| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子
第23話 麗しき闇の貴公子-1- 薄暗い廊下ですれ違った数人のメイド達に軽く頭を下げると、ティエルは軽快に階段を下りていった。 どこもかしこも、淀んだ赤色の絨毯が敷き詰められている。まるで血で染め上げたようであった。 これは一体誰の趣味なのかな、とティエルはどうでもいい事を考えてからピタリと足を止めた。 (……そういえば、わたしあの庭園にどうやって行けばいいのか知らないや) そう思ったティエルは、そばでティーカップセットを運んでいる金の髪をしたメイドを呼び止める。 「あのう、すいません。ここに綺麗な庭園があるでしょう、そこにはどうやって行ったらいいのかな」 「ああ、薔薇の庭園ですか? それならあそこの角を曲がって裏口を真っ直ぐに行けば辿り着きますよ」 ティエルの声に顔を向けたメイドはそう答え、やがて潜めるような小さな声で付け足した。 「けれどあの場所は、伯爵様がよくいらしてますから……あまり長居はしないようにお願いしますね」 「ありがとう、分かったよ」 にっこりと笑顔を浮かべながらメイドに礼を言うと、ティエルは教えられた通り裏口から外に出る。 庭園に向かう細い道では、アーチ状になって薔薇が咲いていた。 様々な種類の薔薇に目を奪われながら進んでいくと、大理石の噴水や美しい像が並ぶ広い庭園に出る。 ティエルの背よりも高い位置に白や桃色の薔薇が咲き誇っていた。実に幻想的な眺めである。 ほんの少しだけ城の方を見上げてみると、自分達の部屋の窓から明かりがうっすらと洩れていた。 ここからリアン達に声をかけようとも考えたのだが、恐らくこの高さでは声が届かないだろう。 第一こんなにも静かなのだ。大声を出してしまったら、周囲の部屋の迷惑になってしまうかもしれない。 「わーっ、近くで眺めてみると想像以上に綺麗だなぁ。リアン達も来ればよかったのに……」 部屋にいるであろうリアン達に声をかけることを諦めたティエルが更に庭園の奥まで進んで行くと、 そこには大小の形をした見事としか言い様のない深紅の薔薇が咲き香っていた。 庭園入口周辺には赤い薔薇は見当たらず、どうやら咲いているのはこの周辺だけのようである。 輝く青白い満月の光も手伝って、まるでこの世の光景ではないような幻想的な雰囲気を醸し出している。 思わず自分が今どこにいるのか一瞬分からなくなったティエルは軽く頭を振った。 血のように濃い赤の薔薇である。こんなにも薔薇が美しい花だとは思ってもいなかったのだ。 それは思わず目を奪われてしまいそうな、どこか妖艶な魅力のある赤い色であった。 『彼女の死体は、赤い薔薇の花びらに埋もれるようにして横たわっていたらしいな。 猟奇殺人にしては手厚く弔ってやるだなんて、何だか変じゃないか?』 どこか、奇妙な事件。 彼女を殺した者にとって、赤い薔薇は一体何を意味して餞にしたのだろうか……。 「なんかね、どうしてだか分からないけどね。あの女の子を殺してしまったひとが気になるんだ」 誰に語るわけでもなく小さく呟いたティエルは、足元にひらりと落ちた薔薇の花びらを静かに拾い上げた。 自分には関係がないと言ってしまえばそれまでだが、何故かこの事件が気になるのだ。 リアンやサキョウには決して話すことはできない。その事件を聞いたとき、彼らはとても嫌な顔をした。 「いつまでもそんな事件のことを考えるなって、叱られちゃいそうだよね」 その時。 溜息と共に苦笑を浮かべて顔を上げたティエルの瞳に、赤とは対照的な艶やかな濃い青色が映る。 こちらに背を向け、庭園の中央で青い髪の人物が佇んでいるのだ。気配など全く感じられない。 (うそ、青い髪……!? 気付かなかった、人がいたんだ……!) 闇にこのまま溶け込んでしまいそうな、夜の髪色。 青い髪は最も忌まわしいとされている髪の色である。もはやそれだけで人間らしい扱いをされない。 それはティエルがまだ城にいた頃に一般知識の授業で散々習ったことであった。 近づくな、人間らしい扱いをするな、青い髪は呪われた者の象徴だ、関われば必ず不幸が起こる。 ……そしてティエルは今、まさに青い髪の人物を前にしている。 しかし、不思議と恐怖や蔑みの言葉は思い浮かんではこなかった。 確かに吸い込まれそうな不気味な魔性の色とも思ったが、改めて眺めてみると綺麗な色である。 強めの風がざあっと吹き、赤い花びらが舞う。それと共に深い青の髪も風に弄ばれる。 ……パキッ。 その瞬間。無意識のうちにティエルは足を一歩踏み出してしまい、乾いた枝を踏む音が辺りに響き渡った。 その音に驚くこともなくゆっくりと振り返ったのは、想像していたよりも……ひどく若い男。 全くの無表情は彼の若さを殺してしまっていたが、よくよく見るとティエルと大差のない青年であった。 アイスブルーの瞳に切れ長の目。嫌味なくらいスッと通った鼻筋は、どこか冷たい印象を受ける。 長く尖った耳から彼が人間ではないことが察せられるが、確かに人間にはありえない美しい顔であった。 まさに非の打ち所のない美貌だが、あえて欠点を挙げるとするならば……彼からは生気が感じられない。 それは蝋人形のような。もしくは死体のような。 彼を眺めていると、ティエルは心臓を冷たい手で鷲づかみにされたような感覚に陥ってしまうのだ。 「あ、あの……一人のところ、邪魔しちゃってごめんなさい」 青い髪をした青年の顔を暫く魅入るように凝視していたティエルは、ハッと我に返って頭を下げる。 初対面の人物をあれだけ無遠慮にじろじろと眺めてしまったのだ、気を悪くされても無理がない。 「はじめまして! わたし、ティエルっていいます。城に泊めてもらってる者なんです。 ここにはただ散歩をしに来ただけで、それで……それと、あなたの髪の色がすごく珍しいなって……」 「……」 全くの無愛想、無感情、無表情である青年の顔。 しかしその瞳に、一瞬だが哀しさを帯びた色が浮かんだのをティエルは見逃さなかった。 ティエルの言葉の真意を探ろうとしているのか、彼は射抜くような鋭い瞳でこちらを見つめてくる。 氷のように冷たく凍りついた青い瞳にも負けずに、ティエルは決して逸らさず青年の目を見つめ返した。 また風が吹き、赤い薔薇の花びらを舞い散らせる。 「あなたはここの城のひとだよね? ……うーんと、そうだ! せっかくわたしも名乗ったんだからさ、あなたのお名前もできれば聞きたいなーって思っているんだけど」 また、あの瞳。相手の真意を探ろうとする、鋭く研ぎ澄まされた刃のような青年の瞳。 しかしティエルは少しも動じず、にっこりと優しい微笑みで彼に応えてやる。 暫く無言の時が流れた。 やがて青年は風で乱れた青い髪を整えることもなく、ティエルに向かって初めて口を開いた。 「私の名はクウォルツェルト。……皆はクウォーツと呼ぶ」 「へえ、クウォルツェルトさんっていうのかぁ」 彼の名前を確かめるように口に出し、それからティエルは笑顔を浮かべてみせる。 「クウォルツェルトさんもここでお散歩していたの? この薔薇の庭園って本当に綺麗だね」 「……ティエル、あなたこんな奥にいたんですの!」 「帰りが遅いから、また迷ったのかと心配していたのだぞ?」 突然背後から自分の名を呼ぶ声が聞こえる。無論ティエルを心配してやって来たリアンとサキョウだ。 見事な薔薇の庭園に目を奪われつつティエルの元まで駆け寄ってきた二人は、 彼女の隣で腕を組んで立っているクウォーツの姿に気付いて凍り付いたように動きが止まる。 彼の持つ、何人たりとも寄せつけない冷たい雰囲気が二人をそうさせたのだ。 しかしクウォーツの方はそんな態度を取られることに慣れているのか、気にする様子を見せない。 「ね、ねえティエル。こちらの方は……どなたなんでーすの?」 「クウォルツェルトさんっていうの。庭園を散歩していたら偶然出会っただけなんだけどね。 みんな驚いた? すごい綺麗な人でしょ。わたしも最初見たとき驚いちゃって」 凍り付いてしまった場の雰囲気を何とか盛り上げようと、ティエルは明るい口調で二人に説明する。 そう口を開いたとき、バンと強く裏口の扉が開かれ誰かがこちらに向かって走ってきた。 「ああ……我が主様! クウォルツェルト様っ!!」 鬼のような形相で走ってきたのは、老婆ギョロイアであった。 「そのようなお身体で出歩いて……いつまた発作が起こるか分からないのですぞ!」 +DeadorAlive+ |