Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第50話 E p i t a p h -1-





そっと目を開けると、眩しい光が飛び込んでくる。


こんな風にごく自然に朝を迎えられることを、少女ティエルは心から幸せに思った。
ゆっくりと身を起こし、寝ぼけた目をこすりながら彼女はまだ働いていない頭のまま大きく伸びをする。

辺りには、陽の光を受けてキラキラと輝く木々が彼女を取り囲むように立ち並んでいた。
寝起きのために記憶が曖昧で、一体自分は何故こんな所で寝ていたのだろうかと考える。



……その途端。

ティエルはまるで弾かれたように飛び起きて、茂みを掻き分けながら駆け出した。
どうか、昨日のことが夢でありませんように。わたしが見た、幻でありませんように。



そんな気持ちでいっぱいになりながら、ティエルは足を止め。そして静かに顔を上げた。


陽の光によって微妙な色合いを作り出す青い髪を持った人物の後ろ姿。
ティエルのバタバタと忙しい足音に彼は静かに振り返り、小首を傾げながら口を開いた。



「……早いな、もうお目覚めか」

昨日の今日なので、振り返ったクウォーツの顔は痛々しい青アザや切り傷だらけであったのだが、
折られた右腕にはサキョウによって包帯に巻かれた添え木が当てられていた。


「あ……よかったぁ……ほんとにクウォーツいた……」


クウォーツの姿を見ると、途端にティエルはへなへなと全身の力が抜けたように両膝に手を当てる。
その様子に彼は一瞬眉を顰め、私がいては悪いのか、と呆れたように低い声で呟いた。



それからティエルの言葉の意味を理解したのかしていないのか、
クウォーツは静かな笑みを浮かべると──皮肉めいた笑みは彼の癖である──口を開く。


「……おはよう、いい朝だな」

その彼の言葉にティエルは目を瞬くと、やがて眩しい笑顔を顔中に浮かべて言った。
「おはよ、……クウォーツ!」















悪夢のようなハイブルグ城から脱出することのできたティエル達は、大分離れたこの森で休息を取ることになった。
ドッと押し寄せてきた疲れを少しでも癒すために、仮眠を取った方がいいというのがサキョウの提案だ。


できるだけあの場から離れようと長い間走り続けていると、運良く古びたワープゲートを見つけたのだ。
残念ながらメドフォード方向へ移転の上、一度使ったら壊れてしまったようである。




町人達によるほぼ拷問とも言える仕打ちによって目も当てられぬほど酷い怪我であったクウォーツも、
ヴァンパイア特有の驚異的回復力とサキョウの手当てによって大分回復したようである。

回復したのは身体の痛みだけではないとティエルが思えるのは、
クウォーツの見せる表情が、ほんの少しだけ変わったように見えるからなのだろうか。

しかし、いくら回復したとはいっても絶対安静の状態ではあるが。



振り返って考えてみれば、自分たちはなんて無茶なことをしたのだろうと思う。
だがティエルは全く後悔はしていなかった。むしろ久々に胸一杯に幸せな気持ちなのだ。


気づけば祖母やゴドー、親しい者たちを失ったあの日から既に二ヶ月は経っていた。
何もかも失ったばかりのあのときは、こんな幸せな気持ちになど二度となることはないと思っていたが。





「とうとう封魔石探しの旅が始まるんですのね! ベムジンのシグン大僧正さんが言ってらしたように、
とりあえずゲマという大司教を追ってみた方がいいかしらね」

地べたに座り込み、リアンは何かを考えるように眉をしかめていた。


彼女は『とある四つの探し物』のために旅をしており、その内の一つが封魔石・イデアなのである。
しかし先ほどティエルが聞くと、探し物のうち既に二つは見つかったそうだ。

いくらティエルが聞いても、それが一体何かはリアンははぐらかす様にして答えてくれなかったが。



一方ティエルも祖国を取り戻すために、強大な力を持つ封魔石を求めている。
封魔石についてはリアンが詳しそうなので、とりあえずは行き先は彼女に任せることにした。


「ゲマといえば、悪名高い邪神を崇めるドゥーペル教とやらの大司教でーすわ。
確か、奴隷信者たちに作らせている大神殿が海を渡った先のアンセムにあったはず」

朝の清々しい、それでいて気にならない冷たさの風が吹いてリアンの髪を揺らしていく。
乱れた髪をほぼ無意識のうちに整えると、リアンは思い切り表情を崩しながら口を開いた。


「それにしても、胡散臭そうな大司教ですわねえ! 名前からして嫌な臭いがプンプンといたしますわ」



「こらこらリアンよ、いくら胡散臭くとも大司教は大司教。そんなに貶してはいかんぞ」

一応サキョウは神に仕える僧兵なのだ。ベムジンの神は、火を司るマーチャオ神だという。
すぐさまサキョウに反論するリアンを横目で眺め、それからティエルは意を決したように口を開く。



「あのさ……それ、ちょっとだけ……待ってくれないかな?」


「え?」

そのティエルの言葉に(リアンの一方的な)口論中のサキョウとリアンは、
実に間抜けな声を発して彼女の方に顔を向けた。

「……一体どうしたんでーすのティエル、何か忘れ物でもしたのかしら?」



「う〜ん、忘れ物と言えば忘れ物になるかな。今度の行き先は、海の向こうなんでしょう?」
「ええ、そうですわよ。アンセムは海のずーっと向こうなんですの」

自分を見つめてくるティエルの大きな瞳を覗き込むように、リアンは両手を腰に当てて屈み加減になる。



「そっか……じゃあ、当分このメドフォードには戻って来れないってことなんだよね」
暫く迷ったようにティエルは視線を泳がしていたが、やがて言いにくそうに言葉を発した。

「それなら、最後にお墓参り行っておきたいの。せっかくワープゲートで近くまで来れたんだし」


「なぁんだ、そんなことでーすの! そうですわよね、ティエルの気持ちも分かりますわ」
一体何を言われるのかと思っていたリアンは、途端に拍子抜けした顔になる。

「それなら今から一緒に……」



「ま、待ってリアン! 墓参りね、わたし一人で……行きたいんだ」

「一人で!?」
思いもよらぬ発言に、リアンとサキョウは先ほどとは比べ物にならないほど驚いた表情になった。



「うん、ひとりで。……だって今メドフォードの近くは危険なんだ。
わたし個人の我が侭の所為で、みんなに迷惑かけたくないの。だから、ひとりで行かせて」

呟くようにしてティエルは言葉を発しながら、俯いてスカートの裾を握り締める。



「ダメェ──! 絶対ダメでーすわっ!!」
鬼のような形相になったリアンは、ガシッとティエルの両肩を強く掴んだ。美人が台無しである。

「そんなの私たちよりもティエルの方がよっぽど危険じゃないですの!
あなた、一応あそこのお姫様なんですのよ? 命を狙っている奴はごまんといますわよっ」


「い……一応ってひどい……」

「いや、ひどいのはお前の方だぞティエル」
ギャーギャーと騒ぎ立てるリアンの背後で、サキョウはフウと大きなため息をつく。

「あそこは危険だ、一人で行くのはまさに自殺行為。どうしても行くと言うのならワシらも共に行こう」



「サキョウの言うとおりですわよ、あの国はティエルにとって最も危ないところなんでーすのよ」
リアンはそう言うと、ティエルの肩を掴んでいた両手をスッと離した。

「私たち、そんなに信用ないの……?」


寂しそうな赤い瞳。
『一人で行く』の意味を完全に誤解してしまったリアンに、ティエルは慌てて首を振る。

「違うの! 信用してないとか、そんなんじゃなくて……ただ……」




「……ま、本人がこうして行くと言っているんだ」
一連の騒ぎを黙ったまま聞いていたクウォーツが、突然口を開いた。

「そこまで止めることもあるまい、行かせてやったらどうだ?」



「な……」
暫く口をあんぐりと開けていたリアンだったが、ギロリと彼を睨み付ける。

「無責任なことを言わないで下さいな、怪我人はおとなしく寝てなさい!
あなたはティエルが今までどんな思いでここまで来たか全然知らないからそんな事がむぐぐ」


「少し黙っているのだリアン」

半ば呆れた表情のサキョウは、このままでは止まることを知らないリアンの口をふさいだ。
彼女に喋らせていては、決めることも決められない。



ジタバタと悔しがるリアンの様子をクウォーツは満足げに眺めると、静かにティエルに向き直る。

「気をつけてな。……ボディガードに、私のしもべを一匹貸してやろう」
軽い口笛のようなものを吹いたクウォーツの人差し指の先に、小さなコウモリが姿を現した。


「わー、可愛い! これコウモリの子供だよね?」
自分の指にプラプラとぶら下がるコウモリに、ティエルは顔を綻ばせる。



「ああ、可愛がってくれよ」
「うう……少々納得いかんが、ティエルがそこまで言うのなら仕方あるまい。無事に戻ってくるのだぞ!」

クウォーツとサキョウの言葉に、ティエルは嬉しそうに顔を上げるとニッコリと笑った。

「ありがとう二人とも、あんまり待たせちゃ悪いし……すぐに戻ってくるね」
それからティエルは、未だ納得のいっていないリアンに顔を向ける。


「心配してくれて本当にありがとう、リアン。じゃあ行ってきます!」















「ああぁ……ティエルが行ってしまいましたわ……もうここからじゃ何にも見えないですわああ」

去っていくティエルの後ろ姿をいつまでも名残惜しそうに見送っていたリアンは、
ガックリと肩を落としながらその場に座り込んでしまった。


「あの子、ああ見えてあの通りの子なんですのに……道に迷ったりしないかしら?
知らない人について行ってしまって、人買いに売り飛ばされたりなんかしないかしら……」

「大丈夫であろう、ティエルの意志の強さはお前が一番知っているはずだ。きっと戻ってくる」




陽に照らされる森の中の小さな広場で、彼らはティエルの帰りを待つことにした。
ここからならば、メドフォードまで二時間もかからない。

すっかりティエルが無事に戻ってこないと思い込んでいるリアンの肩を、サキョウは優しく叩いた。


「お前が信じてやらなくてどうするのだ?」
「うぅ、それはそうですけど、大体何でこんなことになったのかしら」

そこまで言いかけて、今まで完全に気の抜けていたリアンの表情が再び鬼のような形相になる。



「そうよ……全ての元凶は、クウォーツさんですわ!!」
リアンは怒りに満ちた声で叫ぶと、素知らぬ顔をして大きな石に腰掛けるクウォーツに掴みかかった。



「……なんだ?」

「なんだじゃないでーすわ! 全てあなたの所為ですわよ、ティエルのこと何にも知らないくせに!
あなたがティエルに後押しするような余計なことを言ったから──っ!!」



「ええい離さんか、やかましい! 私は怪我人であるのだぞっ」
ガーガーとまるで機関銃の如く叫ぶリアンを左手で引っぺがし、クウォーツは乱れた胸元を直す。

「彼女には私のしもべを預けてある……何かあったら、そいつが力になってくれるさ」
前髪を軽くかき上げ、クウォーツは目を細めて口を開いた。



「少しはティエルの気持ちも分かってやれ。確かに貴様の言うとおり、私は彼女のことを何も知らん。
……けれど、目を見れば気持ちくらいは伝わってくるだろうが」



「ま……まぁ、そうですけど」
淡々と話すクウォーツに、リアンは段々と頭が冷えてきたようである。

「でも何で、急にティエルは一人で行きたいと言い出したのかしら」



「貴様にだって他人に見せたくない一面があるだろう? ……と思ったが、ないだろうな……」
クウォーツは白けた口調で言うと、リアンの相手をするのを完全に放棄してしまった。



「しっ……失礼ですわね! ありますわよ、そのくらいっ」
それからリアンは頬をフグのように膨らませながらクウォーツをビシッと指さす。

「ちょっと見直してあげようかと思いましたけど、この根暗伯爵頭きた──!」




「……確かお前は、好みのタイプのいい男には優しく接するのがモットーではなかったのか?」
再びクウォーツに掴みかかろうとするリアンを、慌ててサキョウが引き止める。

「好みのタイプ!? この男は超論外でーすわ! うう……この私の美貌と色気が通用しないなんて……」
さすがに疲れてきたのか、リアンは力なく顔をサキョウの方へと向けた。


「……うーむ。言ってしまえばクウォーツは、お前よりも色気があるんではないか……」
「げっ、私は負けたんでーすの? しかも男にーっ!?」




よく晴れた空に、リアンの絶叫とサキョウの笑い声が響き渡る。

クウォーツは横目で彼女たちを一瞥し、それから眩しそうに目を細めて空を見上げた。
空は、雲一つない良い天気であった。







+DeadorAlive+