Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第56話 生あるものの海





「あーあ、なんだかとってもとっても平和ですわ。こんな日がいつまでも続けばいいのにね」




白い雲と、光に反射してキラキラと輝く青い海。
リアンは一人甲板に出て潮風に身を委ねながら、平和の素晴らしさを実感する。


先ほどから数人の男達が彼女に声をかけてきたが、リアンは慣れた様子でそれらをかわしていた。


遠くでも目立つ美しい青緑の髪にそっと手櫛を入れ、静かに目を閉じる。
自分の髪の色も、瞳の色も。彼女は深く愛していた。

たとえこの瞳の色が世間でいう不吉な色だとしても、恥じることは全くないのだ。
今までも、これからも。……いつでも、胸を張って歩いていこうとリアンは思っている。




アンセムへは、何事もなければあと一週間前後には到着するらしい。


(私の大切な探し物……アンセムに行けば、何か分かるかしら。手がかりを見つけられるのかしら)
長い睫毛を瞬いて、リアンはスッと深紅の瞳を開いた。

明るい光に照らされていても、その血を吸った様などす暗い輝きは消えてはいない。
黙ってさえいれば可憐としか言いようがない顔を曇らせると、小さなため息をつく。



(けれど、どんなに小さな可能性でも。それを信じて私は行かなくては)
──世界で一番愛しい、あの方のために。




ふっと小さく笑ったリアンの表情からは、先程までの暗さは完全に消え失せていた。
それから彼女は仲間達の姿を求めて辺りを見渡す。


現在外に出ている旅人達は数少なく、所々に数人が集まっているだけであった。

サキョウは船室で昼寝をすると言っており、ティエルは先程から船内を探検しに行っている。
この分では当分ここには戻ってこないだろう。



仲間を探すことを諦めかけたリアンの瞳の端に、風でなびいている青い髪と黒いコートが映る。
それを見つけた彼女は怪しげな笑みを浮かべると、足音を忍ばせて近づいて行った。




「なーに一人でカッコつけてたそがれてるんでーすの、クウォーツさん!」


……そう。
黒いコートとはクウォーツの着ている物であり、彼は無表情で海面を見つめていたところだったのだ。

そんなクウォーツを発見したリアンは、彼を驚かせようと軽い気持ちで背中を叩く。
しかし不意の出来事であったので、彼は大きくバランスを崩しかけ、慌てて手すりに捕まった。



「いきなり何をする、落ちるところであっただろう! ……それとも本当に落とす気だったのか?」

静かに振り返ったクウォーツは、不機嫌極まりないといった表情で彼女を睨み付ける。
しかしリアンは平然とした顔で肩をすくめて見せた。


「だって、あなたが油断しているから悪いんじゃないでーすの。騎士たる者、常に油断してはならない!
これナイトの常識ですわ。私が敵だったら、あなた今頃斬られていますわよ」



「ふん、貴様にナイトの心得を説教されてもな。用事がないなら一人にしてくれ」
機嫌がかなり悪いのか、クウォーツはクルリと向きを変えるとリアンに背を向ける。


「……まったく、やっている事はくだらんことばかりで殆ど子供と変わらんな。一度親の顔が見てみたい」




「……それは残念でしたわね。……お父様も、お母様も……もういませんわよ」
「え……?」

「ずいぶん前になるかしら。幼かった私の目の前で……お父様は炎に焼かれてしまったの。
事故だったんですのよ。ほんの、些細な。……お母様はもう、生きているかも分からない」




「……そうだったのか。それは悪いことを言った」


どこか言いにくそうに目を逸らしたクウォーツに、彼女は再び笑顔を浮かべる。

「ウフフ、なぁーんてね。勿論全部嘘ですわよ、いやだクウォーツさんったら本気にしちゃって!
私の両親は二人とも健在で、それはそれは私のことを愛してくれていますわ」



「……」
どこか呆れたような表情になったクウォーツは、凍りつくような冷たい瞳でリアンを睨みつけた。

「……馬鹿馬鹿しい。どうせそういう事だろうとは思ったがな。もう少し演技を勉強しろよ。
それに雑談相手を探しているのなら、ティエルかサキョウでも相手にしてるんだな。……失礼する」


「あ、ちょっと待って下さいな、私が悪かったですわ!」
スタスタと歩き始めたクウォーツのコートの裾を掴むと、リアンは慌てて彼を引き止めた。

「こんな可愛い女の子が待ってって言っているのに、それを無視するんでーすの!?」




クウォーツとリアンは傍から見れば、まるで絵に描いたような美しい容姿の持ち主であるため、
随分と奇妙な言い合いをしている二人の姿は、目立つ上に極めて異様な光景であった。

遠巻きで見惚れていた数人の旅人達が、一体何事かと首を捻りながら眺めている。



「……ふん」
リアンに掴まれた服の裾を振り払ったクウォーツは立ち止まり、目を細めて振り返る。

「勘違いしてもらっては困るが、生憎私は女などに興味はないのだよ。残念だったな。
ましてや貴様のような、ただやかましいだけの子供の女など誰が相手にするか」



「こ……子供!? そう言いますけどね、クウォーツさんはどれだけ大人だっていうんでーすの!?」
再び背を向けて歩き始めてしまったクウォーツに向かって、リアンは悔し紛れに声を張り上げた。

「……そういえば、あなた婆さん好きですものね。ギョロイアみたいな婆さんが大好きなんですものね!
騙されて利用されているのに気付きもしないで、あんな婆さん信じちゃってバッカみたい!!」


「なんだと……?」
さすがにこれは頭にきたのか、珍しくクウォーツは怒りの表情を浮かべて振り返る。

「信じて何が悪い!? 過去の記憶が全くない私にとって、ギョロイアは全てだった。……それだけだ!!」




「あなた……まだ、ギョロイアのこと」
その言葉にリアンは目を見開きかけ、やがて彼から目を逸らして俯いた。


「……私……あなたとケンカをするために話しかけているんじゃないのに。
あなたのこと、何一つ分からないから。少しでもあなたのこと知ろうと思っているのに。なんでいつも……」



「単に私と貴様が合わんだけだ。私のことが大嫌いなら、無理して話しかける必要もないだろうに」
身体をリアンの方へ向けたクウォーツは、気難しそうに眉をしかめてみせる。

「……そうだろう?」



「え? ああ……まぁそうですけど……いえでも別に、そこまでメチャクチャ大嫌いってほどでも……」
怪訝そうにクウォーツに顔を覗き込まれ、リアンは視線を泳がせながら口を開いた。


はっきりと言うわけでもなく口の中で何やらもごもごと呟くリアンを、暫く彼は眺めていたが。



「……ま、私も暇だしな。少しくらいは雑談に付き合ってやるよ」
やがて先程までの気難しい表情をフッと和らげて、クウォーツはリアンの頭をコツンと軽く小突いた。







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