Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子


第27話 麗しき闇の貴公子-5-





「わぁ、ありがとう。わたしオレンジジュース大好きなんだ。アップルジュースも同じくらい好きだけどね」


クウォーツからグラスを受け取り、嬉しそうな声を発したティエルは古めかしいソファーに腰掛ける。
彼女の向かいに腰掛け柱時計を眺めるクウォーツの横顔は、まるで命を持たない蝋人形のように見えた。



ティエルは暫くその整った横顔を見つめていたが、やがて思いついたように口を開く。

「確かギョロイアさんって、旅人のお話聞くのが好きなんだよね。だからわたし達を泊めてくれたんだって」
それからオレンジジュースに口を付ける。冷たい感触が喉を流れていくのが心地よかった。


「でも、お食事の時に来なかったの。色々と話したいことがあったんだけどなぁ……ちょっと残念かも」



「旅人の話を聞くのが好きだと言ったのか? あのギョロイアが」
ティエルの言葉にクウォーツは意外そうに肩をすくめて見せる。それでも蝋人形のような表情は変わらない。

「……私は初耳だが」



「そうなの? じゃあ何でわたし達を泊めてくれたんだろ。あ、困った人を放っておけない優しい人なんだ!」
名案を思いついた子供のように喜びの表情を浮かべたティエルだが、すぐに神妙な顔つきで小声を出す。


「けどね、リアンが……リアンってさっき庭園でわたしと一緒にいたすっごい可愛い女の子なんだけどね、
その子がギョロイアさんのこと、人間好きって顔をしてない人間嫌いタイプだとか言っていたんだけど」

神妙な顔つきになったと思えば、すぐに満面の笑顔になる。



「まさかそんなことはないよね、だって人は見かけによらないって言うし……あれ?」

勢いで話し続けていたティエルは、そこでクウォーツが呆気に取られた顔つきをしていることに気付く。
ここまで表に出た彼の表情を見るのは初めてだったので、ティエルは思わず焦って口を開いた。


「ど、どうしたの? もしかして……わたし何か呆れるようなこと言っちゃった!? やだっ、どうしよう!」
「そうではない。よくもまぁ次から次へと表情が変わるものだと思ってな」



「あーよかった。それに表情なんて話していたら自然に変わるものだと思うよ。意識したことないし」
そう口に出してから彼女は暫く迷っていたが、やがて顔を上げてクウォーツの薄い色をした瞳を見つめる。


「……クウォーツさんって、全然笑わないね。いつもどこか悲しい顔してる。きっと笑ったら素敵だよ」


思わずクウォーツが一瞬目を奪われるほど、ティエルは眩しい笑顔を浮かべる。まるで太陽のようだった。
全くと言っていいほど邪気が感じられず、ただ思ったことを素直に表現することのできる少女。

そんな笑顔を見ていると、今夜殺すことを躊躇ってしまいそうであった。



「急に笑えと言われても無理な話だ、笑い方など忘れてしまったよ。
それよりも……お前がギョロイアに話したかった旅の話、私が聞いてもいい。色々と考えてきたんだろう?」


「クウォーツさんが聞いてくれるの!? まさかそう言ってくれるとは思わなかったから、本当に嬉しい!
それでは、えーっと……コホン。まずわたし達はやり遂げなくてはならない大切な目的の為に旅をしてます」

彼に聞いてもらいたいことは山ほどある。
初めて魔物と戦ったときの話、初めて他の町を見たときの話、初めて賞金首を捕まえたときの話。



「それでさ、初めて宿屋に泊まった日! 朝カーテンを開けると眩しい朝日が射し込んできてね、
わたし今まで自分の部屋以外で朝日を見たことがなかったの。だから、すごく感動して。綺麗だったなー……」

ティエルの話は、昼の世界を目にしたことのないクウォーツにとって分からないことばかりではあったが、
彼女がその時の感動を精一杯自分に伝えようとする姿を見ているだけで充分だった。



「……太陽の光、か」

彼はヴァンパイアである。太陽の光を直で浴びればこの身がどうなるか、分かっているつもりだった。
全身が焼け付くような痛みに包まれ、肉体は全て灰になる。そんな同族の死体を幾度も見た。──けれど。


「私は太陽の光を知らない。お前の話を聞いても想像することしかできない身だ。
だが一度でいいからこの目で見てみたいと思う。……きっとお前の言うとおり、さぞかし美しいのだろうな」



「太陽の光を見たことがないの!?」
クウォーツの言葉にティエルは驚いたように大きく目を見開いた。

太陽を見たことがないなど、ありえない話である。しかし彼女にとって普通に考えるならば、であるが。
何かクウォーツには事情があったのだろう、そう考えたティエルはあえて彼に理由を聞くことはしなかった。

それから暫く考え込むように顎に手をやっていたが。やがて彼女は勢いよく顔を上げる。



「それじゃあさ、クウォーツさんさえ良かったらの話なんだけど……明日、一緒に薔薇の庭園お散歩しようよ。
きっと太陽の下で見ると薔薇だって、もっともっと綺麗に見えるよ。ね、一緒に行こうよ?」


ティエルの言葉に、クウォーツは何も言わずに彼女の瞳を見つめていた。
それはあまりにも命を持たない蝋人形のようで。彼は本当に命を持っているのかと錯覚を起こしてしまう。

しかしそんな沈黙も束の間で。



「そうだな、約束しよう」
「やったぁ! 絶対、約束ね!?」

心底嬉しそうに両手で手を叩いたティエルは、それから思いついたように口を開いた。



「でも、あんな立派な薔薇の庭園があったらお友達を呼びたくなっちゃうよね。
わたしの住んでいた所にも薔薇の庭園があったんだけど、あそこまで立派な薔薇はなかったような気がするし」


「……友達?」
何気ないティエルの一言であったが、無感情な顔つきでクウォーツが聞き返す。

「残念ながら、私に友人と呼べる存在はいない。……友達とは、誰もが持っていて当たり前のものなのか?」



「あ……ごめんなさい……」
どうやら無神経なことを口にしてしまったようだ。ティエルは両の手を握りしめて俯いた。

「友達っていうのは、誰もが持っていて当たり前のものではないけど……とても素敵なものだと思うよ。
一緒に笑ったり、泣いたりできて、心から愛しいと思えるひと。そんな人、クウォーツさんだっているでしょ?」



「私は馴れ合うのが嫌いなんでね。心から愛しいと思える? くだらない。それが貴様の言う素敵な事なのか?」
ティエルの言葉を遮り、突然クウォーツは背筋が凍り付くような冷たい声を発した。


「誰もが自分と一緒の考えだと思うなよ。貴様の言っている素敵な事とやらも、私にしてみればくだらんことだ。
それに……貴様は私の髪の色が目に入っているのか? こんな髪を持っている者に誰が近づくと思う!?」

強く唇を噛みしめる。



「そんな私に、一緒に笑ったり泣いたりできる友人だと!? 冗談も程々にしろ!!」
「クウォーツさん……」


出会ったときから今まで無感情であったクウォーツが、初めて感情をありありと面に出して怒鳴っていた。
普通の者ならば、きっと怯んでしまうだろう。それほどまでに彼は人間らしからぬ迫力があったのだ。

しかしそんな彼を前にしても、ティエルは少しも動じることもなく見つめ返す。
今まで全く感情を表に出すことのなかった彼が、どうしてここまで怒るのか。そんなことを考えていた。



(もしかしたら彼……本当は)

これは単なる自分の憶測でしかない。勝手な思い込みにしかすぎない。
もしもそれを言葉に出してしまったら、クウォーツは今度こそ本気で自分を軽蔑するかもしれない。


──けれど。口が勝手に言葉を紡ぎ出していた。



「みんなから忌み嫌われる髪の色を持っているから、誰一人あなたに近づかなかったの? 本当にそれだけ?
本当は誰も近づかなかったんじゃなくて、誰も近づけなかったんじゃないの!? ……そう、今みたいに!!」

静かな部屋に響く怒鳴り声。
顔を真っ赤にさせて怒鳴ったティエルの大声にクウォーツは一瞬無表情が崩れ、大きく目を見開いた。


「……ああ、そうだよ! けれど、何の枷も持たないお前と違って私は……!!」
そこまで言いかけて、クウォーツはスッといつもの表情に戻した。


「……私は……」



「クウォーツさん、さっきから髪のことばかり気にしているみたいだけど……青い髪は枷なんかじゃないよ。
でも本人がいつまでもそれを枷と思い続けている限り、きっと何も変わらない。変わることもできない」

それからティエルはにっこりと笑うと目の前のクウォーツに両手を差し出す。



「わたし達、友達になれないかな?」


「友達……」
純粋な笑顔を浮かべるティエルの顔と彼女の両手を、クウォーツは怪訝な顔つきで交互に見比べていた。

そんな甘い言葉を簡単に信用するわけにはいかなかった。
クウォーツに甘い言葉をかけてくるのは、いつも下心がある者達ばかりだったからだ。


暫く長い沈黙が続く。

握手をするために差し出した手をいつまで待ってもクウォーツが握り返してくる気配がなかったので、
痺れを切らしたティエルは頬を膨らませて無理矢理彼の手を握る。


「こういうときは握手するんだよ? うわあ、クウォーツさんの手って冷たい」
「あぁ……なんだ、そうだったのか」

「これでもうわたし達、友達だよね!」



それからまた、ティエルは上機嫌で旅の話の続きを始めた。12時まであと40分といったところだろうか。

しかしその内段々とティエルの言葉が断片的になってきたかと思うと、顔を伏せたまま暫くの沈黙。
そして微かな寝息が聞こえ始めてくる。気付かぬうちに、かなりの時間話し込んでしまっていたようだ。



(話し疲れて寝てしまったのか。……やれやれ、とんだお嬢さんだったな)
こんな長い時間素直に話を聞き続けていた自分も自分だが、とクウォーツは一人深い溜息をついた。






+DeadorAlive+