Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子


第21話 赤き薔薇の弔い





青白く大きな満月が、夜空でどこかくすんだように輝いていた。

たまに吹く強めの風に、まるで生き物のように蠢く木々の黒いシルエットがザワザワと音を鳴らす。
その瞬間茂みから黒い羽を持った生物が、空へと飛び立っていく。


一言で表現すれば、ひどく陰気な森であった。


ティエルが最初に訪れたあのマンティコラの森でさえも、この森に比べれば明るい方である。
言い様のない緊迫感、身体に染み込んでくるような不気味な瘴気。

思い込みだと言ってしまえばそれまでだが、木々がどうしても人の姿に見えてしまうのだ。



「ね……ねえ、道こっちで合ってるの? なんか気のせいか、どんどん雰囲気恐くなってるような……」
全く森を抜け出られない様子に、ティエルはわざと明るい声を発して振り返る。

「夜だし、あまりむやみに動き回らない方がいいんじゃないかなあ?」



「確かにそうですわね、このまま歩いても余計に迷ってしまうだけですし。
なんだか、オバケとか出そうな雰囲気でーすわ。……もしかしてティエル、恐いんでーすのぉ〜!?」

サキョウと並んで後ろを歩いていたリアンは、意地の悪そうな笑みを口元に浮かべてティエルをつついた。


「こ、怖くなんかないよっ! そう言うリアンの方が怖がっているんじゃない!?」
「あーら! 旅慣れた私は全然怖くないでーすわ、ティエルったらちょっと震えてますわよ」

きゃあきゃあと言い合う彼女達の背後で、バサバサバサと黒いものが飛び立つ。



「う、うわ──ん!!」
「ぎゃあぁぁ、出た! とうとう出ましたわぁぁ!!」

その途端転がるようにして二人ともサキョウにしがみついた。



「二人とも落ち着け、あれはコウモリだ。恐ろしい恐ろしいと思っていると、何でも化け物に見えてしまうぞ」

豪快に笑い声を上げるのはサキョウ。
強靱な肉体と精神を持っている、頼もしい僧兵モンクなのだ。


「どっかに町とかあればいいんだけど……あ! あれ、もしかして明かりじゃない? 煙突の煙も見える」
サキョウの腕にしがみつき、ひょいと顔を上げたティエルの瞳に、点々とした薄暗い明かりが映った。

「間違いないよ、今夜はあの町に泊まろう!」



先程とは一転して意気揚々と歩き始めると、それが森に囲まれた古めかしい町であることが分かる。

黒ずんだ大きな煉瓦を積み重ね、ドッシリとした家々は皆しっかりと戸を閉めていた。
町の奥の方に、大きな建物の影が浮かび上がっている。ここの領主の城なのだろうか。


通りは誰一人として歩いていない。



「……ここも森と同じような暗い感じの町だね。なんかあそこに人が集まってるけど」
店などもしっかりと扉を閉めており、窓からオレンジ色の光だけをただ煉瓦の道に落としている。


「やだ。静かなはずですわ……あれお葬式じゃないでーすの。なんかさっきから縁起悪いですわねえ」
リアンの言うとおり、喪服に身を包んだ人々がある家の前に集まっていた。

……微かに聞こえるすすり泣きの声。



静かに通り過ぎようとしたティエルは、飾られている死者の写真を横目で一瞥する。
自分と同じ年頃の娘であった。眩しい笑顔を浮かべて、こちらに向かって微笑んでいる写真。

どことなく胸が締め付けられるような思いに駆られたティエルは、足早に通り過ぎようとする。



「うわあああ、何で死んじゃったのよリサぁぁ……!!」
「まだ18歳だったんだよ、可哀相に……」

「なんでも全身の血が完全になくなっていて、ほぼミイラ化で見つかったそうだよ。
この間見つかった死体は、全身穴ぼこだらけだったそうじゃないか。恐ろしい話だよ、まったく」


「彼女の死体は、赤い薔薇の花びらに埋もれるようにして横たわっていたらしいな。
猟奇殺人にしては手厚く弔ってやるだなんて、何だか変じゃないか?」

「ああ……一体どうなっているんだよ、この町は……!」



「……嫌な事件が起きた町に来ちゃいましたわね、やっぱり森を進み続けます?」
葬式の様子がよく見える中央の噴水広場に腰を下ろすと、リアンはため息と共に言葉を発した。

「あなた達も見たでしょう? 店なんてどっこも閉まってましたわ。泊まれる所はなさそうですわね」



「──赤い薔薇の弔い……かぁ……」



「ティエル、どうしたのだ?」

喪服に囲まれた白い棺をぼんやりと眺めながら、ティエルが小さく呟いた。
その言葉に驚いたサキョウは彼女を振り返る。


「……さっきあそこの人たちが言っていたんだ。死体は赤い薔薇に包まれるように死んでいたんだって。
まるで弔ってあげたみたいだよね。でも……それなら、どうして殺したのかなって思って……」

この地域は少々気温が低いのだろうか。ブルッと身震いをしたティエルは、自分の足を抱え込んだ。



「まるで、意に反してどうしても殺さなくちゃいけない理由があったみたいじゃない?」


「い、いやですわティエルったら。不気味な犯人の肩なんて持たないで下さいな!」
「そうだぞ、どんな理由があったにせよ罪なき者を殺めたのだからな。その者、断頭台の刑は免れぬ」

急におかしな事を言い出したティエルに、リアンとサキョウは眉をしかめて顔を合わせる。



「しかし全身の血を抜かれて死んでいるとは……まるでヴァンパイアのような殺し方であるな」
「……ヴァンパイア?」

棺が外に運び出され、墓地へと向かうのだろうか。より一層すすり泣きの声が強くなる。
その様子を黙ったまま見つめていたティエルは、サキョウの言葉に顔を上げた。



「ヴァンパイアって……甘い言葉で人を堕落させ、その血を残らず奪い去る残虐な悪魔だよね」

「うむ。血を好み、人を甘い罠で誘い込んで堕落させてしまうワシらの最大の敵ヴァンパイア。
しかし奴らは人の心など持っておらん、あるのは欲望だけだ。まぁ手厚く死者を弔ってやることなどありえんな」


「それじゃあ、今回の事件はヴァンパイアの仕業じゃないんですのね。あーよかった〜」
ヴァンパイアに狙われるとしたら、美人で魅力的な私ですからね、とリアンは言葉の後に付け加えた。

「これからどうします? 進むにしても、地図がなくちゃまた迷い続けまーすわ」



「……そうだね、さっきから思っていたんだけどあの大きなお城、ここの領主さんの城なのかな?」

ティエルが遠く指さした方向には、夜の闇に大きく黒いシルエットが浮かび上がっていた。
見る限りかなり立派な城である。


「ここの領主なら、地図とか持ってそうじゃない? 困った旅人を助けるのも領主の役目でしょ?」

「うむ、確かにティエルの言うとおりではあるな。しかし夜分遅くに訪ねるのは少し気が引けるが……」
「いちいち気が引けていたら何もできませんわよ! 私も異議はありませんわ」


全員一致でティエル達は地図を貰うため、領主の城へと足を向けることとなった。






+DeadorAlive+