Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第195話 M e m o r i e s -1-





「……ティエル」


もう一度名を呼ばれ、ティエルは俯いていた顔をゆっくりと上げる。
部屋に入る前は気圧されぬように気難しい顔つきを作っていたはずだったが、今はすっかり崩れ去っていた。



ベッドの上で上半身を起こしたヴェリオルの顔を真っ直ぐに見つめる。

ティエルに見つめられ、ヴェリオルはどこか困ったような、そして安心したような笑みを浮かべた。
普段彼が見せる壊れた笑みではなく、ごくごく自然な笑い方であった。


ヴェリオルもこんな風に笑うことができたのかと、彼の顔を眺めながらぼんやりとティエルは考えていた。




「来てはくれないかと思っていた。できれば二度とオレの顔など……お前は見たくはないだろうからな」


「勘違いしないでよ! わたしは真実を聞くために来たんだ。別にあなたの顔を見に来たわけじゃない」
強い口調で言い放ったティエルは足音を立てながらベッドに歩み寄り、距離を保って立ち止まる。

「怪我人だからといって容赦はしないからね。……あなたはそれだけのことをしたんだから」




「完治もしていないし、安静にしていなきゃいけないのに……ティエルと話したいって言って聞かないんだよ」
ここ数日間、絶えず治癒魔法を唱え続けていたために疲労した様子のジハードが口を開く。

「どうするティエル、ヴェリオルと二人きりで話す? ぼくとサキョウは席を外した方がいいかい?」




「二人とも、それからマルズもここにいて」
気を利かせて席を立ち上がりかけたジハードの肩に手を触れ、ティエルはサキョウ達へと顔を向ける。


臆病者だと言われてもいい。ジハードやサキョウが側にいないと、今にも逃げ出してしまいそうな自分がいる。
ヴェリオルの話を受け止められるだけの勇気は……まだ一人では持てそうもない。


それを察したのか、ジハードとサキョウの二人は黙って椅子に腰を下ろした。




「ヴェリオル、全て話して欲しい。わたしは本当にあなたの妹なのか、何故セリオスとして父の側にいたのか。
何故ゲードルを使ってメドフォードを襲い、ミランダおばあさまを……みんなを殺したのか……」

最後の方は消え入りそうな声であった。


ようやくそれだけを口にしたティエルは唇を噛み締め、こちらを見つめているヴェリオルに鋭い瞳を向ける。
暫く沈黙が続いた。




「……いいだろう、全て話してやる。思い出すのも忌々しいメドフォード王家で一体何が起こったのかを──……」
黙ったままティエルの顔を眺めていたヴェリオルだったが、目を伏せてどこか諦めたように口を開く。



















時は遡る。
四方を森に囲まれた水と緑の王国メドフォードは、代々高名な魔法使いの治める別名魔法大国と呼ばれていた。

初代国王リュミラージュの遺言によって、この国は代々魔力の高い女王が治めることになっている。
それはリュミラージュの代より数百年間崩れたことはない。



不思議なことに、王家で生まれる女児は男児と比べて遥かに寿命が長い者達ばかりであったのだ。
リュミラージュは190歳でこの世を去っており、また歴代の女王達も皆160歳を超えてその生涯を終えていた。




……しかし。


第27代目女王であるミランダが82歳の時。彼女の長女である第28代目女王のトリシア、次女のエメリ、
そしてトリシアの第一子であるレナ姫が、次々と流行り病にかかって病死してしまったのだ。

メドフォード始まって以来の事態である。




ミランダには長女トリシア、次女エメリ、長男ブラム、次男エドワードの4人の子がおり、
長女トリシアと次女エメリが病死してしまった今、ミランダの子の中で王位を継ぐ女はいなくなってしまったのだ。

分家をしたミランダの兄弟達の中にも女は数人存在するのだが、
長女トリシアと次女エメリを襲った女ばかりが発病してしまう病により次々と倒れ、死亡してしまったのである。




しかし不幸中の幸いか、ミランダの長男ブラム、次男エドワード双方の妻は子を身篭っており、
再び女王の座に戻ったミランダは、近々生まれてくるであろうその子供に次期女王としての希望を託したのだ。





……時は丁度18年前、その頃ミランダの次男エドワードには13歳になる息子がいた。


「うわぁっ! まいりました殿下、オレの負けですっ」
柔らかな木洩れ日が差し込むメドフォード城の中庭で、二人の男が木刀を打ち合っている。

先程の情けない声を発して尻餅をついているのは、がっしりとした体躯の茶の髪をした青年。
対するもう一人はまだ子供である。黒い髪と黒い瞳を持つ、どこか生意気そうな表情が目立つ少年だった。




「マルズ、情けないぞ。お前は僕の一番の家来だろう?」
大きな溜息をついた少年は木刀を担ぐと、未だ尻餅をついている青年に向かって口を開く。

「僕だからといっても手加減をするな。悪者から父さまや母さまを第一に守るのが僕とお前の使命なんだぞ」




「しかしヴェリオル殿下、オレが本気を出して殿下を傷付けることになったら……隊長の雷が落ちるんですよ」
頭を掻きながら立ち上がった男の名はマルズといい、29歳の若さで兵士副隊長に抜擢された青年である。

その腕を買われ、ミランダの次男エドワードの息子であるヴェリオルに剣術を教えているのであった。




「本当に我が殿下は腕白で困る。しかし殿下にもご兄弟ができれば、少しはおとなしくなるんでしょうかねぇ」
「なんだと、マルズっ。お前今、僕を馬鹿にしただろう!」

顔を真っ赤にさせて怒る少年はヴェリオル。意志の強い光を放っている黒い瞳と、濡れた様な黒髪の持ち主だ。
かなり腕白なこの少年に気に入られてしまっているマルズは、いつものように遊び相手をさせられていた。

しかしそんなマルズも、この小さな殿下との一時が楽しくてたまらなかったのだが。




ヴェリオルの父であるエドワード、その兄であるブラムの仲は現在緊迫した空気に包まれている。
双方どちらかに女児が誕生すれば、次期メドフォード女王の後見人としての揺るぎない地位が約束されるのだ。




『……マルズ。もしも僕が女として生まれてきたならば、父さま達は喜んでくれただろうか?』
以前。そんな大人たちの雰囲気を察したのか、ヴェリオルが寂しげにこんなことを呟いたことがあった。


『父さまや母さまは、僕を見ると哀しそうな顔をする。僕では駄目なんだ。父さま達に、男の僕は必要ない』




(幼い彼をここまで追い詰めてしまっても、それでもミランダ様は女性を王にすることを決して曲げない。
ヴェリオル殿下は王としての素質も充分にあるんだ。殿下が王で良いだろうに……)

普段はあんなにも強気なヴェリオルの寂しそうな表情を目にする度に、マルズの心は痛んだのであった。





──そして。

「ひ、姫がお生まれになったぞー! エドワード様に姫がご誕生だ!!」
ミランダの次男エドワードに、待望の王女が誕生した。


一方長男ブラムの妻アネットは死産し、これで王位継承権はエドワードの娘へと大きく傾くことになる。
誰もが待ち望んでいた王女の誕生に、ミランダも久々に心からの笑顔を浮かべたのだった。




「ヴェリオル殿下、とうとう妹君の誕生ですな。これでお父上エドワード様の天下でございますぞ!」

姫君誕生ということもあって、城内はどこもかしこも慌しかった。
中庭に面した廊下を忙しなく歩いていたマルズは、木刀を片手に庭で座り込んでいたヴェリオルを目にする。




「……マルズか。そうだな、これでやっと父さまや母さまに笑顔が戻るんだ。こんな喜ばしいことはない」
マルズの声に顔を上げたヴェリオルは、子供とは思えぬ達観した笑みを浮かべた。

「いずれ僕の妹がメドフォードの女王になるんだ。それまで、僕は妹をしっかり支えてやらないといけないな」


「ヴェリオル殿下……」
「ああ、そうだ。そういえば父さまに呼ばれていたんだ。……じゃあな、マルズ」















「お呼びでしょうか、父さま」
「おお、ヴェリオル。そんなに畏まらなくてもいい、中に入っておいで」

父エドワードと母ラーラの寝室に呼ばれたヴェリオルは、どこか緊張した面持ちで扉を叩いた。
しかし中から返ってきた父の声は実にのんびりとしており、ほっと安堵の溜息をつきながら中へと入る。


彼を迎えたのは父エドワード。ヴェリオルと同じ黒髪を持った、優しげな容貌の男であった。




「もう知っているとは思うが、お前に妹ができたんだ。名前はこれからミランダ様と考えていこうと思っている」
「はい」

「……ヴェリオル、お前はもうすぐ14歳になる。男として、剣士として母上や妹を守っていかなくてはならん」


そこで柔らかく微笑んだエドワードは腰を屈めると、ヴェリオルの目線と自分のそれを合わせる。
同じような黒い瞳。ミランダも昔は見事な黒髪だったという。




「もしもこの私が倒れても、二人を守ってやれるように強くなってくれ」


「……父さま? 縁起でもないことを言わないで下さい!」
あまりにも不吉なエドワードの物言いに、思わずヴェリオルは父に詰め寄ってその腕を掴んだ。

そんなヴェリオルの様子を目にしたエドワードは、子供に話すような話ではなかったな、と笑みを浮かべる。




13歳とは思えぬほど大人びたヴェリオルであるので、時折周囲は彼の実年齢を失念してしまうことがある。
しかし彼はまだ13歳の少年であるのだ。


「……すまない、ヴェリオル」
微かに震えながら自分にしがみつく彼の小さな身体を、エドワードはそっと抱きしめて目を閉じた。







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