Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子


第24話 麗しき闇の貴公子-2-





「ギョロイア」
足早に駆け寄り恭しく自分の足元にひれ伏すギョロイアを、クウォーツはどこか暗い面持ちで見つめていた。

「分かった。……部屋に戻る」



「クウォルツェルトさん、またね」
こちらに背を向けたクウォーツに、ティエルは思わず声をかけた。ほんの、簡単な別れの挨拶のつもりであった。

静かに顔を向けた彼にティエルは笑顔を浮かべて小さく手を振る。
横目でそれを一瞥すると、彼女に何も返すことはなくクウォーツはそのままギョロイアと共に去って行った。



(彼のあの哀しい瞳……どこかで見たことがあるような気がする……)
薔薇の花びらが舞う中、ティエルはギュッと小さく拳を握りしめる。

(けれど……どこで見たんだろう。一体誰の瞳だったんだろう……それが思い出せない)



「やだ、例の伯爵様が若くて……しかもあんないい男だったなんて予想外でしたわ。てっきりおじさまとばっかり」
珍しく好みのタイプだったのか、リアンが悔しそうに呟いた。

「私も散歩に来ればよかったですわね。もー、折角のチャンスなのに惜しいことをしましたわぁ……」



「それはともかく、部屋に戻ろうではないか。ティエルも散歩ができて満足しただろう」
ぶつぶつと何かを言い続けるリアンの背を押しながら、サキョウは立ち止まるティエルの方へと顔を向ける。

「しかし、ティエル。もうあのクウォルツェルトという伯爵には近づいてはならんぞ。
泊めてもらっている身分でこう言っては悪いが……僧侶の勘が告げているのだ、彼に近づいては危険だと」



「うん……」


どこか曖昧な返事をしたティエルは、足元に落ちていた銀の指輪を見つける。
月の光に反射して輝くそれは、恐らくクウォーツが落としてしまったものだろう。確証はないがそんな気がした。

慌てて指輪を拾ってポケットにしまうと、ティエルはサキョウの後を追っていった。









「ああ、お可哀相な我が主様……ばばは大変胸を痛めておりますぞ」
嘆くように言葉を発したギョロイアの視線の先には、窓辺に身体を預けているクウォーツの姿。


瞳には生気が全くと言っていいほど感じられず、表情すらない。一見するとただの死体のようにも見える。



ここは彼の部屋である。
彼にとってはあまり意味のない古めかしい高価な調度品が並ぶ中、老婆ギョロイアの重々しい言葉は続いた。

「偉大なる夜の眷属、ヴァンパイア……クウォルツェルト様」
その言葉に、表情一つ動かさなかったクウォーツの眉が僅かに顰められた。冷たい瞳がギョロイアを射抜く。



「こんなことは言いたくないのですが、一つあなた様にお聞きしたいことがございます。先日殺したあの娘。
何故、庭園の薔薇の花で弔ったのです? 足がつくような真似はお止め下され。……お戯れも程々に」


クウォーツの鋭い視線にも全く気に留めず、ギョロイアは唇を歪ませて笑いの形を作った。
彼女の追求にも窓辺に腰掛けているクウォーツは、精巧な蝋人形のような顔つきのまま依然口を閉ざしている。

「……まぁ深くは追求いたしませぬ。あなた様が何を考えていようと、このばばにはお見通しですからな」



カーテンの引かれた大きな窓からは青白い月明かりが差し込んでおり、二人に濃い影を作っていた。

まるで、異質な空間。
この世のものとは思えない光景である。対照的に人間離れをした容姿の二人はそんな空間を作り出していた。



「あなた様の幸せがギョロイアの至上の喜び。あなた様の死は、ギョロイアの死。それを決してお忘れなきよう」
それでも、クウォーツは何も答えなかった。そんな彼の様子にギョロイアはやれやれと溜息をつく。

「……クウォルツェルト様。今夜の生贄は……もうご覧になったでしょう。先程庭園で会ったあの3名ですぞよ。
これであなた様を悩ませる苦しみともお別れです。あなた様は今夜、とうとう不老不死となるのですよ」


彼女は続ける。



「不老不死の力さえ手にしてしまえば、もう血に飢えることもなくなります。なんて素晴らしいことなのでしょう。
クウォルツェルト様は、いつまでもばばのそばにいることができるのです。ばばといつまでも一緒なのですぞ」


「……私は何度も言っているだろう、不老不死の力などいらないと……! 一体お前は私に何を望む気だ!?」
彫刻めいた美しい顔が歪む。語気荒くクウォーツは言い放つと、ギョロイアに掴みかかった。

「そんな力を手にしてどうする? 不死になった私にどうして欲しいのだ? 何故今の私では駄目なんだ?
私はお前が分からない。生きる為に仕方ないのならばまだしも、そんな力を手に入れるために殺すのか!?」



「クウォルツェルト様……」
「畜生! 人間の断末魔の叫びが、表情が、脳裏に焼きついて離れないんだ! ……う、ゲホ、ゲホッ!!」


叫びにも似た言葉を発した途端。がくんと力が抜けたようにその場に蹲り、口元を押さえて激しく咳き込む。
床に膝をつきながら、クウォーツは苦しそうに何かが引っかかったような荒い呼吸を繰り返していた。

その様子を暫く唇を噛み締めながら見つめていたギョロイアは、そっと彼に歩み寄り背中をさすってやった。



「……クウォーツ様。既にあなたの身体は限界なのです。それはご自分が一番よく理解しているはずでしょう。
本来摂取しなければならない最低限の血も、あなた様はつまらぬ意地を張り続けて吸っていないのですよ」


クウォーツの柔らかい青の髪を優しく撫でてやりながら、ギョロイアは諭すように、だが優しく口を開く。



「このままでは死も遠い未来ではないはず。あなた様はこのばばを一人にしてしまうつもりなのですか……?
今から数人吸ったところで気休め程度。あなた様が拒んだ血の量は、不老不死の儀式でしか取り返せない」

幾分か気分の良くなったクウォーツは、その彼女の言葉に静かに顔を上げた。
研ぎ澄まされた刃のように鋭い、しかしよく見ればひどく純粋な瞳が、ギョロイアをじっと見つめている。



「ばばは、ギョロイアは……クウォーツ様がただただ心配なだけなのです。
あなた様が大切だからこそ申し上げているのです。不老不死になったあなた様に、もはや敵はおりませぬよ」

全てを包み込む聖母のように、慈愛を込めた眼差しで彼を見る。
普段は人間を蔑むような顔つきのギョロイアも、クウォーツの前ではこんな慈しむような表情を見せるのだ。



「そして、ばばを守って下され。ばばを苦しめる全てから、どうか守って下され……クウォーツ様……」



思わず息を飲んでしまうほど秀麗なクウォーツの顔に、ギョロイアは愛おしそうに両手を触れる。
最後に彼の笑った顔を見たのは一体いつだろうか。いくら思い起こそうとしても、そんな記憶は存在しなかった。

それでもクウォーツは確かに美しかった。たとえ、彼が人形のように無表情だったとしても。



「私を……」

自分の頬に触れるギョロイアの細い手に、やがて彼は上から自分の冷たい手をゆっくりと重ね合わせた。
まるで恋人にそうする様に、愛しむ様に、彼女の指に己の指を絡ませてクウォーツはギョロイアに問いかける。


「……私を、愛しているか? ギョロイア……」



「勿論ですとも、あたしのクウォーツ様。あなた様を誰よりも愛しております。……ばばを信じて下され」

ニッコリと、思わず目を奪われてしまいそうな優しい笑みを浮かべたギョロイアは、彼の手を握りしめる。
ギョロイアの優しい温もりを感じ、クウォーツはどんな手を使っても彼女を守ろうと。……そう誓ったのだった。









「夕食の8時はまだなんですの? あー、退屈でーすわ!」

ベッドの上で寝転がりながら、リアンは愛用のロッドをピカピカに磨き上げていた。
これは彼女が出会った当初からずっと使い続けていたもので、先端には大きな青い水晶玉が飾られている。


「ねえったら、ティエル聞いてますの? さっきから全然私の話聞いてないじゃないでーすの」



「え? あ、うん。聞いてるよ、夕食はまだかって言っていたんでしょ?」

窓辺の椅子に腰を下ろしてぼんやりとしていたティエルは、リアンの実に不機嫌そうな声にハッと顔を上げた。
ティエルの手にはクウォーツが落としたと思われる銀の指輪が握られている。


いつ返そうか、そればかり考えていた。



「夕食の時にあの人に会えるかなぁ……」
「会えるって、誰にでーすの? あら? その持ってる指輪……一体誰の物なんですのよ。あなたの?」

サキョウは絨毯の上で目を閉じ座禅を組んでいる。モンク僧は、如何なる時も修行を怠らないのだ。



「……もしかして、薔薇の庭園にいた青い髪の伯爵ですの? サキョウが言ったでしょう、彼に近づくなって」
背後からティエルの持つ指輪を覗き込むように、リアンは窘める口調で言った。

「顔だけはやたら綺麗な男でしたけど……見まして? あの冷たい瞳。今から思うと気味悪かったですわね」



「冷たかったかなぁ? 確かに近寄りがたそうな雰囲気持っていた人だけど、そんなには思わなかったよ。
それに……あの瞳をどこかで見たことがあるんだ……」

椅子の背に顎を乗せているリアンを振り返ると、ティエルは先程の薔薇の庭園での出会いを思い出す。
それでも納得がいかないリアンは整った顔をしかめ、大きくため息をついた。



「……まぁいいですけど。でも、あまり彼に深入りするのはサキョウと同じように……私も賛成できませんわ」
そうリアンが言ったとき扉が軽くノックされ、メイドが夕食の時間を知らせに来た。






+DeadorAlive+