| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子
第31話 IN AWE OF HIM -2- 「嘘ではない、お前はこいつに騙されていたのだティエル。ワシらはもう少しで殺されるところだったんだぞ! もう二度と哀しい犠牲者達を出さないためにも、この男の首を斬り落とさなければならん……!!」 サキョウは血反吐を吐くクウォーツの服を掴むと、俯せにして身動きが取れないようにのしかかる。 「……ティエル、お前も見たはずだろう? こいつに殺された罪のない少女の葬式を。 そしてその死に悲しむ人々を。こんな悲劇を二度と繰り返してはならないのだ、分かってくれるな……?」 『うわあああ、何で死んじゃったのよリサぁぁ……!!』 『まだ18歳だったんだよ、可哀相に……』 『なんでも全身の血が完全になくなっていて、ほぼミイラ化で見つかったそうだよ……』 そうだ。確かにこの目で見たのだ。 ティエルと同じ年頃の娘。眩しい笑顔を浮かべて、こちらに向かって微笑んでいる写真。 彼女は、クウォーツが殺したのだ。己の欲望のために。 ……欲望……。 生きるためには仕方がないことであるのに、そこまで彼を責めるべきなのだろうか? 人間だって、同じようなことをしているのに……? 「剣を貸してくれティエル。どうやらお前はこの男に情が移ってきているらしいな。 そんなお前には斬ることはできぬ。見たくないのなら後ろを向いていろ。……ワシが首を斬り落とそう」 静かにこくりと頷いたティエルは、転がった剣を拾うと震える手でサキョウに渡した。 ……そして、横目でクウォーツを見つめる。 床に押さえつけられたクウォーツの表情は、それは凄惨なものであった。 美しかった顔は無残に引き攣っており、艶やかな青い髪は自分の血でべったりと真っ赤に染まっている。 見ていることに耐えられなくなったティエルは、思わず目を閉じた。 ティエルから渡された剣を握りしめ、サキョウは浄化の文句を唱えながら高く振り上げる。 「さらばだ、ヴァンパイアよ!!」 『私の名はクウォルツェルト。……皆はクウォーツと呼ぶ』 『急に笑えと言われても無理な話だ、笑い方など忘れてしまったよ。 それよりも……お前がギョロイアに話したかった旅の話、私が聞いてもいい。色々と考えてきたんだろう?』 『私は太陽の光を知らない。お前の話を聞いても想像することしかできない身だ。 だが一度でいいからこの目で見てみたいと思う。……きっとお前の言うとおり、さぞかし美しいのだろうな』 『ああ、そうだよ! けれど、何の枷も持たないお前と違って私は……!!』 『……私は……』 『わたし達、友達になれないかな──』 ──!!! 「……待って! お願い、待ってサキョウ!!」 「ティエル!?」 瞬間ティエルはサキョウに駆け寄り、振り下ろされた剣に縋り付きながら無我夢中で叫んでいた。 そしてぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、倒れているクウォーツを抱き起こす。 「ごめんね……ごめんなさい……! やっぱりサキョウ、わたしには黙って見てるのは無理だよ……! わたし、彼に友達になろうって言ったのに……それなのに……。ごめんね、クウォーツ……!!」 彼がたとえ誰であろうとも。サキョウの言うとおり、本当にヴァンパイアだったとしても。 あの時クウォーツに言ったティエルの言葉は、嘘偽りない本心からの言葉だったのだ。 ティエルの涙は止めどもなくクウォーツの頬に落ち、彼の血と混ざりながら首筋を伝っていく。 「……ティ……エル……とか、いったな……」 微かに自分の名を呼ぶ声に、ティエルはクウォーツに縋り付いていた腕をゆるめて顔を上げた。 先程までの凄惨な表情は消え、初めて出会ったときのクウォーツの顔に戻っていた。 「今のうちに逃げるんだ……私が、私であるうちに、早くここから逃げろ……! このままでは見境のなくなった私は、今度こそ躊躇いなくお前達を……お前を殺してしまうだろう……」 ぜえぜえと荒い息をしながら、クウォーツは澄んだ青い瞳でティエルを見つめる。 「それに……そんな見境のなくなった私を、これ以上……お前にだけは見てもらいたくはないんだ……!」 「……馬鹿なっ、そんな馬鹿なことがあるものかい!」 その声にティエル達が驚いて振り返ると、暗闇に浮かぶようにして現れた老婆ギョロイアの姿。 わなわなと震え、信じられないようにクウォーツを見る。 「ゾンビパウダーを飲んだ者が心を取り戻すなど! 何故じゃ、あたしの計画は完璧だったはずなのに!! あの小娘の涙が、クウォルツェルト様の心を取り戻したというのか……!?」 「ゾンビパウダー!? ギョロイア、あなたは一体……」 飛び出そうとしたティエルを引き止め、サキョウは暫く考え込んでいたが、やがて口を開いた。 「……飲んだ者は心を失い、最悪モンスター化してしまうと言われる毒薬ゾンビパウダー。 そんなもの一体何のために……この者に飲ませたのだ……?」 「黙ってあたしの言うことを聞いていればいいものを……最近クウォルツェルト様はどうも反抗的でね。 あたしにはそれが面倒だったのさ。けれど、こいつさえ飲ませれば、望み通りの傀儡になると聞いてね」 ギョロイアはぐったりとしているクウォーツに歩み寄ると、粉の詰まった小瓶を取り出す。 「何も知らない哀れなクウォルツェルト様は、薬草と偽ったゾンビパウダーを疑いもなく飲んだのだよ!」 「……うるさい、黙れギョロイア!!」 その言葉に、クウォーツは尖った牙を剥き出しながらギョロイアの胸ぐらを掴んだ。 「私が何も知らなかったと思うなよ。けど……けれど、 今まで共にいてくれたお前に私ができる事といったら……こんなことしか思い浮かばなかったんだ!!」 『どうして……私をここに連れてきてくれたんですの?』 『では素直に言おうか。──最後に誰かと一緒にこの光景を見たかったんだ……』 ああ、そうだったのか。とリアンは思った。 ……あの時から既に彼は覚悟を決めていたのだ。 自分が自分でいられる最後の夜だと、クウォーツは知っていたのだ。 「しかしあなたに、このティエルとかいう娘を殺すことができますかね? ゾンビパウダーを飲んでも殺せなかったあなたに! あなたが殺さねば、この儀式は完成しないのじゃ!!」 「ち……ちょっとあなた! さっきから黙って聞いていれば、かなり好き勝手言ってくれますわね。 あなたのことを想うクウォルツェルトさんの気持ち……土足で踏みにじって!!」 「リアン……」 初めて見せるような怒りの表情で前に進み出たリアンを、ティエルは複雑な表情で見上げる。 「黙れ小娘、お前達はあたしの邪魔だ! クウォルツェルト様がこの者らを殺せぬのなら、もはや不要!!」 ギョロイアは古びた杖を振り上げ、その先端にバリバリと黒い稲妻が集まっていく。 それを真っ直ぐリアンに向けて投げつけた。 「まずはお前から死ね、あたしの計画を台無しにしてくれた報いじゃ!」 「もうやめてくれ!!」 ばっとクウォーツがリアンの前に飛び出したかと思うと、彼女を突き飛ばして上に覆い被さる。 何が起こったのか把握できぬまま床に伏せたリアンは、一瞬目の前が真っ暗になるような衝撃を感じ、 それと同時に上に覆い被さっていたクウォーツの身体がビクッと痙攣する。 「クウォルツェルト様っ!?」 「クウォーツ!!」 「あ……」 リアンが目を開けると、彼女の代わりにギョロイアの魔法を食らったクウォーツの顔が近くにあった。 「あなた……私をかばって……!?」 「……ギョロイア。お前の言う通り、私に彼女を殺すことはできない。無理だ……最初から無理だったんだ」 額から流れ落ちた血を拭うと、クウォーツは息荒く立ち上がる。 「なあ……お前は陽の光の下で精一杯生きている人間達を見たことがあるか? 短い命だからこそ、今を一生懸命生きようとしている人間達の姿を……見たことがあるか……?」 呪文を放った当人であるギョロイアは、言葉もなくただ呆然とクウォーツを見つめていた。 杖を握る手が小刻みに震えている。 「お前は私に言ったな、光などに憧れを持つのはやめろと。私にヴァンパイアとして生きてくれと」 顔を上げて、クウォーツは三人の人間達を見た。それぞれ、一生懸命に生きている人間達。 己の使命を全うしようとした者。忌むべき瞳の色を持っていても、しっかりと前を向いて歩いている者。 「けれど、もう……疲れた」 こちらをジッと真剣な眼差しで見つめている、栗色の髪の少女。 こんな自分を、友達だと言ってくれた者。たとえその言葉が偽りだったとしても。 「……あんなこと言われたの初めてだったから……嬉しかったんだ……」 「クウォーツ」 そこまで言いかけて、ティエルは言葉を飲み込む。 彼の瞳を、どこかで見たことがあると思っていた。どこかで、その瞳を目にしたことがあるような。 それを今やっと思い出したのだ。 (昔の……わたしの瞳だったんだ……) メドフォード王家で唯一魔力を持たなかった自分。手を伸ばしても、永遠に届かなかった。 誰とも一切会話もせず、心を閉ざしていたあの頃の自分の瞳と同じだった。 +DeadorAlive+ |