Lord of lords RAYJEND 第1幕「覇王の胎動」
第6章+大海の不死鳥伝説

第60話 不死鳥ジハード





<ぼくはジハード。この大海に沈められている……虹の不死鳥さ>



「あなたが虹の……不死鳥!?」
緊張感のまるでない気の抜けるような表情をした少年ジハードは、音もなくティエルの前へと落下してきた。

まるで実体がなく、ぼんやりと霞んでしまっているその姿は、
彼ののんびりとしたマイペースな口調によって更に存在をあやふやにさせる。


ティエルはそのジハードの言葉が信じられないように目をぱちぱちと瞬いた。



<……別に信用してもらわなくても結構だけどね>
そんなティエルに対して全く気に留める様子もなく、ジハードが口を開く。

<それに勘違いしないでもらいたいのだけれど、ぼくはあなた達を助けたわけではないのだよ>




「すっとぼけた顔して、なかなか言うことキツイですわね、この人」

ようやく触手から解放されたリアンが、眉をしかめてジハードの方に顔を向けた。
その背後には、事の成り行きを見守っているサキョウと我関せず顔のクウォーツ。




<ただ、ぼくとあなた達の利害関係が一致しただけなのだから。まぁそういうことなんで>
へらへらと悪気が全くない笑顔を浮かべながら、ジハードは唖然としている乗客達を見渡した。


突然伝説上の不死鳥が目の前に現れて(しかも正体は寝ぼけた表情のただの少年である)、
彼らはこれが一体夢なのか現実なのか理解できていないような顔つきであった。

そんな彼らを特に興味なさそうに見渡したジハードは、くるりと静かに背を向ける。



<それじゃあ、ぼくはこれで。航海の続きを遠慮なく続けてくれたまえ>
「ま、待って鳥さん!!」




──静寂に包まれた辺りに、突然ティエルの声が響き渡った。
背を向けていたジハードはその声に眉をしかめながら、そして面倒くさそうに振り返る。


<何かまだ用があるのかい、人間の少女。それにぼくは鳥さんなんて単純な名前じゃ……>



「封魔石、あるの!?」

ジハードの声は、ティエルの突拍子もない言葉に遮られてしまった。
彼女が一体何を言っているのか理解できずに、ジハードは唖然として目を瞬いていたが。



<ふ、封魔石? 悪いけれど、あなたが何を言いたいのかサッパリ分からないよ……>
「だって、封魔石見たんだもん! 夢の中で、封魔石って言っていたんだ!」




「……そういえば、先程見た不思議な夢の中で確か封魔石が出てきましたわね」

ジハードに掴みかかるように(半分すり抜けてはいるが)まくし立てるティエルを一瞥して、
リアンは彼女が何を言いたいのか理解したのか、ポンと勢いよく手を打った。


「ティエルはその封魔石が今どこにあるか、夢に出てきた不死鳥のあなたに聞きたいんですのよ」


「ほう、そういえば夢で考古学者と思わしき男が封魔石云々と言っておったな」
「……なんだ、貴様らも見たのか。急に目の前が真っ暗になったかと思えば、私もそんな幻覚を見た」

サキョウの言葉に、クウォーツが腕を組んで答えた。どうやら彼もあの夢を見たらしい。




しかし他の乗客たちは未だに不死鳥の存在に驚いているだけであり、同じような夢を見てはいないようである。
こんなにも多く乗客がいる中で、ティエル達4人だけが同じ夢を見たのだった。

そんな彼らの台詞に何か思い当たることでもあるのか、
ジハードは真剣な表情を浮かべ、ティエル、リアン、サキョウ、クウォーツと順々に見比べていく。




<あなた達は……その夢を見たのか? ……ただの偶然……とも言えないみたいだね>
それから諦めたように一つ溜息をつくと、ジハードは静かな声で口を開いた。

<確かに封魔石はあるよ、海底神殿にね。連れて行ってあげてもいいけど……条件がある>



「本当に封魔石があるんだ! ……条件? それは一体何なの??」
ぱあっと顔を明るくさせたティエルに向かって、ジハードはニッコリと笑みを浮かべて指を突き出す。


<……ぼくを封じ込めている海底神殿の王、カリュブディスを倒してくれるかい?>




「じ、冗談じゃないですわよ! 一発でダゴンを粉砕した超強いあなたが倒せないような相手を、
この非力でか弱い私達が倒せるわけないでしょう!?」


<うーん……海底神殿内は、残念なことにぼくの魔力も大幅に制限されてしまうからね。
だからこうしてあなた達にお願いしているんだよ。それとも……その拳や武器は単なる飾り物かい?>

怒ってジタバタと暴れ始めるリアンに、ジハードは困ったような表情で首を傾げた。




<10年近くおとなしくしているのも飽き飽きしていた所だしね。どうだい、悪い話じゃないでしょう?>

「……どうするのだ? 封魔石を手に入れるには、海底神殿の王を倒さねばならないのだぞ?」
何かを考え込んでいるような表情のティエルに、サキョウがそっと近づいていく。

「しかし、言いかえてみればこんなチャンスは二度とないかもしれぬ。
伝説の宝石と言われている封魔石は、そう易々と手に入るものではないからな」




<答えは出たのかい? 無理にとは言わないよ、あなた達の自由に決めてくれ>
そうのんびりと口を開いたジハードの前に、ティエルが歩み寄った。

<おや、決まったのかな?>



「……分かった、海底神殿の王を倒してみせる。必ずあなたを助けてみせる」

ジッと真剣に自分の瞳を見つめてくる少女を、ジハードも試すようにして静かに見つめ返す。
一瞬でも瞳を逸らしたならば、海底神殿まで連れていくのを即断るつもりであった。



しかし、意外にも彼女は瞳を逸らさない。

何を考えているのか全く読み取ることのできない、まさに『気味が悪い』と言われるほどの自分の瞳を、
この幼い人間の少女は恐れることもなく、真剣に見つめているのだ。


その瞳の中に少女が持つには不釣合いの決意の色を感じ取ったジハードは、
厳しい表情をふっと和らげ、ティエルに向かって穏やかな笑みを浮かべる。




<……あなたの決意、しっかりと受け取ったよ。けれど、別にぼくを助けることまではしなくていい。
カリュブディスが倒れてくれれば、それだけで満足だから。……あなた達を海底神殿に案内しよう>

その彼の笑みは、女性にも男性にも決して浮かべることのできない不思議な笑みであった。
暫くボーっとジハードに見とれていたティエルだったが、その声にハッと我に返る。



「ほっ、ほんと!? ありがとう不死鳥さん!」

<まだ封魔石が手に入っていないのに、そんなに歓喜しないでおくれよ。喜ぶのは早い>
全身で喜びを表現するティエルに思わず苦笑をしたジハードは、フワリと宙に浮かび上がる。


<それじゃあ、ぼくについておいで。怖いのならやめてもいいのだよ>



ジハードはそう言うや否や、軽く地面を蹴って海に飛び込んだ。
勿論魂魄の状態である彼なので、水飛沫は上がらなかったが。




「わ、わたし泳ぎに自信がないけど……大丈夫かなぁ」
怖々黒い海面を覗き込んでいたティエルだったが、やがて意を決して海に飛び込んだ。

「……ま、まさかこんな所で海水浴するとは思いませんでしたわ。
けどもしかしたら海底にある封魔石がイデアかもしれませんし……行ってみる価値はありそうね」



軽快に海に飛び込むリアンを、サキョウは青い顔をして眺めていた。


「フッ……どうも貴様らは厄介事に首を突っ込むのが好きなようだな」
半ば呆れた表情で呟いたクウォーツは、手すりに捕まってガタガタと震えているサキョウに目を留める。


「……何をしている?」



「い、いや、その、実はワシは泳げないのであって……筋肉は沈むというだろう!?」
「分かったから、さっさと行け」

「うおっ!? のわあああぁぁぁぁ……」


サキョウを非情にも蹴り落としたクウォーツは、そのまま自分も海に飛び込んだ。
あとには状況が全く飲み込めずに、唖然としている乗客たちと船員らが残っていた……。







+DeadorAlive+