Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第198話 M e m o r i e s -4-





「……セリオス、最近遊んでくれないね。もしかして、わたしのことが嫌いになっちゃったの?」




中庭で出会った日から、ヴェリオルとティエルは急激に親しくなっていった。
ヴェリオルにとってはたった一人の妹である。憎きブラムからなんとしてでも彼女を遠ざけなくてはならない。

この世の全てからティエルを守りたいという気持ちは、日に日に大きくなっていった。




兄と名乗ることができたらどんなに楽だろう。父と慕っているブラムが実の親の仇だと教えてやりたい。
──だが、できなかった。ティエルはブラムを本当の父親だと信じて疑わない。


ブラムのことを幸せそうに話す彼女に、そんな残酷な真実を話すことなどヴェリオルには出来なかったのだ。




……エドワード夫妻には息子だけしか存在しなかった。ティエルは初めからブラムの娘である。
という風に祖母ミランダとブラムによって、知らぬ間に真実が隠蔽されていたのだ。

幼いティエルに実の両親の死を告げるのは酷だという理由なのは頷けるが、
だからといってこのまま彼女をブラムの自由にするわけにはいかない。そんなことは絶対に許さない。


両親の仇を討つことができたら、その後はティエルを連れてこんな腐りきった国から逃げ出したかった。
彼女を権力争いとは無縁な場所に連れて行きたかったのだ。





「ティエル姫、一人でこんな所にまで来たのか? ここは危険だから近づくなと、何度も言ったはずだろう」


様々な剣が並べられた騎士訓練所。剣を片手にしたヴェリオルの前に現れたのはティエルだった。
以前は暇さえあればティエルと共にいたのだが、今の彼には実行しなくてはならないことが出来たのだ。

……ブラムの暗殺。必ずや殺された両親の無念を晴らすのだ。



今現在ヴェリオルはブラムの側近の一人である。隙を見て殺害することは決して不可能ではない。
だが、まだ時間が必要だ。


更にブラムの信頼を得てから殺害するのだ。さすればヴェリオルが正体を明かした時の衝撃も大きかろう。




「だって……セリオスが遊んでくれないんだもん! わたし、寂しいよ……」
しかしそんな事など知る由もないティエルは、単に彼が自分を避けているのだと勘違いをしているようだ。

……本当は常にティエルの側にいたい。笑顔を見ていたい。声を聞いていたい。


ブラムの手に繋がれている場面を見るだけで気が狂いそうになる。汚い手を離せと斬りかかりたくなる。
ティエルに触れてもいいのは、兄であるこの自分だけなのだから。




「姫、頼むからあまりオレを困らせないでくれ。オレは今、大切な仕事に取り掛かっているのですよ」

ブラムを暗殺するためには色々な下調べが必要である。
そして他の近衛兵を全て相手にしても勝つ力を手に入れなくてはならない。そう簡単にはいかないだろう。

だがティエルにヴェリオルの気持ちが通じることはなく、どこか冷たい彼の物言いに瞳を潤ませていた。


「……すまない。何も分からない姫にそんなことを言っても仕方がないな。でも、少しだけ待っていてくれ。
オレが今取り掛かっている仕事が片付いたら、たくさん遊ぼうな。……約束するよ」



「ほんと!?」

「本当だよ。そうしたらこんな国から逃げ出して、どこか知らない地へ行こう。姫とオレの二人だけで」
……ティエルと二人ならば、どんな場所でも生きていける。何があっても彼女を必ず守ってみせる。




「うん、約束だねっ。わたし、セリオスとずーっとずーっと一緒にいたい!」
恐らく意味など分かってはいないだろう。しかし純粋に喜んでいる彼女の顔を見ているだけで充分であった。


「ありがとう……。これな、指きりっていうんだ。約束を破らない誓いだよ」
「ゆびきり? ちかい?」




「ああ、そうだ。オレはいつまでもティエルと一緒にいるという誓いだ。……決して忘れないでくれ……」















「……セリオスよ、メルフェ通りの盗賊団を壊滅させた先日の働き見事であった。
お前は近衛兵にしておくだけには実に惜しい腕前だ。しかし、お前に守られていればこの先ワシは安泰だな」

ブラムの私室に呼ばれたヴェリオルは、頭を下げたまま黙って彼の話を聞いていた。


まさかこの目の前で頭を下げている男が、己の命を狙っているなどブラムは考えもしていないのだろう。
そう考えると自然に笑いがこみ上げてくる。




「これからも頼むぞ、セリオス」
そうとは知らずにヴェリオルを完全に信頼しきった様子で、ブラムは実に満足そうな笑みを浮かべた。




最愛の両親の仇。
……何故この男は笑っているのだろう。何故両親を殺したこの男が何の制裁も受けずに笑っているのだろう。


「我が娘ティエルもお前を大変気に入っているようだ。ククク、あのじゃじゃ馬姫をよく飼い馴らしたものだな」
笑っている。ブラムが。己の殺した弟の子を、娘だと言いながら。




「……我が娘……?」
憎悪の篭った声。ヴェリオルが発した呻くようなその声に、思わずブラムは笑みを止めて彼を見下ろした。

「何か言ったか、セリオス?」




「弟を殺害しておきながら、その子をよくも娘などと言えたものだな。ティエルはお前の娘ではない、ブラム」
怪訝な表情を浮かべるブラムに憎悪の眼差しを向けながら、ヴェリオルはゆっくりと立ち上がる。

その手に隠し持っていた短刀を握り締めながら。




「8年前の所業、決して忘れたとは言わせない。……オレはずっとこの瞬間だけの為に生き続けてきたんだ」
「セリオス、お前は一体何を言っているんだ……?」


「最期まで愚かな男だな、ブラムよ。セリオス? それは一体誰のことかね?」



静かにフードをめくり上げたヴェリオルは、己の顔を覆う包帯を解いていく。
その下からゆっくりと現れたのは、ブラムがかつて記憶の底に封じ込めたはずの男の顔であった。

艶やかな黒い髪。太い眉に、深い憎悪に燃えた黒い瞳。ブラムの弟エドワードの息子、ヴェリオルである。




「お、お前……ヴェリオル……生きていたのか……!? いや、まさか。お前は死んだはずでは!!」
まるで幽霊でも見たかのように青ざめ、驚愕の表情をありありと浮かべたブラムは思わず一歩後ろに下がった。


しかしヴェリオルは笑みを浮かべたままブラムとの距離を縮めていく。




「ククク……どうした、ブラムよ。オレが恐ろしいか。だが8年前、オレはお前以上の恐怖を味わったのだよ!」
「す、すまなかった、ヴェリオルよ! ワシは今でも後悔ばかりをしておるのだ。頼む、許してくれ……!」


「そんな冴えないセリフで人生を締めくくるかブラムよ。……まぁ、お前に似合いの最期だろうな!!」




その言葉と共に一瞬でブラムの懐に入ったヴェリオルは、手に持った短剣を彼の首に力一杯突き刺した。
断末魔の叫び。噴き出す鮮血。

血避けのために咄嗟にフードを戻したので、ブラムの血はヴェリオルの白い衣服を深紅に染め上げる。




「ブラム様、今の悲鳴は一体……!?」
「セリオス!? ブラム様に何をした!!」

悲鳴を聞きつけ、扉の前で待機していた近衛兵達が一斉に部屋に飛び込んでくる。


ぴくぴくと痙攣を続けながら地に横たわるブラム。恐らくどんな高等な治癒魔法でさえも手遅れであろう。
その隣には血塗れたナイフを持ち、真っ赤に染まったフードを被る長身の男。ヴェリオルである。



剣を振り上げて飛び込んでくる近衛兵の一人を短剣で斬り付け、怯んだ隙にヴェリオルは部屋を飛び出した。





両親の仇は討った。ならばもうここには用はない。後はティエルを連れてこの国から脱出することだけだ。
暗い廊下に飛び出し、ヴェリオルはティエルの部屋まで一直線に向かう。

彼女はこの真っ赤に染まったフードを見て何と言うのだろうか。一体何を思うのだろうか。
ティエルは心優しい少女だ。きっと真っ先にヴェリオルがどこか怪我をしていないか心配をするだろう。


そんなことを考えながら暗い廊下を進んでいたヴェリオルの足が、ぴたりと止まった。




「……お待ちなさい」
彼の行く手を塞ぐかのように前に立ちはだかっていたのは、メドフォード国最高権力者ミランダ女王である。

遅くまで仕事をしていたのだろうか。ミランダは束になった書類を手にしていた。
眉をひそめ、彼女は訝しげにヴェリオルを睨みつけている。


だが手には短剣を持ち、血を浴びたフードの男を前にしても怯む様子がないのはさすがと言うべきか。




「あなたはブラムの部下のセリオスですね、そのような格好でどこへ行くのです。ティエルの部屋かしら?」
用心深く早口で詠唱を済まし、ミランダは努めて冷静に言葉を発した。

「まずは短剣を捨てなさい。そして両手を上にあげて。少しでもおかしな行動を取れば、魔法を発動します」




「随分と冷たいものだな。もしもオレが王女として生まれてきたならば、愛してくれたのかね。……おばあさま」
そう言って血に濡れたフードをめくり上げる。


ヴェリオルの素顔を目にしたミランダは一瞬大きく目を見開き、それから恐る恐る口を開いた。



「あなたは……! やはり生きていたのですね、ヴェリオル……。
顔を隠した素性の知れぬ剣士セリオス。その噂を聞いた時は、もしやあなたなのではないかと思ったわ」

「さすがはミランダ女王。鋭いな」




「……目的は何ですか? お金? それともティエル? エドワードは盗賊に殺害された。それでいいじゃない。
今更現れて8年前の真相をティエルに語られても困るのですよ。今メドフォードは大切な時なの。それを……」


そこまで言いかけて、ミランダは思わず口元を押さえた。



「今、なんと言った?」
完全に凍り付いた表情。どこか震えた声を発しながら、ヴェリオルは一歩前に歩み寄る。

「ミランダ女王、お前は知っていたのか。父さんと母さんが本当は誰に殺されたのかを。
それを知っていながら、お前は知らぬ振りをしていたのか? そして妹に真実を語るなというのか……!?」




「……そうよ、私はメドフォード女王としての立場がある。どんなことがあろうとも、国を守らなければならない!」




既に詠唱を完了させていた魔法を中断し、ミランダは再び低音でぶつぶつと詠唱を始める。
それは明らかに先程までとは違う重苦しい響きであった。魔法に疎いヴェリオルですら分かった。

これは相手を単に足止めさせるような生温い魔法なのではなく、確実に相手を殺めるための魔法なのだと。




「ティエルの元へは行かせない。あの子に真実を告げることはこの私が許さない!
あの子はブラムの娘。初めからそうだったの。この国のためには、そうでなくてはならないのよ……!!」

容赦なくヴェリオルを襲う風の刃。魔法大国メドフォードを統べるミランダが相手では分が悪すぎるようだ。
ヴェリオルが現在手にしているものは短剣のみ。これだけではミランダに近づくこともままならなかった。




「ククク、覚えていろ……オレの復讐はまだ始まったばかりだ。この腐りきった王家を根絶やしにしてやろう!」


短剣一本ではミランダの魔力に太刀打ちできるはずもなく、ヴェリオルは思わず地に膝をつく。
思わず吐き気を覚えた彼が地面に吐き捨てたものは、間違いなく己の血である。

「五年後……いや、十年後。必ずティエルを迎えに来よう。彼女はオレのたった一人の妹なのだから……!」
我ながらまるで三流悪役のようだ、とヴェリオルは頭の片隅でそんなことを考えていた。




ティエル。今はあえてお前に背を向けよう。だが、オレは必ずお前をここから連れ出してみせる。
……必ず。







+DeadorAlive+