Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第201話 祝賀パーティーの夜





「……ティエル様? ティエル様ったら!」




「えっ!? 何か言った? エレナ。ごめんごめん、ちょっとボーっとしていて聞いてなかった」
大きな鏡に映る自分の姿を眺めながら心ここにあらずの状態であったティエルに、侍女エレナが声をかける。

くるんとした長く濃い茶の髪が印象的な女性である。以前ティエルと仲が良かったサリエより、いくらか年上だ。



傷の治らない肩を全て覆い隠した薄い桃色のドレスに身を包んだティエルは、エレナの声に慌てて返事をする。
現在ティエルは今夜の祝賀パーティーのためにドレスの着付けの最中である。




普段はただ無造作に垂らされただけの長い髪は、綺麗に巻かれて大きな金色の髪留めがとめられている。

祖母からプレゼントされた金の耳飾りは外され、彼女によく似合うピンクパールのイヤリングが耳に光っていた。
飾り気のない彼女にしては珍しく、ほんのりと口に紅を差している。


鏡に映るティエルの姿はどこか大人びており、普段剣を握って戦う彼女とはまるで別人のように見えた。




「もう、ティエル様ったら。先程から私のお話に返事をして下さらないんだもの。
ほらしっかりと鏡を見て下さいな。このふわっとした袖のドレス、なんてティエル様にお似合いなんでしょう!」

この数日間エレナと共にドレス選びをしていたティエルだったが、ティエル本人よりもエレナの方が真剣であった。
ティエルとしては着れるものなら何でもよかったのだが、エレナが妥協を許さなかったのだ。


その甲斐あってか、選び出されたドレスはティエルの素朴な魅力を最大限に引き出してくれるものであった。




「このドレスは国一番の仕立て屋が、ティエル様ただ一人のために作り上げたドレスなんですよ!」

「本当に素敵なドレスだもんね。エレナが選んだだけあると思うよ。
……でも、わたし変じゃない……かな? ドレスに着られているような気がするんだけど、大丈夫かなぁ?」




鏡に映る自分の姿がどこか気恥ずかしく、ティエルはなかなか鏡の中の自分と目を合わすことができない。
おサルのような姫とまでセイファに言われてしまった自分なのだ。皆に笑われたりはしないだろうか。


「何を仰いますやら、よくお似合いですよ! あんなにもおてんばなティエル様が本当に姫君に見えますわ」
興奮しながらまくし立てるエレナは、さりげなく失礼な発言をしていることに気付いてはいないようだ。

「旅をする前のティエル様と比べて、随分とレディになられて……!
お連れの男性方も本当に素敵でしたし……きっと姫様も恋をされて、立派なレディへと成長したのですね」




「えぇっ、お連れの男性方ってサキョウ達のこと?」
思わぬ台詞がエレナの口から出て、ティエルは思わず目を見開いて振り返る。

「だとしたら全然違うよ。なんて言うのかな……あのひと達はわたしにとって家族みたいな感じで、ただ……」




「ティアイエル様、そろそろお時間です」
そこまでティエルが口にしかけた時、部屋の外から戸を叩く音と共に時間を知らせる声が聞こえた。

「……あっ、今行くよ」
次に続く言葉を飲み込んだティエルは立ち上がり、背筋をしっかりと伸ばして扉に向かって歩き出した。





正装をした近衛兵の後に続きながら、赤い絨毯の敷かれた長い廊下を歩く。
やはり所々戦いの爪跡を残す城内であったが、少しずつではあるが以前の雰囲気を取り戻そうとしていた。


『私の方が色々とあなたから大切なものを貰ってますわよ。……あなたはきっと、気づいていないだろうけど』
(……リアン……)



聞こえるはずのない、リアンの声が聞こえたような気がした。それは決してありえないことだけど。

(もう一度会いたいよ、リアン……。死んでしまったなんて信じないから。絶対生きてるって……信じてるから)
気を抜くと零れそうになってしまう涙をぐっと堪え、ティエルは王女としての凛とした顔つきになる。


そして、眩しいほどの光に包まれた大ホールへと足を踏み入れた。















「……」

光溢れるガラス張りの大ホール。

それを斜め向かいの二階に位置する渡り廊下から見下ろしていたクウォーツは、
背を向けると花びらの舞う廊下を振り返りもせずにゆっくりと歩き始めた。静かな辺りに鳴り響く靴音。




「……クウォーツ」



自分の名を呼ぶ声にクウォーツは立ち止まる。……彼の背後に音もなく立っていたのはジハードである。

クウォーツが賑やかな催し事に参加をしないのは、今に限ったことではない。これまでだってそうであった。
普段ならば、いつものことだとジハードは声をかけることはなかっただろう。


しかし今ホールに背を向けて歩き始めたクウォーツの姿は、普段とはどこか、何かが違うように感じられた。
そんな不安からジハードは思わず彼を呼び止めてしまったのだ。




「もうパーティーは始まってるよ。ティエルだってきっとあなたを待っている。……どこに、行くつもりなんだい」


「さぁな、どこだろう?」
そう言って振り返ったクウォーツは蝋人形のような顔つきで、肩をすくめながらジハードへと目を向けた。



「誤魔化さないでよ。……あなたはいつだって、大切なことは何も話してくれないんだ」

普段ならばそこで終わるはずの会話であったが、ジハードは納得の行かない表情のまま立ち止まっていた。
渡り廊下から階下に見える大ホールから、大勢の拍手と優雅な音楽が風に乗って微かに聞こえてくる。


暫くクウォーツは無言のままジハードを見つめていたが、やがて視線を外して明るいホールへと顔を向けた。



「……記憶を、探そうと思っている」
「記憶……?」


「私にはギョロイアと出会う以前の記憶がない。だが、私はそれを知らなくてはならないような気がするんだ」

棺を開けて、自分を心配そうに覗き込むギョロイアの顔。それが今現在彼が持つ記憶の始まりである。
それ以前にどんな場所にいたのか、今まで誰と過ごしてきたのか。そして、どんなことを考えていたのか。


……そんなことでさえも、彼は知らない。




「どこに行くつもりだと貴様は聞いたが、行き先なんか決まっていない。どこだって行ってやるさ」

煌びやかなホールから漏れる光がクウォーツの横顔を微かに照らしていた。
命を持たない人形や彫刻の方が、彼に比べれば人間らしい表情をしているとさえ思わせてしまう横顔。


「まずはギョロイアを探すことから始めるつもりだ。……あいつならば、きっと何か手がかりを知っている」



「けれど、こんな急でなくともいいじゃないか! それにあなた、手の傷はまだ治っていないんでしょう?
メドフォードが落ち着いた後にティエルと相談して……せめてその手の傷が治るまで待った方がいいと思うよ」



そう言った彼は、クウォーツの包帯に巻かれている右手に目を向けた。

ティエルの肩と同じく、治癒魔法を使いすぎたために魔力の弱まったジハードでは治しきれなかった傷である。
鋭利な刃物が深く刺さったような傷であった。まるで、鋭い何かを強く握り締めていたように。


……未だ治りきっていない右手に視線を落としたクウォーツの表情が、微かに曇ったのは気のせいだろうか。




「あいつに伝えておいてくれ。……すまないと」



「そんなの自分で伝えてよ! なあ、どうしたら気付いてくれる? どうしたらあなたは分かってくれる!?
ああ、そうだったね……あなたは声に出してはっきりと言わないと分かってもらえないんだった」

絞り出すように呟いた彼は、ほんの一瞬の間だけ顔を歪める。




「……行くなよ……!!」


渡り廊下に重く響き渡った声。
遠ざかっていく背に向けてジハードは叫んだが、それでも、もう二度とクウォーツが振り返ることはなかった。















煌びやかな照明、流れるように演奏される音楽。
思い思いに着飾った者達が溢れるダンスホールにて、ティエルはそれらをぼうっとした表情で眺めていた。

先程のスピーチも途中で何度かつっかえてしまったが、何とか無事に終わらせることができた。
グラスを掲げながら乾杯の言葉を彼女が述べた時、皆が本当に幸せそうな表情をしていたことを思い出す。



ティエルの目の前には赤いワインの入ったグラスが置かれており、量は最初と殆ど変わっていない。
とても上質なワインだと聞いたのだが、彼女はワインよりもグレープジュースの方が好きなのだ。




ぼんやりと会場を眺めてみる。離れた所でサキョウが着飾った女性に話しかけられているのが見えた。
おそらくはダンスを踊れるのかと聞かれているのだろう。彼の困惑した表情がそれを物語っている。

初めの方でにこやかな笑顔を見せていたジハードの姿は今はなかった。どこかに行っているのだろうか。




もう一度だけ会場を見渡し、ティエルは溜息をついた。
やはりこのままクウォーツは顔を見せないつもりなのだろうか。……それがほんの少しだけ、寂しかった。

暫く考え込んでいるような表情を見せたティエルだったが、席を立つと出口の方へ向かって歩き始める。




「おやティエル姫様、どちらへ?」
「あっ……ええと、ちょっと友達を探しに行こうと思って。すぐに戻るから、行ってもいいでしょ?」

出口付近で近衛兵に声をかけられ、ティエルはぎくりとした様に振り返る。


「それならば我々にお任せ下さい! 姫様はこちらでお待ちを」
「いいのいいの、本当にすぐ戻るから大丈夫だよ。あなた達はこの会場をしっかりと警護していてね」


「ティ、ティエル姫!」




長いドレスの裾を掴んだティエルは、近衛兵の言葉も待たずに早足で歩き始めてしまった。
優しげな風の吹く長い廊下に出ると、中庭から運ばれてきたと思われる花びらが辺りに散らばっている。



「クウォーツ……?」



どことなく胸騒ぎを覚えたティエルは、自分がドレスを着ていることも忘れて駆け出した。
部屋にも、庭園にも、彼の姿は見えなかった。ようやく渡り廊下まで辿り着いた時、ジハードの姿を見つける。



「ジハード! クウォーツを見なかった? ……さっきから探しているんだけど、どこにもいないの」

「クウォーツは……」
ティエルに声をかけられ、暫く躊躇っている様子のジハードだったが、やがて吐き捨てるようにして口を開く。




「……行ったよ。彼にとって愛情は、単なる重荷でしかないのかもね。最後に、あなたにすまないと言っていた」




「嘘だよ!」
ジハードの声を遮るように、想像していたよりも荒い声が出た。

「だって、クウォーツこれからはここにいるって……ずっとそばにいるって……庭園散歩しようって……!」




彼を追うために駆け出そうとした足に長いドレスの裾が絡まり、そのままティエルは転倒してしまう。
打ちつけた手のひらが痛い。赤い花びらが点々と落ちる長い渡り廊下には、既に人影は見つからなかった。



……本当は、心のどこかでは気が付いていた。彼がここに留まる気など、最初からなかったことに。

ティエルがこれからのことを話していると、クウォーツは決まって一瞬だけ視線を逸らしてから口を開いていた。
それはどこか言いにくいことを言おうとする時の彼の癖であった。




「どうしてよぉ……どうしてわたしに何も言わないで行っちゃうの……? ひどいよ、クウォーツ……!!」
ぼろぼろと零れ落ちた涙が、頬を伝っていくつも地面に染みを作っていく。


転んだ時に擦り剥いた腕に血が滲んでいたが、それでもティエルは起き上がろうともせず泣き続けていた。







+DeadorAlive+