Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第48話 君が、微笑んだ夜-2-





ゴバァァン、という大きく派手な音と共にあちこちの壁が爆発して崩れる。


「うわああ、なんだ、急に城が崩れ始めたぞォ!?」
「逃げろ、逃げるんだー!!」

急な事態に町人達は奇声を発しながら激しく狼狽し、武器を投げ捨てて右往左往していた。




「し……城もろとも、わたし達を皆殺しにするつもりなんだ……!」

天井から大量に降り注ぐ木片を避けながら、ティエルはなんとかクウォーツの元まで駆け寄ろうとする。
しかし逃げまどう町人達が邪魔で、なかなか辿り着くことができなかった。


(あと少しで辿り着くのに、ここまできて……!!)




「うわああぁぁん、怖いよ、怖いよ! お城が崩れてるよぉー!!」
リーダーである父親の姿が見えないので、シンという少年は駆け回りながら泣き叫ぶ。

「とぉちゃんどこだよ──!! うわあぁ、どこだよぉ!」



暫くそう叫んでいたが、逃げることに夢中の町人に突き飛ばされてシンは派手に転んでしまう。
既に立ち上がる気力も残っていないクウォーツは、目を細めてそれを見た。


そんな彼の瞳に、今まさにシンの頭上に降り注ごうとしている大量の瓦礫が映る。

あの量が降り注げば、子供であるシンは間違いなく死亡するだろう。
周りを見渡すが、自分が逃げることに夢中の町人達には誰一人シンを気にかけている者はいない。

──実の親でさえも、逃げることに必死になっていた。




「……くそっ!!」
クウォーツは唇を噛みしめると自慢の跳躍力で地面を蹴り、片手でシンを強く抱きしめながら地に伏せた。

その瞬間、崩れた大理石の欠片が物凄い音と共にホールの中心に大量に降り注ぐ。




「ま、まさかシン……あの瓦礫の下にっ……!?」
ようやく我が子の姿が見えない事に気付いた男は、目を見開いて振り返った。



「あの瓦礫の下敷きになっては……不憫だが、子供はもう生きてはおらんな」
呆然とするティエルの隣でサキョウが呟き、静かに両手を合わせる。

「……クウォーツさんの姿も見えませんわ」
ギュッとロッドを握りしめ、顔を強ばらせながらリアンは辺りを見回した。

「あの怪我で逃げられるはずがないのに……!」




「シン、シン、シン──っ! 返事をしてくれ、いるならいると言ってくれ!!」
狂ったように喚き散らしながら、リーダーの男は瓦礫を必死にどかしていく。

しかし、その時。
涙を流しながら瓦礫を掘る男の目に、隙間から殆ど無傷のシンの姿が映った。



「……とうちゃぁん!」
「シン、ああ……シン! 無事だったか!!」

リーダー格の男はホッと安堵の笑みを浮かべると、子供を引っ張り上げて強く抱きしめる。
だがシンは父親から離れると、泣きそうな表情で瓦礫を指さした。


……瓦礫の隙間から見えていたのは、血まみれの手。



「ボクは全然大丈夫だよ……けど、おにいちゃんがっ……!!」
「……おにいちゃん?」

男は首を傾げると再び瓦礫をどかし始め、隙間から見える服を掴んで引っ張り上げる。
瓦礫の下から出てきたのは、身体中に傷を負ったクウォーツであった。




「!! な、なんでこの化け物が……まさか、オレの息子を助けてくれた……のか?」

瓦礫から引っ張り上げてもピクリとも動かないクウォーツを見て、リーダー格の男は声を失う。
ぐるぐるぐる、と様々な考えが浮かんでは消え。浮かんでは消えていく。


「このおにいちゃんが、ボクを守ってくれたんだよ!」
動かないクウォーツの胸元を掴んだまま愕然としている男の服を、シンはギュッと握りしめる。

「ねえとうちゃん、おにいちゃんをもういじめないで。助けてあげてよっ!!」



「しかし、こいつは……」

その子供の言葉への返答を求める為に、リーダー格の男は困惑したように辺りを見回す。
しかし誰も答える者はなく、ただ城が崩れる音のみが辺りに鳴り響いていた。




「……た……助けたのではない……勘違いするな……」

男に掴まれていた胸元を振り払うと、クウォーツはうんざりとした表情で顔を上げる。
そして、一語ずつ、ゆっくりと。彼は低くかすれた声で呟いた。


「ただその子供の血を頂戴しようと思ったところ、偶然上から瓦礫が落ちてきたのだ。
この私としたことが、とんだミスを犯してしまったものよ……」



「な、なんだと!?」

「フッ……フハハハ!! 誇り高きヴァンパイアが、貴様らのような下等な生物を助けるはずがなかろう!
さあ、早く逃げんと貴様らの血、一滴残さず喰ろうてくれるぞ……!!」

整った顔を醜く歪めて地の底から響いてくるような不気味な笑い声を発すると、
クウォーツは痛みを堪えて精一杯の力を振り絞り、瓦礫をどかして立ち上がった。



……気を抜くと意識を失ってしまいそうだ。

しかし、今気を失うわけにはいかない。ここで失敗してしまうわけにはいかない。
二重三重に霞んで見え始めた男達に向かって、クウォーツは笑みを浮かべたまま顔を向ける。




「やっぱりあいつは化け物だ、シン……お前は殺されるところだったんだぞ!」

「違うよ、あのおにいちゃんは本当にボクを助けてくれたんだ!!」
そうシンは顔を真っ赤にさせて叫ぶと、ぼたぼたと血を滴らせるクウォーツの前に飛び出した。


「ねえ、おにいちゃんはみんなが言ってる様な悪い人じゃないよね! ボクを助けてくれたんだよね!?」



「……」

シンの純粋な黒い瞳が、恐れもなくクウォーツの薄青の瞳を見つめてくる。
ほんの一瞬だけクウォーツの表情から残忍さが消え失せたが、即座に戻すと鋭い爪でシンの頬を切り裂いた。


「この馬鹿が、呆けたことをぬかしおる。私が貴様を助けただと? ハッ、馬鹿馬鹿しい!
殺してやる……全員殺してやる!! 八つ裂きだ!! ……クッククク……ヒャーッハッハッハァ!!」



「……この化け物、お前なんか死んじまえ!!」

狂ったように笑い続けるクウォーツに、シンは泣きながら足元に落ちていた石を掴むと彼に投げつける。
彼の投げた石はガツンと強くクウォーツの頬に当たり、皮膚が裂けて、そこから軽く血が滲んだ。




「アッハハハハ! せいぜい惨めに逃げ惑うがいいさ、愚かな人間共よ!!」

蜘蛛の子を散らすように逃げていく男達を見つめ、クウォーツは更に高々と笑い声を発した。
まさに今、彼の表情は悪魔そのものであり、狂気を含んだ完璧な美貌も手伝って見る者を凍りつかせる。


「早く逃げんとこの化け物が一滴残さず血を喰ろうてくれるぞ……さぁ、逃げられるものならば逃げてみろ!
クックック……ハハハハハッ……ハ……うえっ、ぐ、ゲホ……ゲホ、ゲホッ!!」



町人達の姿が見えなくなると、どこか寂しげな表情になったクウォーツだったが、
段々と笑い声の最後は掠れたものとなり、急に強ばった顔で口元を押さえて血反吐を吐き出す。

なんとか立ち続けていた足も既に限界で、そのまま力無く彼はゆっくりと倒れていった。




──しかし。
その崩れかけた肩を、優しくそっと受け止める者がいた。


「……君は少々死に急ぎすぎるな。これは『僧侶』として見過ごすわけにはいかんよ」

まさに人間らしい優しい笑みを浮かべ、サキョウが彼の身体を支えていたのだ。
あんなにも自分を見るとき憎しみを帯びていたサキョウの瞳からは、今は何も感じない。



「貴様ら……逃げなかったのか……!?」


「……バッカじゃない」

大きな赤い瞳にいっぱいの涙をため、リアンは震える声でそれだけ口にした。
そして、吐き出した自分の血で汚れたクウォーツの口元に手を伸ばし、そっと血を拭ってやる。


「ほんと、あなたって、どうして」




「……ねえクウォーツ、わたし分からないよ」

あちこち擦り傷だらけのティエルは、唇を噛みしめたままクウォーツの瞳を見つめる。
悔しい。哀しい。やるせない。そんな気持ちでいっぱいで、ティエルは喉が熱くなった。


「それで町人達を逃がしたつもり? どうして、ねえ何でこんなやり方しかできないの!?
あなた、本当はこんなにも優しい心を持っているのに……何で、憎まれる方法ばかり選ぶのよ……!!」




……そう。

クウォーツが男達をあの場面で脅さなかったら、
彼らは戸惑ったまま逃げもせず、ここで城の崩壊に巻き込まれていただろう。



「わたし悔しいよ、哀しいよ! せっかくクウォーツの事、みんな分かってくれそうだったのに!!
それなのに……それなのに、どうしてっ……!!」

彼女の悲痛な叫びは、最後までは発せられなかった。
ティエルはただ唇を噛みしめたまま、どうしようもない悔しさと悲しさで泣いていた。


一体何が悔しかったのか、もう既にティエルには分からない。ただ、涙が止まらなかった。



「私の為に、泣いてくれるのか……」
彼はそう呟くと、ティエルの瞳から溢れ出る涙をそっと指でなぞる。

「……ありがとう……」



そして皆に向かって、クウォーツは思わず見惚れてしまうほど優しい笑顔を見せたのだった。







+DeadorAlive+