Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第188話 Distorted Love -3-





「駄目だ、ヴェリオルの言葉に騙されちゃいけない! 奴の言っていることをよく考えてみろ、ティエル!!」
「ワシらの声が聞こえていないのか……!?」

ジハードとサキョウが叫んでも、ティエルは無反応であった。頬を高潮させながらヴェリオルを見上げている。




「ウジ虫どもがうるさいな。……まずはオレとティエルの幸せを壊そうとする害虫を始末せねばいかん。
ティエル、痛かっただろう。ごめんな……お前をこんなに傷つけるつもりじゃなかったんだ」


猫なで声でそう口にしたヴェリオルは、ティエルの右腿に突き刺さるデスブリンガーを一気に引き抜いた。




「……ぐぅっ!!」

感覚の麻痺したはずの腿から激痛。声を上げたティエルは思わず床に崩れ落ちる。脚に力が入らなかった。
彼女の右脚を完全に赤く染め、止まることなく血は溢れ続けている。




「オレの邪魔をする奴等は、一人たりとも生かしておくわけにはいかない。……お前達を排除する!!」




拳を握り締めながら突っ込んできたサキョウに向かってヴェリオルはデスブリンガーを振り下ろす。
しかし突如魔法陣が浮かび上がり、無数の細かい氷の粒が次々とヴェリオルの身体に引き寄せられていく。

ジハードの仕掛けた極陣である。
……完全に氷に覆われたヴェリオルの右半身。



凍り付いた腕の為にヴェリオルは剣を振り下ろすことができず、サキョウの蹴りをまともにくらう。
しかしそのまま蹴り飛ばされるはずであったヴェリオルは、口の端を歪めただけで微動だにしなかった。




「……ティエルの血を吸ったデスブリンガーの魔力に護られたオレに、こんな赤子の蹴りなど通用せんよ」
その瞬間。彼の右半身を覆っていた氷が砕け散り、振り下ろされた剣はサキョウの肩に深く食い込む。


「ぐうぁっ!!」



「サキョウ! ……くっ、雷覇の陣よ!!」
詠唱を完了させたジハードは新たな魔法陣を出現させ、生み出された稲妻がヴェリオルに向かっていく。

間違いなくヴェリオルに直撃するかと思われた電撃だったが、
彼がデスブリンガーを前に突き出すと、それは見る見るうちに吸い込まれていくではないか。



「おっと……悪いな、デスブリンガーは雷を吸収するんだよ。不死鳥殿、知らなかったのかね?」




ヴェリオルの雷の魔法剣が発動したと同時に、ジハードも早口で防護の魔法を唱え始める。
デスブリンガーで肩を斬られ倒れているサキョウに直撃すれば、恐らく命はない。

サキョウはリグ・ヴェーダの力に守られたジハードとは違い、己を保護する魔力がないのだ。
焦りで何度も詠唱をつっかえつつ魔法陣の最後の印を描き終えると、サキョウに向かってそれを発動させる。




「間に合ってくれ、障壁陣っ!!」
「さあ死ぬがいい!!」




十二本に弾け飛んだ黒き稲妻はまるで雨のように降り注ぎ、王の間の赤い絨毯を次々と黒く焦がしていく。


ジハードが必死の思いで放った虹のヴェールはサキョウを包み込み、死の雨から彼を守ってくれているようだ。
地を這ってそれを目にしたジハードが思わずホッとした表情を見せたとき、背後に凄まじい殺気を感じた。

……考えるよりも身体が先に動いていた。リグ・ヴェーダを放り投げると咄嗟に右に転がる。
同時に脇腹に鋭い痛みを感じた。確かめる必要もなく、それがデスブリンガーで斬られた痛みだと分かる。




魔法を主力にする者は、常に相手との一定距離を保たなければならない。接近戦が最大の弱点なのだ。
そして、魔術士であるジハードのすぐ背後には、デスブリンガーを構えるヴェリオルが立っている。

これが何を意味するのかを理解できないほど、ジハードは愚かではない。このままでは確実に、殺される。


(……まずい)
リグ・ヴェーダから手を離してしまった今、彼は極陣を扱うことができない。




「実に無様な格好だな……終わりだ、不死鳥」

ジハードが両膝を地に付けたままゆっくり振り返ると、ヴェリオルが薄ら笑いを浮かべながら見下ろしていた。
その背後では、足を真っ赤に染めたティエルが呆然とした眼差しでこちらを見つめている。



(ティエル……)

ジハードを見ているのか、それともヴェリオルか。どちらでもないのか。
サキョウとジハードが殺されれば、次は間違いなくティエルである。ヴェリオルは彼女を生かす気はない。


「……ティエル!」
ジハードの声にもティエルは反応をしない。しかしそれでも彼は続けた。

「ヴェリオルはあなたを悲しみから守ると言ったけれど、
その悲しみを生んだのは誰なんだ? あなたを苦しめていたのは誰なんだ! 分からなくなっちゃったの!?」




「何故ゴドー達が死んだのかを思い出せ! あなたは今まで……何のために旅を続けてきたんだよ!!」




「……何の……ため、に?」

ジハードの言葉が届いたのか、だが未だ困惑した表情で、ティエルは剣を握り締めるヴェリオルを眺める。
それから血に塗れて倒れているジハードとサキョウに顔を向けた。




「そうだ、ティエルよ……。もう一度よく考えてみろ……」
ティエルに顔を向けられ、倒れていたサキョウも絞り出すような声を発する。

「お前の幸せは、亡骸としてヴェリオルの側にいることか? 殺されることがお前の幸せだったのか?
……ティエル。お前は国を奪われたあの日、生きることを決意したのではなかったのか……?」




「ふん、死にぞこない共が。……ティエル、こんな奴等の言う事など聞いてはいけないよ。
リダ=クイーン様は大変慈悲深く、そして聡明なお方なんだ。きっとお前を生かす方法を考えてくれるさ」

「嘘を言うな、リダ=クイーンはティエルの死体を欲しているのだろう!!」



「……黙れ、ウジ虫が」
忌々しそうに口を開いたヴェリオルは、倒れているサキョウの腕を力を込めて踏み潰す。

「うぐあっ!!」
鈍い音が響き、彼の腕は曲がるはずのない方向に曲がっていた。




「オレ達の邪魔をする奴等を今すぐ殺してやるからな、ティエルはいい子で待っているんだよ」
ヴェリオルが振り返る。

「そうだ。終わったらすぐにメドフォードの大聖堂で結婚式を挙げよう。これでオレ達は永遠に結ばれるんだ」




「あ……ああぁ……」
ティエルは腕を押さえて苦痛の声を上げるサキョウと、満面の笑顔を浮かべるヴェリオルを見つめた。

途端に言いようのない恐怖が彼女の全身を覆う。
──ヴェリオルが恐ろしい。満面の笑顔を浮かべながら、こんなことができる彼が恐ろしかった。




「ティエルにはやはり純白のドレスが似合うだろうな……まるで汚れのない天使だ。早く見てみたいよ」
艶やかな黒い前髪を払いのけ、ヴェリオルは小刻みに震えているティエルに顔を向ける。


「……お前はオレだけのものだ。誰にも渡さない。たとえリダ=クイーン様といえども亡骸は渡さない。
オレ達はようやく地獄で一つになれるんだよ。永遠に、永遠にな」




「分からない……あなたは何故そこまで愛しているティエルを殺すことができるんだ……!
愛しているならティエルが一番幸せになれる方法を選べ! どうして彼女を苦しめることばかりする!?」


リグ・ヴェーダを手繰り寄せていたジハードは、その反対側の手で素早く魔法陣を描く。
彼の数少ない攻撃魔法の一つ、灼熱地獄の陣である。




「地獄を見るのはあなた一人だけでいい。……生き地獄をね!!」




魔法陣から勢いよく放たれた灼熱の炎が真っ直ぐにヴェリオルへ向かっていく。
だが手負いの状態で唱えたジハードの魔法は、彼が剣を横に払っただけでかき消されてしまったのだ。



「大層なことを言っている割にはこんなものか。害虫は地べたに這い蹲っている姿がお似合いだ!」
「……ぐっ!」

壊れた笑い声を発しながら、ヴェリオルは転がっているジハードの腹を何度も蹴りつける。


「お前は生きたまま心臓を取り出してやるよ。リダ=クイーン様がご所望だからなぁ!!」
ヴェリオルの笑い声。ジハードの苦痛の声。サキョウの叫び声が反響して呪いの唄を生み出していた。



その様子を呆然と眺め、ティエルは震える足を奮い立たせてゆっくりと立ち上がった。
右腿に激痛が走る。しかしそれでも彼女はイデアを支えにしながら一歩ヴェリオルに歩み寄る。

死んだと思っていたセリオス。だが、今目の前にいるのは既に優しいセリオスではなかった。
ヴェリオルという名の、彼女の愛する者達を死に至らしめた憎き仇である。……セリオスではない。




「……ヴェリオル」
しっかりと前を見据え、ティエルの声が王の間に響き渡った。


「どうした、ティエル? もう少しだけ待ってくれ、今こいつらを殺してやるからな」




「ヴェリオル。あなたはもう、わたしの知っているセリオスではなくなっている。あなたはヴェリオルなんだ。
本当にあなたがセリオスであっても……わたしにとって今のあなたは、おばあさま達を殺した仇でしかない!」

様々な想いの込められた四つの光が宿る剣をヴェリオルに向け、ティエルは静かに続ける。




「ヴェリオル=D.S=ガルフォース。……おばあさまの、サキョウ達の、皆の受けた痛みを思い知れ!!」







+DeadorAlive+