Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第187話 Distorted Love -2-





魔剣を優雅に操り重い一撃を繰り出してくるヴェリオルに、ティエル達は避けるだけが精一杯であった。

三対一の戦いであっても、互角、いやそれ以上に戦える彼の強さはリリスの儀式を受けた為であるのか。
反射的に姿勢を低くしたティエルのすぐ頭上で、風を切る音が鳴った。



ほんの少しでも頭を下げるタイミングがずれていれば、今頃彼女の首は飛ばされていたのかもしれない。




「ヴェリオル、わたしはあなたに聞きたいことがある!」
そんなティエルに追い撃ちをかけるように振り下ろされた剣を転がって避けると、彼女は口を開いた。


「何故この国を狙い、おばあさまを殺したのか。初めて会った時、あなたはわたしを迎えに来たと言った。
それは何故だ!? わたしはあなたなんて知らない。それなのに、どうして……!!」




デスブリンガーの攻撃を必死に避けながら訴えかけてくるティエルに、ヴェリオルの表情が僅かに緩んだ。
それは、気を付けて見ていなければ分からないほど微かなものであったが。


「あなたなんて知らない……か」
普段のヴェリオルからは想像もつかぬような、どこか寂しげな響きを含んだ声である。

「確かにそうだろうな。ティエルよ、幸せに暮らしてきたお前に、オレの苦しみなど理解できないだろう。
だから……だからこそ、お前が憎いんだ。分かるか、存在すらしていないことにされ続けた者の気持ちが!」




「存在すらしていないことに……? 一体何言っているのか分からないよ!」
ヴェリオルの発した言葉の意味が分からずに、ティエルは思わず攻撃の手を止めた。


「それがメドフォード王国を侵略することと何の関係があるっていうの……!? ちゃんと説明して!」




「ティエル、戦いに集中しろ!!」

呆然とした表情で立ち尽くしているティエルに振り下ろされた剣を見たサキョウは、怒号を発する。
その声に我に返った彼女は、ヴェリオルよりも素早く風の魔法を帯びたイデアを横に払った。




「ぐっ!」

肉を裂く確かな手ごたえ。
剣を振り上げていた為に胴ががら空きであったヴェリオルは、まともにその一撃を受けてバランスを崩す。

咄嗟に腹を押さえたと思われる手は赤く染まっていた。だが、致命傷にまでは至っていないようだ。
口の中を切ったのだろうか。血の混じった唾を吐き捨てると、ヴェリオルは憎々しげにティエルを見やった。




「……誰からも愛された王女。神に祝福された王女。皆がお前を愛し、皆がお前の名を呼んでくれる。
本当の両親がどうなったかも知らずに、親の仇を両親と信じ込んでいた幸せな王女……クッ、ハハハ!」




「何を言っているの? あなたがわたしの何を知っているのよ!!」


壊れた笑い声を発するヴェリオルに、ティエルは思わず眉を顰めた。
言っている意味が分からない。ヴェリオルが何を伝えようとしているのか理解することができなかったのだ。

ただ一つ言えることは、ヴェリオルの瞳はとても哀しい色をしていることだけであった。




「分からないか? ……ああそうだな、お前には分からないだろう」

戸惑うティエルの元まで歩み寄ると、ヴェリオルはにっこりと満面の笑みを浮かべて見せる。
彼の言動に戸惑いを隠せず剣を構えることも忘れたティエルは、次の瞬間右腿に激しい痛みを感じた。

思わず飛び退こうとした彼女であったが、何故か一歩も動くことができない。
彼女の右腿に深く刺さったデスブリンガーは、腿を貫通して床に突き刺さっていたのである。



「あっ……くうっ!!」



激痛に思わず力が抜けて後ろに倒れかけたティエルを、ヴェリオルが前から優しく抱きとめてやる。

「……ティエル。女王陛下はお前の命を欲しておられる。だが、オレはあの方に逆らうことができない身だ。
なぁに、寂しい思いはさせんよ……オレはずっとお前の側にいる。お前が骨になっても愛し続けてやる」

優しげに、だが確実に狂気を含んだ声色でヴェリオルが耳元で囁く。




「覚えているかな。昔、約束しただろう? オレは永遠にお前の側にいると。……こんな風に、指切りをして」
「……!!」

自分の指に小指を絡めてくるヴェリオルに、ティエルは戦慄した。


幼い頃、確かにこんな風に約束を交わした記憶があった。だがその相手は既に死亡しているはずなのだ。
……名はセリオス。父の側近だった男だ。彼はティエルの幼馴染といってもいい存在だった。




ヴェリオルに支えられた身体が小刻みに震え始める。右腿の痛みは既に麻痺してしまっているようだ。


「……セリ……オス……?」
「そうだな、当時はそんな名前で呼ばれていた。やはり覚えていてくれたんだな……嬉しいよ、ティエル」



心底嬉しそうに微笑みを浮かべたヴェリオルは、目を見開いているティエルの頬に付着した血を舐め取った。
冷たい感触。だが、そこに確かな愛情は存在した。執着にも似たひどく壊れた愛情が。




「オレはお前に会うために帰って来たんだ。今度こそ、お前と一緒にいられるように。二度と離れないように」
「そ……そのためにメドフォードを襲ったの!? おばあさまを殺したの? みんなを殺したの……!?」




セリオスは確かに死んだ。10年前、流行り病にかかったティエルの両親と共に病死したはずであった。
そうミランダから聞かされていた。そして、セリオスのことはもう口にするなと、忘れろと言われた。

幼い彼女にとって両親の死、セリオスの死は相当衝撃が大きかったのであろう。
彼らが死んだ当時の記憶は殆ど残ってはいない。


それは悲しみから逃れたい一心で、無理矢理記憶を心の底に封じ込めてしまっていたのかもしれない。




しかしセリオスは死んではいなかった。この目の前の黒髪の男がセリオスだと言う。
彼女をずっと苦しめ続けてきた男が、あの優しかったセリオスだというのだ。信じられるはずがなかった。

だが、ヴェリオルがティエルに嘘をついているとしても、彼の特になるようなことは何一つないはずだ。
ならば答えはただ一つ。目の前の男は本当にセリオスだということである。



セリオスは顔中に醜い火傷を負っており、それを隠すために包帯を巻いていた。素顔は見た記憶がない。
城の者達は皆気味悪がり、誰一人として彼に近づく者はいなかった。

……ティエルを除いては。



包帯の隙間から覗くセリオスの黒い瞳は優しかった。
周囲が何と言おうとも、ティエルを見る彼の目はとても優しい色をしていたことだけは確かだったのだ。





「本当に……本当にセリオスなの……? 約束どおり、わたしを迎えにきてくれたの……?」


「ああ、そうだ。お前を迎えに来たんだ。一緒にゾルディスへ行こう、ティエル。
死など怖がることはないさ。お前の亡骸は必ずオレが貰う。……いつまでもオレの側に置いてやろう」


狂気の光を瞳に宿したまま、ヴェリオルはティエルの耳元で甘く囁いた。
しかしその狂気の色にティエルは気付かない。

突然思いもしなかった真実を告げられて、喜びと困惑の混ざったような表情のまま虚空を見つめていた。




「いつまでも……そば、に?」
彼女が震える声でそう口にすると、ヴェリオルはにっこりと笑みを浮かべる。

右腿の感覚がなくなっている。
剣の突き刺さる傷口から生暖かいものが流れ落ちているような気がするが、既にどうでもよくなっていた。




「ティエル。……オレのものになれ」




まるで暗示にかかったようである。
目の前の男がとても愛しい存在に思えてきたのだ。何故、今まで彼を頑なに拒絶し続けていたのだろう。



「辛いこと、苦しいこと……全てからオレが守ってやる。もうお前は苦しむ必要はないんだよ」

ティエルの腿を伝う生暖かい血を手に塗りつけ、ヴェリオルは陶酔したような表情でそれを口に含む。
哀しみのない世界。それはどんなに幸せなことだろうか。ひとを失う痛みをもう感じることもないのだ。



「……セリオス……」
身体を這うヴェリオルの手にも嫌悪の表情すら浮かべず、むしろティエルは酔ったように彼を見つめていた。







+DeadorAlive+