祖母は二人いるのではないかと勘違いをした事もあった。 今となっては幼いが故の微笑ましい思い出である。 ミランダの左右の席には、今は亡き父母が座っていたような記憶がある。かなりおぼろげであるが。 そこまで思い出したティエルは、ふと口元に手をやった。 その亡き父の近くには、いつもフードを深くかぶった青年が立っていた。彼は父の腹心であったのだ。 昔事故で顔に大火傷を負ってしまったという理由の為に、顔中包帯を巻いていた覚えがある。 ……幼いティエルはその包帯がとても怖かったのだ。 (何故これから戦いだというのに彼を思い出したんだろう。……彼はもうここにいるはずがないのに) 扉に手を触れたティエルは、思わず感傷的になってしまった自分を窘めるかのように首を振った。 (今はヴェリオルを倒すことだけを考えよう。そう、それだけを考えなければ) 強く唇を噛み締めたティエルは扉を睨み付けると、どこか乱暴とも言える動作で一気に開け放った。 ……メドフォード王の間最奥、最高権力者の証である王座に、一人の男が深く腰掛けていた。 濡れたような輝きを放つ黒髪に、均整取れた体躯を包む黒衣。しかしそれとは対照的な白のマント。 どこか気品を感じさせられる男である。 開け放たれた扉の音に、男は閉じていた目をゆっくりと開いていく。 全てのものを見下したような黒い瞳。目を見ただけで気圧されてしまう、壮絶な恨みの炎が宿っている瞳。 「……ヴェリオル!!」 「ティエルか。……久しぶりだな、元気そうで良かったよ。左腕の傷はもしやゲードルにやられたのか?」 足を組んだまま腰を下ろすヴェリオルは、まるで親愛なる友に対するような慈しみを込めた声を発する。 その言葉を発した一瞬だけ彼の顔から、憎悪や、恨みなどといった負の感情が綺麗さっぱり消えていた。 こんな表情をしたヴェリオルを見るのは初めてである。だが、ティエルはどこか懐かしい気がしたのだ。 遠い昔、どこかで優しげな彼の顔を見たような。そんな、決して存在するはずのない記憶があるような。 「そんな心にも思っていない言葉をかけるのはやめて。わたしの怪我などあなたには関係のないことだ。 わたしは……ヴェリオル、あなたを斬るためにここまで来た。おばあさまやゴドーの仇を討ちに来たんだ」 握ったままのイデアを構え直したティエルは、ゆっくりと王座に向かって歩いていく。 しかしヴェリオルは微動だにしない。彼はそんなティエルをどこか眩しそうに見つめていたのだ。 「あなたを倒せば……全てが終わる」 「そうだな」 唇の端を軽く持ち上げて笑いの形を作る。 「オレを倒せば復讐は終わる。お前の長い旅は終わるんだ。よくぞここまで辿り着いた。……偉いな、ティエル」 「馬鹿にするな!!」 完全に嘗められている。穏やかな表情を浮かべ続けるヴェリオルに、ティエルは強く手を握り締めて叫ぶ。 「お前のせいでおばあさまやゴドー……何の罪のない兵士達が死んでいったんだ! それなのに、何でそんな顔をしながらそこに座っていられるの!? そこでわたしを待っているのよ!?」 「……ヴェリオル=D.S=ガルフォースよ。貴様は我が兄の仇。決して容赦はせんぞ」 厳しい表情のサキョウもティエルの隣に並ぶ。彼にとってもヴェリオルは兄ゴドーを殺した憎き敵である。 先程兄の壮絶な姿をこの目にしたばかりのサキョウは、怒りの為に両の拳が震えていた。 「よかろう、全員まとめて相手になってやる。オレも氷の王国ゾルディスで将軍と呼ばれた男だ」 優雅ともいえる緩やかな動作で立ち上がったヴェリオルは、笑みを浮かべながら右手を宙に差し出した。 「契約者ヴェリオル=D.S=ガルフォースの名において召喚する。……いでよ、魔剣デスブリンガー!!」 そのヴェリオルの声と共に、耳障りな音を鳴り響かせながら空中に黒い稲妻が発生する。 稲妻は互いに絡み合い、やがて禍々しいほどに巨大な剣を形作っていった。 ティエルの身長など裕に超えてしまう、ヴェリオルの愛剣デスブリンガーである。 「本来魔剣デスブリンガーは人間には扱えぬ武器。この魔に打ち勝つことができる者は悪魔族のみだ。 それを、人間であるオレが使用することができるのは何故だと思う? ……そこの不死鳥、答えてみろ」 亡者の顔の様なものがいくつも浮かび上がる黒いオーラを纏い、ヴェリオルは唐突にジハードに顔を向けた。 「……え?」 暫しの間。予期せぬことを突然問われたジハードは一瞬言葉に詰まったが、やがて静かに口を開く。 「強大な力を持つ悪魔と契約し、魔剣デスブリンガーを支配することのできる力を身につけた……?」 「ククク……いい線をいっている答えではあるが、近いようで少々違うな。 オレは悪魔と契約を交わしたのではなく、13人の悪魔の生き血を啜って奴らの力を手に入れたのだ」 にやりと笑みを浮かべたヴェリオルは袖を軽くめくると、ティエル達に見せ付けるように差し出した。 彼の右腕には、不可解な文字が光と共に黒く浮き上がっていたのだ。 「これはリリスの刻印と呼ばれるもの。人間でありながら、堕天使である悪魔族の力を手に入れた証だ」 「……あなた、リリスの儀式を行ったのだね。あなたのその力の源は、やはり悪魔に魂を売った為か!」 ヴェリオルの腕に浮かび上がる文字を目にしたジハードは、思わず一歩後ろに下がった。 人間が悪魔の力を手に入れるリリスの儀式の対極に位置するものが、 悪魔が人間の生命力を手に入れ不老不死となるラミアの儀式である。こちらは13人の人間の血が必要だ。 老婆ギョロイアがクウォーツに行おうとしていたものだ。 「リリスの儀式を経て、オレは魔剣デスブリンガーをリダ=クイーン様から受け賜ったのだ。 あの方は国を追われたオレを拾い、剣を授けて下さった。オレは女王陛下に剣を捧げることを誓ったのだ」 静かな笑みを浮かべつつ袖を元に戻すと、彼はデスブリンガーを軽々と片手で構えた。 リリスの儀式を経たとしても、相当な重量を誇るデスブリンガーを片手で扱う為にはかなりの腕力を有する。 それを軽々とこなすことのできるヴェリオル自身の力も、また強大なものなのだろう。 「我が主リダ=クイーン様の命により、お前達を始末する。このメドフォード城王の間が墓場となるのだ!」 ヴェリオルがデスブリンガーを振り上げた途端、ティエル達もハッと我に返るとそれぞれの武器を構える。 魔剣に集う黒き雷に気付いたジハードがリグ・ヴェーダのページをめくり、素早く防護の呪文詠唱を始めた。 しかしそれよりも早くヴェリオルの魔法剣が完成する。 「くらえ、魔法剣ライガスト・ダース!!」 デスブリンガーから放たれる12本の黒い電撃。それらは真っ直ぐにティエル達へと向かっていく。 「……ティエルよ。イデアの最後のスペルが欲しければ、このオレを倒すことだな!!」 「やっぱりイデアのスペルがメドフォードにあることを知っていたんだ……ヴェリオル、あなたは一体……」 そう言いかけたティエルだったが、己に向かってくる稲妻に顔を向ける。 12本の黒い稲妻は互いに絡み合い、一本の太い光となって彼女達に突っ込んでくる。 「風よ、我が声を聞け!!」 ヴェリオルの魔法剣に対抗するように、ティエルもまたイデアを掲げて風を呼び寄せる。 淡い碧の光の粒が彼女の周囲に現れると、それはイデアに吸い込まれるようにして消えていった。 「天駆ける碧の風よ、大いなる裂刃となり敵を撃て!!」 イデアから放たれた碧の刃は、黒き稲妻を突き抜けてヴェリオルへと向かう。 その瞬間稲妻が弾け飛び、四方からティエル達へと直撃する。砕け散る床。燃え上がる絨毯。 「……やったか?」 身を翻して巨大な風の刃を避けたヴェリオルは、黒煙の上がる方へと顔を向けた。 彼の背後で風の刃に切り裂かれた柱が音を立てて崩れ落ちる。直撃を受けていれば致命傷になっただろう。 しかし、ヴェリオルの笑みは一瞬で消えることになる。 黒煙が晴れると、地に這い蹲っているティエル達を守るように虹色のヴェールが包み込んでいたのだ。 ジハードの防護魔法である。 彼の魔法でも完全に防ぐことは出来なかった為に少々傷を負ってはいるが、命に別状はないようだ。 「ほう、オレの魔法剣の直撃を受けてもその程度の傷で済むとは……なかなかできた防護魔法じゃないか」 「暗黒騎士殿にお褒めに預かり光栄だよ。完全に防ぐことができなかったのが悔しいけどね」 ヴェリオルの言葉に、頬の煤を拭いながらジハードが返した。 +DeadorAlive+ |