| Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第5章+君が、微笑んだ夜 第42話 Moonlight Sonata -2- 「私に近寄るな……」 思わず心の奥底の欲望に負けてしまいそうになる。このままでは何をするか自分でも分からない。 それでもなんとか理性で持ちこたえたクウォーツは絞り出すような声を発した。 目の前の、襲って下さいといわんばかりの女から無理矢理に目を背ける。 「これ以上私に近寄れば、命の保証はしない。いいか、死にたくなければ私から離れろ」 「いや……いやよ、死にたくない! 助けてお母さん……!!」 氷のように冷たいクウォーツの声に恐怖の限界が超え、女は涙を溢れさせながら叫び声を上げた。 「何で私なのよぉ……なんで私がこんな化け物に殺されないといけないの!? いやあぁ、誰か助けてぇ!!」 静かな地下牢に、女の泣き叫ぶ声が響き渡る。 暫く黙ったままそれを聞いていたクウォーツだったが、やがて苛立った様に強く壁を拳で叩いた。 「静かにしろ。……頼むから……」 ──私は一体こんな所で何をやっているのだろう。 何故こんな所で、泣き叫ぶ声を延々と聞かなくてはならないんだろう。 そもそも何故私は我慢をしているのだ。血を奪えば楽になれる。この苦しみともお別れだ。 ギョロイアの言うとおり、何故自分はこんな余計な考えを持つようになったのだろうか。 ヴァンパイアとして生きていれば、こんなに苦しい思いをすることはなかったのに。何故、自分だけが。 自分の身体をぼろぼろにしてまで、一体何を、何のために堪えているんだろう……? 「ねえ……なんで? 教えてよ、なんで私だけがこんなに不幸なの……?」 女は立ち上がり、すがるようにクウォーツの両肩を掴む。 恐怖に引き攣りながら笑っている凄惨な表情。若々しい張りのある肢体。彼を誘うように揺れる艶やかな髪。 『……なんで……私だけが……!!』 この最後の叫びを発したのは、女なのか。それともクウォーツだったのかは分からない。 しかしその瞬間完全に欲望に負けたクウォーツは、彼女を引き寄せると躊躇いもなく首筋に食らいついたのだ。 首筋から吸いきれなかった血が溢れ出し、女の裸体は美しい深紅のドレスに包まれる。 一瞬だけ彼女の表情が恐怖から快楽に変わり、そして何度か身体を痙攣させると目を見開いたまま息絶えた。 力の抜けた女の身体。先程まで生の力に満ち溢れていた人間でも、こんなにも簡単に死んでしまうのだ。 人間は彼が思っていたよりもずっとずっと脆かった。 女の首筋から唇をそっと離したクウォーツは、目を閉じると血塗れた彼女の身体を強く抱きしめた。 ・ ・ ・ 黒い絵の具をそのままこぼしたかのように、暗く淀んだ闇が広がる陰気な森。 メビウスの指輪を手に入れたティエル達は、再びハイブルグ城に向かっているのであった。 不気味な鳥の鳴き声が時たま聞こえてくるだけで、ひどく静かな森である。 「……相変わらず陰気な森だね。でも、もう少し進んだらあの町が見えてくるはず」 初めて来たときに葬式をやっていた小さな町である。 ティエルは後ろの二人を元気づけるように、大きな明るい声を出しながら振り返った。 「そこまで辿り着いたら、どうやって城に入るか色々と作戦を立てよう」 「こんな森さっさと抜けたいでーすわ……ううう、あの町もなんだか陰気くさかったじゃないですの」 大きなロッドを握りしめながら、リアンはきょろきょろと辺りを見回して言う。 「それにきっとあのギョロイアって、年下の男好きなんでーすのよ。絶対そうに決まってまーすわ! そんでもって、相手を痛めつけて喜ぶタイプですわ。そんな顔していますもの。ねえサキョウ?」 「な、なんだかわけが分からぬが……微妙に当たっていそうな所が恐ろしいな」 「でしょ? きっとそうでーすわ!」 「……これから恐ろしい所に乗り込むっていうのに、あなた達随分と呑気だよねー。 わたしなんか、緊張して足が震えているのに」 「うふふ、ティエルには度胸が足りないんですのよ。もっとドーンとして行きなさいな」 ポンポンと背中をリアンに叩かれ、思わずティエルは顔をしかめたが。 「とにかく早く城に辿り着かないと。こうしている間にも、何が起こっているか分からないんだからね!」 と言って歩き始めた。 「ああん、待って下さいなティエル!」 暫く歩いていくと、ハイブルグ城下に位置する、あの少女の葬式が行われていた町へと辿り着く。 やはり以前と同じく家々の扉はしっかりと閉じられており、どことなく陰気な雰囲気はそのままであった。 「やっぱり何度見ても暗い町でーすわ。まぁ……あの人達が城主じゃ、暗くなるのも分かりますけど」 だってヴァンパイアと魔法使いの老婆が城主でしょ? と、リアンが言葉の後に付け加える。 闇に不気味に浮かんだハイブルグ城のシルエットを頼りに、ティエル達はそのまま歩み続けた。 ……もうすぐ辿り着く。いよいよ、あの悪夢のような城に辿り着くのだ。 握っていた手が知らず知らずのうちにベットリと汗ばんでくる。 それでもティエルは強く握りしめた。 (絶対に渡すんだ、この指輪。クウォーツに。そして、今度こそ彼の手をしっかりと握ってみせる) 「……うむ? 何やら町の噴水広場に人が大勢集まっているぞ」 サキョウが指さす先では、以前ティエル達が休息を取った広場に人々が大勢集まっていた。 「こんな夜更けに一体どうしたのだ? ただ事ではない雰囲気だが」 「ヴァンパイア狩りだ!」 「これは絶対にヴァンパイアの仕業に違いない。あの城の奴らは手当たり次第に殺すんだっ」 「いつもいつもあの城の奴らはオレ達を見下した目で見やがって……目にもの見せてくれる!」 「そうだ、これは天罰なんだ。オレ達が神となり……あの城の者達に神の天罰を下すんだ!」 「神の天罰を!!」 鬼気迫る表情の町人達の言葉に、ティエル達の足は思わず凍り付いてしまった。 ──城の者達を、皆殺しに……? そんな呆然と突っ立っていたティエル達の存在に、ようやく一人の町人が気付いて振り返る。 「……ん? お前達は道に迷った旅人か? 運が悪いな、こんな時に迷い込んでしまうとは」 「わ、わたし達は……」 「我々は森で迷い、ここへ辿り着いてしまった旅人なのだ。決して怪しい者ではない。 見たところ……何やら物騒な話の最中のようであるな」 話し始めようとしたティエルを止め、サキョウがスッと前に進み出た。 「盗み聞きしてしまって悪いが、ヴァンパイア狩りと聞いたのだが」 「ああ、そうだ。最近全身の血を抜かれた不気味な死体ばかり発見されるんだ。 最初はただの猟奇殺人かと思っていたが……どうやら違うみたいなんだ」 「先日殺されたオレの娘が発見される前、死体を貪り食っていた人影を見たんだよ」 「小柄でガリガリに痩せていて、まるで枯れ木のような老婆に見えた」 「口の周りを真っ赤に染めて、肉を食っていたんだ。オレはそいつを尾行したんだが、 奴は城の方へと消えていったんだ。あいつがヴァンパイアに違いないっ……!!」 (小柄? 老婆? それじゃあクウォーツじゃない。とすると……ギョロイア?) 町人達の言葉を黙って聞いていたティエルはふと眉をしかめた。 リアンもどうやら同じ事を考えたらしく、ティエルの瞳を見つめて静かに頷いてみせる。 「前々からハイブルグ城の奴らには嫌気がさしていたんだ」 「あいつらは皆陰気くさくて、滅多に姿を見せない。こんな領主が許されるか!?」 再び歓声が上がり、興奮し始めた町人達の顔色が段々と上気していった。 「だからオレ達が神に代わって天罰を与えるのだ!」 「あの城の者達は皆殺しだ。城主は引きずり回して、最高の恐怖を味わわせてやるんだ!!」 そう皆で口々に言い合うと、斧やら鉈やら色々な種類の武器を手に取る。 「みんなで力を合わせれば、ヴァンパイアだろうが化け物だろうが怖くはないな!」 耳が張り裂けんばかりの怒声と歓声、うなり声が辺りに響き渡る。 ティエル達は鬼のような形相の彼らを目の前にして、言葉を失ったままその場に立ちつくしていた。 +DeadorAlive+ |