| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子
第28話 鳴り響く12時の鐘 「ティエルったら、どこほっつき歩いているんでーすの。また迷っているんじゃないかしら。 本当に遅いですわねえ……もう、先に寝ちゃいますわよ」 隣のベッドで大口を開けて熟睡しているサキョウを一瞥し、リアンはベッドの上で魔術書を読んでいた。 何ページかペラペラとめくり、ふと手を止める。 (まさか、こんな場所にいたなんて。彼は、間違いなくあの方の……) 深く赤い瞳にロウソクの光をゆらゆらと映しながら、手を強く握りしめた。 (私はあの方のためならば、どんな手段もいとわない。たとえ何を犠牲にしても。命ですら差し出すだろう) そう考えたとき部屋の外から微かな足音が聞こえてくる。 やっとティエルが帰ってきたと、リアンはふてくされた顔で勢いよく扉を開けて廊下に出た。 ……しかし、廊下を歩いていたのは意外な人物であった。 「あ、あなた……確かクウォルツェルトさんですわよね、薔薇の庭園にいた伯爵……」 真っ赤な絨毯の廊下を、眠っているティエルを抱きかかえながらクウォーツが歩いていたのだ。 リアンの姿に気付いた彼は無表情のまま歩み寄ってくる。 「ちょっと、ティエルに何をしたんですの!? 場合によってはあなたといえども容赦いたしませんわよ!」 「……うるさい上に失礼な奴だ」 誤解をして一人慌てふためくリアンに、彼は少々気分を害したかのように細い眉をしかめた。 「何を勘違いしているのか分からんが、彼女はただ疲れて眠っているだけだ。 ……ほう、貴様が彼女の言っていた可愛い女の子とやらか。なんだ、ただのやかましいだけの女じゃないか」 「なっ……あなたこそ、レディに対して失礼なこと言っているじゃないでーすの! あーあ、ほんのちょっといい男だなんて思ってた私がバカでしたわ……って、聞いているんですの!?」 しかし無言でティエルを抱えたまま、クウォーツはリアンの前を素通りして部屋に入って行った。 そして空いているベッドにそっと彼女を寝かせてやる。 「……ティエルったら、もう伯爵と関わるなって言いましたのに。全然人の話を聞いてないでーすわ」 クウォーツに続いてリアンも部屋に入り、渋々と扉を閉めた。 奥のベッド二つでは、熟睡している二人。リアンの大きな声にも、全く起きる兆しを見せない。 ティエルの寝顔を暫し見下ろしてから、クウォーツはゆっくりと顔をリアンの方へと向ける。 「私に関わるな、か。あながち貴様の推測は外れていないかもしれない。 青い髪の者と関わると、必ず不幸が訪れる。人として扱うな。災いの象徴。そう授業で何度も勉強しただろう」 時計を見ると、12時30分前。 「夜分遅く邪魔をしたな」 「いーえー、伯爵様のお手を煩わせてしまって申し訳なかったですわねー。本当に感謝しておりますわぁ」 ドアのノブに手をかけたクウォーツに、リアンはスカートの端をつまみ嫌味を含んだ響きで声をかけた。 だが、うって変わって静かな声になる。 「……でもね、クウォルツェルト伯爵。青い髪だからって言うのはやめていただけないかしら」 リアンの言葉に扉を開きかけていたクウォーツの動きが止まる。暫くの沈黙の後、静かに彼は振り返った。 それから間を空けて、再びリアンは口を開く。 「青い髪だから関わると不幸になる? 災いの象徴? なんなのそれ、馬鹿みたい。 それはあなたが弱いから。何もかも全て髪の色の所為にしてしまっている、あなたの弱さ故の思い込みよ」 まるで血の色をそのまま瞳にしたような、暗く燃えるような深紅の瞳。 全く対照的な瞳の色を暫くクウォーツは見つめていたが、耐え切れなくなったのか、ふいと視線を外す。 「……そうだな」 「あっ……ごめんなさい、私ったら言いすぎましたわ。 現に青い髪を持っているあなたの気持ちを全く考えないで、好き勝手なことを言ってしまって……」 扉のノブを握り締めたまま強く唇を噛み締めているクウォーツに、リアンはハッとして思わず俯いた。 どこか重苦しい沈黙。 ベッドの上では、そんな気まずい雰囲気などまるで気付いていないティエルとサキョウが寝息を立てている。 暫く視線を合わせることなく黙り込んでいた二人だったが、やがてクウォーツの方が口を開いた。 「今……時間、あるか?」 ・ ・ ・ 「ねえ! ちょっと、クウォルツェルトさん!? 一体私をどこに連れていく気なんですの? まさか……暗がりに連れ込んで、可愛くてその上ナイスバディの私を襲うつもりじゃないでしょうね……」 「……阿呆、貴様に手を出すほど飢えてはいないのでね。その想像力は賞賛に値するよ」 どこか不安そうなリアンの言葉に、先を行くクウォーツは心底呆れたような表情をして振り返った。 そしてまた背を向けて長い廊下を歩いていく。 「なんですって!? ……そんな風に言われると、今度は微妙に悔しいですわね」 思わず唇を尖らせたリアンは、クウォーツの背に向かって舌を出した。 三階の廊下を暫く歩いていくと、やがてクウォーツは一つの扉の前で立ち止まる。 他の扉と比べて随分と飾り気のない扉である。それを静かに開けた彼は、目線でリアンを中へと促した。 中の様子は暗くてよく分からない。 「ち、ちょっと、本当に何もしないでしょうね。悪いんですけど、私はあまり男を信用していないんですから」 部屋の中に足を踏み入れても、暗闇に包まれているために部屋の様子はさっぱりと分からなかった。 しかしそんな中でもクウォーツはずんずんと進んでいく。彼は相当夜目が利くようである。 ようやくリアンも暗闇に目が慣れてくる頃、丁度彼は部屋の隅にある階段を上りかけているところであった。 部屋の窓は全て木が打ち付けられており、倒れている家具には厚い埃が積もっている。 寂しげな部屋に一人ぽつんと取り残されてしまったリアンは、慌てて彼の後を追って階段を上っていった。 辿り着いた場所は、どうやら屋根裏部屋のようであった。 低い天井に、大きな天窓が開いていた。そこから差し込む月の光が、部屋に色濃い影を作り出している。 窓の真下で立ち止まったクウォーツは、軽く地面を蹴って外へと飛び出した。 彼が一体何をしたいのか分からずそのまま立ち止まっていたリアンに、クウォーツが窓から手を伸ばす。 「お手をどうぞ、やかましいお嬢様」 「や……やかましいは余計ですわよ」 彼の手を掴んだ途端、まるで身体が浮き上がったのかと思うほど、リアンは軽く引っ張り上げられていた。 ふわりとクウォーツの隣に足をつけた彼女だが、屋根は足場が悪く、気を抜くと滑り落ちてしまいそうである。 そのためか、屋根に腰を下ろしているクウォーツはリアンの手を掴んだままであった。 「もうっ、あなたったら強引ですわね。こんな危険な場所に連れ出して、一体どうするつもりなんで……」 不満たっぷりな様子でそこまで言いかけたとき、リアンは思わず息を飲んだ。 ……屋根から見下ろす風景が、あまりにも美しかったからである。 先程あの葬式を行っていた小さな町が一望できる。 点々と灯る家々の明かりが、まるで色とりどりの宝石が入っている箱をひっくり返したようであった。 ここから見るとあの暗い街の家屋も、小さく精密で可愛らしいドールハウスに見える。 隣に座っていたクウォーツは風で乱れた髪に一回手櫛を入れ、その町の様子を眺めていた。 立ったまま暫く呆然と町を見下ろしていたリアンもようやく落ち着いたのか、彼の隣に腰を下ろす。 「な、綺麗だろ? ……ここから見る光景が一番好きなんだ」 リアンの手をゆっくりと離し、町を見つめたままクウォーツが口を開いた。 「どうしようもなく哀しいこと、嫌なこと、寂しいことがあったとき、私はここで町を見る。 町はいつでも、どんなときでも明るい光が溢れていて、人間達の笑い声が聞こえてくるような気がするんだ」 「確かに聞こえてきそうですわよね。それに……こうやって手を伸ばしたら、光に届きそうですわ!」 隣のクウォーツに顔を向けてリアンは笑顔を浮かべ、それから静かに口を開く。 「どうして……私をここに連れてきてくれたんですの?」 リアンの言葉に彼は暫く沈黙して目を伏せた。……その時、12時を知らせる鐘が一回だけ重く鳴り響く。 鐘の音は屋根の上でもはっきりと聞こえ、後には余韻だけが残った。 「……どうしてだろうな」 クウォーツは静かに目を開け、リアンを振り返る。その顔は、どこか彼女をからかうような表情であった。 「ふ〜ん……なんだか段々と、クウォルツェルトさんの素直じゃない性格が分かってきたような気がしますわ」 「では素直に言おうか」 ムスッとした表情のリアンを見つめ、彼は初めて険のない優しげな表情を浮かべた。 「最後に誰かと一緒にこの光景を見たかったんだ……」 ・ ・ ・ リアンと別れ、何かを決意した表情でクウォーツは自室の扉の前に立った。 そして、躊躇いなく扉を開ける。 「おお、クウォルツェルト様! どこに行ってらしたのですか、出歩くのは身体に毒ですぞ」 部屋の中には先程ギョロイアと話をしていた従者の姿。くるんとカールした髭が特徴的であった。 手に持つトレイに毒々しい紫の色をした液体が注がれたグラスが乗っている。 ……おそらくあれが、ギョロイアの言っていたゾンビパウダーとやらを溶かした液体であろう。 クウォーツはそれを一瞥すると扉を閉め、まるで何事もなかったかのように首を傾げて問いかける。 「夜風に当たっていた。……ところで、それは何だ?」 「これですか? これは、遠方から取り寄せた薬草を飲み物に混ぜたものです」 クウォーツに向かってニッコリと笑みを浮かべた従者は、グラスをテーブルの上に置いた。 「血を拒み、体調の優れないクウォルツェルト様を心配して、ギョロイア様が取り寄せたものです。 これさえ飲めば、幾分かは楽になるでしょう。ささ、どうぞ早めにお飲み下さい」 「……そうか」 暗い面持ちでそれを見つめ、一歩ずつゆっくりと足音を立てながらクウォーツはテーブルに歩み寄る。 従者は舐め回すようにそれを見つめていた。 「ギョロイアに伝えておいてくれ。……さよなら……とな」 そう小さく呟いた彼は紫色の液体が注がれたグラスを手に取る。 意を決したようにグッとグラスを握りしめ、クウォーツはそれを一気に飲み干した。 『あたしのクウォーツ様。あなた様を誰よりも愛しております。……ばばを信じて下され』 『あいつは利用価値があるだけだ。愛していると言って繋ぎ止めているだけさ』 ……それでもいい。偽りの愛だろうと、それでもよかった。偽りであっても何も知らずに信じ続けていたかった。 今なら言える。 ギョロイア、私はきっと誰よりも……お前を──……。 +DeadorAlive+ |