Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第192話 覇王の胎動-3-





「……ねぇ、クウォーツ。もしも私が突然いなくなってしまったら……あなたは探してくれる?」




いつだったか、深い森の中で野宿の日。
見張りの番のために焚き火の前に座り込んでいたクウォーツに、リアンが唐突に声をかけたことがあった。


とても薄気味悪い森であった。垂れ下がった気妙な形の蔦が更なる不安をかき立てる。
いつ魔物が襲ってくるか分からない状況だったので、一際感覚の鋭いクウォーツが見張りの番になったのだ。




「まだ寝ていなかったのか? 眠れる時に眠っておいた方がいい……寝坊魔はジハード一人で充分だからな」

リアンの問いに答えることもなく、クウォーツはちらりと視線を横たわっている彼女に向けた。
オレンジ色の焚き火が、彼の彫りの深い顔に濃い陰影を作り出している。

炎を囲むようにそれそれの形でぐっすりと眠りに落ちているティエル達。時折サキョウの寝息が聞こえてくる。



「そんなくだらない質問を私に投げかけている暇があるのなら、な」
「くだらないとは何なんですのよ。かなり真剣な質問なんですから、ちゃんと答えて下さいな!」

あっさりと質問を流されてしまったリアンは、無駄だとは知りつつも思わず頬を膨らませて抗議をする。
何枚も毛布を下に敷いてはいるが、やはり寝心地が悪いのだろう。何度も寝返りを打っていた。


「もうっ、あなたなんかに聞いた私が馬鹿でしたわ。おやすみなさい!」




「いいから早く寝ろ」
リアンに向けていた顔を焚き火に戻し、彼は気取った仕草で前髪をかき上げる。

どうやらこれは彼の癖らしい。そんなに長い前髪が邪魔ならば短く切ってあげるのにとリアンは思う。
短い前髪でもきっと似合うとクウォーツに言いたかったが、素直でない彼女がそんなことを言えるはずがない。



「……で、ここからは単なる私の独り言だ。別に貴様に向けて話しているわけではない。
貴様がいなくなったらか……やたら話しかけてくるお喋りな奴がいなくなって、それはそれでいいだろうな」



「やだ、信じられないほど無神経! それ本人が目の前にいるのに言ってもいい台詞なんでーすの!?
どうせ私はでしゃばりでお喋りでワガママな女ですわよ。あなたの一番嫌いなタイプの女ですわよ」




「そこまで言ってないだろ」

横目でリアンを一瞥すると、彼女は自分が発した言葉に興奮してしまっているようだ。
やれやれと深く溜息をついたクウォーツは、急に意地の悪い顔つきで先程の彼女と同じことを問いかけた。

「ならば逆に聞くが、私が突然いなくなったら貴様はどうするんだ?
どうせ救いようのないくらいの根暗で、キザで冷淡な男がいなくなって気が清々するとか言うんだろう」




暫くの沈黙。
言葉が途切れると、静かな森に響き渡る夜の生き物の鳴き声がはっきりと耳に入ってくる。

クウォーツの何気なく発した台詞に、リアンは一瞬だけ寂しげな笑顔を浮かべる。それから口を開いた。



「……そうね、いっそのことあなたがいなくなったら楽になれるかもしれない。
けれど私はあなたを探すでしょうね。あなたがいなくなったら、ティエルが悲しむから。……彼女のために」

彼は何も答えなかった。それでもリアンは続ける。


「彼女は大切な人達を多く失っていますわ。その為に再び失うことに強い恐怖を感じてしまう。
でも私は今まで一人で生きてきた。大切な人もいない。……だから、あなたがいなくなっても何も感じない」



「随分と私も嫌われたものだな。とにかく……もう寝た方がいい。明日の道のりは、そんなに甘くはないぞ」

淡々とした声。大分弱まってしまった炎を一瞥してクウォーツは手元にあった薪を軽く投げ入れる。
乾いた木に火は瞬時に燃え移り、再びは炎は強く燃え上がった。



「……ええ、おやすみなさい」
口調と同じく冷めた目つきの彼に少しだけ微笑んだリアンだったが、背を向けてそれきり口を閉ざした。















「いやあぁぁっ! 全部ぜんぶ嘘だったなんて信じられないよ……わたしは絶対に信じないよぉっ!!」

メドフォード城女王の間。
髪を振り乱してティエルの泣き叫ぶ声も、爆発の魔法で次々と崩壊していく中ではかき消されてしまっていた。



「戦いはまさに生か死か。甘い考えや同情を捨て、行く手を遮る己の敵を倒すことが全てだ。
いいかね優しいティアイエル姫、覚えておくがいい。一瞬の迷いや隙は……まさに己の死を意味するのだよ」

美しい顔に凍りついたような笑みを浮かべながら、リアンはこちらを見つめる者達をゆっくりと眺める。

幾度の苦楽を共に過ごしてきた者達であった。
自分を一瞬たりとも疑うことすらしないで、いつだって、どんな時でも笑顔で、全力で応えてくれた馬鹿な者達。



「私を信頼しきったお前達の顔を眺めているのは面白かった。手の上で踊らされていることにも気付かずに。
そして裏切られた時、お前達は一体どんな顔をするのだろうかとな。想像以上の反応をしてくれて嬉しいよ」




「リアン! その言葉をもしも本気で言っているのなら、ワシは決してお前を許すことはできぬ!!」
もはや動く気力すら残っていないティエルとジハードを気遣うように膝を付けたまま、サキョウは怒号を発した。

「お前のことを信じ続けたティエル達の気持ちを……これ以上愚弄することはこのワシが許さん!!」




爆発の魔法の余韻で、あちこちが崩れ始めるメドフォード女王の間。
しかしそこに残る6つの人影は全く逃げようとしなかった。

いや……逃げようとしなかったのではなく、この場から逃げる気力すらなかった。動くことができなかったのだ。

天井から落下した巨大な大理石の欠片が、権力の象徴である王座を粉々に破壊する。
それはリダ=クイーンの力によってメドフォードの誇りが跡形もなく握り潰されたような錯覚すら覚えた。



「リダ=クイーン様……」
そんな中、腹を抑えたまま蹲っていたヴェリオルは、崩壊の中心に立つ女王の名を一人呟いた。





「……滑稽だっただろうな。ティエル達がただひたすらに貴様を信じている様子を眺めているのは」

女王の背後からこの場にそぐわぬ抑揚のない低い声が聞こえた。
耳慣れたその声にリアンがゆっくりと振り返ると、そこには妖刀幻夢を構えたクウォーツが立っていた。


「ゾルディス城で貴様の姿が消えた時に疑っていればよかったかもしれんな。……まぁどうでもいいか……」




「小僧、私が殺せるかね? と言いたいところだが、人形のようなお前に人間らしい感情を期待しても無駄か」
リアンは続ける。

「丁度いい。今ここでお前を殺し、その亡骸をアスモデウス様の御前に引きずり出してやろうではないか。
思えばお前もなかなか可哀相な男ではあったな。だがアスモデウス様が完全に復活すれば、お前も終わりだ」




「確かに貴様の言うとおり、私は貴様が裏切っても何の感情も湧いてこない」

そう言ってクウォーツは妖刀幻夢をゆっくりとリアンに向けた。
氷のようなアイスブルーの瞳。それが真っ直ぐに彼女を射抜いてくる。縫い止められた様に身体が動かない。


「目の前に立ち塞がるのが誰であろうとも私は斬る。向かってくるというのならば、私は貴様を殺すことになる」



「殺せるものなら殺してみろ! 静寂の彼方より生まれし形ある水よ、凍てついた刃となりて姿を現せ……」
瞬間的に魔法詠唱を終えたリアンは手に持った杖を振り上げ、氷の魔法を放つ。

「死ね、アイシィレイジ!!」




……鋭い氷の刃を放った後で、リアンは見てしまった。
こちらを真っ直ぐに見つめてくるクウォーツの背後で、崩壊の衝撃で脆くなっていた床が崩れるのを。

氷の刃を避ければ彼は崩壊に巻き込まれる。崩壊から逃れれば、間違いなく氷の刃の直撃を受けるだろう。


つくづく運のない男だとリアンは軽く笑った。刃に貫かれて死ぬか、崩壊に巻き込まれて死ぬかのどちらかだ。
どうせクウォーツはいずれ殺さなくてはならない人物なのだ。これなら殺す手間が省けたと彼女は思った。



そう、思ったはずだった。




大理石の床に次々と亀裂が入り、クウォーツを巻き込んで崩れていく。スローモーションの様にゆっくりと。
ティエルかジハードか、それともサキョウか。誰かが何かを叫んでいたような気がした。

「ちっ……!」
クウォーツは軽く舌打ちをして地面を蹴るが、その床も脆く崩れてしまう。眼前に迫るリアンの放った氷の刃。




(これでいいんだ。私にはアスモデウス様さえいればいい。他はなにもいらない。いらないのだ)
その様子を目前で眺めていたリアンは、自分に言い聞かすかのように頭の中で言葉を繰り返していた。


(何もいらない。必要ない。アスモデウス様が私の全て。そうでなければならない。この男が死んでも関係ない。
……死ぬ? 誰が。どうしてクウォーツが? 彼が死んでしまう? 死ぬかもしれない、クウォーツが……!!)




「……クウォーツ!!」

その瞬間。彼の名を叫んだリアンは駆け出し、クウォーツの腕を掴もうと彼に向かって大きく手を伸ばした。
それと同時にリアンの足場にも亀裂が入り、彼女は大きくバランスを崩す。



「ばっ……」

そんな彼女を見て何かを口にしかけたクウォーツの頭上を、リアンの魔法である氷の刃がかすめていく。
鋭利なその刃は、彼のすぐ真横で崩壊から免れ位置していた太い柱に突き刺さった。


完全に足場を失ったクウォーツは迷うことなく氷の刃を握り、反対の手で落下しかけたリアンの腕を掴んだ。





……雨のように上から大理石の欠片が降ってくる。
大小様々なその尖った破片は、目を閉じていたリアンの頬や腕に深い傷を残しながら下へと落ちていった。

それよりも気になったのは、上から流れ落ちてくる生温かい液体が自分の頬を濡らしていることだった。



静かに目を開いたリアンは、頬の液体を拭ってみる。ぬるりとした生温かい感触。間違いなく血である。
それでは、これは一体誰のものなのだろうか。



次に目に入ったのは、唇を噛み締めながらリアンの腕を掴んでいるクウォーツの姿だった。
大量に降り注いだ瓦礫のために彼の服はあちこち裂けてしまっており、そこから血が流れ出している。

反対側の手では柱に突き刺さった氷の刃を握り締めている。
魔力で生み出された刃は、二人分の体重を片手で支えているクウォーツの手のひらに深く食い込んでいた。



リアンの頬を濡らしている血は、その彼から流れ落ちている血であったのだ。




このままでは彼の指が全て切れ落ちてしまうのも時間の問題であろう。
リアンがこちらを見つめていることに気付いたクウォーツは顔を彼女に向けると、まずったな、とだけ言った。

……あまりにもそれは、普段と変わらぬクウォーツの姿だった。
リアンが正体を明かしても、こんな状況にいても、彼だけは普段と変わらぬ様子で彼女に接していた。




「もうやめて……」
それを目にしたリアンは顔を歪め、それから力一杯に叫んだ。


「どうして私を助けるの……!? どうしてあなたは、いつも私の心をかき乱すことばかりするのよ……!!」




「……言っただろ」
普段のように淡々とクウォーツが口を開いた。手のひらに食い込んだ刃が痛むのか、少々間を空けてから。

「お前は見ていて危なっかしいと。危なっかしいから、放っておけなかった。ただ……それだけだ」



リアンはそんなクウォーツの顔を暫く見つめ続けていたが、堪え切れなくなった大粒の涙を溢れさせる。

彼がリアンに対して普段どおりなのは、そもそもクウォーツは感情の大部分が欠落している為なのだ。
いつもそうだったではないか。それ以外の何の理由もないことくらい、リアンも分かっている。



最後まで何を考えているのか分からない男だった。だが。分からなかったけれど、ただ一つだけ知っている。
彼はとても器用なのに、生き方だけがどうしようもなく不器用な男なのだと。だから守りたいと思った。


自分の名を一度として呼んではくれなかったけれど。それでも、ただ彼のそばにいるだけで幸せだった。




「いいから……早く両手で私の手を掴んでくれ……!」

ぬめる血で上手くリアンの腕を掴むことができない。
クウォーツは更に力を込めて彼女の腕を掴み直すが、確実にリアンの身体は下がり始めている。




「……私ってほんと馬鹿ね、今頃になってようやく気付くなんて」
溢れる涙を拭うこともせぬままリアンは小さく口を開いた。自分に語りかけるかのように、掠れた声を。

「もう……遅いのにね……」



彼女の言葉の意味が分からずジッと見つめてくるクウォーツに、リアンは普段の様な笑顔を浮かべて見せる。
だが次の瞬間クウォーツの手を振り払うと、彼女の姿は闇に吸い込まれるようにして落下していった。





「……本当に、バカだな」
リアンの腕を掴みそこなった左手を虚ろな瞳で見つめたクウォーツは、どこか吐き出すように呟いた。


「私も……馬鹿だ……!!」







+DeadorAlive+