Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」 第1章+少女ティエル


第5話 魔剣デスブリンガー





「あー、今日も一日疲れました!」


ドサッとベッドの上に横たわると、ティエルはそばに立っていた女官のサリエに顔を向ける。
サリエは少々そそっかしい所もあるが真面目で、ティエルの良い相談相手にもなっていた。



「ティエル様ったら、レディがそんな格好で寝転がってはいけませんわ。
恋の一つや二つなさって殿方をお好きになれば、少しは女性らしくなられるのかしら……」


「まぁそんな堅い事言わないでよ、サリエ。今のわたしは、この剣が恋人だから」

そう言いながらティエルが指し示したのは、ガリオンから譲ってもらった騎士用の剣である。
どうしても欲しいとティエルが一週間ねばって、やっと貰った代物なのだ。



「これは副騎士団長ガリオン様からいただいた物ですわね。ティエル姫様が本当に羨ましいですわ!
あんなに素敵なガリオン様から剣をプレゼントされるなんて」


「そうだよねー、サリエはガリオンの事が好きだったんだよね」


瞳を急に輝かせ始めたサリエに、ティエルは半ば呆れながらベッドから身を起こす。
それを見たサリエはブンブンと首を左右に振って否定する。



「と、とんでもございませんわ、わたくしなど! それに、ガリオン様には既に心に決めたお方が……。
ティエル姫様も、もう少し周りの殿方をよくご覧なさったらいかがですの?」


「周り? わたしはいつだって、周り見渡しているけど。敵に背後を取られないようにね」


シュッシュッとフットワークを取り始めたティエルに、サリエはガックリとため息をついた。
到底王女らしいとは言えないティエルなのだが、そんな飾らない所が皆に好かれるのだろう。

いつも問題を起こしてばかりいる彼女に対して、苦笑することはあっても疎ましく思うことはない。
どんな者にも同じ目線でぶつかってきてくれる真っ直ぐなティエルの心が、皆は好きなのだ。



「姫様はいつも元気いっぱいで明るい方ですわね。それではお休みなさいませ、良い夢を」



サリエが去ってもティエルはロウソクの火を吹き消そうともせず、暫くベッドの上に寝転がっていた。
小さなロウソクの光が部屋を優しくオレンジ色に染め上げている。

壁にゆらゆらと揺れる自分の大きな影を見つめながら、彼女は静かにため息をついた。



(わたしが大人になったら……一体どんな風になるのかな。誰かと結婚して、この国を治めているのかな)



時たまゴドーを連れて城下町まで遊びに行くと、同じ年頃の少年少女達をよく見かける。
肩をたたき合ったりして、他愛のない雑談に花を咲かせていたり。


ティエルは『王女』という立場上、同じように話しかけてくれる友人はいなかった。

面倒くさい敬称はいらないと、いくらティエルが言っても皆苦笑しながら断るのだ。
その時ティエルは、いくら大勢の人々に囲まれていても、どうしようもなく疎外感を感じてしまう。


世界の中で、まるで自分だけが一人ぼっちになってしまったような感覚を。



『姫様はいつも元気いっぱいで明るい方ですわね……』


(ほんとはね、ちょっとだけ。ちょっとだけ寂しかったんだよ……ねえ、サリエ。こんなこと話したら驚くかな)
思わず流れ落ちてしまった涙を拭うと、ティエルは静かに目を閉じた。









仕事を終え、ミランダ女王は自分の部屋に向かって歩いていた。


孫のティエルの様子が少々気にかかり部屋を訪れようとしたのだが、
既に部屋の明かりが消えていたので、寝かせておいてやろうと立ち去ったのだ。


(そういえば……あの夜もこんな風の強い夜だったわ。早いのね、もうあれから10年だなんて)
ギュッと手のひらを握りしめると、彼女は記憶の底に封印したはずの事件を思い起こす。



(忌まわしいあの事件……丁度10年前の今日だわ。
何か引っかかることがあるのだけど、それが何かは思い出せない。まさか、あの男がまた……?)



──その時。赤い絨毯が続く長い廊下で、ふと何者かの気配を感じてミランダ女王は足を止める。

まるで聖者をも闇に引きずり込んでしまいそうな、全身に鳥肌が立つ気配であった。
暗闇から、得体の知れない何者かが歩いてくる。



「……誰なのですか」



コツ、コツと規則正しく聞こえる足音は少しの躊躇も見せず、真っ直ぐと彼女に向かってくる。
返事はなかった。もう一度、女王は勇気を振り絞って口を開いた。



「誰なのですか、姿を見せなさい」



ぴたり。
足音が突然途絶える。それと同時に、闇を思わせる黒い髪の男が姿を現した。

口元に気品すら感じさせられる静かな笑みを浮かべながら、ミランダを蔑んだ瞳で見下ろしている。
その男の姿を一目見た彼女は、目を見開いたまま驚愕の表情を隠しきれなかった。



「あ……あなたは、セリ……いえ、ヴェリオル……!!」



「おや、光栄ですな。この顔を覚えていて下さったのですか……メドフォード女王ミランダよ」
くつくつと低音で押し殺したような笑い声を上げたヴェリオルは、さも愉快そうに肩をすくめて見せる。


「今更何をしに来たのですか、もうここには用はないはず。それとも私を殺しに……?」


いつでも魔法を発動できるようにと、彼女は口の中で素早く呪文の詠唱を完了させた。
しかし依然目の前の男は不気味な笑みを浮かべたままだ。



「用はないはず? 用ならあるさ……偉大なるメドフォード女王ミランダよ、貴様の命をいただこうか。
それと……10年前の予告通り、貴様の可愛い可愛い孫姫君を迎えに来たのだよ……!!」



「残念ね。あの子はあなたの事など覚えていないわ。ティエルは渡すものですか、今すぐここを去りなさい!」

その言葉と同時に、笑みを浮かべるヴェリオルに向かって女王の魔法が発動した。
しかし彼は動じることもなく、右手を何もない空間に向かって突き出す。



「オレが10年前と同じだと思うなよ。悪魔と契約を交わし、最強の力を手に入れたのだ……!」
ヴェリオルの言葉と共に空間に稲妻が走り、毒々しい色合いの超大剣が姿を現した。


「いでよ、デスブリンガー!!」


カッと目を見開くと光が弾け、次の瞬間には彼の右腕に不気味な大剣が握られていた。
一目見ただけでも、その大剣に絡み付く邪悪な気が手に取るように分かる。



「あ、あなた……悪魔に魂を売ったのね……!!」

女王の魔法をいとも簡単にデスブリンガーで打ち消すと、ヴェリオルはそのまま彼女を切り裂いた。
細い彼女の身体は、巨大な魔剣に弾き飛ばされるようにして壁にぶつかり動かなくなる。



「そこでとくと味わうのだ、己の不甲斐なさをな。愛しい孫が連れ去られる様を指をくわえて見ているがいい」


ぐったりとして動かないミランダ女王を一瞥すると笑みを浮かべたヴェリオルは、
真っ直ぐにティエルの部屋へと向かって行った。






+DeadorAlive+