Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第189話 Distorted Love -4-





……ヴェリオルがゆっくりと振り返る。ティエルと彼の間に、一瞬の沈黙が通り過ぎていく。
やがて彼は口を歪んだ笑いの形に歪めると、肩を震わせながら声にならない笑い声を上げ始めた。


それでもティエルは目を逸らさずに彼を睨み付ける。ここで目を逸らしては、負けになる。そう思ったからだ。




「そうか……それがお前の出した結論か。オレと共に行くことを拒むのか。そこまでオレを拒絶するのか!
ならばオレはそれを受け入れるしかあるまい。お前の亡骸を手土産に、ゾルディスへ戻ることにしよう!!」

ジハード達に向けていたデスブリンガーを、軽やかな動作でぴたりとティエルに向けた。




先程ティエルが切り裂いた彼の腹からは鮮血が流れ落ちているが、まるで痛みを感じていないようである。

デスブリンガーから放たれる気か、それともヴェリオル自身が発する気なのか。
周囲の空気がぴりぴりと張り詰める。



彼の纏う赤黒い気がティエルにもはっきりと分かった。……イデアを握り締める手に、知らずに力が入る。

銀色の魔石が象徴の聖剣イデア。
使い方を誤れば、国一つ消滅させることも可能な恐ろしい力を秘めた魔性の剣である。


だが彼女はこの剣を恐ろしいと思ったことはない。むしろどこか懐かしく、温かな気持ちになれたのだ。
どんな時も、彼女と共に戦ってくれた。今日まで戦い続けてきてくれた剣である。




『オレ……ティエルちゃん達のこと、結構気に入ってたんだぜ。そんな顔すんなよ……また、会おうな』

考古学者アリエスから譲り受けたイデアを握り締め、ティエルは地面を蹴って駆け出した。
そして同時にヴェリオルも地面を蹴る。




デスブリンガーに刺された右腿は不思議と痛みを感じず、優しい碧色をした風の光に包まれていた。
視線を前に戻すと、まるでスローモーションのようにゆっくりとヴェリオルが向かってくるのが見える。


『勝手に興味の対象にされる側の気持ちも、少しは分かってやってくれよ! 命奪われる苦しさを!
そんなこと、きっとあなたは考えたこともないだろうけど……!!』

セレステールで手に入れた断罪のスペルの輝きが一層激しいものに変わった。




『ワシは……どうしようもなく弱い心の男だ。全てがどうでもよくなっているのだ……。
おかしいだろう、惨めだろう。どうすれば強くなれる? 教えてくれ……お前達のように強くなりたい……』

ソウジの命と引き換えに手に入れた宵闇のスペル。サクラの墓前に立っていたサキョウの顔が忘れられない。




『生きてあなたと再び巡り会うことができるなんて思わなかった。二度と会えないと思っていた。
もしも神が存在するのならば、オレは今心からあなたに感謝します……!』

カーソンで、ゾルディスの黒騎士となったガリオンから渡された混沌のスペルが。




『……もう終わりにしましょう。あなた達の思いも、わたくしの思いも。
わたくしも少々疲れました。……あなた方にならば、殺されるのも悪くはないかもしれませんねぇ……』


バアトリと戦った時、復讐とは一体何だろうかと考えた。彼もまた人間達への復讐のために生きていた。
自分達人間も、悪魔達も何も変わらないのではないかと。

しかしティエルは復讐を諦めることができなかった。
復讐によって誰かをまた悲しませることになったとしても、それでも彼女は諦められなかったのだ。




「さらばだティエルよ、地獄で逢おう!!」
ヴェリオルがデスブリンガーを振り上げる。超重量の大剣を扱いながら、彼の動きは全く鈍ってはいない。


勢いよく振り下ろされた剣が、ティエルの肩を切り裂く。飛び散った鮮血が彼女の顔を濡らした。
だが、2センチほど埋め込まれたところでデスブリンガーの動きがぴたりと止まってしまう。



ティエルの方が、ヴェリオルよりも速かった。……ただ、それだけだった。





「……お前の……勝ちだな……」
腹部にイデアの刃を埋め込まれたヴェリオルの顔が、触れそうなほどティエルの近くにあった。

どこか開放されたような。そんな安堵の表情を浮かべながら、彼は愛しい者を褒める口調でそう口にする。
ティエルがイデアから手を離すと、ヴェリオルは満足気な表情でゆっくりと倒れていった。



彼が倒れる音と共に、デスブリンガーもまた地に転がる。

ティエルはそれを一瞥し、途切れ途切れの呼吸を続けながら倒れているヴェリオルを黙ったまま見下ろすと、
彼の腹に深々と突き刺さるイデアを勢いよく引き抜く。


血に染まり鮮やかに色づいている刃。それを見てティエルは、赤とは何て美しい色なのだろうと思った。



ゆっくりとイデアを構え直し、痙攣を続けているヴェリオルを眺め、それから彼の首へと刃先を定める。
ヴェリオルを殺せば、全てが終わる。……長かったティエルの復讐の旅もようやく終わりを迎えるのだ。




「……最後の仕上げだ……。ティエル、オレを殺すんだ……」
口から溢れる血を拭いもせずに、ヴェリオルはイデアを構えたティエルに震える声で語りかける。


彼はティエルと戦う前に『悪魔の血』と呼ばれる液体をアリエスから受け取っていた。
飲むことにより、リリスの儀式で手に入れた悪魔の力を、一定期間最大限まで引き出すことができるのだ。

それは、元々脅威の回復力を持っている悪魔族以上の回復力を持つことになる。
確実に殺すのならば、首を落とさなければならない。




彼の言葉にティエルの動きが一瞬だけ止まったが、彼女はぐっと唇を噛み締めるとイデアを振り下ろした。




──しかし。


イデアはヴェリオルの首に突き刺さる前に止まってしまったのだ。いや、彼女は止めなくてはならなかった。
背後からまるで冷水を浴びせられたように、背中がぐっしょりと濡れている錯覚に陥る。

零下の温度に近い冷気を纏った何者かの気配を感じたのだ。……これは決して気のせいではない。
そして、ティエルはこの気配の持ち主をただ一人だけ知っている。

ただ、一人だけ。




「……王女よ、そう焦ってヴェリオル将軍を殺す必要はない。疑問は山ほどあるのではないかね?」




野太い男の声と、高い女の声が混じった声色。心臓を冷たい手で鷲掴みにされているような響きの声。
シャラシャラと涼しい鈴の音が鳴り響き、こちらに人影が向かってくる。


黒と青を基調とした長いドレス。あちこちに装飾されている小さな鈴。そして、顔全体を覆う鉄の仮面。
氷の王国ゾルディスを恐怖によって統べる、リダ=クイーンである。




「ひっ……リダ=クイーン!!」

あまりにも予期せぬ人物の登場に、ティエルは大きく後ろに飛び退いた。
吐いた息が白くなる。リダ=クイーンの発する気で、辺りの温度が確実に下がり始めているのだ。




「女王陛下……な、何故メドフォードに……?」

彼女の登場はヴェリオルも意外だったようで、驚愕の表情を浮かべながらリダ=クイーンを見上げる。
ヴェリオルとは思えぬどこか怯えた声であった。



「ヴェリオル将軍よ。やはりお前にティアイエル王女殺害は無理だったようだな……」
血に塗れて倒れているヴェリオルに顔を向けたリダ=クイーンは、何の感情も込めぬ声を発した。



「結局は情に絆された哀れな人間が。……愛する妹の手にかかり死すのがお前の本望かね?」




「リダ=クイーン様、それは!!」

何かを続けようとするリダ=クイーンに、はっと顔色を変えたヴェリオルは思わず彼女の言葉を遮ろうとする。
しかしティエルは聞いてしまった。我が耳を疑うような、リダ=クイーンの言葉を。



「……妹……?」







+DeadorAlive+