Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第16章+覇王の胎動

第202話 全ての生ある者たちへ





奪還パーティーの夜から幾日か過ぎ、メドフォードはかつてミランダが健在だった頃の活気を取り戻しつつある。



人々にはいきいきとした笑顔が戻り、皆復興に全力を注いでいる。
捕らえたゾンビ兵士達は魔力の効果が切れてしまったのか、皆物言わぬ骨の残骸と変化してしまっていた。

それはあの目の前で崩れ去ったゴドーを髣髴とさせ、サキョウやティエルはどことなく複雑な気持ちになったが。




一方。ヴェリオルはジハードの看護によって順調に回復している。
ゲードルを唆し、この国を恐怖に陥れたのは彼だ。だがティエルは彼を処刑しようとする気にはなれなかった。


あの炎の夜にヴェリオルと面識のある者はガリオン以外いない。ブラム殺害も『セリオス』としてだった。




これは決して同情ではないと、ティエルは自分に言い聞かせる。
あんなにも酷いことをしたのだから、死で逃がすわけにはいかない。生きて、償っていくべきだと思っている。

ティエルも仇を討つことに囚われていた。もしかしたらヴェリオルのようなことをしていたのかもしれない。
いつかは……復讐の連鎖を、憎しみをどこかで断ち切らなければならないのかもしれない。




『けれどティエルは、愛する人を奪ったヴェリオルを許すことができますの?
復讐のことはすっかり忘れて、全てなかったことにして。あなたは生きていくことができて……?』

許すことはできない。まだ、そんな気にはなれない。そして許す気も今はない。
けれど、もう誰かが傷つく所を見たくはなかった。それがたとえ、あんなにも恐怖したヴェリオルだとしても。















「このまま安静にしていれば、あと一週間もあれば完治すると思うよ。あなたの回復力には本当に驚いたね」
亡きブラムの寝室にて、ヴェリオルのベッドの前で大きく伸びをしたジハードはぐるりと辺りを見回した。

ティエルの実の両親を殺害し、父を名乗っていた者の部屋。もう随分と使用されていないようである。
ここでブラムは復讐に燃えるヴェリオルによって命を絶たれたのだ。


「己の手で殺めた者の寝室で寝泊りするなんて、ぼくには耐えられないや。ねえ、あなたはどうなんだい?」




「……その質問に答えてもらいたいのか、不死鳥。とぼけた顔をして、なかなか厳しい質問をしてくれるな」
横になったままジハードの方へ顔を向けたヴェリオルは、思わず苦笑と呼べる笑いを浮かべる。

細かい傷などはいくつか完治していないものもあったが、顔色は大分良くなっていた。
殆ど致命傷であった腹部の傷も、ジハードの連日の治癒魔法によって命に別状がないほど回復している。


「オレはブラムを殺した。だが、決して間違ったことをしたとは思っていない。
もっと苦しめて殺せばよかったとさえ思っている。……ミランダについては……今はもう分からなくなった」




「あなたがミランダを憎む気持ちも分からなくはないけど、彼女は彼女なりに国を守りたかったんじゃないかな」


大きく開け放った窓から吹く風が、ジハードの柔らかな白髪と額の札を揺らしていく。
彼の瞳はヴェリオルを責めるようでも憎むようでもなく、普段と変わらぬ穏やかな瞳であった。



「……とにかく、クウォーツやティエルの治療を後回しにしてまであなたを治したんだ。
まだ自害を考えているようだったら、その時は今度こそ本気で怒るからね。死で逃げようなんて思わないで」

そうジハードが言った時である。小さく扉がノックされ、姿を現したのはサキョウであった。



ベッドの前で立ち止まったサキョウはグッと目を閉じ、それから厳しい瞳でヴェリオルを眺める。
ほんの、一瞬の出来事であった。拳を強く握り締めたサキョウが、突然ヴェリオルに掴みかかったのだ。



「サキョウ!」

あまりにも突然の出来事に椅子から立ち上がったジハードは、止めようと伸ばした手を思わず止める。
兄を亡くしたサキョウの顔を見てしまっているからであった。兄が崩れ落ちる様を目の前で見ていた彼の姿を。

止める筋合いがどこにある。そして、止めようとする理由も見つからなかった。




「……兄は、いつもティエルとこの国を見守っていた。親のいないティエルを、父親のように愛してきた。
兄上はきっと自分の幼い頃と重ねていたのだ。ヴァンパイアに両親を殺され、兄弟二人で生きてきた頃を」

不意に兄の姿が脳裏に浮かび、涙が滲む。胸元を掴まれたまま、ヴェリオルはただ黙って話を聞いていた。



「それなのにお前は……精一杯生きてきた、どんな困難にも負けずに生きてきた兄を……いとも簡単に」


兄ゴドーはヴェリオルの呼び寄せたゾンビ兵士達の手によって殺された。
もしもヴェリオルがメドフォードを襲撃しなければ、兄は今でも生きていた。死ぬことはなかったのだ。

ぼたぼたと流れ落ちたサキョウの涙がヴェリオルの頬を濡らしていく。




「……そうだ、オレが殺したんだ」
「……」


「お前の兄を殺したのはこのオレだ。オレを殺して気が済むのなら、そうすればいい」
そう言って、ヴェリオルは覚悟を決めたかのように目を閉じた。



(兄上……。兄上はどうすることを望んでいるのですか? この男を殺せば、あなたは救われるのですか……?)




緊迫した沈黙。
……ふいに、ヴェリオルの胸元を掴んでいた力が緩まった。

ゆっくりと力なく腕を下ろしたサキョウは、己の両手を眺め、それからヴェリオルへと顔を向ける。


「お前を殺したところで」
脳裏に浮かび上がるのは兄の笑顔。

「兄上が戻ってくるわけでもない。かえって兄はワシを責めるであろう……兄は昔からそういう人物なのだから」




「サキョウ……」
「いや、ジハード。すまん、すまんな。お前が全力で治療をしたヴェリオルを」

どこか心配そうな眼差しで見つめてくるジハードの頭に手を乗せると、サキョウは柔らかく笑う。
その笑顔を見て、ジハードは一瞬だけ苦しげに顔を歪めた。違うのだ。そんなことを言いたいわけじゃない。


けれど言葉が出てこなかった。




「どうして……どうして……あなたも、クウォーツも」
自分の感情を殺して生きていくことしかできないのだろう。そして、そんな彼らを守ることすらできない自分が。

とても、無力だと。そう思った。















「見送りはもうここでいい。まぁ、のんびりとベムジンに帰ることにするさ。散歩には実に心地よい天気だしなぁ。
確かマンティコラの森は……黄色い花に気を付けて歩いて行けばいいんだよな?」


大きな荷物を背負い直したサキョウは、ここまで見送りに来たティエルとジハードに向かって明るく笑いかけた。

メドフォード城下町から五分ほど歩いた場所にある、大きな道看板が目印の森への二方向の分かれ道。
北に進めば光ゴケの森、東に進めばマンティコラの森である。




「うん、気を付けてねサキョウ。あとシグン大僧正さんによろしくって。本当にお世話になりっぱなしだったし」


そう言って、ティエルも彼に向かってにっこり微笑み返す。一見普段と何ら変わりのない笑顔のように見えるが、
長い時間共に過ごしてきたサキョウやジハードを誤魔化せるほど完璧な笑顔ではなかった。




「……ティエル、お前は大丈夫なのか」

「大丈夫って、何が? そりゃあもう色々と大変ですが、このティエル、メドフォード復興を頑張ります!」
サキョウの問いかけにもティエルは目を瞬いただけで、笑顔を浮かべながら敬礼をしてみせる。


「サキョウもベムジンで頑張ってよね。ゴドーのお墓作るためにエルキドに行く時は、ちゃんと連絡してよ?」



「うむ、必ず連絡をする。手紙も書くぞ。……ジハード、お前も元気でな」
「ぼくはもう少しだけメドフォードに留まることにするよ。今はまだ……ゾルディスに行けそうもないから」

差し出されたサキョウの手を握ると、ジハードはどこか言いにくそうに視線を逸らして俯いた。
顔にはくっきりと隈が浮かび上がっており、それは明らかに治癒魔法を使い続けた為だけではないだろう。



「分かった、だが二人とも無理をして乗り越えようとするな。泣きたくなったらいつでもワシの胸を貸すぞ!
まったく……クウォーツも黙って姿を消してしまうし、本当に世話の焼ける奴だ。今度説教してやらんとな」

ガハハ、と豪快な笑い声を発したサキョウは、それから背を向けるとマンティコラの森に向けて歩き始めた。



「バカだな、いつも人の心配ばかりして。……本当は自分だって泣きたいくせに」
遠ざかっていくサキョウの背に向けて大きく手を振っていたジハードだったが、ふと小さな声で呟いた。















「あー……剣の稽古がしたいよぉ。おっきなチョコレートケーキをお腹いっぱい食べたいよぉ」
亡きミランダ女王が愛用していた机に突っ伏しているのはティエルである。その前には大量の書類の山。

剣の稽古をする時間など、仕事に追われるここ最近は全くと言ってもいいほどなかったのだ。
この書類の山を片付けたとしても、またすぐに次の仕事が舞い込んでくるのだろう。


「おばあさまは毎日こんな量の仕事をしていたのかなぁ……。
まぁ、一年近くも国を留守にしていた量とは違うだろうけど。やっぱりおばあさまは凄い人だったんだ」



大きく開け放たれた窓から心地の良い風が入ってくる。可愛らしい鳥の鳴き声も時折耳に入ってきた。
暫く目を閉じて穏やかな日常を感じていたティエルだったが、静かに目を開ける。

瞳に、ぼんやりと人影が映った。次第にはっきりしていく人影は、こちらを見つめるヴェリオルの姿であった。



反射的に身体が強張る。
彼から歪んだ殺意は消えたと分かっているものの、植え付けられた恐怖は簡単に忘れ去ることはできない。



「……ヴェリオル、もう歩けるようになったんだ……。やっぱりジハードの治癒魔法はさすがだなぁ。
別にあなたの心配をしているんじゃないよ。早く身体を治して、この国を元通りにするのを手伝ってもらうから」


「オレを殺すのなら今のうちだぞ、ティエル。本当にオレを生かしておいてもいいのか?」

まだ少し痛むのか、腹に手を当てながらヴェリオルが一歩足を踏み出す。
よれた白いシャツ。暫く寝たきりの状態が続いていたので、明るい所で見る彼の顔は少々やつれていた。


「オレは祖母を殺し、国を売ったんだ。オレがお前ならばこんな男、迷わず殺しているだろうな」




どこか重苦しい沈黙。
戸を背にして俯き加減で立っているヴェリオルと、机から身を起こして彼から顔を背けているティエル。


「……わたしの気持ちはあの時から変わっていないよ。生きて、罪を償って欲しい」
重く口を開いた彼女は、ヴェリオルを見つめた。


「だから……もう殺せだなんて言わないで」















「姫様ー! ティエル姫様ー!」


「あっ、ジョンとリック。そういえば兵士訓練所、大分片付いていたじゃない。復興まであと一歩って感じだね」
中庭に面した渡り廊下を歩いていたティエルは、自分の名を呼ぶ聞き慣れた声に振り返る。

そこには茶毛と金髪の少年二人の姿。無論万年兵士見習いである、悪友のジョンとリックであった。



「ええ、騎士団も正常に機能し始めているみたいですよ。サイヤーさんがあちこち忙しそうに走り回ってました」
「姫様はこれからどちらに? ……あれ、ティエル姫……あまり元気ありませんね」


「そ、そうかな!? わたしはいつもどおり元気すぎるくらい元気ですよーだ。これから少し休憩しようと思ってさ」

「それならいいんですけど。姫様、このところ毎日働きづめですもんね。あまり無理をしないで下さいよ」
「じゃ、オレ達は隊長に呼ばれているんでこれで!」



「……」

ぺこりとお辞儀をして去っていく二つの後ろ姿をぼんやりと眺めていたティエルから、段々と笑顔が消えていく。
強く風が吹き、中庭に咲く赤い薔薇の花びらが舞い上がっていた。だが求めている人影はどこにもいない。


ぐっと唇を噛み締めたティエルは、それから真紅の吹雪が舞う空へと顔を向けた。















穏やかな、風が吹いた。

誰かに呼ばれたような気がして振り返った青年の青い髪を風が弄ぶ。
……しかし辺りには誰もいない。




ここは完全に廃墟となった教会である。
佇んでいた青年クウォルツェルトは、あまりにもその場に似つかわしくない悪魔と呼ばれる存在であった。

静かな靴音を立てながら、彼は真っ直ぐに祭壇まで進んでいく。


所々抜け落ちてしまっている高い天井から暖かい日の光が差し込んでいる。
本来ならば決して太陽に照らされることのない彼の青い髪は、光に照らされてそれは美しく煌いて見えた。




「ギョロイア、お前の言ったとおりだったな」
折れて地面に倒れている巨大な十字架の前で立ち止まる。ぼろぼろで、所々黒ずんだ金の塗料が付いていた。


「かつてお前が言ったように、誰一人愛せない私はあの城を出るべきではなかったんだ。お前は正しかったよ」




かつては美しかったであろう彫刻達も、今は朽ちてしまい見る影もない。
穴の開いた天井から、クウォーツとは対照的な白い鳥が群れを成して大空を飛んでいくのが見える。



「……だが、私は決して後悔などしていない。これで良かったのだと、今は胸を張ってお前に言えるだろう」


白い鳥達をどこか眩しそうに目を細めながら眺めると、それから彼は前を向いてゆっくりと歩き始める。
見上げた空は青く澄み渡り、やはり、いつ見ても光は眩しかった。















メドフォード城の裏手に位置する、よく陽の当たる墓所。ここにはメドフォード王家代々の墓が並んでいる。

その中でも一際真新しい大きな石の十字架。周囲には、一見すると地味な印象の白い花が植えられていた。
決して派手な花ではないけれど、力強く根付いている小さな花。ミランダが生前愛した花である。



ミランダの亡骸は棺と共にこの墓所へと埋葬された。白い花はロキと出会ったあの丘から持ってきたものだ。




「ねえ、おばあさま」
一人墓所へとやってきたティエルは、目の前の十字架へと語りかける。

「おばあさま、怒っているかな。きっとおばあさまはヴェリオルのことを許していないよね。
でも……どうしてもわたしはヴェリオルに止めを刺すことはできなかった。あんなに憎んでいたはずなのに」



祖母も、ヴェリオルも皆最初はメドフォードを愛する気持ちは一緒だったはずだ。

それなのに、一体どこから歯車が狂ってしまったのだろう。ブラムがエドワード夫妻を殺害した時から?
それとも……女王しか認めないという遺言をリュミラージュが遺した時からだろうか。


勿論ミランダの返事はない。



「……おばあさまが生きていたら、話したいことが沢山あったんだ。きっと信じられないような話だけど。
大切な友達だってできたし、甘ったれて一人じゃ何も出来なかったわたしが魔物と戦ったりしたんだよ!」

海底神殿で魚人とも戦ったし、そういえば盗賊団を相手にしたこともあったなぁとティエルは苦笑する。


色々なことを話しているうちに、気のせいかティエルは優しい祖母の気配をふわりと感じたような気がした。
生前と同じように、ティエルの話を優しく微笑みながら聞いてくれているのだろうか。




「あっ、そういえばわたし……一番最初に大切なことをミランダおばあさまに伝えていなかったや」

まるで祖母に語りかけるように暫く旅の話を続けていた彼女だったが、やがてハッと気づいて話を止める。
それから、ティエルは笑みを浮かべて言った。




「ただいま、おばあさま!」












Lord of lords RAYJEND Chapter.1 「覇王の胎動」 -THE END-


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