Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第51話 E p i t a p h -2-





ここからだと、メドフォードまでは比較的近い。

メドフォードの前に位置するあの恐ろしいマンティコラの森とは完全に逆側になり、
陽に照らされた明るい道がずっと続いている。


ティエルはメドフォードを出る前に、この先を少し行った場所に愛する者たちの墓を作ったのだ。
勿論遺体などはなく、あり合わせの物でしか作れなかった簡素な墓ではあるが。




『私たち、そんなに信用ないの……?』
出発前に見せたリアンの寂しげな瞳が脳裏に浮かび上がった。


「……違うんだ、違うのリアン。わたしは……」
ティエルの後をパタパタと飛び回りながらついてくるコウモリに目を留める。

「本当はね、わたし……お墓の前に来るときっと大泣きするから。我慢の糸がきっと切れちゃうから。
これから新しい旅に出ようってみんな思っているときに、そんな顔見せられないよ……」

そこまで話しかけ、ティエルはハッと顔を赤らめた。



「やだな〜……言葉なんか通じるわけないのに、わたしあなたに語りかけてる」

彼女はアハハと照れ隠しに明るく笑いながら、小さなコウモリに顔を向ける。
……コウモリが心配そうに飛んでいるように見えたのは、ティエルの単なる気のせいだろうか。


「ねえねえあなた、名前何ていうの? クウォーツのお友達なのかなぁ??」





そんな他愛もない話をしながら歩いていくと、メドフォードが一望できる小高い丘が見えてくる。
ここにティエルは墓を作ったのだ。

それが、現在ティエルが愛する者たちにしてあげられる最大限のことであった。



「みんな……わたし、帰ってきたよ……メドフォードに。けど、もうすぐわたしはここを発ちます」

懐かしい風を感じながら、小さな森を抜けたティエルはそう呟いた。
慣れ親しんだメドフォードの大地を踏みしめるのは、本当に久しぶりである。

当時は、まさか自分がこの国から出ることになろうとは夢にも思わず。


この国を出てから、今まで平穏続きであったティエルの毎日は変化に飛びすぎていた。
言ってしまえば感傷に浸っている暇もないくらいだ。


それは、父親のような優しい心で包んでくれるサキョウや、
ティエルの哀しみを全て吹き飛ばしてくれる明るいリアンがいたからであった。

──それに今は、クウォーツだっている。




『姫様には、これからきっと……素晴らしい人たちとの出会いが待っているはず……。
だから、生きるのです……生き続けて下さい……このゴドー、いつまでも、姫様の……そば、……に……』


それがゴドーの最期の言葉であった。

彼の言うとおり、メドフォードから出たティエルには想像もつかぬような数々の出会いが待っていた。
城にいた頃には決して得ることのできなかった友人達を手に入れたのだ。


「二ヶ月前までは、生きることさえ放棄しそうになっていたのにね。
わたし、なんてバカなことを考えていたんだろう。今なら胸を張って言える、生きていて良かったって」

雲一つない青い空に、小鳥たちのさえずり、心地よい優しい風。
ティエルは大きく息を吸い込むと、懐かしい故郷の匂いに身を任せてみる。




『いやだ、ティエルったら。お姫様がそんな泥だらけの顔で歩いて』

剣術の稽古によって泥まみれになったティエルに、いつものように祖母ミランダが言っていた。
しかし決して叱ることもせず、祖母はハンカチで彼女の顔を優しく拭ってやっていた。

その度にティエルは、祖母の期待を裏切っている自分が情けなくなるのだった。



ミランダは間違いなくティエルに剣術よりも魔術を習ってほしいと願っている。
だが祖母は、そのことを少しも素振りに出さなかったのだ。



……その時。てくてくと歩いていたティエルの視界に白く小さな野花が入った。


「あ……これ確か、おばあさまが一番好きだった花だ。どうりでいい匂いがすると思った」
道端の雑草に囲まれながらも堂々と咲いている花の前に、ティエルは静かにしゃがみ込む。

地味ながらもしっかりと大地に根をはり、他の植物に負けないように生きている花。
祖母がこの花を愛していることを知っているのは、ティエル一人だけである。




『ねえティエル、この花をどう思う?』
『うーん、なんだか小さくて色も薄汚れているように見えるし……地味な花だね』

昔、鉢植えに植えられたその花を手に、祖母にこう聞かれたことがあった。
あまりにもティエルの正直すぎる返答に、祖母は苦笑を交えながら口を開く。



『そうね。一見ただの地味な花。けれど、この花は小さいながらも堂々としているわ。
決して派手で綺麗な花ではないけど……私はこの花が一番好きよ』

そんなやり取りを思い出したティエルは静かに立ち上がると、ふっと顔を綻ばせた。
そして再び丘までの一本道を歩いていくと、その特徴的な花の香りが微かに匂ってくる。



「……?」
丘周辺にはこの花は咲いていないはずであった。

「先に誰かがこの花を持って行ったの……? けど、あの場所はわたし一人しか知らないはず」



しかも祖母がこの花を好きだと知っているのは、ティエル一人だけのはずだった。
大臣達は勿論、あのゴドーでさえ知らなかったのだ。

しかし、考えられるのはそれだけである。


(──だったら一体誰が……?)


暫くその場に立ち止まり、思案していたティエルの周りで急にコウモリが騒ぎ始める。
……この騒ぎようはただ事ではない。

嫌な予感がしたティエルは、バッと勢いよく顔を上げると注意深く辺りを見渡した。



「オイオイ……遠くの見回りに運悪く当たっちまったと思ったら、とんだラッキーじゃねぇか?」
「ああ、まさかこんな所に我が姫君がいらっしゃるとはな……!」

ガサッと茂みの中から、二人のメドフォード兵士が姿を現した。
言っている台詞から、どう考えてもティエルの味方ではないようである。

おそらくゲードルに寝返った兵士達なのであろう。



(迂闊だった……こんな所にまで見回りがいたなんて!)

一歩後ろに下がると、ティエルはいつでも竜鱗の剣を抜けるように柄に手をかける。
できるなら戦いたくない。同じ故郷の者なのだ……!



「姫様、お前さんにゃ莫大な賞金がかかってるんだ。1億リンもあれば、オレ兵士なんて辞めるぜ!」
「おいおい、見つけたのは二人だろ? 二等分して5千万リンだぞ」

兵士用の剣をスラッと抜くと、兵士二人はニヤニヤと笑みを浮かべながら近寄ってくる。


「痛い目にあいたくなかったら、おとなしく捕まってくれやティアイエル様」
「殺しちまったら賞金も出ないからな!」



同時に飛び掛ってきた兵士達を、ティエルは地面を転がってなんとか避けることができた。
しかし片方の兵士に髪を掴まれ、彼女は大きく後ろに引きずられてしまう。


その時。

「がっ……な、なんだコイツ! うわ、うわあぁぁっ!?」
恐怖に震える兵士の首には、大きく変化したコウモリが喰らい付いていた。

それを横目で見たティエルは体勢を立て直し、竜鱗の剣を抜き放つ。



「わたしは今捕まるわけにはいかない。……どうしても邪魔すると言うのなら、斬る!」
「この甘ったれた小娘が、本気で兵士様に勝てると思ってんのかぁっ!?」


コウモリに襲われている兵士に見向きもせず、もう一人の兵士は剣を振りかざして向かってきた。
ティエルもグッと剣の柄を握りしめ、兵士が間合いに入ってくるのを待つ。




──しかし。

遠くから何かが真っ直ぐに飛んで来ると、それは兵士のこめかみ付近にガツンと当たった。
兜を装着していなかった兵士は思わず剣を落とし、痛さのために地面を転げ回る。


「痛ェー! だ、誰だこの野郎!!」



「……この王国の偉大なる女王の墓前で戦いとは、些か感心せんな」

静かな低い声が聞こえてきたと思うと、大木の陰からスッと人影が現れた。
……がっしりとした体格の、初老の騎士であった。しかしその眼光はまだまだ鋭い。


「さて、どうするんだヒヨッコ共? ここで逃げるか戦うか。おっと、オレも人数に入れてほしいのだが」
男は唖然とする兵士二人に向かってニヤリと笑みを浮かべると、威嚇するように剣を突き出した。




「……あ、あいつは……確かメドフォード最強の兵士と言われているロキ!!」
「罪を犯して追放されていたんじゃないのか!? あいつに勝てるわけがねぇよ!」

男の登場で顔を青くさせた二人の兵士は剣を投げ、重なり合うようにして逃げていった。



残ったのは状況の飲み込めないティエルと、小さな姿に戻ったコウモリと、ロキと呼ばれた男である。


「……た、助けてくれてありがとう……」
ハッと我に返ったティエルは、慌てて剣をしまうとペコリと男に向かって頭を下げた。


そんなティエルに、男は口元に静かな笑みを浮かべると腰を屈めて何かを拾う。
見れば先ほど兵士の頭に激突したのは、手のひらサイズの懐中時計であった。

それを拾った男は、見事な細工の時計をティエルに見せるように掲げてから懐にしまった。



「……まったく、オレの大事な時計が壊れでもしたらどうしてくれるんだ」
それから彼はまた笑みを浮かべると、他に投げる物がなかったのだと厳つい肩をすくめたのだった。







+DeadorAlive+