Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第197話 M e m o r i e s -3-





「……おい聞いたか? 今度の新入りの話」
「聞いた聞いた、なんでもあのマルズ副隊長をあっさりと一撃で倒したんだってな。もう城中の噂だぜ!」




心地の良いメドフォードの昼下がり。
兵士訓練所の目の前に位置する中庭。濃い色の影が落ちる木陰の下で、兵士二人が腰を下ろしていた。


「けれどよ、そいつって顔中酷い火傷を負っているらしいぞ。だからいつも顔に包帯を巻いてるって話だ」

「そういえばオレこの間、西の廊下ですれ違ったんだよ……顔に包帯巻いている男をさ。
フードをかぶっていてよく見えなかったけど、素顔はきっと誰にも見せられないほど酷い傷なんだぜ!」



「しかも殆ど喋らないって話なんだろ? そんな怪しい奴、マルズ副隊長も何で兵士に採用したんだか……」
「でよ、そいつの名前って何ていったっけ?」




「確か……セリオス!」















「城内に進入したモンスターを全て討伐したそうだな。この度の働き、本当によくやったセリオスよ」
灰色に染まった髪を長く伸ばし、丁寧に背後で結っている壮年の男。この男こそが兵士隊長モルゲンである。

柔らかな陽の光が差し込むこの書斎は彼の自室なのだ。
壁には何枚もの賞状、そして武勲の証であるメダルが飾られていた。古びた机の前で彼はご満悦である。


モルゲンの目の前には、白いフードを目深に被った人物が立っていた。身体つきから察するに男なのだろう。
しかしフードの隙間から時折覗く顔は包帯に巻かれており、素顔を窺い知ることはできない。




「……いえ。大したことではございません、運に助けられたのですよ。トロルの中にも弱い者はいたようです」
モルゲンとは裏腹に落ち着き払った低い声。セリオスと呼ばれたフードの男が発した声である。


「いやいやしかし、トロルをいとも簡単に倒したお前の腕を買って……ブラム様が近衛騎士に任命したいと」
「ブラム様が?」



「そうだ。ブラム様は次期女王の後見人であるお方。お命を狙う輩が存在しないとは言い切れん」

随分とモルゲンは機嫌が良い。
目をかけている自分の部下が、メドフォード兵士や騎士の憧れであるブラム近衛騎士団に任命されたのだ。

そして目の前のセリオスには、他の近衛騎士を軽く凌駕してしまう素質がある。
それをモルゲンは確信していたのだ。




「我が部下から近衛騎士に昇格する者が現れたとはワシも鼻が高い。活躍を期待しているぞ、セリオスよ」
「ははっ、必ずやご期待に添えられるよう努力致します」





(……ブラムの近衛騎士、か)

心地の良い風の吹くメドフォード城廊下を歩きながら、セリオスはどこか自嘲気味の笑みを浮かべる。
彼の顔中には包帯が巻かれており、歪んだ口の動きは確認することは勿論できなかったのだが。


風に吹かれて緑の葉が舞い込んでくる。中庭に面したこの廊下は静かで、誰一人歩いてはいなかった。




(皮肉だな。ブラムを殺すためにこの城へ舞い戻ってきたオレが……奴の身を守る近衛騎士になるとはな)
フードの隙間から覗く鋭い瞳。

彼はブラムの策略により両親を失い、また自らも命を狙われた、あのヴェリオルであったのだ。




(何不自由なく暮らしてきたオレがある日突然マンティコラの森に捨てられ……武器といえばナイフ一本。
ブラムよ、そんなオレが今まで一体どうやって生きてきたのか分からないだろう)


あの日、汚水を啜ってでも生きようと誓った。両親の仇であるブラムを討つまで、死ぬわけにはいかないと。

半ば行き倒れかけていたヴェリオルに手を差し伸べてくれたのは、神でもなんでもない、野盗の頭であった。
彼はそこで生きる為の術を学んだ。金の稼ぎ方、上手く世を渡る話術、そして効率の良い殺し方も。




他盗賊団の奇襲に遭い、頭が殺されたのを機にヴェリオルは故郷メドフォードへ戻ってきたのだ。
目的は勿論、両親の仇ブラムを殺すためである。




あれから8年の歳月が過ぎたとはいえ、顔を晒してメドフォードを歩くほど馬鹿ではない。
未だ子供の頃の面影を強く残しているヴェリオルは、その為顔に火傷のペイントを施して素顔を隠した。

初めの頃は顔を隠した怪しい男を兵士にするわけにはいかないと渋っていたマルズ副隊長であったが、
ヴェリオルの申し分のない剣技を見て、とうとう首を縦に振ったのだ。



そんな事を考えながら渡り廊下を歩いていたヴェリオルが、丁度中庭の横を通り過ぎようとしていた時だ。




「てんくうをまうれっぷうをしんくうにかえ、ひょうてきをきりきざめ……」
幼い子供の声が聞こえてきたのだ。これは確か風の呪文の詠唱である。


「ウインドカッター!」




──暫しの静寂。どうやら魔法が発動している様子はない。
思わず苦笑を浮かべたヴェリオルは、その声の主を一目見ようとそちらへ顔を向ける。



中庭の中央に植えられた大樹の下に、幼い少女の姿があった。


肩まで切り揃えられた薄茶の髪。くりくりとした大きな瞳。可愛らしいドレスは随分と汚れてしまっている。
ヴェリオルの姿に気付いていないようで、袖をめくりながら必死に呪文の詠唱を繰り返していた。




「てんくうをまうれっぷうをしんくうにかえ、ひょうてきをきりきざめ! ウインドカッター!」
むなしく響く声。しかし魔法は全く発動される様子はない。それでも少女は何度も詠唱を繰り返していた。




(風の魔法……か。あの少女からは全く魔力が感じられない。残念だが魔法を唱えるのは無理だろうな)

溜息と共に白いフードの位置を直す。
何故かその少女から目を離すことができなくなった彼は、そのまま立ち止まり続けていた。



「てんくうをまうれっぷうをしんくうにかえ、ひょうてきを……」
一体何度目の詠唱だろうか。段々と疲れの色が混じり始めた声を少女は途中で止める。

そしてその顔をゆっくりとヴェリオルへと向ける。……ようやく彼の存在に気が付いたようだ。


少女にとっては秘密の特訓だったのだろうか。
今まで見られていたことを知った彼女は、今にも泣き出してしまいそうな顔つきでヴェリオルを軽く睨んだ。




「ずっと見てたの? 黙って見てるなんてひどいよ」




「……すまない。あまりにも一生懸命だったから、邪魔をするのは悪いと思って黙っていたんだ」
目の前まで歩み寄ってきた少女の目線に合わせるように、ヴェリオルは腰を屈めた。

改めて近くで少女を眺める。丸い鼻の頭にはそばかす。近くで見ると彼女はより一層幼い顔立ちをしていた。



「魔法の練習をしていたのか。だが、魔法は素質が必要だ。……素質って分かるか?
素質がないと魔法を唱えることはできない。厳しいことを言うようだが、お前には素質がないようだ」


「あるもん!」
少女の声がヴェリオルの言葉を遮った。

「あるもん、そしつあるもん! いつか必ず魔法使えるようになるって、ミランダおばあさま言っていたもん!」




(……!!)
手を強く握り締めながら顔を真っ赤にさせて叫ぶ少女を、ヴェリオルは暫く呆然とした顔つきで眺めていた。


確かに今この少女はミランダを祖母といった。

忌々しい8年前の出来事が胸をかすめていく。血塗れた両親、ブラムの笑い声、馬車で渡されたナイフ。
そして……まだ赤ん坊であった彼の妹。きっとブラムに利用されることになるであろう未来の女王候補。




(そんな、まさか。もしやこの少女は……オレの妹……なのか?)


改めて眺めてみると、どことなく父エドワードの面影がある。薄い茶の髪は母だ。顔立ちは父に似たようだ。
両親も兄も死亡し、一人取り残された彼女はどんな思いでここまで生きてきたのだろうか。

ブラムを親の仇と知らずに生きてきたのだろうか。きっと兄である彼のことは覚えてはいないだろう。
父の面影を残すこの少女を前にしていると、幸せだった頃の記憶が次々と鮮明に蘇ってくる。




「……どうしたの? 身体ふるえてる。どこかいたいの? ねえ……」




フードを被っているためにヴェリオルの表情は分からないが、それでも身体が小刻みに震えていた。
急に黙ってしまった彼に、少女は少々訝しげな顔つきになる。


しかし次の瞬間にっこりと笑顔を浮かべると、手を伸ばしてヴェリオルの頭を優しく撫でてやった。



「いたくない、いたくない。……こうやっているとね、いたいのすぐに飛んで行っちゃうんだよ。
転んだりするとね、ミランダおばあさまがこうやってくれるの。だからあなたのいたいのも、すぐになおるよ!」

白いフードを目深に被り、顔は包帯で隠れている。
そんな他人から避けられる容貌のヴェリオルを前にしても、少女は全く恐れることをしなかった。


曇りのない純粋な瞳で、真っ直ぐに見つめてくる。




だがこの城にいた頃とは違い、盗賊団に身を寄せていたヴェリオルの両手は既に血に染まってしまっている。
そんな手で妹を撫でてやることなどできない。抱きしめてやることなどできない。




「ねえ、まだいたいの? おまじない、きかなかったのかなぁ……」
寂しげな声。いつまで経ってもヴェリオルが口を開かなかったので、少女は不安そうに顔を覗き込む。

「大丈夫、おまじないのお陰で良くなったよ。お前はすごい力を持っているな」
その様子に気付いた彼は慌てて少女に微笑みかけた。顔は隠れていても、雰囲気は伝わったようだ。


「ほんと? よかった!」

満面の笑顔を浮かべる彼女に、ヴェリオルの心も解きほぐされていくようであった。
それほどまでに少女の笑顔は眩しいものであったのだ。




「ところで一人でここにいたのか? いくら城の中とはいっても危ないぞ。どこに敵が潜んでいるか分からん」
……父母を殺したブラムのように。


「ううん、さっきまでは一人じゃなかったんだけど……魔法の練習がしたくて逃げ出してきちゃったの」




「ティアイエル様、こちらにおられたのですか!」
息荒い声に二人が振り返ると、青い顔をしながら女官がこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。

彼女は少女の前に来ると、腰に手を当てながら口を開く。




「勝手に動き回ってはなりません! あなたは将来この国を担うことになる王女様なんですよ。
勿論お城の警備は万全ですが、万が一のことがあるかもしれません。誘拐なんてあったら私はもう……!」


「……ごめんなさい」

剣幕に押され、小さくなってしまった少女──ティアイエル──から、絞り出すような声が発せられる。
大きく溜息をついた女官は、そこでようやくヴェリオルの存在に気が付いたようだ。サッと表情が強張る。



「あ、あなたは誰です! フードを取りなさい、ティエル姫様の御前で無礼ですよ!」



「オレの名はセリオス。ブラム様の近衛騎士です」
フードを軽くめくると、包帯に巻かれた顔が現れた。唯一覗く黒い瞳だけがぎらぎらとした光を放っている。




「セリオス? あぁ、あの顔中火傷の痕があるという噂の……」
さも気味の悪いものを見たかのような嫌悪の顔つきになった女官は、背を向けてティエルの手を握った。

「さあティエル姫、参りましょう。この者に深く関わってはなりませんよ」
強く手を引かれて渋々歩き始めたティエルは、名残惜しそうにヴェリオルを振り返る。




(ティアイエル……か)
そんな様子を眺めながら、ヴェリオルはようやく知ることのできた妹の名を心の中で繰り返した。







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