Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第49話 君が、微笑んだ夜-3-





「わたし達は、あなたを迎えに来たの。
この指輪を身に付ければクウォーツ……あなたも太陽の下で生きることができるんだ」

ティエルは懐からメビウスの指輪を取り出すと、そっとクウォーツに差し出す。



「今度こそ、一緒に行ってくれるよね……?」
「……ああ」


彼の返事を聞くと、ティエル、リアン、サキョウは久々に心の底から笑顔を浮かべた。
しかしガラガラと激しく崩れ始めた音にハッと我に返ると力強く頷く。



「よーしっ、私達もここから逃げますわよ。ぐずぐずしていると、城の下敷きになりまーすわ!
……大気に潜む怒りの粒子大きな力となり、慈悲なき女神の怒りとなれ!」

軽くウインクをしたリアンは、瓦礫に完全に埋もれてしまった入口に向けて詠唱を始めた。
そして、勢いよく杖を振り下ろした。



「……バーストスプラッシュ!!」

一際派手な音が鳴り、瓦礫は木っ端微塵に弾け飛んだ。奥には瓦礫が降り注ぐ長い廊下が見える。
どうやらここを駆け抜けなければ、城から脱出できそうもない。




「その怪我では走れまい、君はワシが背負っていこう」
サキョウはフラフラと足元のおぼつかないクウォーツに肩を貸しながら口を開いたのだが。

「……いや、心配ご無用だ。ヴァンパイアの回復力を甘く見るなよ」
スッとサキョウから身を離したクウォーツは、ティエル達を振り返って親指で廊下を指し示す。


「この城のことは私が一番知っている……こっちだ!」





まるで容赦なく降り続く雨のように、上からは止めどもなく石が降り注ぐ。
それに注意しながら、ティエル達は全速力で廊下を駆け抜けた。

何回か赤い絨毯の上に転がる死体や柱に躓いたが、擦り剥いた膝を気にしている暇はない。




<キーッヒッヒ!! お待ちよクウォルツェルト様、このあたしから逃げられると思っているのかね!?>

長い廊下に低く響き渡るその声に、思わずクウォーツが顔を上げて背後を振り返ると、
無数に蠢く絡み合ったツタが彼らを追うように向かって来るではないか。


大理石の像や死体を巻き込んだツタは、それらをいとも簡単に握りつぶす。



「早く逃げろ、巻き込まれたら最後だぞ!!」
サキョウの緊迫した声に、ティエルは冷や汗を拭いながら後ろも振り返らず前に進み続けた。

しかしギョロイアのツタの速さは凄まじく、障害物を避けながら駆ける彼らとの差は段々と縮まっていく。
そしてついにツタは、体力的に最後尾を走っていたリアンの足に絡み付いてしまう。



「きゃあぁっ!?」
「リアンッ!!」

ティエルは迷うことなく立ち止まり、彼女に向かって手を伸ばすが間に合わない。




<愚かなゴミのくせに、このあたしに逆らうからだよ。手足を引きちぎって見せしめにしてやる!
よくも計画を台無しにしてくれたねぇ……あたしのクウォルツェルト様を奪ってくれたねぇ……!!>

「ゴ、ゴミで悪かったですわね! あなたなんか全然怖くないでーすわっ!!」
リアンは必死になって藻掻くが、ツタは締め付けるだけである。



<さあ、死ぬがいいさ!!>



その刹那。
まさに風の速さで、勢いよく地面を蹴ったクウォーツがリアンに向かって飛び出した。


「我が声に応えよ、妖刀幻夢っ!!」



彼の声と同時に、ギョロイアに奪われたはずの妖刀幻夢が赤い霧と共に彼の左手に姿を現す。
召喚を封じる布はこの騒ぎで取り払われていたのだろうか。

それを掴んだクウォーツは、リアンに絡まるツタを瞬時に一刀両断した。


<なっ……ク、クウォルツェルト様、本当にこのばばに逆らうおつもりか!? 長年共にいたこのばばに!
所詮お前の居場所はここしかないのだよ……どこへ行っても、何をしても忌み嫌われるだけのお前は!!>




「……」

そのギョロイアの言葉にクウォーツは一瞬ためらったような表情を見せたが、
復活したツタが向かってくるのを悟ると、リアンをサキョウに向かって突き飛ばしながら叫んだ。

「ここは私がくい止める、今のうちに早く行け!!」



「で、でもクウォーツは!? まさかまた、わたし達だけ行かすつもりじゃ……!!」

立ち止まったまま、ティエルはその声に負けないような大きな声を張り上げた。
しかしクウォーツはどこか皮肉を込めた笑みを口元に浮かべると、静かに頷く。


「……必ず行く」
その彼の言葉にティエルも深く頷くと、再び瓦礫が降り注ぐ廊下を走って行った。




<やっとご自分の立場を理解されたようですな。そうです、所詮は人間と我らは相容れないもの。
あの者たちも、いつかは必ずあなた様を裏切るでしょう>

一人残ったクウォーツに、ギョロイアは猫なで声で語りかける。


<この城を出たあなた様に待ち受けるのは、惨めな死と裏切りですぞよ。
クウォルツェルト様。人間などを信じる愚かな真似などせず……さあ、ばばと共に参りましょう……!!>



「……すまない、ギョロイア。私はもうここにいることはできない」
妖刀幻夢を鞘に収め、クウォーツは自分に向かってくる大きなツタに静かに呟いた。


「けれど……もしもお前がほんの一瞬の間だけでも本当に私を愛してくれていたなら、
私は迷わずお前と共にいることを選んでいただろう……」




<……>

一瞬だけ動きの止まったツタを一瞥したクウォーツは、踵を返して出口に向かって走り出す。
正面ホールまで辿り着いた彼は最後、崩れ落ちる廊下を振り返り、少し目を伏せると外へと出た。


──二度とは振り返らずに。




城が崩れ落ちるそんな中でも、出口でずっと自分を待ち続けていてくれた3つの人影に向かって、
彼は少し肩をすくめて見せる。

それに笑顔で応えたティエルは、彼に向かってスッと静かに手を差し出した。


クウォーツは暫く躊躇っていたが、やがて吹っ切れたように彼女に向かって左手を伸ばす。
今度こそしっかりと彼の手を握ったティエルは、その手を掴んだまま駆け出した。



「決してこの手を離しはしないから。だから……信じて」
「……信じてみるよ」





城から離れた小高い丘に出た4人は、肩で息をしながらその場に座り込んだ。
ここまで来れば、城の崩壊に巻き込まれることはないだろう。

それと同時にゴォォォンと大きな音がし、ハイブルグ城はパイが潰れるかの様に一気に崩れ去る。



「こんなに長い間全力で走った事ないでーすわ……今度こそ本気で死ぬかと思った……」
ツタに絡み付かれて青くなっている部分を押さえながら、リアンは息荒く立ち上がった。

「寿命が50年くらい縮んだような気がしますわね」


「まぁ、全員こうして無事だからいいではないか。走ることは身体にもよいことだ」
「サキョウはちょっと楽観視しすぎなんでーすの!」




未だ息が荒いティエルは、崩れ去った城を黙ったまま見つめるクウォーツに気がつく。
寂しさとも哀しみとも。そのどちらともつかない瞳で彼は城を見つめていた。

「クウォーツ……」

「……これでいいんだ。これで良かったんだ。私は後悔などしていない」
ティエルの声に振り返ったクウォーツは、彼の癖である本心の見えない皮肉めいた笑みを浮かべる。



──その、彼が振り返った瞬間。

気の遠くなるほど長かった夜もようやく終わりを告げ、
小鳥の鳴き声と共に遙か彼方の地平線からキラキラとした朝日が昇ってきた。


月の光とは全く対照的な、生命に満ち溢れている力強く優しい光。



一瞬目の前が真っ白になり、クウォーツは思わず目を閉じたが。やがて恐る恐る瞳を開いてみる。

それは闇夜しか知らなかった彼の瞳にはあまりにも眩しすぎた光景なのだが、
爽やかな風と共に大地を彩るその美しい光を、クウォーツは我を忘れて見つめていた。

太陽の光は端の方から次々と大地を照らし始め、朝の涼やかな風が彼の髪を静かに揺らしていく。



「あなたがその命を削ってまでも見たかった太陽の光……この光を浴びて、わたし達は生きているんだ」

呼吸するのも忘れてただ呆然と朝日を眺めるクウォーツを見ると、ティエルは静かにその隣に立った。
初めて光の下で見るクウォーツの夜色の髪は、朝日に照らされてきらきらとした眩い光を発していた。



「たとえ目にした瞬間、この身が灰となり崩れ落ちたとしても……ずっと憧れていたんだ。
自分でも愚かな望みだと思っていた……本当に、本当に……愚かな望みだと思っていた……」

小さく呟いたクウォーツは照れたように目を細めると、こちらを見上げているティエルに向き直った。



「私も……この光を浴びて、生きてもいいのか……?」

「もちろん……!」
太陽に負けないくらい眩しい満面の笑顔を浮かべ、ティエルは口を開いた。




……死と引き替えでなければ叶えられない夢だと思っていた。何度も忘れようと思った。
けれど、決して忘れることなどできはしなかった。

この光景を永遠に心に焼き付けようと、クウォーツはもう一度光を取り戻した大地を振り返る。



(──私の想いは……決して無駄なんかじゃなかったんだ……)







+DeadorAlive+