Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第194話 真実を知るために





ティエル達が左大臣ゲードルからメドフォード城を奪還してから、早くも三日が過ぎ去った。



しかし国を取り戻しても、ティエルにはのんびりとしている暇は全くといっていいほどなかったのだ。
戦いによって傷付いた怪我人達、戦禍を色濃く残す城内や城下町。そして、完全に遮断してしまっている外交。

ゲードルによって完全に塗り替えられてしまったメドフォードを、一刻も早く元の状態に戻さなくてはならない。
だが色々な事に追われている状態の方が却って好都合かもしれない。……哀しいことを考えずに済むのだから。





「……というわけでして。問題はまさに山積み状態ではありますが、確実に前へと進み始めておりますぞ!」



半ば書類に埋もれているミランダの書斎にて。
古めかしい大きな机の前で腰掛けているティエルに向かい合う形で、丸顔の男が立ちながら熱弁をしていた。

禿げ上がった頭にはうっすらと白髪が残っており、随分と恰幅のいい中年の男であった。
あちこちに打撲の痕が見受けられるが、ティエルに何やら力説をしている所を見ると軽傷のようである。



「こうしてティアイエル姫様と生きて話ができることが、未だに信じられませんよ。
身に覚えのない罪状でゲードルによって捕らえられ、その牢の中でわたくしは死を覚悟していたのですから」


彼の名はフリド。メドフォードの右大臣であった男である。
昔から左大臣ゲードルとは意見が合わず何かとぶつかり合っていた。ミランダを尊敬し、愛国心の強い男だ。




「うん、そうだよ。フリドは牢にずっと捕まっていたんでしょ? もう少し休んでいた方がいいんじゃない?」

自分がどれだけ牢の中で不当な扱いを受けたかを力説中のフリドに、思わずティエルが口を挟む。
この話の長さはジハードやゴドーの説教に匹敵するであろう。


「わたしのことは心配しないで、ゆっくりとしててよ。生き残った元老議員達もいるし、なんとかやっていけそう」



「いいえティアイエル姫、このメドフォードの大事な時期に寝込んでなんていられますか!
そもそもゲードルの計画を、この右大臣であるわたくしが気付くことができずにいたからこんなことに……」

目頭を押さえながら語るフリド。
ティエルはそんな涙を浮かべる彼を見て、心からこのメドフォードを愛してくれているのだと実感したのだった。


そんな時、静かに扉がノックされた。




「おうい、ティエルよ。取り込み中すまんが、入ってもいいか?」
サキョウの声である。

普段ならばノックすらせずに入ってくる彼であるが、メドフォード家臣達の手前でそうはいかないのであろう。




「いいよ、どうしたの?」

「うむ。それがな、ティエル……ではなくティアイエル姫、ジハードから頼まれたのだが……えー……ゴホン」
扉を開けて入ってきたサキョウは咳払いをしつつ言葉を濁し、隣に立つフリドの方をちらりと見た。



「どうやら大切なお話のようですな、わたくしはこれで失礼させていただきます」

雰囲気を察したフリドは、ティエルとサキョウに向かって一礼をすると部屋を後にした。
ぱたんと閉じられた扉。それを確認したサキョウはティエルに向き直ると、困ったような表情で口を開いた。




「ヴェリオルの意識が戻ったらしい。……さすがはジハードの治癒魔法といったところだな」




……ヴェリオル。その名を耳にしたティエルの表情が少々重くなる。
ティエルから家族と故郷を奪った張本人なのだ。彼女はその首を取ると誓って旅を続けていたはずであった。


『ティアイエル王女よ、知らなかったのかね? ……お前はヴェリオル将軍の妹だということを。
先程までお前は実の兄を殺そうとしていたのだよ。兄妹で殺し合いをするために、お前はここまできたのだ』

しかしリダ=クイーン……リアンは確かにこう言ったのだ。ヴェリオルは、ティエルの実の兄であると。



何も知らないまま全てを終わらせたくはない。そう思ったティエルは、ヴェリオルの首を取らなかったのだ。

「ヴェリオルはお前に話したいことがあると言っていたそうだ。
まだ完治というわけではないから、ジハードは止めたらしいのだが……どうやら言っても聞かんらしい」



「ヴェリオルが、わたしに話したいこと……」

真実を知らなくてはならないという気持ちの反面、知るのがとても怖かった。
優しかった祖母や両親の裏の面を知ってしまうかもしれない。愛する者の裏側を知ってしまうのが怖かった。

知らないままでいたいという気持ちがどこかに残っている。……リアンのように。




「……分かった。すぐに向かうとヴェリオルに伝えてくれる? わたしは逃げも隠れもしませんってね」
しかしティエルはそれを全く表情には出さずに口を開いた。


「それは構わぬが、ティエルよ」
「え?」

急に真剣な表情になったサキョウは、席を立ち上がったティエルの両肩にぽんと優しく手を置いた。



「あまり無理をするものではないぞ、何しろあんな事があった後だからな。
もしも耐え切れなくなったら何でもワシにぶつけてくれていい。……ワシには、それくらいしかできんからな」




ティエルが思わず見上げると、いつものように優しい黒い瞳があった。
思わず縋り付いてしまいそうになる心を必死に宥め、ティエルはにっこりとした笑顔を浮かべる。

「うん、ありがと。……でもわたしは大丈夫。まだ頑張れるから。それに落ち込んでいる時間なんてないしね」


「ティエル」
まだ何か言い足りなそうな顔つきのサキョウを残し、ティエルは足早に部屋から出て行った。





しんと静まり返った廊下に出ると、一つ大きな深呼吸をする。
城襲撃時に炎が回らなかったのか、ミランダやティエルの私室付近は以前と全く同じままであった。

何一つあの頃と変わってはいない。

ヴェリオルやゲードルのこと、それら全ては本当は夢だったのかもしれない。
もしかしたら自分はとても長く哀しい夢を見続けていたのではないか。そんな錯覚が彼女の胸を過ぎった。



……分かっている。全ては現実だったということを。分かっていてもそう考えたかったのだ。
しかしあの夜、この廊下で起こったことをティエルは一生忘れることはないだろう。




『オレはこの国を、そしてあなたを守るために剣を握った。逃げる事なんて……できませんよ』




ティエルを守るために立ち上がった、ガリオンを始めとしたメドフォードの誇り高き騎士達。
別部隊のサイヤー曰く、この廊下で戦った騎士達は全滅だったそうだ。それを夢で済ますことなどできない。

ほんの少しでもそんなことを考えてしまったティエルはひどく己を恥じた。



(だめだティエル。今は感傷に浸っている場合じゃない。王女が不安な顔をすれば、皆も不安になってしまう。
わたしはこれからヴェリオルに会いに行くんだ。……彼に弱い所を絶対に見せるわけにはいかない)




暗い面持ちのままティエルはのろのろと重い足を動かした。一体ヴェリオルは何を話そうとしているのだろう。


リダ=クイーンの言ったとおり彼は本当に兄なのだろうか。昔の記憶をいくら辿っても、兄の記憶などはない。
セリオスとヴェリオル。二つの名前がティエルの中で何度も木霊する。

亡き父の腹心であった騎士セリオス。ゾルディスの暗黒騎士のヴェリオル。彼らは同一人物なのだろうか。
それを確かめなくてはならない。メドフォードで昔、一体何があったのかを。




ヴェリオルが療養している部屋は、事情を知るティエル達以外は誰も近づけないようにしている。

気付かぬうちに大きく遠回りをして部屋までやってきたティエルは、扉の前で立ち止まった。
この部屋はティエルの両親が使用していた部屋である。彼らが亡くなってから使用する者はいなかった。



ノックをしようと手を上げ、少々迷ったように動きが止まる。

あの戦いの日以来ヴェリオルと顔を合わせてはいない。あの後彼は昏睡状態に陥り、今に至るのだ。
あれほどの怪我で一命を取り留めるなんてありえない、とジハードが驚いていたような気がする。

今自分ができる限りの気難しい顔つきを作ったティエルは、ようやく数回ノックした。重い音が鳴り響く。
それから中の返事も待たずにノブを掴んで扉を開け放つ。



記憶に残る両親の部屋がそのまま視界に飛び込んできた。
薄いブルーのカーテンは少し開かれており、金の細工が施された家具には分厚い埃が積もっている。


その最奥。
キングサイズのベッドの傍らの椅子にジハードが腰掛けていた。反対側にはサキョウとマルズが立っている。




「……ティエル」


響き渡った声に、思わずティエルの肩がびくんと震えた。
未だ彼女が恐怖を感じてしまうその声の持ち主は、ベッドから身を起こしてこちらを見つめていた。


黒い髪に同じく黒い瞳。寝込んでいた為に少々顔色が悪いようにも思えるが、まさしくヴェリオルであった。







+DeadorAlive+