Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第3章+麗しき闇の貴公子


第32話 IN AWE OF HIM -3-





「クウォルツェルト様、まだそのような下らない夢物語を申されているのですか!?
いくらそんなことを言っていても、太陽の光を浴びた途端に……あなたの身体は朽ちてしまうのをご承知か!」

ふらふらとギョロイアはクウォーツに歩み寄り、蹲る彼の両肩を掴んで強く揺さぶった。


「何故じゃ……? 畜生、何があなた様をそうさせる!? 何故こうなってしまったのじゃ!?
どう足掻いても、あなた様が太陽の光をこの目で見ることなど永遠にないのですぞ!!」



「……駄目なのか? 叶うはずもないことを、願ってはいけないのか?」
ギョロイアに揺さぶられながら、クウォーツは尋ねるように呟いた。

「どうせ叶えられないのなら、せめて心で想い続けることでさえもいけないのか!?」


「なりませぬ、あなた様はその所為で人間の血を拒み……己の身体をぼろぼろにしているのですぞ!」
ギョロイアは目を血走らせながらクウォーツの肩にその長い爪を食い込ませる。



「……そうか……そうだったな、私はヴァンパイアだよ。血がなければ生きていけない身体なのだ」

クウォーツは震える手で転がっていた妖刀幻夢を掴むと、自分の細い首に向けて添える。
そして意を決したようにギュッと目を閉じ、手に力を込めた。


「それならば、私さえいなくなれば全てが終わるんだ……!!」



その瞬間飛び出したティエルは、手から血が溢れるのも気にせずに妖刀幻夢の刃先を両手で握りしめる。

「……なんだ貴様、手を離せ!」
唐突な彼女の行動に思わず狼狽したクウォーツに、ティエルはまるで天使のような微笑みを向けた。


しかし次の瞬間ティエルは、パン、という音と共にクウォーツの頬を強く平手で叩いたのだ。



「なっ……!!」

「馬鹿じゃない!? 何やってんの? 何でさっきから自分の命を粗末にするような事ばかりするわけ!?
何でそんな哀しいことばかりするの!? ねえ、どうして生きようとしないのよクウォーツ……!!」

顔を真っ赤にさせて怒鳴るティエルに、状況の飲み込めない彼は打たれた頬の痛みも忘れて目を瞬く。



「……そんなに死にたいの? あなたは本当に生きたくなんかないの……!?」


「たい……」
熱を持ってじんじんと痛み始めた頬に手を触れると、顔を歪めてクウォーツは呟いた。



「……生きたい……」



「それだったら生きようよ、生きていこうよ! その選択ができるだけ、あなたは幸せなんだから……!!」

愛する者たちを殺され、まさに生きることを放棄しようとしていたティエルに、
墓守イエシュが投げかけた言葉。

それはどんな言葉よりも彼女の胸に突き刺さったのである。


「叶わない夢を想い続けるのは、決して無駄なことなんかじゃない!
叶えようとする心さえあれば、きっと叶う。あなたの夢とわたしの夢……一緒に叶えに行こう?」

愛する者の仇を取るティエルの『夢』は、少女が持つにはひどくロマンチックなものではないけれど。
なにより、それは不可能に近いけど。



「……しかし、私は」


そこまで言いかけてクウォーツは俯く。
血を拒み、己の身体をぼろぼろにしてしまった彼に残された時間はあと僅かであった。

最初は、ほんの些細なことだった。ギョロイアの不老不死に対する考え方に疑問を感じて。
無駄に命を奪ってまで、自分を不老不死にさせようとする考えが。


そして、忘れもしないあの日から。
──彼は全てにおいて血を吸うことに抵抗を覚え始めたのだ。



「太陽をこの目で見てみたいんでしょ?」
戸惑うクウォーツに、ティエルは静かに優しく手を差しのべる。

「一緒に行こうよ、クウォーツ。わたしと一緒に行こう……!!」



自分に差しのべられた手を、クウォーツは暫く迷ったように見つめていた。
いつも、差しのべられた手を掴んだ途端に、相手は嘲るようにその手を離すのだ。

もう誰も信用するものか、信じられるのは自分一人だけだ。そう思っていた。
自分に近づいてくるのは、差しのべられる手は、下心を持った者達ばかりであった。



……けれど、今度こそ。今度こそ本当に。その手を信じても──いいですか……?



ティエルが差し出した手に、クウォーツは躊躇いがちにおずおずと自分の手を伸ばした。
そして、その指先が彼女の指に触れようとした刹那。


「行かせぬわぁっ!!」
声と共にギョロイアが振り下ろした杖から無数のツタが飛び出し、クウォーツの身体に絡み付いていく。

「……なっ!?」
「逃がさぬ、クウォルツェルト……絶対に逃がさぬぅっっ……!!」



「クウォーツ!!」

必死にティエルは手を伸ばしたが、強い力で引きずられて行ったクウォーツの腕を掴み損ねて宙をかすめる。
それと同時に、ありとあらゆる所から太いツタがズルズルと発生してティエル達に襲いかかった。



「こ……これちょっとやばいですわよ、巻き込まれたら死にますわ!」

ツタの攻撃から身をかがめたリアンの背後で、絡み付かれた大理石の彫像がへし折られる。
周りは既に囲まれており、逃げる隙間もない。


うごめくツタにじわじわと円状に追い詰められていったティエル達は、背を向け合って武器を構えた。



「お前らも生きてこの館からは出さないよ、ツタの餌食となるがいいさ!」
絡み付くツタを引き離そうと藻掻くクウォーツの隣で、ギョロイアは愉快そうに笑い声を上げる。

「安心しな、お前達の血は一滴残らず貰ってやるよ。
死体はそうだねぇ……胎児より味は落ちるが、あたしが喰らってやろうかね……!」



「くそっ、不気味な妖術を使いおって!」
首に巻き付いた太いツタを必死に掴みながら、サキョウが憎々しげにギョロイアを睨み付けた。

ティエル達が藻掻けば藻掻くほどツタは強く締め付ける。このままでは、窒息死するのも時間の問題だ。



「もうたくさんだギョロイア! 彼女達には手を出すな!!」
唯一自由に動く首だけをギョロイアに向け、クウォーツは力の限り叫んだ。

「……私は逃げない、どこにも行かんさ! ……だからお願いだ、彼女達は逃がしてやってくれ!!」



「クウォーツ!?」

向かってきたツタを剣でバッサリと切り落としながら、ティエルが目を見開いて振り返る。
しかし斬っても斬ってもツタは再生してキリがない。


「一緒に行こうって言ったじゃない……諦めないでよ!!」



「……お前は私に話してくれたな、自分達はやり遂げなくてはならない大切な目的があると。
ならばこんな所でぐずぐずしている暇はないはず、行け!!」

クウォーツの言葉と同時に、ティエル達を襲っていたツタはスルスルと引いていく。


「キッヒッヒ……仕方ないね、他でもない愛しいクウォルツェルト様の頼みだ。お前達運が良かったね。
10秒だけ待ってやる、それまでにとっとと逃げるがいいさ……!」



「今は一旦引きますわよティエル。悔しいけど、今はまだその時じゃない。
きっといつか時が来る。来るべき、その時が必ず来る」

ツタから解放されたリアンは素早く立ち上がると、ティエルとサキョウに向き直った。
それから、唇を噛みしめているクウォーツに。



「……だから、その時まで信じて待ってて。私は必ずあなたを迎えに来るから」

ツタが蠢く不気味な静寂の中、リアンとクウォーツは暫く向かい合っていたが、すぐに間を裂かれてしまう。
──微かに彼が何か呟いたような気がしたが、リアンには聞き取ることができなかった。


「さあ10秒が過ぎたぞよ、ツタよあの者達を絞め殺すのじゃ……!」


「ティエル、行きますわよ! せっかく彼が逃がしてくれたのに、あなたは捕まるつもりなんですの!?」

リアンの厳しい声に、ティエルはハッと我に返る。もう手前までツタが迫ってきていた。
手が白くなるほど強く剣の柄を握りしめ、意を決したように出口に向かって走り出し始める。



(これで終わりなんかじゃない、終わりになんかさせない……!)


長い廊下を駆けながら、ティエルは思わず溢れてしまった涙をこすった。
前を走るサキョウの姿がぼやけていく。


「散々私達を引っかき回して、今更私達だけ逃げろだなんて自分勝手な男ですわよ」
杖を振り上げ、追ってくるツタを派手に爆破したリアンがティエルの隣に並んだ。

「ふん、似合わないのに格好つけちゃって。私があのひねくれた根性叩き直してやりまーすわ!!」



「……うん」
ティエルはしっかりと頷き、キッと前を真っ直ぐに睨む。もう涙は出なかった。


(わたしは必ずあなたをギョロイアから救ってみせます。……だから、だから待ってて。クウォーツ)






+DeadorAlive+