Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第57話 ティエルの見た夢





「……やっと見つけたぜ、あんたを探すためにどのくらいかかったか」
茶の髪に立派なあごひげを生やした男が、岩陰に向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「伝説上の生物と言われている不死鳥を、まさかこの目で見ることになろうとはね」




──暫くの沈黙。
やがて岩陰からのんびりとした、だがどこか鋭さを含んだ声が発せられる。


「また人間かい。あなた達もいい加減、その不老長寿の夢とやらを諦めたらどうなんだい?」

男性とも女性とも断定することのできない、丁度中間のような声。
しかし、その姿までは辺りが非常に暗いためによくは見えなかったが。


「このまま見なかったことにして帰るのならば、何もしないのだけど?」



「おっと、不死鳥さん。そういうわけにはいかないんだよ。
この封魔石の全ての力を解放して、あんたを倒さなくちゃな。見えるかい? この封魔石が」

壮年の男は茶色の髭を右手で撫でながら、手に持った何かを岩陰に向かって突き出した。


「このまま手ぶらで帰ったら、捕らえられているオレの可愛い息子が殺されてしまうんだよ。
あんたの死体くらいは手土産に持ち帰りたいってもんだ」



「……脅されているのかい? それは気の毒だ。しかし、ぼくも殺されるわけにはいかない。
全力でお相手させていただこうか……愚かな人間よ」















──ティエルが目を開くと、黒ずんだ板張りの天井が見えた。


ギシギシと揺れ動く部屋に、時たま聞こえる波の音から今自分は海の上にいることを思い出す。
隣のベッドに顔を向けると、リアンが寝ぼけ眼で目をこすっているのが見えた。



「……あれ、リアン起きたの?」


「ううーん……なんか変な夢見ちゃって目が覚めてしまったんですのよ」
ティエルの声にリアンは静かに顔を向けてきたが、やがてとろんとした目つきになる。

「大きな緑色の帽子をかぶった変なおっさんと、不死鳥らしき人物が出てきた変な夢ですわ。
二度寝しますわ、二度寝。おやすみなさぁい……」



「あ、リアンちょっと待って。その夢と同じものを、わたしも見た──……ってもう寝ちゃってる」


慌ててティエルはリアンに声をかけたが、既に彼女はすやすやと静かな寝息を立てていた。
わざわざ起こすのも気が引けたティエルは、伸ばしかけた手を静かに下ろす。


「同じ夢を見るなんて、なんだかすごい偶然だよね」




夢の謎も解けないまま、もう一度ベッドに入り目を閉じていたが。
変なところで起きてしまった所為か、すっかり目が冴えてしまったようである。

ティエルとリアンが眠っている船室は元々一人用の部屋だったのだが、
無理矢理にベッドを二つ並べたのでひどく狭い部屋であった。


しかしティエルは広い部屋よりも狭い部屋の方が、どことなく落ち着いていて好きなのだ。




(一人で起きてても退屈だな……そうだ、外に出てみようっと)

ポンと手を打ってベッドを飛び下りたティエルは、傍らに置いていた赤い外套を羽織る。
夜の甲板でも歩いていれば、その内に眠くなってくるであろうと思ったからだ。

──余計に目が冴えてしまうかもしれないが。




そっとリアンを起こさぬように部屋の扉を閉め、外へと続く暗い廊下に出た。
長年潮風にさらされて変色した木の扉を静かに押しやると、外から涼しい風が入り込んでくる。




「……サキョウ?」


暗がりでよくは見えなかったのだが、ティエルは思わず口を開いていた。
遠くからでもよく分かる大柄な後ろ姿は、間違いなくサキョウのものである。

その声に、サキョウはゆっくりと顔をティエルの方へと向けた。



「おおティエルか。一度眠ったら、なかなか起きないお前が夜中に目覚めるなんて珍しいな」
振り返ったサキョウは、全てを包み込むような優しい笑みを浮かべる。

「夜行性のクウォーツに付き合っていたら、こんな時間になってしまったのだよ」



「……サキョウこそ、こんな時間に起きていることが珍しいと思うよ。わたしは」
ティエルはポンポンと跳ねるようにサキョウの元まで歩いていき、彼の隣に並んだ。


「なんか変な夢を見たら、眠れなくなっちゃったの。クウォーツは部屋にいるの?」



「いや、ワシがうっかりと眠ってしまった間に部屋から出て行ったよ。
彼には悪いことをしてしまった。この船のどこかにはいると思うんだがなぁ」

豪快に笑いながら、サキョウはポリポリと頭の後ろを掻く。



「変な夢といえば、ワシも先程まで見ていた夢は実に奇妙なものだったぞ。見たこともない男が出てきたのだ」
「……それってもしかして、こぉんなに大きな緑色の帽子をかぶってるオヒゲのおじさんでしょ?」

「そう、そんな男だった! もう一人は見えなかったが。何故ティエルがそれを知っているんだ……?」
やっぱり、と言った表情でティエルは溜息をついた。サキョウは意味が分からずに目を瞬いていたが。




「その夢と同じものを……何故かわたしもリアンも見てるんだ」

すたすたと手すりまで歩いていったティエルは、そこから黒い海面を覗き込む。
昼間とは一変して黒く濁った海にブルッと身震いをしたが、そのまま視線を逸らさずに呟いた。


「あんな話を昼間に聞いたからかな? ……この海には、石にされた不死鳥が眠っているって」




『言い伝えによれば、この海の底には大きな海底神殿があるんだってよ』

『なんでもそこには、悪い魔法使いに石にされてしまった不死鳥がいるって話だ。
だけどその不死鳥の加護によって、ここら一帯は穏やかな海になったんだとよ』




「もしもその話が本当だったら、みんなが見たあの夢の中の出来事も……本当なんだろうね」

「……そうだなあ」
呑気な声を発したサキョウは、海を覗き込むティエルの頭に優しく手を触れる。

「言い伝えを信じる信じないも、全てはその者次第。世の中には不思議なことが数多くある」



「うん、そうだね。わたしは信じてるよ。でも、不死鳥さん……可哀相だな……」

サキョウの温かく大きな手の感触に、ティエルはどことなく穏やかな気分になる。
もしも自分の父親が生きていたら、こんな温かく大きな手をしているんだろうな、と思いながら。




「ワシもそろそろ寝ることにしよう。明日は七時に食堂で落ち合う予定でいいか?」

「いいよ〜。寝坊しちゃダメだからね!」
「ワッハッハ、ワシはティエルの方が心配だ。お前も早めに部屋に戻るんだぞ、おやすみ」



サキョウの言葉にムスッと頬を膨らませたティエルは、去って行く彼の後ろ姿を暫く眺めていた。

彼の姿が完全に見えなくなると、再び暗い海に視線を落とす。
海は穏やかで、海面に大きな月がゆらゆらと動きながら映っている。




「……ねえ、不死鳥さん。あなたはこの暗い海の底に……本当にいるのかな?」
勿論、静かな海面は何も答えない。


「さっきの夢は、あなたが見せたものなの? あなたは一体わたし達に、何を伝えたかったの……?」




……ペタン。


「……?」

波が船体に打ちつけられるものとは一風変わった音に、ティエルは思わず振り返った。
しかし暗がりでよく分からない。


首を傾げながらも船室に戻ろうとしたティエルの瞳に、今度こそ何かが映る。

海面側から太いツタのようなものが、手すりに何本もシュルシュルと巻きついているのだ。
よく見てみれば、既に甲板にもそれが数本這っているではないか。



ティエルは恐ろしさのために言葉を失い、つう、と冷や汗が背中を流れ落ちる。

助けを呼びたくても、喉がからからに渇いて声が出ないのだ。
甲板に蠢くそれは、ブツブツと吸盤らしきものが付着しており、オクトパスのそれに似ていた。


そして海から浮かび上がり、ティエルの目の前に姿を現したのは醜悪で巨大な魔物。




「だっ……誰か来てえ!!」

ティエルはやっとのことで叫ぶと、思うように動かない足を必死に奮い立たせて逃げ出した。
魔物は百本はあるだろうかと思われる触手を、海面から次々に伸ばして船に絡み付けてくる。


まさしくタコが超巨大化したようなモンスターであった。



「どうした、嬢ちゃん!?」
慌てて駆けつけてきた見張りの船員達も、海に浮かぶ巨大なモンスターの姿を見て凍りつく。

「こ……これは船を海底に引きずり込むと言われているモンスター、海獣ダゴン!」







+DeadorAlive+