| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子
第25話 麗しき闇の貴公子-3- ……カツ、カツ、カツ、カツ。 「はあぁっ、ひぃ、ひぃ、ひぃ、わあああっ!!」 ドタタタタ、バタッ、ズル、ズル、ズル、ダダダダダ。 カツ、カツ、カツ、カツ、カツ。 「うわぁっ、く、来るな! 化け物っ!! 誰かあっ、畜生、助けてくれぇぇ──!!」 ズル、ズルズル、ドタドタドダダダ、バタバタバタ。 周囲の壁は石造りで、叩いて助けを呼んでも到底声は外に聞こえそうもない。 旅人風の衣装を着た男はブルブルと震えながら、それでも追ってくる『何か』から逃げ続けていた。 気を抜くと足がもつれてしまいそうになる。 暗闇に包まれた広い石牢を、数日前までは旅人だった男は走り続けていた。 他に、相棒が一人いた。しかし彼の行方は、この館で二日前に掴めなくなってしまった。 ……恐らく、相棒は殺されたのだろう。 この、今自分をゆっくりと追い詰める『何か』から逃げ切れず、今のように追われ、そして殺されたのだ。 (オ……オレは死ぬのか!? このまま、得体の知れない何かにとっ捕まって、殺されちまうのか……!?) 逃げても逃げてもまるで悪夢のように、足音はコツ、コツと規則正しく彼を追い続けている。 獲物が弱るのを、待っているといわんばかりに。 暫く走り続けていた男は、足元に転がる何かに躓いて派手に転がった。 「うわひっ、あわ、わわわ……畜生!」 チッと舌打ちをし、男は躓いた何かを蹴飛ばして忌々しそうに見やる……が。 「ああ……あ……あああああ……フリック、フリックじゃねぇか! ……こ、こんな所にっ……」 目を見開いたまま絶命している相棒の姿。しかしその身体は、ミイラのように干涸らびていた。 相棒の亡骸を押しやり、男は再び足音から逃げ始める。 カツ、カツ、カツ、カツ。 足音は途絶えることなく彼を追ってくる。後ろを振り返ってみるが、何も見えない。 そして前を向いた男の表情が絶望的になった。 行き止まりであったのだ。 ビッシリとツタの絡み付く石の壁を、男は無我夢中で引っ掻く。爪が剥がれてもそれを続けていた。 ……カツン。 「ああ……来るな、これ以上オレに近づくな……!」 足音が彼のすぐ背後で止まった。脂汗を額に浮かべながら、恐る恐る男は振り返る。 「……え? 誰だお前……?」 彼は迫り来る醜悪な怪物を想像していたのだが、目の前に現れたのはそれとはひどく対照的な姿であった。 青の髪、冷たい瞳。しかし同性でさえも目を奪われてしまう、生気を感じさせないどこか危うげな美貌。 まるで死を運び来る死神のような。 この者に命を奪われるのなら本望だと思わせてしまう、凄艶な青年である。 「こ、これ以上近づくな化け物! くそ……相棒を殺ったのはテメェか? テメェなんだな!?」 暫し呆然と見とれていた旅人の男は、ハッと我に返って後ずさりをする。 「そうだな。私だと言ったらどうする? 足元にひれ伏してみるか? それとも、神に助けを求めてみるか? どうぞ何なりとお好きなように……恐怖が全身を支配したまま絶命した者の血は実に美味だ」 ククク、と低音で笑い声を上げた青年──クウォルツェルト──は、一歩ずつ歩み寄っていく。 「怖がらなくていい……一瞬の快楽の後、すぐに楽になれる……」 「……うあああっ!!」 至近距離にクウォーツがいた。次の瞬間男は自分の死を悟る。 男の首筋に食らいついたクウォーツは、暫くしてから唇を離した。それから血で汚れた口元を軽く拭う。 不老不死の儀式を完成させるには、特別な呪文をかけた13人の血を13滴ずつ銀のグラスに注ぐ。 条件として、自分が殺めた者の血でなければならないのだが、 それさえ飲み干せば永遠に不老不死の力を手に入れることができるのだ。 地下に安置されているグラスには、現在9人分の血が注がれている。 残るは、たった今殺したこの男と……何も知らずにこの城に招かれた3人の客のみ。 (もう後戻りすることはできない。ギョロイアを守るために、私は不老不死の力を手に入れる……!!) ・ ・ ・ 地下牢の階段を上がり、先程の事などまるでなかったかの様に無表情で廊下を歩いていると、 少しだけ開かれた扉から話し声が聞こえてきた。 「ほう、これが噂に名高いゾンビパウダーか」 ──ギョロイアの声。 「はい。ギョロイア様のご希望通り、少々効果は軽めに作っておりますぞ。モンスター化はいたしません」 声の主はいつもギョロイアの後ろにくっついて、ご機嫌取りをしている従者の声。 「この薬をたとえ少量でも飲んでしまうと、どんな者でも自我を失いモンスター化してしまう恐ろしい薬……。 しかしこんな恐ろしいもの、誰にお使いになるつもりですか?」 特に立ち聞きする気もなかったクウォーツは、そのまま部屋の前を通り過ぎようと一歩足を踏み出す。 しかしその彼の足を思わず止めてしまう言葉が次にギョロイアから発せられた。 「……決まっておるじゃろう、クウォルツェルト様に飲ますのじゃよ」 灰色の粉が詰まった小瓶を前に、老婆ギョロイアはにやりと不気味な笑いを浮かべる。 「なっ、そんな……クウォルツェルト様に!?」 思わず驚きの声を発した従者は、ガタンと椅子から立ち上がった。 「本気でお考えですか!? ゾンビパウダーを飲んだ者の精神は、二度と正常には戻らないと聞きます! あなたはクウォルツェルト様を愛していらっしゃるのではなかったのですか!? それでも……」 「正常に戻らない? 大いに結構。そもそもクウォルツェルト様は無駄に純粋な心をお持ちだ。 ヴァンパイアらしく欲望のままに生きればよいのに……そんなもの、あたしにとっては邪魔なだけなんだよ」 ヒヒヒ、と押し殺したような声を上げながらギョロイアは、ゆっくりと細い手を組む。 ロウソクの光に反射して、ゾンビパウダーの小瓶はオレンジ色に輝いていた。 「それにあたしがクウォルツェルトを愛しているだって? 冗談じゃない、あいつは利用価値があるだけだ。 愛していると言って繋ぎ止めているだけさ。そうでもなければ、誰があんな見てくれだけの肉人形を!!」 「……ギョロイア様……あなたも酷いお方だ。あなたを信じて疑わないクウォルツェルト様を……」 「まぁ使うだけ使って、用済みになったら始末するまでさ。今はまだあのお方に生きていてもらわねば困る。 クウォルツェルト様の精神を破壊し、あの3人の旅人を殺させる。そして不老不死の儀式を完成させるのだ」 「まさか愛しいギョロイア様に騙されているとは知らずに、あのお方も本当に哀れですな」 「12時の鐘が鳴ったら、このゾンビパウダーを飲み物に混ぜてクウォルツェルト様にお渡しする。 キヒヒヒ……今夜が楽しみじゃ!」 「……では」 そのギョロイアの言葉に従者はごくり唾を飲み込むと、どこか下卑た欲望の笑みを口元に浮かべた。 「もしもクウォルツェルト様が用済みになったら、その時は彼をいただきたい。勿論、死体でも構いません。 あの美貌……ただ殺してしまうだけでは実に勿体無い。それがゾンビパウダーの報酬で結構ですよ」 「それでいいのかえ? よかろう……キッヒッヒ!!」 (ギョロイア……) 彼女の笑い声がやけに遠くに聞こえる。 扉の前で呆然と立ちつくしていたクウォーツは、俯いてギュッと強く目を閉じた。 そんな薬などなくても、自分はギョロイアの為ならば何でもするつもりであった。そう誓っていたのに。 ただ一人、自分に『愛している』と言ってくれたギョロイアの為ならば、どんなことであっても。 閉じていた目を開いたクウォーツは、踵を返してその場を後にした。 +DeadorAlive+ |