Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第5章+君が、微笑んだ夜

第52話 さらば、愛しき故郷よ





「あ……あなたは一体誰なの? どうしてミランダおばあさまのお墓の存在を知っているの……?」

そう、先ほど確かに初老の剣士は『この王国の女王の墓前』と言った。
祖母の墓の存在は、ティエル以外誰一人として知るはずがなかったのだ。



「ハッハッハ……これは失敬。敬愛する女王の孫姫殿に、オレはまだ名乗っていなかった」
男は厳つい外見に似合わぬ爽やかな笑みを浮かべると、優雅な仕草で恭しく片膝を地面につく。

「ロキと申します、姫君。あなたが生まれた頃にはオレはもうメドフォードを去っていましたからね。
ご存じなくて当然かもしれません。……しかし今思い返せば、この地に留まっていればよかったと……」



「ロキ? あなた、メドフォードの兵士だったの??」

ティエルは大きな瞳を数回瞬くと、ロキと名乗った灰色の髪の男をまじまじと見つめた。
先ほどの兵士達だって彼のことを知っていたのだ。知らない自分がなんだか照れくさかった。


「……はい。策略にはまり覚えのない罪を着せられて、メドフォードを追放されましたが。
あの時、ミランダ女王に何度も謝られましたよ。オレを追放するしか解決する方法はなかったんでしょうね」

静かに立ち上がったロキは、目を細めてメドフォード女王の墓を眺める。
彼の手には、祖母の愛した花が数輪握られていた。





祖母と、ゴドーやガリオン、愛する者たちの墓の前まで来た二人は、静かに目を閉じる。
ティエルの作った墓たちは不恰好なものではあったが、気持ちは充分に込められていた。

優しくそよぐ風にティエルとロキの髪が暫し弄ばれる。それからロキは瞳を開くと、墓の前に白い花を供えた。




『……昔、私はとても大きな過ちを犯してしまったの。相手が濡れ衣をかぶせられていると知りながら、
それでも……助けてあげることができなかった。大切な一人の人間よりも、私は周囲の目を選んだのよ』

いつの日か、祖母はティエルにこんな話をしたことがある。


『けれど彼は私を恨んでいないと言った。それが建前の言葉くらい知ってはいるけれど。
もしも、もう一度彼に会うことができたら……その時は心から懺悔をしたい……』


それがロキの事だったのかは、ミランダ亡き今となっては分からない事であったけど。
──何故かティエルは今、それがロキと確信したのだ。





**********





「あーあ……私、こんなことをやっている場合じゃありませんのに。こうしている間にもティエルは……」

一方。森の中でティエルを待つリアンは、彼女のことが心配で心配でたまらなかった。
しかし台詞とは裏腹に、先程からサキョウと二人でカードゲームを続けている。



「わははは、ジョーカー行ったな。これで次にスペードを取れば、ワシの三連勝だ」

「うむむ、頭の中まで筋肉のくせに、頭脳戦で来ましたわね……ならば奥の手でーすわ。
……きゃぁぁ! 間違えてスペード引かせてしまいましたわー!」



「これでワシの三連勝であるな。おういクウォーツ、そんな所に座っとらんでお前もやらんか?」

悔しがるリアンを前に勝ち誇ったように笑うサキョウは、
岩に腰掛け、器用に片手で妖刀幻夢の刃を磨いているクウォーツに声をかけた。



「……やるわけなかろう。あまり私に構うな」
無表情で顔を上げたクウォーツは、そう言葉を発すると再び刀磨きに没頭する。

「それにしても貴様らは、ティエルが心配だと言いながらも結構楽しそうではないか」



「心配ですわよ! 心配だからこうやって、気がまぎれる様なことをしてるんでーすの!」
ツカツカとリアンはクウォーツに歩み寄ると腕を組み、座っている彼を見下ろした。

「それにしても、あなたはどーしていちいちいちいちブツブツブツブツと文句をたれるんでーすの。
本当に可愛くないですわねぇ。憎たらしいヤツですわねぇ」


「可愛くなくて結構、私は騒音機などに好かれたくはないんでね」

顔も上げずに無表情のままサラリと答えたクウォーツに、リアンは暫く唖然としていたが。
やがてじわじわと怒りがこみ上げてきたのか、顔を真っ赤にさせて声を張り上げる。



「騒音機って一体誰のことなんですの! あなたなんか大っ嫌いよ!! 助けるんじゃありませんでしたわっ」
「フッ……それは奇遇だ。どちらかと言うと、私も貴様は嫌いだな」




その時遠巻きで眺めていたサキョウは、二人の間に強烈な火花が散ったような気がした。

いつまで経っても(リアンの一方的な)言い合いが終わる気配を見せないので、
ヤレヤレとため息をついたサキョウは二人の間に割って入った。



「二人とも喧嘩はやめろ……。リアン、ティエルが心配なのは分かるが、怪我人に八つ当たりはいかん。
それにクウォーツも……頼むから火に油を注ぐようなことを言わんでくれ……」

喧嘩の仲裁をしながらサキョウはまるで彼らの親になったような、どこか変な気分であった。
それから、良いことを思いついたようにポンと手を叩く。



「そうだ、これから皆でティエルを迎えに行かんか?」





**********





「できるならオレがミランダ女王の仇を取ってやりたかったが……それは姫、あなたの役目だろう」
花を墓前に添えたロキは、クルリと振り返ってティエルを見つめた。

「第一オレは、本来この国に立ち入ることさえ許されない身なのだから」



祖母のことを話すとき、とても表情穏やかになる彼は……祖母のことを愛していたのかもしれない。
ティエルは言葉が見つからず、祖母の墓とロキを交互に見比べる。



「……おばあさまは、幸せだったのかな」

さぞかし無念であっただろう。暗黒騎士ヴェリオルに、いとも簡単に切り捨てられてしまったのだ。
もしかしたら、ティエルを恨んでいるかもしれない。

『何故助けてくれなかったの』……と。




「……ミランダ女王が、幸せだったのかだと?」

心なしか暗くなったティエルの表情に気づいているのかいないのか、
ロキは肩をすくめ、粗暴で厳つい外見には似合わない笑みを再び浮かべる。


「あなたがこうして元気でいるのに、女王が不幸せのはずがないだろう?
……彼女にとってあなたは、そんな存在なんだからな」

言い聞かすようにロキに優しく頭を叩かれ、思わずティエルは堪えていた涙をボロボロとこぼしてしまった。



今まで緊張の連続で、泣いている暇なんてなかった。悲しんでいる暇なんてなかったのだ。
しかしティエルは今、久しぶりに声を上げて泣いたのであった。


それを黙ってロキは聞いてくれていた。















「……なんか大泣きしたらスッキリしちゃった。ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって」

気の済むまで泣いたティエルは、少し腫れた目でロキに笑いかける。
もじゃもじゃと少々癖の強い灰色の髪を軽く直すと、ロキは、そうかい? と首を傾げた。



「泣くことは別に恥ずかしいことじゃないぞ。泣きたいのに泣けない者達も大勢いるんだ」
それからまた穏やかな笑みを浮かべる。

「だが、姫が元気になってよかった」




その時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。

ハッと顔を上げると、泣きそうな表情で手を振っているリアンが駆けてくるのが見えた。
その背後では苦笑しているサキョウと、面倒くさそうに歩いているクウォーツの姿も見える。


「……姫の友達か?」

ティエルは笑顔で彼らに向かって大きく手を振ると、ロキに顔を向けた。
「うん……!」




「無事で本当によかったですわ! 行き先聞いていましたから、心配で来ちゃいましたわよう」
ほぼ突進とも言える状態でリアンがティエルに飛びついてくる。

「本当、何もなくてよかった……」



実際メドフォードの兵士達に襲われたりもしたのだが、これはリアンに言わない方がよさそうだろう。


「待っているとリアンがうるさくてなぁ、結局は来てしまったよ」
ハッハッハと苦笑しながらサキョウが申し訳なさそうに口を開いた。

「だがティエル、あまり心配をかけさせんでくれ」


「……うん、みんなごめんね」
ティエルの首にすがり付き、鼻をぐしぐしとしているリアンの背を優しく叩く。




そんなリアン越しには、兵士に襲われた事をコウモリから聞いたクウォーツが眉をひそめているのが見えた。
しかし彼はそれについては何も触れずに、ティエルに引っ付いているリアンに冷ややかな視線を送る。

「……いつまで引っ付いているんだ、貴様は子供か」



「なんですって!?」
勢いよく振り返ったリアンはムッとした顔をしていたが、やがて怪しげな笑みを浮かべた。

「……クウォーツさんったら、本当は私のことが気になるんでしょう? だから憎まれ口を叩くんですのね。
けれどごめんなさいね……私、いくら顔が良くてもあなたみたいな根暗な男はご遠慮したいんですのよー」


「こちらこそ、貴様のように下品に肌を露出した格好をしている女など御免被りたいね」



「げっ、下品に露出……!?」
淡々と白けた調子で言うクウォーツに、とうとうリアンは我慢の限界を超えてしまったようだ。

口論を始める(クウォーツは聞き流しているが)二人を呆気に見ていたティエルは、
首を傾げながらサキョウを振り返る。


「……いつの間にあの二人、あんなに仲良くなったの?」

「やはりティエルにもそう見えるのか……」
腕を組んだサキョウは、ううむと変なうなり声を発して苦笑いを浮かべた。















「……オレはここで失礼しよう、またいつかどこかで出会うかもしれんがな」
どこかくすんだ色合いのマントを春風に靡かせると、ロキはクルリと背を向けて歩き始めた。

「その時には、姫の敵討ちが……終わっているといいな」


「うん、……元気で。ありがとう、さよなら!」
彼の大柄な後ろ姿が見えなくなるまで手を振っていたティエルは、大きく息を吸い込んだ。

澄んだ空気が胸いっぱいに広がっていき、ティエルの心を満たしていく。
次にこの国に戻って来るときは……──どんなときなのだろうか。



(今度この国に戻ってくるその時こそ、わたしは皆の仇を取れるのかな。ううん、必ず取ってみせる)


ザアッと強めの風が吹き、木の葉を舞い散らせる。
ティエルは一度静かに瞳を閉じ、それからゆっくりと開いて前を見つめてみた。




「さあっ、行きますわよティエル。封魔石探しの旅にいざ出発でーすわ!」
きらきら輝く神秘的な赤い瞳をこちらに向け、リアンが飛び切り元気のよい声を発する。

「またそんな急がんでも……ゆっくりと一歩ずつ進もうではないか」
豪快な笑い声を発しながら歩いているのはサキョウ。

「……」
未だ慣れぬ太陽の光に、眩しそうに目を細めているクウォーツ。



ティエルは心の中でそっと故郷に別れを告げると、前を向いて仲間達の後を追って行った。
風に散る木の葉は、彼らをまるで祝福しているかのように空へと高く舞い上がっていく。







+DeadorAlive+