Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第59話 海獣ダゴン戦-2-





「あのタコもどきが一体何を考えてこの船を襲っているのか分からないけど、
早くしないと間違いなくあの人たちは殺されて……この船は沈んじゃうよ……!!」


唇を噛みしめたティエルの瞳には、船員達を必死になって助けようとしているサキョウが映る。
彼の怪力でも触手は千切れずに、ただただ伸びるだけであった。

そんなティエルとリアンにも容赦なく太い触手は向かってきた。




「ちょっと逃げますわよっ!」

丁度ティエルの背後から触手が襲ってきたので、向かいにいたリアンはティエルを突き飛ばす。
しかし自分も逃げようとした瞬間、リアンは海水に足を滑らせて転んでしまう。



「き……きゃああぁっ、ヌルヌルして気持ち悪いですわ!!」


転倒した彼女を触手が見逃すはずはなく、数本が絡みつくと軽々と持ち上げられてしまった。
ジタバタと暴れて必死の抵抗を試みてみるが、勿論触手はびくともしない。




「リアン、今助けるから!」

剣を握り直したティエルがリアンに向かって行くが、その方向からまた数本が突っ込んでくる。
慌てて身を屈めてかわしたのはいいのだが、リアンと随分と引き離されてしまったようだ。

見れば、サキョウも両手両足を触手によって巻き付かれてしまっている。




次々と身動きできなくなっていく仲間達に目を走らせ、ティエルとクウォーツは背中合わせに構えた。

「……おい、何か策はあるか?」
「策……ううん、ごめん。わたしには攻撃が精一杯で考え付かないよ」

額から流れ落ちる汗を拭いながら、ティエルは背後に構えていたクウォーツを振り返る。




「ダゴンは少々の量じゃ斬られても痛みを感じないみたい。それに、斬っても斬ってもキリがないし。
本体の方は魔力の宿っているクウォーツの刀でも効果なかったんでしょ?」


「ああ、弾かれてしまった。しかし本体ごと一発で粉砕できる技でもあれば、奴を倒すことも可能だ」



触手に巻きつかれ、苦しみの声を上げる船員達の声が聞こえてくる。
早くに捕らえられた数人の戦士達の中には、既に動かない者もいるようだ。



「……第一そんな技など使えば、この船ごと沈んでしまうだろうがな」

そこまでクウォーツが言った時、彼らを目がけて再び数十本の触手が突っ込んでくる。
1、2本ならば避けることも可能であるのだが、四方から向かって来られては避けようがない。


「お前は横から逃げろ!」
「それよりクウォーツ、後ろ見てっ!!」



「……くっ、しまった! ……離せっ……!」
ティエルの事に気を取られていたクウォーツの両腕に触手が絡みつき、勢いよく彼は宙高く吊られてしまった。




サキョウ、リアン、そして頼みの綱であったクウォーツも動きを封じられてしまったので、
ティエルは一人焦る心を落ち着かせながら、ダゴンと仲間達を交互に見比べる。

先に彼らを助けるべきか、それともダゴンを倒す方法を考えるべきか。




(どうしよう……わたしはどうすればいい……!?)

彼女が迷っている間にダゴンは更なる攻撃を始め、触手を手すりに絡ませ船体によじ登ってくる。
その衝撃でグラリと船が大きく傾く。


思わずバランスを崩してゴロゴロ甲板を転がったティエルの目の前に、ダゴンの巨大な顔があった。
足元は膝近くまで浸水している。どこからか大量の海水が流れ込んできているようだ。




「まずい……っ!」


慌てて仲間のもとへと駆け寄ろうとするが、逆流する水と傾いた船体で上手く進めない。
塩辛い海水を大量に飲んでしまったティエルは、ゴホッと一つ大きな咳をする。

その彼女の瞳に、今まさに絞め殺されそうな仲間達の姿が見えた。



「やめて……」
やっとの事でティエルは声を発したが、周囲の轟音でかき消されてしまう。


「やめてぇ──っっ!!!」




<……ああもう、ひとが眠っている上で随分と派手に暴れ回ってくれるね>
──え?



<極陣・不動陣!!>


男性と女性の中間のような、そんな声が辺りに響き渡る。

あんなにも力一杯叫んでいたティエルの声も轟音で完全にかき消されてしまっていたのだが、
不思議にもその静かな声は、驚くほど周囲によく響き渡ったのだ。



ピタリ、とダゴンの動きが止まる。


見るとダゴンの周囲には美しい虹色を発する魔法陣が取り囲んでいるではないか。
魔法陣の中では身動きが取れないのだろうか、ダゴンは苦しげに蠢いている。




「一体何が起こったの……?」

状況を全く理解できないティエルの前に、淡いおぼろげな光が集まると段々と人の形を成してきた。
まるで霧に包まれたかのように霞んでいるその姿は、目を凝らして見てみなければ人と分からない。



ピンピンとあらゆる方向に跳ねた、強い癖のある透き通るような白い髪。
修羅と慈愛、双方とも抱え込んだような儚げで憂いのある青の瞳。

声と同じく男性と女性の中間である容姿。雰囲気もどこか中性的で端正な顔立ちの──少年。




<ひとが眠っているのだから、もうちょっと静かにしてもらいたいものだね>
フワフワと漂いながら、彼は虹色の光を発する分厚い本のページをめくり始める。

その身に纏っている衣装や見慣れぬ変わった顔立ちは、どこか遠い異国の民族を連想させた。
何よりもティエルが奇妙と感じたのは少年の額に貼り付けられる青い札である。


<外の世界には、もう干渉しないと決めたのだけれど……ぼくの眠りを妨げるのなら話は別だ>
そう呟くと彼はティエル達とダゴンを暫く交互に見比べた。



<海獣ダゴン、カリュブディスの一味だね。おとなしく海の底に戻るのなら、見逃してもいいのだけど>


実に穏やかに。
のんびりとした口調で言いながら彼はダゴンに向かってニッコリと笑いかける。




「やだ、神の助けかと思ったら滅茶苦茶変な人が現れましたわ……」
「今はワシらは動けぬ、ここは一つ彼にかけてみようではないか」

触手によって宙に吊られたまま、リアンが大げさに顔を歪めて呟いた。
その隣ではサキョウがぶら下がっている。



<さあ、海にお帰り>

白髪の少年がスッと右手を上げると、ダゴンを束縛していた虹の帯は消え失せてしまった。
そして彼は虹色の本を閉じる。


<これに懲りて、もう二度と人間達を襲わないことだね>




一方自由を取り戻したダゴンは、暫く白髪の少年とティエルらを交互に見ていたが、
触手を引っ込めるとズブズブ海へと沈んでいった。


<……おや、分かってくれたのかな?>

しかし海に戻ると見せかけ、ダゴンは急に数十本の触手を少年に向かって伸ばしたのだ。
だが伸ばした触手は、霧に突っ込んだかのように少年の身体をむなしく突き抜けてしまう。



<攻撃は効かないよ。今ぼくの状態は、いわゆる『魂魄』なのだからね>
困惑するダゴンを前に、少年はまるで天使のような愛らしい笑顔を浮かべて微笑みかけた。


<……残念だけど、さようなら。粉殺陣!!>




──パァァァン!!!

巨大な風船が破裂するような凄まじい音で、ティエル達はハッと我に返る。
今まで目の前に浮かんでいたダゴンの姿は跡形もなく、代わりに何かの肉片が散乱していた。



「……な、なんて力……!!」
その肉片がダゴンであったものと理解したティエルは、驚いて白髪の少年を見上げる。

「あなたは一体誰なの……? 人間、じゃない……の?」



<驚かせてすまなかったね、人間の少女>
ゆっくりと甲板まで落下してきた少年は、ほんわかと眠くなりそうな笑みを浮かべた。


<ぼくはジハード。この大海に沈められている虹の不死鳥さ>







+DeadorAlive+