Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第46話 トキオ





ハイブルグ城に乗り込んできた町人達の騒ぎは、地下牢にいるクウォーツの耳にもはっきりと聞こえてきた。


悲鳴、怒号、壊れる音。物音からしてただ事ではないようだ。
この騒ぎを止めることができる唯一の人物ギョロイアは、一体どこに行ってしまったのだろうか。

ズズズ、という地響きに、クウォーツの前に座り込んでいたトキオは思わず身体を強ばらせる。




「何だこの騒々しさは……上では一体何が起こっているんだ?」
怯えているトキオを一瞥し、クウォーツは整った顔を思わずしかめた。

その時、地下室への扉がガシャンと開かれる音が鳴り響く。どうやら騒ぎはこちらにまでやって来たようだ。



ドカドカと数人の乱暴な足音が響き、鉄格子を握りしめるクウォーツの青の瞳に見慣れぬ人間達が映る。
皆血濡れた武器を持ち、クウォーツを指さしながら背後に向かって何か叫んでいた。



「いたぞっ、青い髪の男がここにいたぞ! みんな早く来いよ!!」
「……!」

男達の雰囲気に、身の危険を感じ取ったクウォーツは思わず一歩後ろに下がる。
ドン、と棺が彼の足に当たった。




「あ……あわわ、クウォルツェルト様! ここに鍵がありますから、早くお逃げ下さ……うぐっ!!」
「邪魔だよ、小僧!」

壁にかかった鍵を掴んだトキオが牢に駆け寄ったが、リーダー格の男が殴り飛ばす。
その衝撃で軽く吹っ飛んだ彼は反対側の石壁に激突し、物言わずその場にドサリと倒れてしまった。



「とうとう見つけたぜ、この化け物が」
そのまま町人達は武器を担ぎながら、ニヤニヤと牢に近寄ってくる。


「……誰だ、貴様達は」

殴り飛ばされたトキオの様子を横目で一瞥し、命には別状がないと悟るとクウォーツは前を向いた。
別段慌てる様子もなく、彼は努めて静かに問いかけた。


その声があまりにも冷たさを含んでいたので、町人達は一瞬ギョッとなってクウォーツを凝視する。



──牢の中にいるのは、どうやら若い男のようだ。
呪われた魔の象徴である青い髪。皆の言っている悪魔とは、この者で間違いなさそうだ。

しかしそれよりも一際目を引いたのは、人間には決してあり得ぬ、まさに尋常ではない美しい顔。
端麗と言うにはあまりにも言葉の足らない、まるで夢の中から抜け出てきたような美貌であった。



「驚いたな……本当にこいつが化け物なのか?」

「信じらんねぇ……まさかこれほどとは……」
「……これなら、惑わされた奴らの気持ちも分からなくねぇな……」




忌むべき相手であるはずのクウォーツの不気味な美しさに気後れしてしまった町人達だが、
ハッと我に返ると彼を脅すように口を開いた。

「オ、オレ達は神に代わって、ヴァンパイア狩りをしている。化け物であるお前達が生きる資格などない!」
「この町で見つかったミイラは、皆てめぇが惑わして殺したんだろ!?」



「……神に代わってだと? ククク、笑わせてくれるな。神などいるものか。それが貴様らの大義名分か?」
クウォーツは肩を震わせ皮肉めいた笑い声を上げると、スッと表情を戻して顔を上げる。

「生きる資格など、誰かが決めるべきものじゃない。勿論、神にすら決める権利はないと言ってやる。
貴様らは神のつもりなのか? やっていることは、化け物と貴様達が呼ぶ私達と全く変わらないではないか」



「なんだと……!?」

彼の癖である皮肉めいた笑みが頭に来たらしく、男はトキオから奪った鍵で牢の扉を開けて飛び込んだ。
そしてこちらを静かに見据えているクウォーツの胸ぐらを乱暴に掴む。



「もう一度言ってみろ、殺すぞ小僧!!」

「お望みとあらば何度でも言ってやる。……所詮は貴様達も私達と同じなのだよ。ハッ、どちらが化け物だ。
しかし貴様達は神という名を語り、同じ事をしていることに気付かな……っ!」

そこまでクウォーツが言いかけたとき、男は彼の顔を思いきり殴りつけた。



「……うるさいんだよ。化け物なんかに発言権はねェ。
てめぇのような気位の高い化け物は、屈辱にまみれて死ぬのがお似合いだな。今更後悔しても遅ェからな」

そして胸ぐらを掴んだまま石壁に叩き付ける。


「安心しな、ただでは殺さねぇよ。ゆっくりと、たっぷり時間をかけてじわじわと殺してやる。
そうだな……裸に引ん剥いて一週間は町の広場で死体をさらしてやるぜ。最後は犬のエサにでもしてやろうか」



「できるものなら」
そう言うと、クウォーツは鋭い瞳で男を睨み付けた。硝子の様な瞳には、相変わらず感情というものはない。

「言っておくが簡単に殺せるほど、私は甘くはないのだよ。精々返り討ちにされないようにな」


リーダーの脅しにも取り乱す様子もなく、大声を上げることもなく。
そんな妙に落ち着き払ったクウォーツを目の前にして、町人達は困惑したような表情を浮かべる。



「と、とりあえずコイツを牢から出せ!」

慌てて言った男にクウォーツは寂しげな表情を浮かべると、乱れた胸元を整えて前に進み出た。
彼を牢から引っぱり出したリーダー格は、壁に背を当てて震えているトキオに顔を向ける。



「おい、こいつはどうするよ? 化け物の仲間なら殺しちまおうぜ」


「ひぃ、ひいぃっ!!」
その言葉に、トキオは腰を抜かして地面に崩れ落ちた。

「オ……オレは仲間なんかじゃありません! その化け物に無理矢理ここに連れてこられたんですっ!!
そうだ、この化け物! お前なんかさっさと死んでしまえばいいんだっ」


トキオは震える指でクウォーツを指さすと喚くようにして言葉を発し、罵りの言葉を上げる。



「オレはこいつに騙されていたんです! だから、だからどうか命ばかりはお助け下さい……!!」
「……信用ならねぇなぁ、おい、邪魔だから殺しちまえ」

面倒くさそうにリーダーが言うと、横にいた男は手に持った大きなナタをトキオに向かって振り下ろした。



「うぎゃあぁぁっ!!」
「……待て!」



しかし。

その瞬間クウォーツは地面を蹴ってトキオの前に飛び出すと、左足でナタを蹴り飛ばしたのだ。
運良くナタは彼の服を軽く切っただけで、カランカランと遠くに転がっていく。



「な、なにすんだテメェ!?」

「……この者は本当に関係ない、私が騙して連れてきたのだ」
キッと前を見据えて、クウォーツは少しだけ唇の端を歪めながら口を開いた。


「簡単に私を捕らえられると思うなよ。貴様らがそのつもりならば、私は全力で立ち向かおう。
しかし……貴様らがこの者を決して傷つけないと誓うならば。私は抵抗をしないと約束する」



「なっ……?」

信じられない言葉に、トキオは思わず目を見開いて彼を見る。
先程あんなにひどく罵ったのに。何故、この者はこんなことが言えるのだろうか?



「ケッ、仕方ねぇな。悪魔に本気を出されたら、オレ達が束になってもかなわねぇかもしれねえ」
暫く相談するように顔を見合わせていた町人達ではあったが、やがてクルリと顔をこちらに向ける。

「その小僧は助けてやるか」



「……悪かったな、怖い思いをさせて」
静かにトキオを振り返ったクウォーツは、男達に聞こえないような小さな声で口を開いた。

「お前は生きるんだ。……一人前の庭師になるのが夢だと昔言っていたな」




(──え?)


「さっさと立ちな、これから宴の始まりだぜ! せいぜい楽に死ねるように祈っているんだな」
リーダーはクウォーツの青い髪を乱暴に掴むと立ち上がらせ、引きずるようにして歩かせる。

「命拾いしたな、小僧」



町人に吐き捨てられた唾を拭い、トキオは遠ざかっていく後ろ姿を見つめた。

クウォーツはあの時のことを間違いなく覚えていたのだ。忘れていたわけではなかったのだ。
一人前の庭師になるのが夢だと、あの夜トキオはそう彼に言ったのだ。


拳をギュッと強く握りしめる。ブルブルと震えているのが自分でも分かる。
町人に連れられていくクウォーツの後ろ姿に思わず手を伸ばし、トキオは立ち上がりながら口を開いた。



「……ク……クウォルツェルトさ──」


しかしその言葉を言い終わらぬ内に、彼の背後に回っていた数人の男達によって次々と斧を振り下ろされる。
こんなにも人間の身体は脆いのだろうかと思うほど、トキオは見るも無惨な姿へと変えられていく。




「化け物なんかとの約束を守るわけねぇだろ? この城の奴らは皆殺しなんだよ」
「……っ!!」

青い瞳を見開いて呆然とするクウォーツの顔を覗き込み、リーダーは笑みを浮かべて言った。







+DeadorAlive+