Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第190話 覇王の胎動-1-





「結局は情に絆された哀れな人間が。……愛する妹の手にかかり死すのがお前の本望かね?」



「リダ=クイーン様、それは!!」

何かを続けようとするリダ=クイーンに、はっと顔色を変えたヴェリオルは思わず彼女の言葉を遮ろうとする。
しかしティエルは聞いてしまった。我が耳を疑うような、リダ=クイーンの言葉を。




「妹……?」

まさか、そんなことがあるはずがない。ありえない。たとえ冗談だとしても、それは恐ろしい冗談であった。
頼むからどうか否定してくれと、そんな願いの響きが込められた声である。


「リダ=クイーン、今なんて言ったの……? お前は、今、なんて」




「おやおや、呑気なティアイエル姫は私の声が聞こえなかったようだな。……私は今、妹と言ったのだよ」

震える声を発するティエルに顔を向けると、リダ=クイーンは肩をすくめておどけた動作をする。
もはやこれ以上女王を止めることなどできないと悟ったヴェリオルは、ティエルから目を逸らして俯いた。

それはまさに女王の言葉を肯定しているといってもいい動作であった。




「ティアイエル王女よ、知らなかったのかね? お前はヴェリオル将軍の血の繋がった妹だということを。
先程までお前は実の兄を殺そうとしていたのだ。兄妹で殺し合いをするために、お前はここまできたのだよ」


「嘘だ……嘘だっ!!」
かぶりを振って、ティエルは全身で否定をする。それでも段々とこれは冗談などではないと本能が告げていた。

「リダ=クイーン……お前はでたらめを言って、わたしを惑わせようとしているだけだ! そうなんでしょう!?
これは嘘だと、何故否定してくれないのヴェリオル!! どうして……どうして黙ったままでいるの!?」




血に染まっている己の腹の傷口を押さえながら、ヴェリオルはティエルの声にゆっくりと顔を上げる。
しかし狼狽したような、どこか焦りを帯びた顔つきのまま、彼はティエルを見ようとはしなかった。



「……将軍よ、ティアイエル王女に何も知らせぬままというのはあまりにも酷ではないかね?
それとも、兄と知られることはないまま王女に殺されることを望んでいたのか? ……随分と陳腐な願いだな」

シャランシャランと涼しげな音を鳴り響かせながら、リダ=クイーンはゆっくりと女王の間の中央まで進んでいく。
彼女を包む薄い冷気のヴェールが青や紫に光っており、女王をより幻想的に見せていた。




「ヴェリオルがわたしの兄……? 嫌よ……そんな話、一度だっておばあさまから聞いたことはなかった……」


蹲っているヴェリオルから、ティエルはゆっくりと遠ざかる。まるで恐ろしいものから遠ざかるかのように。
早くここから逃げ出したかった。だが自分の意思に反し、両膝がガクガクと震え始める。言うことを聞かない。

いやだ。いやだ。嫌だ。そんなことがありえずはずがない。ヴェリオルが兄だったなんて。そんなことは。




「ティエル、気をしっかりと持て。リダ=クイーンの言葉に惑わされてはならん」
痛む身体を鞭打って立ち上がったサキョウは、そんなティエルを支えるかのように強く彼女の両肩を掴んだ。

「もしかしたらお前を惑わすための作戦かもしれん。隙を作ってしまえば、奴らの思うつぼだ」



「ヴェリオルがティエルの兄だと言いたいことは分かった。だがリダ=クイーン、あなたの目的が知りたい。
あなたはそれを告げるためだけにここへ来たのではないのでしょう? ……メドフォードに来た目的は何だ?」

ジハードの方は用心深く呪文の詠唱を完了させ、リダ=クイーンとヴェリオルの双方を睨み付けている。




「聞きたいかね? 私の本当の目的を。フフフ、話したとしても愚かなお前達に理解できるとは思えないが」
軽く笑ったような声色を発した女王は、そこで言葉を一度区切った。

「……どうやら最後のキャストのご到着のようだな」



女王はそう言うと扉に向かって顔を向ける。その様子を見て、ティエル達も入口の方へ視線を走らせた。
その途端。女王の間の扉が乱暴に開かれ、呻き声を上げながら数体のゾンビ兵士が転がり込んでくる。


「クウォーツ!」

思わず叫んだティエルの声。
粘着質な音を立てて倒れたゾンビ兵士を無表情で蹴り転がし、姿を現したのはクウォーツであったのだ。




「氷の女王?」
彼は女王の間の中央に立つリダ=クイーン、そして血塗れたヴェリオルを見ても顔色も変えずに歩いてくる。

「何故メドフォードに氷の女王がいる。現在どのような状況なのか、順を追って説明して頂きたいものだね」




「ほう、お前がそれを聞きたいと言うのかヴァンパイアの伯爵よ。……感じないのかね? この高貴な存在を。
それとも気付いていてもあえて気付いていないふりをしているのか。ククク、お前はそんな男だからな」

暫しの間を置いてから、リダ=クイーンは声を発した。男女双方の声が混じる、人のものとは思えぬ声を。
耳を塞いだとしても、心の奥底に直接語りかけてくるような。そんな声である。




その時。

リダ=クイーンの冷気に混ざって、思わず総毛立ってしまうような妖気がじわじわと辺りを侵食していった。
どこか紫を帯びた霧である。妖しげで、それでいて肌に染み込んでくるような毒の霧。


かつて感じたこともない禍々しい気に、ティエルの背後でジハードとサキョウが身を硬くするのが分かった。
隣では普段と変わらぬ顔つきのままクウォーツが妖刀幻夢の柄に手をかけている。

……しかしティエルはこの紫紺の霧に覚えがあったのだ。
メドフォード城が炎に包まれたあの日、一度だけ。ティエルの前に姿を現したおぞましい『もの』であった。




「お前達に紹介をしよう。私の主……大吸血公アスモデウス様を」


仮面の為に表情は分からなかったが、女王は陶酔したような声で紫紺の霧に顔を向ける。
決して見てはならない気がした。こちらに真っ直ぐ向かってくる紫の妖気。顔を上げるなと本能が警告をする。


『それ』が一歩近づいてくるごとに、全身にゆっくりと毒が染み込んでくるような感覚に陥るのだ。
女王の間に渦巻いている紫紺の妖気は、さしものヴェリオルでさえもありありと恐怖の色を浮かべていた。

ぴたりと気配がティエル達の前で止まる。押しつぶされそうな圧力が全身にかかったようである。
全身に流れ落ちる冷や汗。激しくなる動悸。カラカラに渇いた口。意に反して小刻みに震え始める身体。




「お前達にも感じるだろう、素晴らしい気を。……このお方が我が主アスモデウス様。闇の覇王となるお方だ」


鈴の音を鳴り響かせ、リダ=クイーンは不気味に渦巻く紫紺の霧の元へと歩み寄っていく。
アスモデウスと呼ばれたそれは、どう見ても人の形をしていない。少なくともティエルには霧にしか見えない。

だがリダ=クイーンはまるで目の前にさも大柄な人物が存在しているかのような口振りである。
……彼女には『それ』がどういうものなのか見えているのであろうか。アスモデウスという名の存在が。


「不思議そうな顔をしているな。主は現在封印されし遠い地に在わし、思念だけを送り込んでいらっしゃるのだ」




「……アスモ……デウス……?」
呆然とした声でその名を紡ぎ、一瞬軽い眩暈を覚えたクウォーツは思わず己のこめかみに手を触れる。

思い出してはならない。失われたはずの彼の記憶がそう囁きかけてくるような気がした。
今ならまだ大丈夫だ。今ならまだ何も思い出してはいない。再びその名を封印してしまえと甘く囁いてくる。



「クウォーツ……? どうしたの、大丈夫?」

ふらふらとした足取りで無意識に後ろに下がったクウォーツに、ティエルは駆け寄って彼の身体を支えた。
そうでもしなければ今にも倒れてしまいそうな様子だったのだ。

普段よりも更に血の気の引いた青白い顔色が、何よりも現在の彼の心境を強く物語っていた。




「青い髪の伯爵よ、お前が一番この方を知っているはずだろう。何も理解していない奴等に説明をしてやれ」

顔をクウォーツに向けたリダ=クイーンの周囲には、アスモデウスという名の紫紺の霧が渦巻いていた。
ティエルが一度だけ目にした事のあるそれは、女王の言うとおり彼女の主という人物の思念なのだろう。




「……私に何を説明しろと」

ティエルに支えられながら、ようやく呼吸を整えたクウォーツは意外なほど落ち着いた声を発した。
先程までの困惑した様子が嘘のようであった。そんな彼を眺め、女王は軽く小首を傾げてから口を開く。


「ああ……そうであったな。確かお前は昔の記憶を失っていたか。それでは説明できるはずもない。
だが、顔色が悪いように見えるのは気のせいかね? 身体に染み付いた恐怖は未だ消えてはいない様だ」




クウォーツに対する女王の言葉に、ティエルはゆっくりと隣の彼に顔を向ける。
顔つきはいつもと変わらない。彼女にはそう見えた。何の感情も浮かんでいない鋭い瞳に、結んだ口。

しかし、彼の視線は紫紺の霧に釘付けであったのだ。逸らしたくても逸らせない。そんな雰囲気であった。
紫紺の霧はクウォーツが恐れるほどの存在であるのだろうか。しかし、一体どうして。


途端にどっと恐怖が押し寄せてきたティエルは、自分を抱きしめるような形でただ立ち尽くしていた。







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