Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第196話 M e m o r i e s -2-





「初めまして、僕が兄のヴェリオルだよ」



可愛らしい花の飾りで縁取られた籠の中には、小さな人形のような赤ん坊がすやすやと寝息を立てていた。
小さな人形と言うよりも子ザルの人形と言った方がしっくりとくるかもしれない。


「妹だって聞いていたけど……本当にこんな猿みたいな子が女の子になるのかなぁ?」
可愛らしい赤ん坊を想像していたヴェリオルは首を傾げ、手を伸ばして赤ん坊の小さな手を突っついてみる。

それに反応したのか、小さな手がヴェリオルの指を握り締めてきた。




「あはっ、ははは。可愛いな、こいつ。くすぐったいって」
暫く赤ん坊の手を突っついて反応を楽しんでいたヴェリオルだったが、やがて表情を真剣なものに戻す。



「お前も母さまも……必ず僕がそばにいて守ってやるからな。だからお前は安心して大きくおなり」





……カタン。

その時、本当に小さな物音がした。普通の者なら恐らく気付くことはなかったであろうその音は、
ヴェリオルの幼いながらもひどく研ぎ澄まされた勘だからこそ気付くことができたのだろうか。


物音は隣の両親の部屋から聞こえてきた。もしかしたら、この部屋の明かりで起こしてしまったのだろうか。




日々激務に追われる父は多忙の身である。それに母は産後間もない。
こんな遅くに起こしてしまって申し訳ないと心の中で詫びたヴェリオルは、音を立てず静かに立ち上がった。


名残惜しそうに赤ん坊に別れを告げ、それから大きな蝋燭を吹き消し、小さな灯りは一応残しておくことにした。
重いノブを引いた時、今度こそヴェリオルはただならぬ雰囲気を察する。

部屋の前に立っていたはずの見張りの者の姿が見えないのだ。いつも2、3人は必ずいるはずだ。
交代の時間はあったとしても、誰もいなくなるということはありえない。




ドアの隙間から顔を出し、外の様子を探ってみる。しんと静まり返った長い廊下。誰一人歩いてはいない。




……やはりおかしい。
この廊下は王族達の眠る部屋が集っている。いつも巡回の兵士達数人の姿が見えていたはずだ。


静かに扉を閉め、一歩ずつゆっくりと赤ん坊の眠る籠に歩み寄った。……大丈夫。妹はすやすやと眠っている。
目指すは両親の寝室。こんな時間に、と叱られても構わない。一刻も早くこの事態を知らせるのだ。

小さな灯りによって調度品の影が色濃く壁に映っている。蝋燭の炎に合わせてゆらゆらと蠢く自分の影。
叫びだしそうになる自分を必死に宥め、ヴェリオルは両親の寝室の扉を開けた。




一番初めに視界に映ったのは、一面の赤。



まるで白いシーツに大きく美しい花が咲いたように、その赤は両親のベッドを彩っていたのだ。
次に目に入ったのは身体中に剣を突き立てられ、これ以上にない断末魔の表情を浮かべている両親の姿。

そして黒い覆面姿の男達。




「とっ……父さま、母さっ……!!」
思わず叫んだ口が、背後から何者かによって押さえられた。それと同時に両手を後ろに強く捻られる。



「おい、テメェがモタモタしてるからガキにバレちまったぞ」

「どうする? ブラム様にはガキを殺せとは命令されていなかったはずだぜ」
「しかし……この現場を見られたからには生かしておくわけにもいかない。どうせついでだ、殺っちまえよ」


「相手はまだ子供だぞ? とにかく、独断で殺すのはまずい。一度ブラム様の元へ連れて行こう」




勝手にそんな相談をしていた覆面の一人がヴェリオルに向き直り、鳩尾に拳を叩き込む。
一瞬目の前が真っ暗になり、ヴェリオルの身体から力が抜けていく。


(何故……? どうして……父さまや母さまは? ……ぼ……くの……いも……う……とは……)















次にヴェリオルが目覚めた場所は、どうやら父エドワードの兄であるブラムの私室のようであった。

まず最初に目に入ったのは、ベッドに腰掛ける毛深く太い足。
床に転がされているヴェリオルが段々と視線を上げていくと、歪んだ笑みを浮かべるブラムの姿があった。



「ようやくお目覚めか、ヴェリオル」


「ブラムおじさま……!? これは一体どういうことなのです!」
後ろ手で縛られており、上手く顔を上げることができない。

ブラムの左右には、先程両親を惨殺した黒い覆面姿の男達が控えている。




「父さまと母さまを殺すように命令したのは……まさかブラムおじさまなのですかっ!?」

「いやいやまったく、こんな状況でも全く怯むことなくワシに意見をするとは……本当に末恐ろしいガキだな」
決して友好的とはいえない笑みを浮かべたまま、ブラムは一歩前に進み出る。


「メドフォードを支配するべき人物は、このブラムしかおらんのだよ。それが何だ? エドワードに女児だと?
……女児が誕生したからエドワードの天下だとぉ!? 断じて許さん、そのようなことは断じて許さんぞっ!!」




まさに憎悪一色。初めて見るような恐ろしいおじの顔に、ヴェリオルは硬直したように動かなくなる。
そしてブラムの怒りの意味を、まだ幼いヴェリオルには理解できなかったのだ。


「あの王女はワシがいただく。エドワード達が死ねば、後見人は自動的に兄であるこのワシになる。
ワシが欲しいのは次期女王という存在。赤ん坊のうちから徹底的に逆らえないように教育してやるわ……!」


「父さまや母さまを殺しておきながら、妹まで! そんなことは僕が許さないぞ!!」




「……お前ごときに何ができるんだ? 安心しろ、どうせお前もすぐに愛しい両親の元へ向かうことになる」
思わず叫んだヴェリオルの腹を蹴り飛ばすブラム。

小さな子供である彼の身体は軽く飛ばされ、背後の壁に強く背中を打ち付ける。




「お前をすぐに殺さなかったのは、愚弟エドワードの息子が悔しがる姿を見たかっただけだしなぁ……。
王女が目的だと思われても困るからな、少々王女にも怪我を負ってもらうことにもなるがね」

ゆっくりと歩み寄る。



「ワシの部屋を血で汚したくはない。おい、このガキを連れて行け。
死体はマンティコラの森の奥深くにでも捨てておけば、魑魅魍魎達が喜んで群がってくるだろうよ」




「やめろっ、離せ、離せっ!!」

ブラムの命令を受けて深く頷いた覆面の一人──恐らくリーダーなのであろう──は、
暴れるヴェリオルを薄汚れた色をした袋の中に乱暴に放り込むと、その口を固く縛って立ち上がる。


「それでは失礼いたします、ブラム様」
「うむ、よろしく頼むぞ」















無理矢理袋の中に押し込められたヴェリオルは、メドフォード城を出る頃には既に暴れる気力も失っていた。

規則的に震動する床に馬の鳴き声。どうやら今自分は馬車で運ばれているのだと知った。
……このまま何もできずに殺され、死体はあの恐ろしいマンティコラの森に捨てられてしまうのだろうか。


一体どうしてこんなことに。父エドワード、そして母は殺されなくてはならない程のことをしたのだろうか。
いくら考えても幼いヴェリオルに答えは出なかった。




どのくらいの時間揺られていたのだろうか。不意に馬車の動きが止まる。


固く結ばれていた袋の口が開かれ、ヴェリオルは数時間ぶりに外の空気を吸った。
目の前には彼をここまで運んできたと思われる覆面のリーダーが立っていた。表情は窺い知る事はできない。


ナイフを取り出した男にヴェリオルは一瞬身構えたが、それは彼の両手を縛っていたロープへと向けられる。




「ブラム様には悪いが、オレは子供を殺す趣味はないんでな。……逃げたければどこにでも行くがいいさ」
ヴェリオルのロープを切ったリーダーは、親指を馬車の外へ向けて指し示した。

外は薄暗く、それでも森であることだけは分かった。マンティコラの森なのだろうか。



「ここは凶悪な怪物マンティコラの住む森だ。小僧、生きたければこの森を抜けてみろ。生き抜いてみろ。
……まぁ、温室育ちのお坊ちゃんはどうせすぐにくたばるだろうがな。チャンスくらいはやってもいい」


そう言って、彼は手に持っていたナイフをヴェリオルに渡した。




「悔しければこのナイフで生き抜いてみろ。おっと、オレを殺そうなんて考えは捨てておいた方が賢明だぜ。
これでも暗殺のプロをやっているんでね。ガキに殺されるほど落ちぶれちゃいない」




馬車の荷台から突き飛ばされて地に転がったヴェリオルを置いたまま、馬車はゆっくりと動き始める。
どんどんと小さくなっていくその後ろ姿を睨みつけながら、彼は強くナイフを握り締めた。

(……生きてやる……絶対に、生き抜いてやる……!!)





『エドワード夫妻、死亡。弟を殺害され、怒りに燃えた兄ブラムによって犯人達はその夜に討たれる。
夫妻の部屋から金品が強奪されており、金目当ての犯行だったのではないかという見方が強まっている。

ブラムに捕らえられた犯人達のリーダー曰く、エドワードの息子ヴェリオルは既に殺害したとのことで、
彼が示した場所から首を切断された子供の死体が発見された。

弟を失い悲しみに打ちひしがれたブラムは、弟の遺した愛娘を養女に迎える事を決意する』


この事件はメドフォード中に衝撃をもたらした。
涙を流しながら弟エドワードの仇を討った兄ブラムの姿に、兵士達は皆心を打たれたという。



……それから、8年の年月が過ぎ去った。







+DeadorAlive+