Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第191話 覇王の胎動-2-





「そうだ、お前達も喜んでくれ。……ようやく私の求めていたものが今全て揃ったのだよ」
足音を鳴り響かせながら、リダ=クイーンは王座に腰を下ろす。その声はどこか弾んでいるようにも聞こえた。


「お前達三人の亡骸、そしてどんな呪いも打ち砕く全てのスペルの集った完璧なる封魔石イデア……。
アスモデウス様とこの私リダが長年望んだ全てが、今手に入ったのだ。こんなに喜ばしい日はないだろう!」

恐怖。辺りに渦巻く気は、それ以外の何物でもなかった。
リダ=クイーンの零下の気が。紫紺の霧のおぞましいほどの妖気が。二つが混ざり合い更なる恐怖を生み出す。




「ククク……ヴェリオル将軍、そしてティアイエル王女よ。お前達には礼を言いたい気分なのだ。
私の可愛い手駒として、面白いほど役に立ってくれたことをな。結果的にお前達は私の前に全て揃えてくれた」



──誰一人として動く者はいなかった。

ティエル達も、ヴェリオルでさえもその場で固まってしまったかのようにリダ=クイーンを見つめていた。
この場にいる疲労した全員で挑んだとしても、女王には太刀打ちできぬことは頭よりも身体が理解していた。



「……最後の仕上げだ。メドフォード王女ティアイエル、将軍ヴェリオルよ。全スペルが集ったイデアを渡せ」



ぎくり、とティエル、ヴェリオル二人の身体が強張る。
ティエルは汗まみれである己の手に握るイデアを、ヴェリオルは己の懐に存在する運命のスペルに目をやった。

この二つを合わせた時こそ、聖剣イデアは本来の姿を取り戻す。




「じ……冗談じゃない……。イデアのスペルにそれぞれ宿る、みんなの哀しい思いも知らないで……」
既に痛みが麻痺し始めている脚を必死に奮い立たせ、ティエルは女王に向かって静かにイデアを構えた。

「お前なんかに絶対渡さない! 全てのスペルの集ったイデアは、リアンに渡すって決めているんだから!!」



「それでも……奪い取る、といったら?」
シャランと鳴る鈴の音。リダ=クイーンは静かに足を組みかえる。


「決まってる。二度とわたし達の前に姿を現さないように、仲間に手出しができないように、お前を葬る!!」
ティエルはそう叫ぶと、イデアを握り締めながらリダ=クイーンへと向かって行った。



しかし、リダ=クイーンは王座に腰をかけたまま動こうとはしなかった。呪文の詠唱すら始めてはいない。

どこか余裕ともいえるような風で、こちらに真っ直ぐ向かってくるティエルを静かに見つめていたのだ。
間合いに入り、ティエルのイデアがまさにリダ=クイーンに振り下ろされたその時。女王が口を開いた。




「ほう、私を斬るというのか。……けれど、あなたに私を斬ることができまして? ティエル……」




「えっ……?」

カラン、と。実に気の抜けた音を立ててイデアが大理石の床に滑り落ちる。
ティエルにとってあまりにも聞き覚えのあるその声は、確かに目の前のリダ=クイーンが発したものであった。


落としたイデアを拾うこともせぬまま、ティエルは涙を堪えた歪んだ表情でゆっくりと一歩後ろに下がる。
そんな。認めたくはない。まるでいやいやをするかのように、力なく首を振りながらまた一歩下がった。




リダ=クイーンはそんなティエルを前にしても何も言わず、身につけていた鉄の仮面に手をかける。

それと同時に、今まで仮面の中に収まっていたと思われる長い髪の毛が広がりながら零れ落ちた。
……くるくると波打つ、深い青緑の髪。雪のような白い肌に、人間にはありえぬ赤い瞳。



「なんで……どうして……?」
仮面の外されたリダ=クイーンの素顔を目にしたティエルは、涙を溢れさせながらその場に崩れ落ちる。



「……リアン……!!」



「ああ、お前達と共にいた時はそんな名を名乗っていたな。明るく仲間思いの娘を演じるのは実に苦労したぞ。
しかし全ては私の計画のため。ただ……マンティコラの森でお前と出会ったのは少々予定外だったがな」

緩やかな動作で王座から立ち上がったリダ=クイーン……リアンは呻くように醜く笑った。
その赤い瞳は普段の彼女からは想像もつかぬほど冷酷で、まるで目の前のティエル達を嘲笑うようであった。

腰を屈め、リアンはティエルの落としたイデアをゆっくりと拾い上げる。


「お前達と敵対するよりも、いっその事仲間の振りをしている方が色々と好都合だと思ったのだ。
そしてお前達は本当に一生懸命私の探し物を集めてくれたな。……利用されていることにも全く気付かずに」




「……リアン、あなたはリダ=クイーンに脅されているんだろ? 女王のふりをしろと言われているんだろう!?」

愕然とした表情で、だがそれでも完全には信じ切れていない表情でジハードが一歩前に進み出る。
力の抜けた手からリグ・ヴェーダが滑り落ちるが、既に彼の目には歪んだ笑みのリアンしか映っていなかった。


「なぁ、嘘だよな? ちくしょう、信じられるかよ! 今まであなたの見せた優しさが偽りのものだったなんて!
あの時も、どんな時も、あなたの優しさはいつだって本当のものだったはず……!!」




「リダ=クイーン……いや、リアンと呼ぼう。あの日、道場がミカエラによって襲撃された日を覚えているか」
今にもリアンに掴みかからんばかりの勢いであるジハードを取り押さえ、サキョウがゆっくりと口を開いた。

「サクラはワシに騙されるなと言っていた。ワシは意味が分からず、その言葉についてずっと考えていたのだ。
だが、ようやく意味が分かった。あの日サクラは、お前のことをワシに教えてくれようとしていたのか!」




「吠えていろ、ゴミ共が。……しかし、今更気付いても遅い。私の計画はとうとう完成したのだから」

涼しい鈴の音色を鳴り響かせながら、リアンは口元に歪んだ笑みを浮かべながらティエル達を一瞥する。
その姿は、リアンであっても既に以前のリアンではなかった。


「ティアイエル王女、不死鳥ジハード、伯爵クウォルツェルト。私はお前達の死体がどうしても必要なのだ。
お前達の死体がなければ計画は完成しない。私の四つの探し物とは、イデアとお前達三人だったのだよ」




そう言ったリアンは様々な表情を浮かべて自分の前に立つ者達の顔を順繰りに眺めていく。

目を合わそうとしないまま下を向き、小刻みに震えながら唇を噛み締めているジハードを。
何度も裏切られながらも人間を信じ続け、リアンのことを疑いもしなかった彼は今何を思っているのだろうか。


次に、怒りとも悲しみともつかぬような表情のサキョウを。
いつだって感情に真っ直ぐな彼は、きっと彼女への恨みと今までの思い出の狭間で悩んでいるのだろう。

そして、膝をついて拳を握り締めているティエルへと。ぼろぼろと大粒の涙を流し、こちらを見つめている。
信用させるために彼女には随分と親身なって接してやったのだ。純粋なティエルは疑うことすらしなかった。




最後に。彼女の真実を耳にしても、それでも、普段と変わらず感情のない顔つきで立っているクウォーツに。


この男だけは愛してはならなかった。決して愛してはならない男であった。……そう、分かっていたはずだった。
リアンの顔に寂しげな笑みが浮かんだのはほんの一瞬で。




「大吸血公アスモデウス様の為に……お前達には死んでもらう!!」




辺りの温度が急激に下がった。リアンが詠唱を始めても、ティエルは立ち上がる気にもならなかった。
何もかもが信じられない。そもそも何が真実で、何が偽りだったのか。最初から真実など存在しなかったのか。

だが、唯一人クウォーツだけは妖刀幻夢を抜き放つ。


「情けない奴等だな、早く武器を握れ! 偽りの優しさに縋り続けていれば、やがてはそれが命取りとなるぞ」
そう言いながら、彼は床に落ちたままになっているリグ・ヴェーダを拾ってジハードに差し出した。


「貴様らに殺すことができないのなら、……私があいつを殺してやるよ」



「本気で……本気でそんなことを言っているのかよ、クウォーツ!!」
クウォーツの言葉にカッとなったジハードはリグ・ヴェーダを振り払い、妖刀幻夢を握る彼の胸倉を掴んだ。

しかしクウォーツはそんなジハードを嘲るような顔つきをしながら、目を細めて見下ろすだけだった。
それが余計にジハードの神経を逆撫でする。



「敵じゃない、目の前にいるのはリアンなんだ! それなのに、お前はよくも殺すなんて言葉が出てくるな!!」



「ほう、ならば貴様はどうするというのだ。このまま何もせずに殺されるのを待つだけなのか? 言ってみろ」
「それは……!」




「仲間割れも結構だが……のんびりとお喋りをしている暇はあるのかね?」

クウォーツとジハードのやり取りを楽しげに聞いていたリアンは、彼らに向かって魔法を発動させる。
咄嗟に刀を握り直し構えの姿勢を取ろうとしたクウォーツだったが、ジハードが組み付いたまま離れない。


「静寂の彼方より生まれし形ある水よ、凍てついた刃となりて姿を現せ……串刺しとなれ、アイシィレイジ!!」


「離せジハード! ……チッ、貴様の戯言の巻き添えはごめんだ!!」
「約束してくれ、リアンに剣を向けないと!!」




幾本もの腕ほどもある氷の刃が次々と生み出され、それらは真っ直ぐにティエル達へと向かって行った。
手加減など全く感じられず、リアンは本気で彼女達を殺そうとしているのである。

氷の刃は床に突き刺さり、あるものは王座に突き刺さり、あるものは無情にも彼らの肌に深く突き刺さった。



「大気に潜む怒りの粒子大きな力となり、慈悲なき女神の怒りとなれ! ……バーストスプラッシュ!!」
それでもリアンは容赦なく魔法の雨を降らす。クウォーツとジハードを囲んで爆発が起き、彼らを熱風が襲う。


彼女の唱えた魔法は、王の間を次々と破壊していった。崩れる柱、倒れる像、飛び散るシャンデリアの破片。




「リアン……」
ようやく声が出た。随分と弱々しい声であった。ティエルは顔を上げると、真っ直ぐにリアンを見つめる。

(どうしてだろ。女王がリアンに見える。けれどあれはリアンじゃない。リアンじゃない。リアンじゃ……)
自分は幻を見ているのか。リダ=クイーンがリアンに見えたと言おうものなら、失礼ねと彼女に怒られてしまう。



……女王はリアンの顔をしながら、自分達を殺そうとしていた。







+DeadorAlive+