Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子


第30話 IN AWE OF HIM -1-





「クッククク……クククク……ヒャーッハッハッハ!!」

地面を蹴り、耳を覆いたくなるような壊れた笑い声を発しながらクウォーツが飛びかかってきた。
振り下ろされた爪の一撃をなんとか避けると、サキョウは鍛えぬかれた脚でクウォーツの胸部を蹴り飛ばす。



ボキッ、という骨が数本折れた音。

階段の手すりに激突した衝撃で、一瞬だけクウォーツの身体が仰け反ってから崩れ落ちた。
肋骨が何本か折れているにも拘らず、彼は身を起こしてサキョウに向かってくる。

ビュッと宙をかすめる爪の一撃。その風圧により、サキョウの首筋に5本の赤い線ができる。



「ァァァ……!!」


声ではない声を発しながら向かってくるクウォーツに、思わずサキョウは恐怖を感じた。
その隙をついて、とうとう彼の両手がサキョウの太い首を掴んでしまう。



「は……離せ、この化け物……モンク僧の誇りにかけて、ヴァンパイアなどに殺されてたまるか!!」

振り払おうと藻掻いたが、振り払えない。
クウォーツの華奢な身体からは想像もつかないほど強い力であった。

カッと尖った牙を剥き出し、クウォーツがサキョウの首筋に食らいつこうとしたその刹那。



「……クウォーツ……。サキョウ?」

呆けたような声。
下に転がる従者の死体を一瞥し、顔を上げて呆然と二人を見つめているティエルの姿。

その背後に佇むリアンは杖を構え、既に呪文の詠唱を完了させているようだ。



「なんで? どうして……サキョウとクウォーツが? この死体は何なの? なんで、死体が転がっ……」
状況をよく理解できていないティエルは、フラフラとサキョウとクウォーツに近寄って行く。


「ティエル、危ないですわ!!」

ザクッという音と共に、赤い血が宙を舞う。
醜い笑みを浮かべたクウォーツが、ティエルの脇腹に容赦なくその爪を突き刺したのだった。


「おのれ化け物め! ティエル……この男に情けをかけるのはやめろ。殺さねばこちらが殺られるんだ!!」
続いて攻撃しようとしたクウォーツから、サキョウが咄嗟にティエルを引き離す。

「今ので充分に分かっただろう、クウォルツェルトは敵なのだ!!」



「メギドフレア!!」

詠唱を既に完成させていたリアンが振り上げた杖から、火炎の塊がクウォーツに向かっていく。
それを彼は地面を蹴って軽くかわすと、ブツブツ低音で詠唱を始めた。



「我が声に応え……行け、我が忠実なる闇のしもべ達よ……!」


バサバサバサッ。
途端、何百という数の吸血コウモリ達が現れ、クウォーツを賛美するかのように彼の周囲を飛び回る。

そして彼がティエル達に向かって右手を指し示すと同時に、それらは弾丸のように一斉に向かってきた。
かすめただけでも、カミソリ並の鋭い切れ味である。


姿勢を低くしたティエルとリアンをかばっていたサキョウは立ち上がり、単身クウォーツに向かっていく。
先程のように接近戦に持ち込めば、なんとか勝機があると考えたのだろう。

自分の傷口から溢れ出る血を舐め取ったクウォーツは、向かってくるサキョウを目を細めて眺める。



「化け物め、ここで引導を渡してやるわ! 己の罪をその身でもって知るがいい!!」

振り下ろされたサキョウの太い腕をヒラリと避け、
クウォーツは男とは思えぬ妖しい笑みを浮かべながら宙に飛び上がった。

「……妖刀幻夢……!!」


その言葉と同時に赤い霧が彼の左手に集まり、段々と剣の形を成していく。
現れたのは、美麗だがどこか毒々しい薔薇の装飾が施された深紅の長刀。

まるでクウォーツそのものである。



それを左手で掴むと、ステップを踏むような優雅な足取りでサキョウの懐に潜り込む。

「うがぁっ……!!」
風を切る音が聞こえ、サキョウの胸が切り裂かれていた。



「サキョウ! ……くっ」

ティエルは暫く迷ったような表情を見せていたが、やがて意を決して竜鱗の剣の柄を握りしめる。
そして、勢いよく鞘から引き抜いた。

震える手で剣を握りしめ、ゆっくりとこちらへ歩いてくるクウォーツに向かって構えの姿勢を取る。
もはや人のものとは思えぬ奇声を発したクウォーツは、地面を蹴って風の速さで突っ込んできた。



(は……速すぎる!!)

自分は素早さにはかなりの自信があった。
実際兵士達との訓練でも、その素早さを活かして負けることはなかったのだ。


しかし、クウォーツの速さは一言で言うならば──人間の動きの限界を軽く超えている。


赤い刀が自分に振り下ろされる。
それを何とか目にしたティエルは、両手でクウォーツの刀をほぼ反射神経だけで受け止めた。

飛び散る火花。
この一撃だけでティエルの剣は完全に刃こぼれしてしまっている。

(わたしがヴァンパイアなんかに勝てるわけがないよ……強さが、桁違いだ……!!)



「ティエル、大丈夫かっ……今助けるぞ!」
サキョウはクウォーツの背後に回って拳を振り下ろすが、妖刀幻夢によって受け止められてしまう。

「ぐ……ぐぬぬっ……まさか、そんな馬鹿な! この男のどこにこんな力があるというのだ!?」



血管が浮き出るほど力を込めているサキョウの腕が、クウォーツの細い腕一本で受け止められているのだ。

そんなサキョウを一瞥し、クウォーツは口元に右手の人差し指を寄せて、からかうように舌打ちをする。
間近に迫る性別をも超越した妖しげなクウォーツの美しさに、サキョウですら息を飲む。


「も……もう好き勝手させませんわよ、くらいなさいウインドカッタ……きゃあぁっ!!」

サキョウを助けようと杖を振り上げたリアンへ、無数の吸血コウモリ達が向かっていった。
いとも簡単にサキョウを切り捨てたクウォーツは、そのままティエルに刀を突き出す。


「うあっ……!」

右腕に激痛が走る。
貫通とまではいかなかったが、妖刀幻夢はティエルの右肩に深く突き刺さっていた。



「死ねェェェッッ!!」

醜く歪んだクウォーツの顔が目の前に迫る。
思わずその痛みで剣を手放してしまった彼女に、クウォーツは容赦なく妖刀幻夢を振り下ろした。


(ダメだ、この距離じゃ確実に避けられない! 殺される……っ!!)



……が。

「ひっ……が……はっ……あ、うぁ……あああぁ!!」
突然ビクッと硬直したように動きを止めたクウォーツは、血泡を吐きながら地面を転げ回る。

それと同時に、リアンを襲っていた吸血コウモリ達も姿を消してしまった。



「ク……クウォーツ……?」

狂った叫び声を上げながら胸を掻きむしり続けるクウォーツを、ティエルはただ呆然と見つめていた。
何故? どうして。やられるのは自分の方じゃなかったのか。


そんな疑問を持ちながらクウォーツに近づこうとしたティエルを遮り、サキョウが飛び出した。



「ティエル! こいつは人間じゃない、凶悪なヴァンパイアだ!! 残念ながらワシは騙されんよ。
おかしいとは思っていたのだ……青い髪の上にこの男の周囲に取り巻く、薄気味悪い妖気をな」

サキョウは身体を捻ってクウォーツの腹を蹴り飛ばすと、ぶるぶると震えているティエルに向き直る。


「全身の血を抜かれた猟奇殺人、旅人を快く泊めてくれるこの館……そうならば全て納得がいく!
この男が欲望のままに全て殺していたのだ!!」



「ぐ……ゲホッ……はっ……」
苦しんで地面をのたうち回るクウォーツを、ティエルは唇を噛みしめて見つめた。

「嘘だ……」
彼女はそう呟き、信じられないように頭を振った。


「そんなの嘘だよ……!」






+DeadorAlive+