Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第58話 海獣ダゴン戦-1-





「ダ……ダゴン!?」
這うようにして船員達の元まで辿り着いたティエルは、彼らの言葉に勢いよく顔を上げる。


「あれタコじゃないの? 大体なんで、あんなに大きなタコが船を襲ってるの!?」




「あれがタコに見えるのかい、百本以上も手足があるタコなんていねぇよ嬢ちゃん!」
船員は焦りを帯びた声で言葉を発すると、両手に厳ついサーベルを握りしめた。

「あれはモンスターだ。触手に捕まったら海に引きずりこまれて、二度と浮かび上がってこれねぇぞ!」



そんな二人をダゴンは獲物と認めたのか、数本の触手を彼らに向かって突っ込ませる。

「うわああぁっ、こっち突っ込んでくる!?」
「ボサッとしてんな、嬢ちゃん危ねえ!」


慌てて船員はティエルを突き飛ばし、自分もゴロゴロと甲板を転がっていった。




積まれていた木箱に思い切り背中を打ち付けてしまったティエルは、背をさすりながら身を起こす。
しかし彼女を追うように、再び数本の触手が向かってきた。


「は、早く部屋に戻って武器取ってこなくちゃ……!」

ほぼ反射神経だけでそれを避けると、ティエルは四つん這いになりながら船室に向かう。
甲板にはビタビタと生臭い触手が蠢いており、それを越えなければ船室には辿り着けそうもない。



その時。
ティエルの目の前に、一体どこにいたのかクウォーツがコートをはためかせながら身軽に飛び下りて来た。



「……何だか腰が抜けているように見えるが、私の気のせいか?」



「こ、腰なんか抜けてないよ、クウォーツの気のせい! ちょっと驚いただけなんだから」
やっとのことで立ち上がったティエルは、クウォーツに向かってムスーッと頬を膨らませてみせる。

「あの触手に捕まったら海に引きずり込まれて、二度と浮かび上がってこないんだって。
わたし水死と焼死だけは嫌なんだけど……」



「お前の武器はあの女が持ってくる、早いところあいつと合流して武器を貰え」
船室の方向を指さし、ティエルに説明するクウォーツの背に向かって触手が突っ込んでくる。



「クウォーツ後ろっ、危ない!!」


腰から妖刀幻夢を引き抜いたクウォーツは、振り向きざまに触手を斬り落とした。
ボトボトと地に落ちた触手は斬り落とされても暫く蠢いていたが、やがて動かなくなる。

「今だ、行け!」
「うんっ」




落とされた触手を飛び越えて、ティエルは船室まで駆け出した。

この騒ぎにようやく気づいた他の乗員達が、寝ぼけ眼をこすりながら甲板に出てくる。
その中で一際目立つ青緑の髪と大柄な男を発見したティエルは、声を振り絞って彼女らの名を呼んだ。



「サキョウ、リアーンっ!!」
「……ティエル! そこにいましたの、竜鱗の剣取ってきましたわよ」

ティエルの姿を見つけたリアンは、両手で竜鱗の剣を抱えながらヨタヨタと駆け寄ってくる。
非力な彼女がこんな大剣を持ち歩くことは、かなり骨が折れたのだろう。




「それにしても、厄介なモンスターと遭遇してしまいましたわね。
戦うにしても他の乗客たちが邪魔で、私お得意のド派手な魔法が使えないでーすわぁ」


「乗客たちがいなくても、そんなに派手な魔法を使ったら船が沈むと思うけど……」
リアンから竜鱗の剣を受け取ったティエルは、スラッと鞘から抜き放つ。

「とりあえず撃退しなくちゃ、海に引きずりこまれちゃう!」



「しかし相手はタコのような生物。ワシの拳が効くかどうか……やってみないと分からないがな」

グッと拳を握りしめたサキョウと、剣を手にしたティエルはダゴンに向かって走り始めた。
既に乗客何名かが触手によって海に引きずり込まれているようである。




「……あーあ、ついてないですわ。よりにもよって、あのタコの化け物と遭遇してしまうなんて」
「ブツブツ文句を言っている暇があるのなら、さっさと戦ってこい。使えん奴だな……」

ティエルとサキョウの後ろ姿を眺めていたリアンだったが、
いつの間にか背後の手すりの上に立っているクウォーツに顔を向けた。



「あなた、そんなに細い手すりの上に立っていてよくバランス保てますわよねぇ。
別にどうでもいいですけど。ところでクウォーツさん、あなたタコヤキとかはお好きなんですの?」


「……何だ、その蛇狐夜鬼とやらは。それがあのモンスターの名前か? 名前だけは立派だな」



「タコヤキが立派な名前ってあなた、そんなことを真顔で……。
とっても真剣な台詞なのに悪いですけど、今初めてあなたがものすごく可愛く思えましたわよ……」

「はぁ? ……私は何か変なことを言ったか??」




意味が分からずに眉をしかめるクウォーツを後目に、リアンは人波を進んで行った。

「うっ、これは意外なほど大きいでーすわね。私の魔法で焼ききれるかしら!」
高々と掲げたリアンのロッドの先端から、灼熱の炎が勢いよくダゴンに向かって飛び出す。


炎は触手を何本か燃え尽くしたが、本体の方は痛さなど微塵も感じていないようだ。
太い触手に早くも捕らえられた旅人達の悲鳴が辺りに響き渡っている。



「げっ、全然私の魔法が効いていないじゃないでーすの」



「ワシの拳も、まるで受け付けてはくれなかったぞ。ゴムを殴ったような感触であった」
とりあえず戦えない乗客たちを船室に避難させたサキョウが、リアンの背後に立っていた。

「今はティエルと船員達、それに旅の戦士達がなんとか奴の触手を食い止めてはいるが……。
それも時間の問題だろう。船が引きずり込まれる前に、何とかして奴を倒さねば」




「……ならば、触手ではなく本体の方を攻撃すればよかろう!」

リアンとサキョウの横を駆け抜けたクウォーツは、超跳躍力で地面を蹴る。
ダゴンの頭部付近に力一杯妖刀幻夢を振り下ろすが、柔らかい外皮によって弾かれてしまったようだ。


「くそっ、私の刀が効かないだと……?」
その勢いでヌルヌルと滑るダゴンの外皮に足を滑らせ、クウォーツは大きくバランスを崩す。



「海に落ちたらダゴンの格好の餌食ですわよ!? ううぅ……あなた、意外に重いですわ……!!」
海に落下しかけた彼の腕を、慌ててリアンが駆け寄って両手で掴んだ。





「うわぁっ!」

太い触手に弾かれて、ティエルはこれで何度目かの激突となる木箱まで吹っ飛ばされる。
ダゴンの触手は切り落としても切り落としても減る様子を見せない。


さすがに疲れを覚えてきた彼女は、荒い息をしながら立ち上がった。



遠くの方で、短剣を片手に苦戦している船員達の姿が見える。
前方では勇敢にもダゴンに斬りかかっている旅の戦士達の姿。しかし皆苦戦しているようだ。

ダゴンが暴れると船は大きく傾き、海水が流れ込んでくる。
竜鱗の剣を握り直し、ティエルは立ち上がってダゴンに向かって駆け出した……が。


シュルシュルという音と共に、前方で戦っていた船員や戦士達の姿がフッと消えてしまったのだ。



「あ……ああっ!?」

そう。とうとう本気を出し始めたダゴンが、戦っていた彼らを一人残らず触手で持ち上げていたのだ。
苦しみの声と共に、彼らが落とした武器がティエルの周囲にボトボトと落ちてくる。



「ど、どうしよう……どうすれば……!」

彼らを助けたいのだが、この高さではジャンプをしても届きそうもない。
海水に混じって頭上から赤い液体もたれてくる。血だ。




「このままだと触手に巻きつかれた人達、全員握りつぶされますわよ!」
足首まで浸水してきた海水をバシャバシャと飛ばしながら、リアンが駆け寄ってきた。

「助けたいのは山々ですけど……私の魔法だと巻きつかれた人達も巻き添えにしてしまいますわ」







+DeadorAlive+